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お披露目編

72 気楽な存在

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 途中、奥庭を通ったがそこにはすでにナタリアの姿はなかった。
 しかし、夕食の席で会うはずだ。
 その時に彼女の様子を伺い、必要ならばフォローを入れようと思っていたのだが……

 その夜、オーロ皇帝を招いての晩餐でナタリアがすでに帝国へと帰ったことを告げられた。
 オーロ皇帝とナタリアは皇帝直属の魔法使いの転移魔法で来ていたので帰るのも転移魔法で一瞬だ。

「もう少しご滞在いただける予定だったと思うのですが……何か、こちらに不手際がございましたか?」

 父上がオーロ皇帝に聞く。
 私は内心で父上に謝罪した。
 オーロ皇帝は私にチラリと視線を向けると口角を上げて笑った。

「いや、ナタリアは未熟なままでエトワール王と王妃の前に出るのは恥ずかしいと言っていた」

 オーロ皇帝の視線に気づいた父上と母上も私を見た。
 しかし、オーロ皇帝の声にその視線はすぐにオーロ皇帝に戻る。

「エトワール王よ。今日の昼、ナタリアが其方たちの執務室が並ぶ一角へと足を踏み入れてしまったそうだ。もちろん、悪意があったわけではなく、ただリヒトに会いたかっただけのようだが、それでも部外者が立ち入っていいところではない。私の教育不足だ。悪かった」

 帝国の皇帝が非公式とはいえ謝罪の言葉を口にしたことに私含めその場の全員が驚いた。
 その場の全員とは言えど、帝国の食堂にあった会話が外に漏れないようにする魔導具を使用しているから控えているメイドや給仕の者には聞こえていないはずだ。

「帝国ではナタリアが間違いを犯してもリヒトは優しく注意してくれていたのだろう? それに甘えてしまっていたと言っていた」

 今回は本気で怒ったから怖がらせてしまったのかもしれない。

「私が帝国にいた際には何度かオーロ皇帝の執務室に行っていましたから、ナタリア様に勘違いさせてしまったのかもしれませんね」

 私の言葉に両親は驚きに目を見開き私を凝視した。
 それほどまでに他国の者が執務室に行くということは異例のことなのだ。

「しかし、其方の場合は私が呼んでいたのだから、それくらいはナタリアも理解していると思っていたのだがな」
「ナタリア様はまだ6歳ですから」
「それは其方が言うと嫌味になるぞ?」

 オーロ皇帝はクックックッと笑う。

「其方は皇帝の執務室に入るという意味を理解していたから、身ひとつで来ていたではないか」
「私はその……」

 中身が52歳のおじさんなので……とは言えない。

「早熟で賢い子息がいてエトワール王が羨ましい」

 オーロ皇帝の言葉に親バカな両親はあからさまに喜んだ。

 こうしてオーロ皇帝を招いて夕食を食べていると帝国での11ヶ月はやはり少し変わっていたように思う。
 今日の晩餐は帝国の皇帝を招いているために普段使いの食堂ではなく、来賓客を招いた際に使う豪華な食堂で行われている。
 私を客人として扱うならば帝国でもあのように家族用の食堂ではなく別の食堂を使うべきであっただろうし、皇帝が同席しないのであれば自室でも構わなかっただろう。
 それなのに、オーロ皇帝は私を家族用の食堂に招き、色々な話をしてくれた。
 話の内容は日常会話から他国の王子になんぞ本来は聞かせることのない政治の話など、実に多岐に及んでいた。

 なぜ他国の、小国の王子にそのようなことをしてくれるのか不思議だったが、エトワール王国にいるオーロ皇帝を見てますますわからなくなった。
 私を教育することはオーロ皇帝にとって何のメリットもないように思えた。

「なぜ、オーロ皇帝は私を教育してくださったのでしょうか?」

 オーロ皇帝と両親の会話を遮るつもりなどなかったが、その問いは自然と口から漏れていた。
 オーロ皇帝は面白そうにその目を細めた。

「リヒトはなぜライオス・ティニを教育して仕事を与えようとしているのだ?」
「それは、未来への投資です」
「私もそうだ。言葉を飾れば未来への投資と言える」
「言葉を飾らなければ?」
「気まぐれだ」
「私はライオス様に対して気まぐれで声をかけたわけではございませんが?」
「そうか?」
「それに、私はオーロ皇帝のお役に立てるかどうかわかりませんよ。まぁ、気まぐれで教育してくださっただけなら感謝いたしますが」

