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お披露目編

62 お揃いと試食会

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 エトワールに戻った翌日からお披露目のための衣装作りが始まり、授業の代わりに式典での挨拶を覚えたり、式典の流れを確認しながらのリハーサルを行ったりと忙しくなった。

 もちろん、使用人たちは会場設営や招待客の確認、休憩室を整えたりと私以上に忙しく動き回っている。

 厨房の料理人たちも式典の後のパーティーで振る舞われる料理のメニューを考え、試作品を作ったりと忙しそうだ。
 包丁以外にも珍しい香辛料なども買ってきていたから役に立てばいいけれど。

 それにしても……

「試着が多すぎないかな?」
「どのような色や形がお似合いになるのかを詳しく調べなければいけませんから」

 私が帝国に行っている時から王室専属のデザイナー数名と母上や侍女たちが案を出し合って、様々な衣装デザインが上がり、その中のいくつかを仮縫いしたとは聞いていた。
 それらを実際に着てみてからデザイン案をさらに絞るのだと聞いてたが、一体いくつ仮縫いをしたというのか……
 もうかれこれ2時間ほどは着せ替え人形となっている。

 ちなみに、カルロの衣装のデザインも頼むと、カルロは私が着なかった衣装を着るから大丈夫だと言った。
 しかし、これらのデザインは私に似合うように考えられたものであり、カルロの淡い金色の髪と紫水晶のような美しい瞳に似合う衣装は別なはずだ。

 最初は遠慮していたカルロだったが、私がプレゼントすると伝えるとその頬を染めて嬉しそうにはにかんだ。
 はい。今日も可愛い。すごく可愛い。最高に可愛い。

 そうして、カルロも同じ部屋で採寸やら色合わせやらを行っている。
 とりあえずは私のための仮縫いの衣装で色合わせを行っているが、私が着た後に同じものを着ているのでなんだか申し訳ない。

 しかし、カルロが似合いそうなものだけを着てみたらいいと言ったのに対して、カルロは私が試着したものを全て着てみたいと言ったのだ。
 なんでも私の真似をしたがるところがとても可愛い。
 本当に弟みたいだ。

「お二人は主従関係のはずなのにまるでご兄弟みたいに仲がいいですから、お揃いの衣装でも可愛いかもしれませんね」

 一人のデザイナーの言葉にカルロの表情が一気に明るくなったが、その案は乳母によってすぐに却下された。

「リヒト様のお披露目の会に似たような衣装を着るのはダメです」

 乳母の言葉にカルロの表情が曇る。

「では、普段着のお揃いならいいですか?」
「まぁ、それなら……」
「お忍びで街に行く時の外套はどうですか? 兄弟に見えれば、一人っ子の王子だとは思われないかもしれません」
「そうですね」

 私の提案に乳母が少しだけ表情を和らげた。
 一人っ子だとは思われないという提案はポイント高そうだ。

「それから、目立たないシャツやズボンのお揃いなら問題ないのではないですか?」
「それは、それぞれに似合う色がありますから」

 乳母の表情がすぐに険しくなってしまった。
 乳母が納得できる提案をするのはなかなか難しい。

「デザインのお揃いはどうですか?」
「リヒト様はカルロを甘やかしすぎですよ」

 またしても提案に失敗し、乳母の眉間の皺が深くなってしまった。

「お披露目の日に着るもののお揃いは絶対にダメですからね?」

 乳母の許容範囲を徐々に広げればいけるかと思ったのだが、見破られてしまった。
 しかし、そこで先ほどの案を出したデザイナーさんが言った。

「皇室の式典で着られた王妃様のドレスや王子様の衣装などは後に映写の魔導具で王都の者たちに広まり、デザイナーがその写真から研究してデザインを真似て商品化されることが多いのです。もちろん、王族の来た衣装をそのまま真似ることはありませんが、シャツやズボンのデザインくらいは簡単に流通してしまいます。誰もがリヒト様の衣装を真似る前に従者であるカルロ様がお揃いのものを持っていてもいいのではないでしょうか?」

 デザイナーさんがなぜそんなに熱弁してくれるのかはわからないけれど、私もカルロが望むのならお揃いの衣装を揃えてあげたい。
 ……というか、全く見ず知らずの子供達が私と同じ格好をするというのは少し微妙な心持ちになる。
 流行りの先端を担っているのが王族や上級貴族だから仕方ないのかもしれないけれど。

 乳母は少し考えてから「仕方ないですね」と根負けしたようにため息をついた。

「リヒト様は当日は丈の長い飾りのたくさんついた上着を着ますから、中のシャツとズボンならばお揃いでも問題ないでしょう」

 私とカルロは乳母にお礼を言った。

「でも、王様や王妃様が反対された場合にはダメですからね?」

 乳母は最後にそのように付け加えたが、私の両親がそのようなことで反対するはずがない。
 なぜなら、私の両親は親バカでこのような些細な願いであれば大抵聞いてくれるからだ。

