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お披露目編

61 謝恩会 後編

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「ナタリア様とは、誰なのだ?」

 ああ、話が全然そらせていなかった。

 カルロがナタリアのことを話したことで明らかに事態は悪化したが、しかし、カルロが悪いわけではない。

 帝国の騎士団長がエトワール王国の騎士たちの指南役をしてくれていたことなど私は知らなかった。
 そのことを前もって知っていたなら、もう少しマシな説明ができたはずなのだが、急に知らされたことに私もオーロ皇帝が私に対して格別な待遇をしてくれていたことを隠す言葉が瞬時には出てこなかったのだ。

 私はこれまでずっと両親にはオーロ皇帝と夕食を共にしていたことなど、私に対して他国の王子以上の格別な待遇を受けていたことは隠してきたのだ。
 そのような話をすれば、私を養子にと格上の帝国が言ってきたらどうしようと両親が心配することはわかっていたからだ。

 実際に、オーロ皇帝は冗談とは言えど、養子とかナタリアの婿にどうかという話をしてきたわけなのだから、そのようなことを知った親バカな私の両親は落ち着いてなどいられないだろう。

「ナタリア様とはオーロ皇帝の孫娘です。ご両親がすでに他界していることからオーロ皇帝の庇護の元、お城に住んでおりました」

 ナタリアはずっとオーロ皇帝の元にいるため、父親だけでなく、もしや母親も? とは思っていたけれど、どうやらなんらかの理由で母親も亡くなっていたらしい。
 カルロはちゃんとナタリアの話を聞いて、大国のお姫様ではなく、一人の人間として接していたのだろう。
 うちの子はなんて優しくて賢くて尊いのだろう。

 私が無意識のうちにカルロのサラサラな髪をなでなでしていると「リヒト」と母上の声が耳に入った。

「養子だの婚約のお話などがあって、どうしてわたくしたちに何も教えてくれなかったの?」
「そのような話、オーロ皇帝の冗談ですから、母上と父上に無用なご心配をおかけしたくなかったのです」
「万が一、冗談じゃなかったからどうするのだ?」

 両親に怒られる私の腕をカルロは引っ張った。

「王様! 王妃様! 僕がリヒト様をお守りしますので大丈夫です!」
「カルロ、今度、リヒトがまた何かを一人で解決しようとしていたらすぐに私たちに教えてくださいね」

 王妃からの願いではカルロが断れるはずもない。
 そう思ったのだが、カルロは私の腕にしがみつくように腕を回して、王と王妃に立ち向かった。

「僕はリヒト様のことを全力でお守りしますが、リヒト様の侍従ですので、リヒト様のご命令が一番大事です! 王様と王妃様はその次です!」

 ああ~! カルロが可愛い~! すごく可愛い~~~!!
 でも、それは言っちゃダメだよ~!

 私は両親からカルロを守るために身構えたが、母上は「それはそうね」とあっさりと納得していた。
 王国の最高権力者である王に次ぐ権力……いや、父上が母上に頭が上がらないという意味では、実質、母上が最高権力者と言っても過言ではないのにも関わらず、自分の命令を一蹴した者に対して怒るでもなく納得するとは、私の両親が無闇に権力を振るうような人たちではなく良かった。
 それどころか、カルロの回答にどこか満足そうでもある。

「母上、なんだか嬉しそうですね」
「リヒトに必ず味方になってくれる人がいると改めて確認できて嬉しいのよ。帝国はきっとエトワール王国なんかより素晴らしいところだったでしょう? それでも、カルロはそこに残りたいと思うこともなく、この先もずっとリヒトに仕えてくれるってことでしょう?」
「もちろんです! 私は絶対にリヒト様のそばから離れません!!」

 成人してナタリアと婚儀を結ぶまではきっとカルロは私の側で仕えてくれるだろうが、その後はエトワール王国にいてもいいし、帝都に行ってもいいように準備をしなければいけないな。

「私たちもリヒト様にお仕えし続けたいです!」
「我々も、エトワール王に、そして将来的にはリヒト様に忠誠を捧げます!」

 我々の近くで話を聞いていたらしい帝国に随行してくれたメイドや騎士たちまでそう言ってくれた。

「リヒトは皆に慕われているな」

 父王の言葉に私は笑った。

「父上と母上の子だからでしょう」

 息子大好きな親バカな両親が震えている間に私は料理を取りに向かった。
 両親のところには給仕の者が並んでいる料理とは別に一皿ずつもってきていたが、私は自分で取りに行くからと断っていたのだ。

