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お披露目編
58 帰国
しおりを挟む春が訪れ、ルシエンテ帝国に来てから一年が経った。
「まだ一年は経っていないがな」
いよいよ明日帰路に着くという日の晩餐の席でオーロ皇帝がそんなことを言った。
「正確に一年間もこちらにいたら私は7歳の誕生日を過ぎてしまいます」
とは言っても、私も誕生日一週間くらい前に帰ればいいかと思っていたのだが、まだひと月も前なので、帝国にいたのは11ヶ月くらいということになる。
「帝国で盛大に祝ってやるぞ?」
「エトワール王国でも公表されていないというのに帝都でそのようなことを行えば、私がどこの出身の者なのかわからなくなるではないですか」
「其方につけた教師陣が其方の利発さを褒めていた。私の養子にしてもいいくらいだという。其方が養子になれば皇太子問題も万事解決だな」
「オーロ皇帝の養子になど恐れ多いです」
皇太子やナタリアもいるというのにその末席に加わるなど速攻で命を狙われるだろう。
主に、私という存在を目障りに思う貴族たちから。
「それにしても、明日経つのは早すぎるのではないか? どうせ魔塔主が送るのだろう?」
「魔塔主が送ってくれるから明日なのです。本来はひと月以上前に出なければならなかったのです」
エトワール王国へと私が戻ってから一ヶ月かけて私のお披露目のためのパーティーの準備をするのだ。
それは買い付けや会場準備だけではなく、私の衣装や帝国傘下に加わることを発表するための打ち合わせなどもある。
誕生日の数日前に戻ってはそれらの準備が全然間に合わないのだ。
「衣装ならば私が用意しよう」
「辞退いたします!」
まるで私の頭の中を読んだようなオーロ皇帝の言葉に私は反射的に答えた。
「其方、そんなに両親が恋しかったのか?」
この人は今更一体何を言っているのだろう?
普通、6歳の子供が大好きな両親と離れたら一週間と持たないはずだ。
いくら王子としての教育を受けていても、両親から離れているストレスは大変なものだろう。
しかし、中身52歳のおじさんである私にはそんなことは関係ない。
つまり、今も私自身が早々に帰りたくてオーロ皇帝からの申し出を断っているわけではない。
「このふた月ほど、毎日のように両親から手紙が届くのです」
「ああ」とオーロ皇帝は納得の声を出した。
「両親がもう持たぬのか」
「はい。宰相や他の家臣からも早々に戻って欲しいという手紙が届きますし……政務に支障をきたす前に戻らなければなりません」
「其方も色々と大変だな」
大変になっている大きな要因であるオーロ皇帝に同情するような眼差しを向けられた。
翌日、私たちは魔塔主の転移魔法により帰路についた。
今度は、メイドや騎士たちを含めて全員を転移してもらった。
別れの際にはカルロと離れることを寂しがってナタリアが泣くかもしれないと少し心配になったが、ナタリアの眼差しには強い意志が見て取れた。
将来のカルロとの関係について覚悟を決めたのかもしれない。
女の子は強いな。
むしろ泣きそうになっていたのはラルスだ。
「グレン兄さんと話しているみたいで嬉しかったのに」と瞳に涙を浮かべていた。
ラルスはどうやら、どこまでも弟気質のようだ。
魔塔主にお願いしてエトワール王国の城の裏門に全員を転移してもらった。
裏から入るから出迎えはいらないと伝えていたにも関わらず、両親は出迎えに出ていた。
仕事はどうしたのかと思ったが、私に期待の眼差しを向ける宰相と第一補佐官の様子から、私が帰ってから仕事をするつもりらしいことが伺えた。
「おかえり! リヒト!」
「おかえりなさい! リヒト!」
私に抱きつく両親に「ただいま戻りました」と私は微笑み、言葉を続ける。
「本日のお仕事は全て終わったのでしょうか? お仕事が残っているようでしたら、久しぶりのエトワールの夕食の席で私はひとりで食べることになりそうですね」
父王と母上は急いで執務室へと戻った。
宰相と第一補佐官は口パクで私に感謝を伝えてから二人の後を追いかけた。
「それでは、私は一旦戻ります」
魔塔主に私は送ってもらったお礼を伝える。
魔塔の魔石の修復には時間がかかっているようだが、それでも魔塔を転移することに問題はないということで、近日中に転移させるつもりのようだ。
「魔塔の転移の時期は私のお披露目の後です。転移の場所は……」
「そう何度も念を押さなくてもわかっています。帝国の時と同じように城の裏側ですね」
魔塔主は笑って言った。
帝国にいる時から繰り返し伝えているが、魔塔主が勝手をしないためにはしつこいくらいの方がちょうどいいだろう。
「そこの裏門を出た辺りにお願いしますね」
ちょうど裏門にいるので、私はそこから見える空間を指差した。
この城の周辺は草原で、オーロ皇帝の城のようにすぐ裏が森というような作りにはなっていない。
「何もないので、森ごと転移するにはちょうどいいですね」
「森を転移するのは大変だから分割で転移するという話ではなかったですか?」
「魔石を修復させながら魔力の圧縮や転移時の魔石への負荷の軽減などを研究していまして、もしかすると森ごと転移できるかもしれないという計算が出ているのです」
魔塔の根幹に関わる魔石にヒビが入るという大事件が起こっても、それさえもプラスにしてしまう魔塔の魔法使いたちは本当に天才の集まりなのだろう。
「帝国の城は急に森がなくなると困るのではないですか?」
主にセキュリティ的な意味でと思ったが、「いえ」と魔塔主は否定し、説明してくれた。
「我々がエトワール王国へ転移したことはすぐに帝国傘下の国々や帝国外の国にも伝わるでしょう」
どうせ攻めてくるような国があるなら見通しがいい方がいいということだろうか?
「だから、備えてはいてもなかなか使えなかった武器を試すことができて楽しみだと皇帝が言っていました」
オーロ皇帝は戦闘狂ではないが、戦うことが嫌いなわけでもないため、向かってくるのなら喜んで楽しんで受けて立ってしまうのだろう。
「しかし、各国の王族はそのようなオーロ皇帝の思考もある程度わかっているでしょうから、我々魔塔がいなくなったところで反逆など起こさないと思うのですけどね」
魔塔主を見送った後、帝国までついて来てくれた騎士やメイドたちに労いの言葉をかけて、夕食の時間まで今日はゆっくりと休むように伝えた。
荷物は随行しなかった他のメイドたちや使用人たちが手分けして運んでくれる。
私はメイド長を呼び止めて、みんなで分けるようにといくつかのお菓子の包みを渡す。
それから私は二つの包みを手に取り、厨房へと向かった。
厨房の者はすぐに私の姿に気づき、料理長を呼んでくれた。
「リヒト様! どうしたのですか!? このようなところに……」
「これ、いつも美味しい料理を作ってくれる料理長にお土産です」
私はそう言って帝都の鍛治工房で作られた包丁を料理長に渡した。
そして、今夜のメニューのリクエストもしておく。
それから、もう一つ、小分けのお菓子が入った箱を手渡し、皆で食べるように伝える。
料理長も他の料理人たちも喜んでくれた。
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