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お披露目編
68 救世主の受け皿 (宰相視点)
しおりを挟むこの国には忌まわしい慣習がある。
幸い、私の父親は私を売り渡すような人物ではなかったし、そのようなことをしなければいけない地位でも経済状況でもなかった。
しかし、我が家でも忌まわしい慣習の要求を避けることができない地位の存在がいた。
それが当時『少年狂い』と呼ばれた王だった。
そんな王に息子と一緒に登城するように命令された父は「すまない」と謝罪の言葉を繰り返して登城した。
王は金髪碧眼の美少年が好みだということは全貴族に知れ渡っていたから、全く王の好みには当てはまらない私は見た目を確認されたらすぐに解放されるものと思っていた。
しかし、王は私の姿を一瞥後に、「其方の息子をゲドルトの従者とする」と言われたのだ。
ゲドルトとは変態王の息子で第一王位継承者だ。
私と父は平静を装いながら内心では非常に焦っていたし、嫌悪感でいっぱいだった。
変態であっても王は王だ。
逆らえばその場で首を刎ねられても仕方ないため、父と私はその場はとにかく従順に振る舞った。
「とりあえず王子と会ってみろ」という言葉に従って王と別件で話があるという父とは離れて私は王子の部屋へと案内された。
王に仕える十数名の美少年の中の一人が王子の部屋へと案内してくれたが、彼らはまるで王族のように豪華な衣装を身に纏っていた。
そのデザインは女性向けのようで、使われている生地も薄く、彼らの華奢な体が服の上からでも想像できた。
自分とはまるで違うのに同じ性別であることに私は彼らに対しても嫌悪感を覚えた。
王子の部屋に通されると、王子は王とは似ても似つかない見た目をしていた。
王と王子よりも、王と王の愛妾たちの方が親子に見える。
それほど、王子は王との共通点が少なかった。
「私は王子の従者になるつもりはありません」
王とは似ていなかったけれど、これがあの変態王の子供かと思うとやはり嫌悪感があり、思わず正直に言ってしまった。
「なんて無礼な!」と王付きの従者は王子への無礼を咎めるような口調だったが、その目は笑っていた。
それは、私を貶める笑みではなく、王子を貶める笑みだとすぐ理解できた。
王子に対してなんて態度なんだと思ったが、それは私も同様だったため何も言えなかった。
そして、当の王子は「そうだな。それがいいだろう」と穏やかに微笑んだだけだった。
王子の従者になることを断ったのに、王の愛妾は私を王子の部屋に置いて戻った。
それもきっと王子への嫌がらせだったのだろうが、王子は特に気に掛ける様子はなかった。
結局、気まずい思いをしたのは私だけで、それは王子に失礼な発言をした私への罰となった。
「従者は不要なのだが、友達になってくれないか?」
私が気まずい思いをしていることを知ってか知らずか、王子はそんなことを言った。
「友達、ですか?」
「時々、其方の屋敷を訪ねるから、その時に色々な話をしよう」
自分の家ならばおかしなことをされる心配もなく安心かと私は了承した。
この時の私は実際に王子の友達になる気など全くなかった。
王子は王のような悪質な趣味はなさそうだとは思ったけれど、それでも変態の息子と友達になどなりたくなかったし、変態の息子なのだから今は違っていても成長過程で変態になる可能性はあると思っていた。
父親同様に変態になりそうな気配があったらすぐに縁を切る必要があると思っていたし、それにはあまり親しくなるのは危険だとも考えていた。
しかし、そんな私の警戒は王子と数回会って話をしているうちに消えてしまった。
家に来るたびにゲドルト王子は剣術や魔法の話をし、私が魔法よりも剣術の方が好きだと言えば手合わせをし、時には馬で遠乗りに行ったり、お忍びで街に出たりもした。
うちのメイドや使用人たちもゲドルト様に対して最初こそ緊張したり、警戒心を見せたりしていたが、すぐにそれもなくなった。
ゲドルト様は穏やかで、かつ健全な性格で、人の心を掴んでいった。
同年代の子息のパーティーで会ったエーリッヒをゲドルト様に紹介し、私たちはよく三人で会うようになった。
「私は、この国の忌まわしい慣習を変えたいんだ」
そうゲドルト様が言ったのは、私がゲドルト様の従者になるのも悪くないと思ってきた頃のことだった。
真剣な眼差しのゲドルト様から私は少し目を逸らして、エーリッヒとなんとはなしに目配せした。
「慣習なんて、そう簡単に変えられるものじゃないですよ」
エーリッヒの言葉に私も頷いた。
私だって子供を売り買いするようなおかしな慣習なんて絶対にない方がいいと思っているし、なくせるものならなくしたい。
けれど、その醜い行いはこの国に浸透しているし、何より、王が望んで活用しているのだ。
この国を統治する王が、あまりにも醜くて……きっと、他国からはこの国そのものが醜く映っていることだろう。
「簡単じゃなくても、必ず変える……私は、自分の子供に自分が統治する国を嫌悪してほしくはないから」
ゲドルト様のその言葉と眼差しで、ゲドルト様がこの国を嫌悪しているのだとわかった。