 そう気楽に考えていたのだが……



「普段使いの衣装のお揃いは問題ないけれど、お披露目の時はどうかしら……」
「少し心配があるな」

 目立たない部分をちょっとお揃いにするくらいの願いならば簡単に通ると思っていたのに、予想に反して両親は難色を示した。

「どうしてですか?」
「万が一気づかれたら、カルロが婚約者候補だと勘繰る者が出るわ」
「でも、我が国では同性婚は認められていないですよね?」
「お披露目の日に帝国の傘下に入る調印式も行われるのですよ? もしかすると、リヒトとカルロが婚約をするために帝国の傘下に入ると思われるかもしれないわ」
「そうなると、カルロはリヒトにとっての弱みだと思われてカルロの身が危険に晒されるかもしれない」

 両親の話を聞いて、私は仕方なくお披露目の日のカルロとのお揃いを諦めた。

 最初はカルロの希望を叶えたいだけだったのだが、思いの外私自身も楽しみにしていたようで、少しがっかりした。
 しかし、やはり私以上にカルロはあからさまに落ち込んでしまっている。

 何かカルロを慰めるものがあればと考える。
 完全に見えないところであれば問題ないのだろうが、そうなると下着だろうか?
 しかし、この世界の下着……女性用の下着のことは知らないが、男性用の下着にはそれほどデザイン性はなく、私とカルロは同じ商会が用意したものを身につけているからすでにお揃いのようなものだ。

 人目に触れずに身につけておけるもので、万が一見られても、パッと見てすぐにお揃いだとは思われないもの……
 私はしばしこの難題に思い悩むこととなる。



「リヒト様、今日のお昼は食堂でとってほしいと料理長からお願いされています」
「いいですけど、どうしてですか?」

 朝食と夕食は両親と一緒に食べるため食堂を使っているが、私はだいたい昼食を勉強部屋で摂っている。
 昼時は多忙な両親がゆっくりしていられる時間ではないし、私一人ならばそれほど多くの料理を並べる必要がないからだ。

「式典後のパーティーでお出しする料理を試作したので感想が聞きたいそうです」
「そうですか。わかりました」

 私が帝国からお土産を買ってきてから包丁の素晴らしさを伝えてくれたり、香辛料の使い方について相談されたり、料理長に話しかけられることが増えた。
 普通の王族は料理人と口をきいたりしないため、これまでは料理長はかなり遠慮していたそうなのだが、本当は私や両親に何か料理に不満などないか聞きたかったらしい。

 私が気にせずに声をかけてほしいと伝えると本当に声をかけてくれるようになって、最近では料理長は乳母や執事に目をつけられている。
 しかし、料理人としてはやはり、主人の「美味しい」という言葉が聞きたいのだろう。
 主人のために毎日料理を作っているのに一言の感想もないのはやはり寂しいようだ。

 食堂に行くとテーブルの上にずらりとさまざまな料理が並べられていた。

「リヒト様の小さなお体ではすべてを味見するのは無理だと思いますので、気になったものをお取りします」

 料理を取り分けてくれるのは普段ならば給仕の役割なのだが、どうやら今日は料理長自身が給仕もしてくれるようだ。

「それでは、料理長がおすすめの料理を三点とパーティーで出そうかどうしようか迷っている料理を三点ください」

 これまでの会話から料理長は細かく指示されるよりも任せてもらうことのほうが好きなことは把握済みだ。
 案の定、「では!」とテーブルに並べられた料理の中から三点ずつ選んでいる。

 料理長は選択できるものでもカルロがいつも私と同じものばかり選んでいることを知っているのか、カルロには特に何も聞かずに私と同じものを提供してくれた。

「できるだけ多くの方の意見が聞きたいのですが」

 料理長はチラリと乳母とグレデン卿に視線を向けた。

「乳母とグレデン卿、それからシュライグも席について、気になる料理を試食してください」

 両親は多忙で食堂には来られないことを私に伝えた乳母は仕方なさそうに席につき、グレデン卿とシュライグにも座るように勧めた。

「リヒト様、執事長とシュヴァイグもお呼びしていいですか?」
「いいですけど、どうしてですか?」
「当日用意されるお酒やそれ以外の飲み物を発注して管理するのがシュヴァイグですので、どのような味の料理が出るのかを把握しておいたほうがいいと思います」

 シュライグの提案を聞き入れ、私はメイドに指示を出して執事長とシュヴァイグを呼んでもらった。

 執事長とシュヴァイグは当日用意するお酒などのすべての飲み物の味をしっかり覚えているようで、飲み物ごとにどのような味の料理が合うかを真剣に語り始め、料理長もしっかりとメモを取っていた。

 私たちの感想など特に必要なさそうだったが、それでも一応、おすすめの料理はすべてパーティーで出しても申し分ない出来であることと、出そうか迷っている料理に関しては細かく感想を述べると、料理長は喜んでくれた。




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