 クックックッとオーロ皇帝は実に楽しそうに笑う。

「やはりリヒトは面白い。普通は私に期待されていることの方を喜ぶべきではないか?」
「皇帝の期待など重荷なだけです」

 それも、この小さな体が完全に地面にめり込んでしまいそうなほどに重い。

「気まぐれくらいがちょうどいいです」

 不意に、「リヒト!」と母上の厳しい声がした。

「オーロ皇帝のご厚意に甘えすぎですよ。申し訳ございまいません。オーロ皇帝」

 母上の謝罪の後にポカンッと私を見ていた父上も続いて謝罪した。
 中身の年齢的に接しやすいオーロ皇帝との会話の方が気楽なため、つい油断して態度が大きくなってしまっていた。

「いや、問題ない。帝国にいる間中、私たちはこのように気軽に話していたのだから」

 オーロ皇帝の言葉に「まぁ……」と、母上が瞳を少し見開いた。

「リヒトがこのような気軽な雰囲気でですか?」
「オーロ皇帝、どうやってリヒトの心を開いたのですか!?」

 私はいつも両親には敬意を払って話しているつもりだったのだが、両親からは私が心を閉ざしているように見えていたのだろうか?

 オーロ皇帝が呆れたような眼差しを私に送ってきた。

「リヒト、其方、両親を悲しませるでないぞ?」
「そのようなつもりはないのですが……」

 中身52歳の私よりも年下の両親はその若さで王と王妃という大役を担い、日々政務を頑張っているのだ。
 快活で豪胆で、魔塔の権威もしれっと利用していた図太いオーロ皇帝とは違う。
 私はそんな両親を尊敬しているし、応援しているし、労わってあげたいと思っていて、彼らには丁寧に接するべきだと思っているだけなのだが……



 夕食後、私は父上の執務室に呼ばれて、今日、ナタリアとの間にあった出来事を詳しく聞かれた。
 私がナタリアの顰蹙を買ったかもしれないことを謝ったが、両親は私を叱ることはしなかった。

「それは前もってナタリア様にお伝えしていなかったわたくしたちの責任だわ」
「それに、騎士たちの教育も行き届いていなかったな」

 そういえば今日、執務室の前の見張りの騎士たちを全て交代させたのだった。
 彼らが守るべきところを守ることができていなかったのは確かだが、それでも全員交代はやりすぎだったかもしれない。
 彼らが過度な罰を受けていないか明日にでも確認しておく必要があるだろう。



 翌日、私が騎士団の訓練場を訪れると、騎士団長がすぐに駆け寄ってきて私に頭を下げた。

「この度は見張りの騎士たちが業務を怠り、ご迷惑をおかけしたことを謝罪いたします」
「いえ。私も怒りすぎました。帝国の姫君に対して強く出れなかったのは仕方のないことでしょう。どうか、あまりキツく怒らないであげてください」
「王と王妃、そしてリヒト様をお守りする立場にも関わらず、権力に怯むなどあってはならないことです」

 いや、まぁ、それはそうなんだけど……

「かと言って、帝国の姫君に対して過度に強く出てオーロ皇帝を怒らせるわけにもいかなかったのも事実ですから」

 私の言葉に騎士団長は一つ頷き、「ですから」と騎士たちの食堂などが入っている建物の方へと視線を向けた。
 あの建物の中には会議室もあるはずだ。

「エトワール王にお願いして執事長をお借りしました」
「執事長ですか?」
「はい。執事は言葉を操るスペシャリストですから、帝国の皇帝、他国の王族などに対してどのように注意すればいいのか学ぶことにしたのです」
「なるほど。それはいい案ですね」

 さすが騎士団長だと私は安堵して部屋へと戻ろうとすると、今度は騎士団長から呼び止められた。

「あの、リヒト様」
「はい。何でしょうか?」

 騎士団長は少し言い難そうな微妙な表情を見せた。
 騎士団長がそのような表情を見せるなど珍しいことだった。

「どうされましたか?」
「あの……リヒト様がまた帝国に行かれることはありますでしょうか?」
「一応、一国の王子ですし、私の存在は公表してしまいましたから、しばらくは国外には出ないと思いますよ。成人してからなら他国への訪問もあるかもしれませんが」

「そうですか」と騎士団長は肩を落とした。

「帝国から帰ってきた者たちの腕が上がっており、その理由を聞けば帝国の騎士団長が指南してくれたというではありませんか……できれば、私も指南していただきたく……」

「騎士団長」と私は作り笑いを見せた。

「そのような気弱な言葉は聞かなかったことにします」

 私の笑顔に騎士団長は少したじろいだようで、すぐに「申し訳ございません」と謝罪した。
 一国の騎士団長が他国の騎士団長に指南してほしいなどとは思っても口にしていい言葉ではないだろう。

 実は、謝恩会の際に護衛騎士たちから帝国で訓練してもらったという話を聞いた時に、私もしてもらえばよかったと思ったことはもちろん秘密だ。






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