ゲドルト様は忌まわしい慣習を慣習としてしまったこの国の貴族を嫌い、子供を貴族に売る平民を嫌い、幾人もの愛妾を侍らせている自分の父親を心から軽蔑し、嫌悪しているのだ。
「わかりました」
私はゲドルト様の前に騎士のように膝をついた。
「私が協力いたします」
私の言葉に続き、エーリッヒも私を真似てゲドルト様の前に膝をついた。
「私もお役に立てるように精進いたします」
私たち二人は、仕えるに値すると認めた王子に忠誠を誓った。
まず、私たちが手始めに行ったのはゲドルト様の婚約者選びだった。
実は、この時すでに私とゲドルト様が恋仲なのではないかという嫌な噂が貴族たちの間に広がっていた。
そのため、私たちはそれが事実ではないことを示すためと、子供たちを献上品として送られないように婚約者選びを急いだ。
婚約者はゲドルト様同様に、下位の貴族たちから同性の子供を何度も献上されかけてうんざりしていた私の従姉妹に決まった。
二人はお互いに計算があっての婚約ではあったが、慣習を嫌っているという共通点もあり気が合った。
幸いにも国王は国王という地位には興味がなかったようで、ゲドルト様が成人するのに合わせて役目を終えたとばかりに少しの執着もなく玉座をゲドルト様に譲って自身は離宮に住まいを移して愛妾と過ごしていた。
少年から青年となった愛妾は離宮から追い出され、新しい愛妾が献上されていた。
そのような悍ましい行いは繰り返されていたが、ゲドルト様が国王になったからにはこのような慣習がなくなるのも時間の問題だと思っていた。
しかし、慣習をなくすために新たな法律を立案しても貴族たちに反対され、慣習を使っていない貴族たちを集めて票数を集めようとしても、明確なメリットもないのにまだ力を持たない若き王に味方してくれる貴族は多くなかった。
慣習をなくすための我々の計画はなかなか進まず、苛立ったゲドルト様が慣習を好んで利用していた貴族たちを蔑ろにするようになると、彼らは屋敷から子供たちを追い出して表面的には身綺麗なふりをした。
そのために身元不明の子供たちの餓死者が街で見つかるようになったりもした。
金品や権力と引き換えに売られた身とはいえど、貴族社会で贅沢に慣れ親しんだ子供たちが急に外に出されてもうまく生きていくことはできずに死んでいくのだ。
我々はそうした現実に動きを封じられた。
ゲドルト様と従姉妹が結婚して子供が産まれると、我々には心配事が増えた。
赤子は前王の血を強く引き継いだような金髪碧眼だったのだ。
美しい王子の存在が知られれば前王が何をするのかわからないため、我々は王子をできるだけ人目に触れさせないように配慮した。
王妃の親友だったヴィント侯爵に乳母を任せ、前王にはゲドルト様とよく似た子供だと嘘の報告を行った。
幸い、政治に興味のない前王は裏で情報を集めるような人材などはこれまで作ってこなかったようで、真実を前王に知らせる者はいなかった。
王子が大きくなるにつれて、我々は乳母であるヴィント侯爵から信じられない報告を聞くことが増えた。
リヒト王子は歩くのも話すのも早く、幼くして数字や文字への関心が強く、我々が何か教える前から学ぶという行動を知っているようだった。
さらに、魔力量が多く、魔法への関心も強いようで、独学でいくつかの魔法も使えるようだと乳母が報告してくれた時には天才を通り越して神その人か、神の使いなのではないかと思うほどだった。
そして、そんなリヒト様はどういうわけか辺境の領地を任せている伯爵家に興味を持ち、騎士団に伯爵夫妻の行動を見張らせた。
一体何の目的があってそのようなことをしているのかと思ったら、伯爵夫妻が盗賊に襲われ、それを騎士団が助けた。
そのことがきっかけで伯爵夫妻が離婚するという意味のわからないことが起こったが、伯爵夫妻の使用人任せの領地運営が発覚して、領地は没収。
伯爵夫妻の息子はヴィント侯爵が養子にし、同時にリヒト様の従者にすることになり……
怒涛の展開に何が起こっているのかわからなかったが、リヒト様はどうやら伯爵夫妻ではなく、その子息のことが気がかりだったのだということはなんとなくわかった。
そして、気にかけていた存在を手中に収めたのだから見事なものだ。
さらにリヒト様は魔塔主に気に入られ、帝国の皇帝に目をつけられて帝国に招待されたかと思えば、気に入られて1年間帝国で最上級の学者をつけられて学びを深めるということになった。
さらにリヒト様のお披露目と同時にエトワール王国は帝国の傘下に入り、帝国法を施行することになり……
我々がなしえなかったことをまだ幼いリヒト様はあっさりと成し得たのである。
もちろん、ご本人としては色々と試行錯誤しての結果だったのだから、あっさりという感覚はないだろうが、我々は十数年かけて変革をもたらすことができずに暗礁に乗り上げていたところなのだ。
もちろん、我々には悔しさなどなく、きっとリヒト様のような救世主を受け入れる下地を作るために我々が必要だったのだと考えている。
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