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お披露目編
74 力なき騎士
しおりを挟む数日前、何か必要なものがあれば言ってくれと伝えておいたライオスの護衛騎士が私に話があると言うので勉強部屋へ来る許可を与えた。
ちなみに、私の勉強部屋も王と王妃の執務室も本宮の部屋に場所を移している。
これまで閉鎖していた歴代の王の執務室は現在改装工事中で、別の階に王と王妃の執務室、そしてその間に私の勉強部屋が新しく用意された。
歴代の王の執務室が改装中なのは、おそらく、変態が執務室にも愛妾を連れ込んでいたためだろう。
要するに、その部屋をそのまま使うのは胸糞悪いということだ。
とにかく、本宮の新しい勉強部屋にライオスの護衛騎士が来る許可を出し、彼は私の勧めでソファーに腰を下ろした。
ある意味敵対していた国の王子に話があると言ってきたのだから威勢がいいなと思っていたが、改めて見る護衛は無骨だがまだ若く、生真面目な顔をさらに緊張で硬くしていた。
「それで、話というのは?」
「はい。リヒト様にお願いがございまして……」
護衛の男はそう言ってからもしばし迷っているようだった。
ただただ男の覚悟を待って過ぎていく数分に苛立った乳母が口を挟んだ。
「わざわざリヒト様にお時間をとっていただきながらさらにその貴重な時間を無駄に費やすとはどういうことでしょうか?」
ライオスの護衛騎士は顔を青くして背筋を正した。
「申し訳ございません!」
「それで、話というのは?」
私は仕切り直しに再度同じ質問をした。
「ライオス様に護衛騎士をつけていただきたく、お願い申し上げます!」
私は首を傾げた。
「護衛騎士なら、あなたがいるではありませんか? エトワール王国に滞在している間に疲労が溜まってしまい交代要員を連れてきたいというお話でしたら、ライオスと一緒に邸宅にお戻りになっても結構ですよ。やり取りは手紙でもできますから」
魔法学園を作るのはまだ先の話になる。
急いでいる案件でもないため、通常の郵便ルートで手紙のやり取りをしても問題ないだろう。
もしも、公爵邸に手紙を転送する魔導具があるならば、それで行えばいいわけだし。
しかし、私の言葉にそうではないのだと護衛騎士は言った。
「元ティニ公国に戻った際にエトワール王国の騎士の方を護衛につけていただきたいのです。こちらにいるよりも、戻る道中よりも、邸宅にいる時の方がライオス様は危険なのです」
「元ティニ公国の貴族に狙われているのですか?」
親族は確か残っていないはずだと思ってそう尋ねれば護衛の男は頷いた。
「元ティニ公爵の財産はほとんど皇帝に没収されてしまいました。ライオス様の生活費として定期的に予算が与えられておりますが、他の貴族たちと比べれば微々たるもので、信用できる護衛を確保することもできません」
元統治者の血筋を完全に根絶やしにしてあわよくば自分が元ティニ公国の領地を治める権利を手に入れようという計算だろうか?