 私はカルロと共に食べたい料理、気になる料理をお皿に取り分けて他の者と一緒に立ったまま食べた。

「リヒト様、これ美味しいですよ!」
「私はこちらがおすすめです」

 私たちに気づいた者たちが自分たちのおすすめの料理を教えてくれる。

 王や王妃の前でハメを外しすぎるのは良くないため、お酒は提供していないが、美味しい料理に騎士たちは満足げだ。
 メイドたちはもうスイーツに移行している。

 この場では仕事をすることは禁じていたため乳母は私の専属メイドたちと一緒に、そしてグレデン卿は他の騎士たちと一緒に食事を楽しんでいた。

 シュライグもこの会場にいるはずなのだが、すぐに探し出すことができずに食堂内を見回すと部屋の隅の椅子に座って一人で食べていた。
 立食パーティーではあるが、座りたい者もいるだろうと壁にはいくつか椅子を並べていたのだ。

 シュライグは元々この城に勤めていた者でもないし、執事で随行したのは彼だけだからこの場には仕事仲間もいない。
 私は彼への配慮が足りなかったことに気づいて急いでシュライグの元へと行った。

「シュライグ、すみません。一人で食べさせることになるなんて」
「気になさらなくても大丈夫ですよ。執事は他の使用人よりも人数が少なく、普段から順番で一人ずつ食事をとっていますから」

 それならなおのこと、このような場で仕事をしてはいけないなどの命令をするべきではなかっただろう。

 カルロの世話焼きとしてそばにいれば、少なくともこのように部屋の隅で一人で皆の様子を見ながら食事を摂る必要はなかったのだから。

 私はカルロと一緒にシュライグの隣に座った。

「お待たせしてしまいましたが、一緒に食べましょう」
「一人でいたために気を遣わせてしまったようですね。すみません」

 シュライグが困ったように眉尻を下げた。

「リヒト様とカルロ様に気を遣わせてしまうくらいならメイドさんたちのお誘いを受けるべきでしたね」

 それはどういう意味だろうと話を聞くと、何人かのメイドに一緒に食べようとか隣に座ってもいいかと声をかけられたそうだがそれを断ったらしい。

 それを聞いて、私はもしかすると私たちが来たことによってシュライグに声をかけるというメイドたちのチャンスを奪ってしまったのかもしれないことに気づいた。
 一人でいるからといってシュライグははぶられているわけではなかった。
 むしろ、モテていた。モテモテだった。

「シュライグはモテるだろうとは思っていましたが想定以上にモテていましたね」

 私の言葉にシュライグは眉尻を下げて笑った。

「シュヴァイグと比べたら私などモテているなどとは言えません」

 そこでなぜコミュ力おばけのシュヴァイグと比べるのだろう。
 二人は兄弟でも全然タイプが違うため、その比較はあまり役に立たないように思えた。
 シュヴァイグはシュライグによく似た端正な顔立ちでその上明るくてコミュ力がすごいのだ。
 シュライグには話しかけ難いという子でもシュヴァイグになら気軽に声をかけることができるだろう。

「兄さんは前から僕の方がモテると勘違いしているみたいだけど、僕に話しかける半数くらいの子は兄さんのことを聞きに来るんだよ?」

 執事の仕事で食堂にいたのであろうシュヴァイグが話に入ってきた。

 半数くらいの女性はシュライグの話だが、残りの半数はシュヴァイグ狙いということだろう。
 モテモテ執事兄弟め。

 私たちが話をしていると室内を照らす魔導具の光を遮って影が差し掛かった。
 何事かと視線を上げるとガタイのいい若い騎士たちが数名立っていた。

「あの、どうしたらシュライグさんたちみたいにモテるのでしょうか?」

 どうやら彼らはこっそりと聞き耳を立てていたようだ。
 その誰もが真剣な眼差しだ。

「どうしたらと言われても……わかりません」

 シュライグはモテようと思って振る舞っているわけではない。
 むしろ、だからこそモテているのだと思う。

 騎士たちががっかりと肩を落としたが、ここはコミュ力おばけのシュヴァイグの出番だ。

「たいていの女の子たちは優しい人が好きですよ。困っていたらすぐに手を貸してあげたり、優しい言葉をかけてあげたらいいと思います」

 ふむふむとシュヴァイグの話に騎士たちは真剣な顔をして聞き入っている。

「シュヴァイグは誰とでもすぐ仲良くなれてすごいですね」
「リヒト様も誰とでも仲良くできるではないですか?」
「いや、私のは……」

 シュライグの言葉に私は戸惑った。
 たいていの人間が子供のように見えているからだとは言えない。
 大人とは、年下の若者に親切にするものだろう?




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