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帝国編
55 皇太子 01
しおりを挟む私は帝国内の様々な場所にカルロとハンザス、護衛役としての魔塔主と一緒に赴き、さまざまな産業を見て回った。
布製品や服飾に力を入れている国、畜産業を発展させている国、鉱山があり鉱業で稼いでいる国、魔塔ほどの性能ではないにしろ魔導具を作成している国などなど、それぞれ国や人種の特性を活かして国の産業を育てていた。
ちなみに、鍛治に関してはドワーフのいる帝国首都が一番栄えているし、他の国が大々的に武器を作ることをオーロ皇帝は認めていない。
反逆という危険の芽を最初から摘み取っているところは流石である。
そうして、様々なことを学んでいる間にあっという間に年末になり、新年になり、今夜はオーロ皇帝もナタリアも城で開かれる新年の祝賀パーティーに出ている。
二人は私も参加すればいいと言っていたが、私は自国のパーティーにさえ出たことがない隠された存在だ。
それなのに帝国の大々的なイベントに出席するわけにはいかないだろう。
ならば自国に帰って両親と過ごしても構わないとオーロ皇帝には言われたのだが、それも気が引けた。
私がいれば自国の新年の祝賀パーティーに出ていた母上がおそらく例年のように早めに後宮に戻ってくる。
それでは王妃の公務を邪魔することになる。
毎年、母上が私のためにパーティーを早めに抜け出してくることが気になっていたのだ。
だから、今年くらいは母上が私のことを気にせずに公務を果たせるように帝国で大人しくしていようと思う。
オーロ皇帝とナタリアはパーティーに出ているわけだから、新年の晩餐は部屋でカルロたちとゆっくり食べようと思ったのだが、オーロ皇帝は食堂を自由に使えと言ってくれた。
使ってもいいではなく、「使え」と命令口調だったので、私たちは食堂を使うことにした。
今夜に限っては乳母とグレデン卿、そしてシュライグも席に着いてもいいとの許可ももらった。
ついでに何故か魔塔主も来て、みんなで新年の豪華な食事を楽しむこととなった。
食事はパーティーで出されているものと同じものを用意してくれたそうだ。
「わたくし、新年をルシエンテ帝国のお城で迎える日が来るとは思っておりませんでした」
「ごめんなさい。乳母は帰りたかったですか?」
「そういう意味ではございません。リヒト様と共にいる人生は驚きに満ち溢れていて楽しいという意味です」
乳母の言葉にグレデン卿もシュライグも頷いてくれた。
「私もみんなが一緒にいてくれてよかった。ありがとう」
私は日々の感謝を伝えた。
この世界では「今年もよろしく」というような言葉は言わないため、いつもの言葉で、いつもより少し特別な言葉を伝えるに留める。
そんな私の腕に隣に座っていたカルロがしがみついた。
「僕も! 僕も、リヒト様と一緒にいれてすごく幸せです!」
私はカルロの頭を撫でる。
今日もカルロの髪はサラサラだ。
ちなみに、今日の私とカルロの装いは昨年の誕生日プレゼントの白い衣装だ。
他国への産業見学の際にも何度か着たが、私もカルロも体が成長して服が小さくなってきたので、そろそろ着納めだろう。
「ありがとう。カルロ。私も幸せだよ」
カルロのことを幸せにしたくてこれまで頑張ってきたのだ。
そんなカルロに幸せだと言ってもらえたのだから、この世界で一番幸せなのはきっと私だろう。
「これからもカルロの幸せを守るからね」
この先に暗い未来が待っていたとしても、光の魔法で全ての不運を切り裂いてあげる。
きっと、そのために、私はこの世界に転生してきたのだから。
私たちが食事をしていると食堂の扉が開いた。
この食堂を使うのはオーロ皇帝とナタリアだ。
ノアールとネグロ以外の使用人は調理場と繋がる給仕のための通路から入ってくるため、扉は使用しない。
誰が来たのだろうかとそちらを見ると、豪奢な礼服に身を包んだ男性が入った来た。
後ろから護衛の騎士が一緒に入室してきて、食堂の中に少し緊張感が漂う。
私は急いで立ち上がり、カルロや乳母、グレデン卿、そしてシュライグに注意を促すために大きめの声で言った。
「ラルス皇太子殿下、お初にお目にかかります。エトワール王国 第一王子 リヒト・アインス・エトワールです」
私に合わせてすでに立ち上がっていたカルロと乳母、グレデン卿、シュライグは私が頭を下げるのに合わせて一斉に頭を深く下げた。
魔塔主は席に着いたまま、我関せずと黙々と食事をすすめている。
「頭を上げてください。食事をしているところに邪魔をしてすまない。どうぞ、ラクにしてほしい」
オーロ皇帝に全く似ていない男性は優しく微笑み、私たちに座るように示した。
皇太子はまだ皇帝ではないが、未来の皇帝であり、現在の皇帝代理になれる人物であり、小国のエトワール王国の王子などとは比較にならないほどの上位の立場だ。
我々は素直に皇太子の言葉に従って椅子に座り直した。
皇太子のラルスは私の向かいの席に座って微笑んだ。
その微笑みは自然に見えるように作られたもので、その微笑の下には他の感情が隠れているのが見える。
「君は父上とナタリアのお気に入りだと聞いているよ」
「オーロ皇帝とナタリア様にはいつもよくしていただいています」
「そう? 父上は君には優しいのかな? 私にはいつも怖いのだけれど」
ラルスの柔和な目が、私を透かし見ようとしている。
「皇太子殿下が率直なお気持ちを聞かせてくださいましたので私も白状しますと、私もオーロ皇帝のお顔は怖いと思います」
私の言葉にラルスは吹き出すように笑った。
「やっぱり? 怖いよね! 父上の顔は!」
笑っているラルスに私は思い切って尋ねてみた。
「皇太子殿下は新年の祝賀パーティーを抜け出してきてもよろしかったのですか?」
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