「わかりました。では、ライオスに騎士をつけましょう」
表情を明るくした騎士がお礼を言うのを私は止めた。
「勘違いしないでください。これは護衛をつけようということではないのです」
「え?」
「私は、元ティニ公国の統治者が住んでいた公爵邸を占拠しようとしているのです」
「それはどういうことでしょうか?」
「ライオスの命を狙っている者たちは自分たちが実権を手に入れたいのですよね? でも、皇帝が元ティニ公国の領土をエトワール王国に下賜したのだからそんなことは無理なのですが、冷静に考えればわかることも考えられない無能貴族は護衛騎士が増えた程度ではライオスの命を狙うことをやめないでしょう。ですから、そもそもライオスがいなくなったら困るという状況にします」
まださっぱり話が読めないという顔を護衛騎士の男はしていた。
「元ティニ公国の公爵一族、さらには関係の深い貴族に至るまで私が嫌い過度に圧力をかけて軟禁するようなことになれば、ライオスがいなくなった後、その矛先がどこに向くのかわからないと不安を煽るのです」
そこまで話して男はやっと合点がいったようだった。
「元ティニ公国の騎士たちは現在どうしているのですか? 騎士団として機能しているのでしょうか?」
「いえ。ほとんどの者は公爵邸の騎士団を辞めて他の貴族に雇われたり、田舎に帰ったり、中には他国に移った者もいます」
「そうですか」
薄情なようだが、騎士団員たちだって食べていかなければいけないのだから仕方のないことだろう。
「あなたはどうして王子のそばに残ったのですか?」
「私は……ライオス様が軟禁されている頃に、部屋の扉の前を護衛するように前公爵様に命令されて……」
その業務はライオスの護衛役ではなく、監視役だったということだろう。
「同情していたのですか?」
「小さな子供が狭い部屋の中に閉じ込められて、最小限の食事だけが与えられていたのです。同情しない者などいないでしょう。仲間たちもみんな嫌な任務だって言っていましたよ」
彼の同僚もきっと心からライオスに同情はしていたのだろうけれど、実際にライオスのそばに残ったのは彼だけだった。
「今、ライオスの護衛は誰がしているのですか?」
唯一の護衛がここにいるのだ。
城の中にライオスに危険を及ぼす者がいるとは思いたくないが、それでも何があるかわからない。
「ちょうど部屋の前を通った見回りの騎士の方に部屋の見張りをお願いしてきました」
「豪胆ですね。ティニ公国を追い詰めたのはエトワール王国ですよ? あなた方にとっては敵国に等しいでしょうに」
「ライオス様にとってはエトワール王国は救世主ですから」
確かに、ライオスもパーティーの席で自分が公爵を失脚させたかったと言っていたか。
「リヒト様はライオス様と仲良くなりたいのですか?」
ライオスの護衛騎士が部屋を出た後でカルロがそんな風に聞いてきた。
「仲良く……まぁ、そうだね」
どうせ未来で出会う攻略対象同士なのだから、仲が悪いよりは仲が良い方がいいだろう。
前もって誰か令嬢を紹介しておけばナタリアの攻略対象から外れるかもしれないし。
「彼はきっと素晴らしい魔法学園を作ってくれるだろう。優秀な教師は魔塔から借りればいいだろうし、そこですでに優秀なカルロが実力を見せれば己との力の差を感じた他の貴族たちはきっとカルロのことを讃えると思うよ」
「僕なんかよりリヒト様の方が讃えられると思いますよ?」
その通りだとカルロの後ろで乳母もグレデン卿も頷いている。
しかし、私は学園で自分の実力を出すつもりはない。
学園の主役はカルロだ。
私の役目はカルロの引き立て役なのだ。
「きっと同じくらいの歳の子供たちが集まって学ぶ場は楽しいはずだ」
「僕はリヒト様がいればどこでも楽しいです」
私は可愛いことを言うカルロの頭を撫でた。
私はライオスの屋敷に騎士を送る件について父王に許可をとり、その足で騎士団長の執務室へと向かった。
建前は公爵家の親族に見張りをつけたように見せかけ、実態としてはライオスの護衛をしてほしいことを伝えると騎士団長はすぐに20名ほどの若手の騎士をつけると言ってくれた。
「リヒト様が護衛をつけるということはライオス様は今後リヒト様のご友人になられるということでしょうか?」
「そうですね。ライオスには協力してほしいことがあるので今後も頻繁に連絡を取る予定です」
「それでは、騎士たちの世話係という名目で下働きをする使用人を5名ほどつけましょう」
建前では見張りをつける名目上、私がライオスの生活の資金援助をするわけにはいかない。
だから、騎士たちの世話をするという建前で下働きをする者を数名つけて、実質はライオスの面倒を見させるという騎士団長の提案に私は感謝した。
「元ティニ公国で人を雇うとなるとスパイが入り込む危険が高いためどうしようかと思っていたところです。ありがとうございます」
「リヒト様のお役に立てたのなら光栄です」
「そういえば」と騎士団長は少し声を潜めた。
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