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帝国編

57 皇太子 03

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 新年の祝賀パーティーが行われた翌日、オーロ皇帝は私を執務室に呼んだ。

「ラルスと会ったそうだな。仲良くなれたか?」

 まだ一度しか、それもほんの短い時間しか話していないのに仲良くも悪くもなりようがないだろう。
 しかし、私は「そうですね」とオーロ皇帝の冗談に乗ることにした。

「オーロ皇帝を怖がる者同士、仲良くなれそうです」
「其方が私を怖がる? なんの冗談だ?」

 どうやら息子に怖がられている自覚はあるようだ。

「皇太子殿下はオーロ皇帝はいつも自分には怖いとおっしゃっておりました。私の元へ来たのはオーロ皇帝を恐れる者同士、仲良くなれると思ったのかもしれません」

 オーロ皇帝は私のことをじっと探るような眼差しで見る。
 ラルスの目と同じだ。

「ラルスは、其方に何か話したか?」
「オーロ皇帝が怖いとおっしゃり……」
「それはもういい」
「私もオーロ皇帝の顔は怖いですよねと賛同すると」
「おい」
「やっぱり怖いよねと笑っておられました」

 オーロ皇帝の左の眉尻がぴくりと動いた。

「……作り笑いではなくか?」
「ええ。声を出して笑っておられました」
「そうか……そんなことなら、其方とラルスをもっと早く会わせておくべきだったな」

 オーロ皇帝は「ラルスは皇帝には向かぬ」と話し始めた。



 オーロ皇帝には元々二人の息子がいたそうだ。

 長男のグレン殿下と次男のラルス殿下、グレン殿下は見た目も性格もオーロ皇帝に似ており、長男であることからも誰もがグレン殿下が皇帝の座を継ぐものと思っていたし、実際に皇太子だった。

 しかし、グレン殿下はラルス殿下と狩りに出かけた際、魔物の一撃からラルス殿下を守ろうとして重傷を負い、そのまま亡くなってしまったそうだ。
 そうして、ラルス殿下が皇太子になることになった。

 しかし、兄が亡くなったのは自分のせいだとラルス殿下は今日まで己を攻め続け、自分には皇太子になる資格はなく、その器でもないと考えているらしい。

 そのため、グレン殿下の娘であるナタリアを皇太女にするべきだとこれまで何度もオーロ皇帝に進言してきたそうだ。

 しかし、帝国はオーロ皇帝が統一した国であり、オーロ皇帝が皇帝である限りは帝国傘下の国は大人しくしているだろうが、次の代ではわからないのが現状だ。

 代替わりが何度も続き、皇帝という立場が絶対的に揺るがない安定したものならば女帝が立つ代があってもいいとは思うが、まだその時ではないとオーロ皇帝は考えていた。



「かといって、ナタリアではなく息子のラルスならば安心できるのかといえば、そうではないのだ」

 そうオーロ皇帝はため息をついた。
 私はその話を聞いて、意外に思った。

「私はオーロ皇帝は帝国に半永久的に君臨するものだとばかり思っておりました」

 私の言葉にオーロ皇帝は眉間に皺を寄せる。

「其方は私が不死身だとでも思っておるのか?」

 オーロ皇帝は呆れたように言ったが、私は肯定を示して深く頷いた。

「魔力量の多い者は総じて長生きですよね?」

 老化も遅いし、オーロ皇帝の魔力量が少ないとも思えない。

「しかし、流石に何百年も生きることはできないぞ? せいぜい150年くらいではないか?」

 前世の世界からすれば十分化け物だが、この世界ではそうでもない。

「それこそ、魔塔主のポーションでも飲めばいいではないですか?」

 私がそう言えば、オーロ皇帝の眉間の皺が深まる。

「其方、私を化け物にするつもりか?」
「化け物だなんてそんな人聞きの悪い。魔塔主に失礼ですよ」
「失礼なのは其方だろう?」
「後継ぎに不安があるのなら、菓子屋の店主のように任せられる後継者が見つかるまでオーロ皇帝が帝国に君臨し続ければいいではないですか?」

 実際のところ、ラルスに皇帝としての資質があるのかないのかは私は知らない。
 しかし、皇帝なんていう偉大な存在の資質はある種の才能で、努力でなんとかなるものだとは思わないし、ラルスやナタリアがなりたくないのならば無理強いするべきではないだろう。

「其方がナタリアと結婚してくれれば問題ないのだが?」

 オーロ皇帝は様々な困難を乗り越えて帝国を作り上げた人物なだけあり、諦めが悪い。

「お互いに気持ちのない結婚など、ナタリア様が可哀想ですよ」

 ナタリアが好きなのはカルロなのだから。

「お互いに、な……まぁ、今のままではナタリアが可哀想なのは確かだ」

 オーロ皇帝がどのような結論を出すのかはわからないけれど、どことなくすっきりした顔で「もう下がって良い」と私に手を振った。



 その後、きっとオーロ皇帝はラルスに彼の不安を取り除くような言葉をかけて親子仲を改善するものと思っていたのだが、なぜかラルスは私の元に通うようになったのだ。

「ラルス皇太子殿下は本来の王位第一継承者にその権利を返したいとお考えなのですよね?」

 私の言葉に緊張したラルスに、私はオーロ皇帝と話した内容は秘密にした。
 オーロ皇帝がどのような結論を出したのかもわからないし、まだ考え中なのかもしれないし、とにかくラルスに変な期待をさせてはいけないと思ったからだ。

「しかし、今、ナタリアを皇太女として祭り上げたら、まだ幼い少女を利用しようとする者が集まって来るのではないでしょうか?」
「……」
「適切な時が来るまで、その座を守る適任者はラルス殿下なのではありませんか?」
「……リヒト王子」
「はい」
「いつも思ってたけど、本当は何歳なんだい?」

 私は思わず、久しぶりに無邪気な子供の笑顔っぽい作り笑いをしてしまった。

「……皇太子殿下は本当にお父上に似ていらっしゃる」

 久しぶりの無邪気な子供の笑顔ではあったが、久しぶりすぎて口角がしんどい。
 ヒクヒクと痙攣してしまった。

「父上からリヒト王子と話したということは聞いている」

 それはつまり、オーロ皇帝の出した結論は、やはりラルスを次期皇帝にするということだったのだろうか?

「父上としてはナタリアを皇太女にするのは心配だということだ」

 それに関しては私も頷いた。
 この帝国が帝国として成り立っているのはやはりオーロ皇帝が皇帝だからだ。
 その息子が順当に後を継ぐならまだしも、孫の、それも女性がとなると、足元を見てくる帝国傘下の王国は多いだろう。
 反乱が各地で一斉に起これば、鎮圧は難しくなる。

「しかし」とラルスの言葉が続いた。

「優秀な伴侶がいれば別だろうともおっしゃったのだ!」

 私の笑顔がまたしてもひくつく。

「私はナタリアとは……」

 私の否定の言葉はカルロによって遮られた。

「リヒト様はナタリア様とは結婚しません!」

 従者として私の後ろに立っていたカルロが両手を握りしめてプルプルと震えている。
 想い人のナタリアに自分以外の男があてがわれそうになっているのだから怒って当然だ。

 怒っているカルロも大変可愛い。
 しかし、相手は帝国の皇太子だ。
 不満があっても感情的に接していい相手ではない。

「ラルス皇太子殿下、私の可愛い可愛い従者が失礼いたしました。申し訳ございません」
「……リヒト王子。謝罪は受け入れるが、そのだらしなくなった顔はなんとかした方がいいだろう」

 ラルスはオーロ皇帝によく似た呆れ顔をした。




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