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お披露目編
67 証
しおりを挟む「失礼いたしました。私はドレック・ルーヴ、先ほどリヒト殿下の前でヴィント侯爵とそのご子息に無礼を働いてしまったルーヴ伯爵の弟です。兄の無礼を詫びに参りました」
「弟君が家長の無礼を詫びるなど、そのようなこともあるのですね。勉強になりました」
「家長ではありますが、今は私の事業を手伝っている私の部下でもありますので」
周囲で聞き耳を立てている貴族たちが冷笑を浮かべる。
家長が弟の事業を手伝うなど本来はあり得ないことだ。
領地を持たない貴族たちはそれぞれ仕事をしているが、それでも家長が先導して弟妹はそれに従うものだ。
もしくは、全く別の仕事を行なっていたり、それぞれ王宮に仕えたりするが、その際も長子の役職が上になるのが普通だ。
弟の下で働くなど長子にとっては恥でしかない。
「リヒト殿下には我が社で作っている品をお持ちしました」
ドレック・ルーヴは懐から小さな箱を取り出して蓋を開けて中身を見せてくれた。
大人の手のひらサイズの箱の中にはカードが入っており、最初はトランプかと思ったが、書かれていたのは数字ではなく文字だった。
「カルタですか?」
私の言葉にドレック・ルーヴは満足そうに微笑んだ。
「リヒト殿下はすでに文字を覚えておられるようですから必要ないかもしれませんが、カルロ様や他のお友達と遊ばれる時にお使いください」
乳母の視線を受けてシュライグがドレック・ルーヴからカルタを受け取った。
ドレック・ルーヴは「贈答用におもちゃやゲームがご入用の際にはお声がけください」と商売人の愛想のいい笑顔を見せて去っていった。
最初から最後までカルロには視線を向けなかった。
ゲームのドレックとは違い、カルロに興味を持っていないのか、それとも、そのように演じて隙ができるのを見計らっていたのかはわからない。
ドレックとの対面で疲れた私は子供の特権を生かして早々に会場を後にした。
カルロを連れて自室に入り、そこでやっと一息ついた。
「お食事をお持ちします」と乳母が厨房へ行こうとする。
「メイドに頼んだらいいのではないですか?」
食事を摂りに行くのは乳母の仕事ではないだろう。
しかし、乳母ははっきりと否定の言葉を口にした。
「このように多くの者が城の中にいる時には誰がどのような考えで場内に入り込むのかわかりませんから、リヒト様のお食事には十分に注意しなければなりません」
「リヒト様はカルロとお待ちください」と乳母はカルロに目配せして部屋を出た。
グレデン卿も部屋の前で護衛をすると言って部屋の扉を閉めた。
私がソファーにだらしなく座ると、カルロが「少しお待ちください」と足早に従者の部屋へ行った。
部屋からすぐに戻ってきたカルロの手には小箱があった。
式典前に言っていた誕生日プレゼントだろうか?
「リヒト様、改めましてお誕生日おめでとうございます」
カルロが差し出してくれたプレゼントを私は受け取る。
「ありがとう。カルロもお誕生日おめでとう」
カルロから受け取ったプレゼントを早速開けて、私は小箱の中身に驚いた。
そこには、リングが二つ。
「僕、リヒト様とお揃いのものがどうしても欲しくて……つけなくてもいいので、持っていてもいいですか?」
二つの指輪はどう見ても子供には大きなサイズで、親指にさえはまらずに落ちてしまうだろう。
そんなサイズの指輪を贈ってきたのはきっとつけられないことをわかっていての配慮というか、遠慮の気持ちがあったのだろう。
お揃いのものをどうしても欲しかったという気持ちも、そんな遠慮の気持ちも可愛くて私は笑った。
私はカルロの手を引くと、隣に座らせた。
そして、ポケットからカルロとお揃いの懐中時計を出すとそのチェーンに指輪を通した。
「これで、一緒に持ち歩けるだろう?」
カルロの瞳がキラキラと輝き、自分のポケットから懐中時計を取り出した。
私はそれを受け取ると同じようにチェーンに指輪を通した。
「リヒト様、僕、この指輪が指につけられるくらい大人になった時もリヒト様の隣にいたいです!」
今の私たちには大きな指輪だけれど、子供の成長は早い。
おそらく、十代半ばくらいでこの指輪をはめることは可能になるだろう。
その頃ならまだカルロもナタリアと結婚まではしていないだろうから、きっと私の隣にいる。
そう思って、私は頷いた。
「もちろん、カルロは私の隣にいるよ」
ちゃんとナタリアと幸せになるまでは私が守るからね。
「そういえば、なぜリヒト様はこのカードの名前をご存知だったのですか?」
食事を運んできた乳母がドレック・ルーヴが献上したカルタをさして言った。
「なぜというのは?」
「ドレック・ルーヴは遊具作りの天才と言われ、これまでも子供たちのための商品を色々と作っていましたが、私はこのカルタというカードを初めて見ました。おそらく、これから売り出す新商品をリヒト様に献上されたのだと思います」
私は乳母の語った内容に驚いた。
確かに、私が子供の頃に与えられたカードゲームはトランプだけだった。
まだこの世界になかったカルタを作り、そして、ドレック・ルーヴには私がカルタを知っていたことに驚く様子がなかった。
もしかして、彼は私がゲームで見てきたドレック・ルーヴとは別人なのだろうか?
私と同じ転生者なのだとしたら、カルロに全く興味を示さなかったことも理解できる。
そして、もし、彼が転生者なのだとしたら、おそらく、私も転生者なのかもしれないと勘付いているのだろう。
だから、わざとこの世界の人間が知らないカルタを持ってきた。
ドレック・ルーヴについては情報ギルドが詳しく調べてくれているはずだ。
多くの情報の中から私が欲している情報だけを知らせてくれていただろうから、今度は彼がこれまで作ってきた玩具について聞いてみよう。
何か転生者だというヒントが隠れているかもしれない。
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