上 下
54 / 168
帝国編

54 保護魔法の落とし所

しおりを挟む

「にーちゃん」

 倉庫の入り口に私とカルロよりも年下の子供が立っていた。
 おそらく、4歳くらいだろうか?
 先ほど出迎えてくれた一家の中で一番年下の子だろう。

「とーちゃんが、まどーぐのいた、もってこいって」

 やはり、運搬用の魔導具は普段、『魔導具の板』と呼ばれているようだ。
 宙に浮くということ以外はどう見てもただの板なので仕方ないだろう。

「ああ、わかった」

 ディエゴは魔導具の板全てに魔石をはめて、板の穴に紐を通して、板を全て繋げた。
 それから足元に来ていた子供を板の上に座らせる。

「坊ちゃんたちも乗るか?」

 ディエゴの言葉に私は首を横に振って断ろうとしたが、カルロの目がキラキラしていることに気づいて乗せてもらうことにした。
 私とカルロも板の上に乗ると、ディエゴは板に繋がった紐を持って農場の方へと歩き出した。
 紐に引っ張られて、宙に浮く板は前進する。

 ディエゴはかなりの大股だったから、私とカルロも板に乗せてもらって正解だった。
 私たちが倉庫で話し込んでいる間に、キャベツの収穫はかなり進んでいた。
 本来ならば一つ収穫するたびに運搬用の魔導具の板にキャベツを乗せればよかったのに、私たちが話し込んで魔導具を持ってくるのが遅れたために、収穫だけが先に進んでしまったのだ。

 私は仕事の邪魔をしてしまったお詫びに魔塔主に頼んで、キャベツを持ち上げて運搬用の魔導具に乗せてもらった。
 農夫の一家はとても喜んでくれた。
 魔導具の説明をしてくれたディエゴは「この魔導具も欲しい」とじっと魔塔主を見ていた。

 確かに、魔塔主が喋らない魔導具だったらとても便利だったかもしれない。
 しかし、国を一つ滅ぼすことなど容易いとされ、実際、大国の半分を燃やし尽くした過去のある魔塔主と同じ能力を持った魔導具などあったら危険すぎて封印するしかないような気もする。

「ところで」と、魔塔主がキャベツ畑を見渡しながらディエゴに声をかけた。

「倉庫に監視の魔導具の試作品が置いてありましたが、あれは使っていないのですか?」
「俺も使いたかったんだが、父さんが怖くて使えないって」
「せっかく作ったのですから使いなさい」

 横暴な魔塔主の言葉に私は慌てる。

「クロイツ! そんな言い方では顧客との関係性が悪くなりますよ!」

 研究には費用がかかるだろうに、魔塔主は営業の心構えが全くなっていない!
 魔法使いとしては私は魔塔主の弟子だが、営業経験という意味でなら先輩にあたるだろう。
 私は魔塔主を教育すべく、ふんすっと鼻息を荒くしたのだが、どうにも周囲の視線が気になって周りを見回した。

 すると、近くで作業をしていた農夫と農夫の奥さん、その子供たちがこちらを見ていた。

「……どうしましたか?」

 私が聞くと、少し青ざめた農夫が恐る恐るといった様子で言った。

「い、今、クロイツと……」

 しまった!
 テル王国はローゼンクロイツという大魔王に国土の半分を燃やされた過去があり、クロイツという名前は禁句だった!

「だ、大丈夫です! かつてこの国を燃やした魔法使いとは別人ですから!」

 私の言葉に農夫一家はあからさまにホッと胸を撫で下ろした。

 ローゼンクロイツがこの国を燃やしたのは百年も前の話なのに、ローゼンクロイツはこの国の人々の記憶に『恐怖』としてしっかりと刻み込まれているようだ。

「それよりも、監視のカメラが怖くて使えないとはどういうことですか?」

 不安があるのならばその不安を取り除く必要があるだろう。
 商品開発において、顧客の意見をしっかりと聞くことはとても大切だ。

「あまりにも高価すぎて、盗難の恐れがある」
「しかし、そのようなことがないように魔導具にも保護魔法が付いていますよね?」
「それに関しても父さんは恐れていた」

 保護魔法が付いていることを恐れるというのはどういうことだろう?

「魔塔の魔導具の保護魔法といえば、腕が吹っ飛んだり、半身が吹っ飛んだり、頭が吹っ飛ぶというものだろう?」

 保護魔法というより、ほぼ攻撃魔法ではないか!?
 防御魔法だとしても、過剰防御すぎる!

「それだと、盗人の血でキャベツが汚れてしまう」
「そこですか!?」

 私はディエゴの言葉に思わずツッコんだ。
 私のツッコミにディエゴがとても不思議そうに私を見た。

「生産物を汚されては困るだろう? 血糊の着いたキャベツなど誰も食べたがらない」

 それはまぁ、そうなのだが……

「しかし、こそ泥を完全に無力化した方がいいと思いますが?」
「クロイツ!」

 私が魔塔主の名前を呼ぶと、やはり農夫一家がびくりと体を震わせた。
 先ほど別人だと説明したはずなのだが、もはや条件反射なのだろう。

「無力化の方法に問題があるのです。眠らせるとか、気絶させるとか、せめて骨折で済ませるとか他の方法に魔法陣を書き換えましょう」
「しかし、途中で起きたりしたら面倒ではないですか?」
「一週間くらい眠らせれば発見、憲兵到着、捕縛、収監まで十分じゃないですか?」

 私の言葉になぜかハンザスが慌てた。

「一週間も眠らせては、流石に死んでしまうのではないですか?」
「体力のある者なら生きてるでしょう。きっと」

 盗人なんて家業をしているのなら、きっと体力もあるはずだ。きっと。

 農夫に確認したところ、眠っている程度ならば怖くないし、キャベツも汚れないから大丈夫だという。
 そして、ハンザスの熱のこもった説得により、眠り続ける期間は三日となった。

「僕はリヒト様の案が一番カンペキだと思います!」

 そうカルロが可愛く私を擁護してくれた。

 結局、動く魔導具は浮遊する板しか見ることができなかったが、監視の魔導具や転送の魔導具のような高品質の魔導具は魔塔にしか作れないということがわかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

転生先がハードモードで笑ってます。

夏里黒絵
BL
周りに劣等感を抱く春乃は事故に会いテンプレな転生を果たす。 目を開けると転生と言えばいかにも!な、剣と魔法の世界に飛ばされていた。とりあえず容姿を確認しようと鏡を見て絶句、丸々と肉ずいたその幼体。白豚と言われても否定できないほど醜い姿だった。それに横腹を始めとした全身が痛い、痣だらけなのだ。その痣を見て幼体の7年間の記憶が蘇ってきた。どうやら公爵家の横暴訳アリ白豚令息に転生したようだ。 人間として底辺なリンシャに強い精神的ショックを受け、春乃改めリンシャ アルマディカは引きこもりになってしまう。 しかしとあるきっかけで前世の思い出せていなかった記憶を思い出し、ここはBLゲームの世界で自分は主人公を虐める言わば悪役令息だと思い出し、ストーリーを終わらせれば望み薄だが元の世界に戻れる可能性を感じ動き出す。しかし動くのが遅かったようで… 色々と無自覚な主人公が、最悪な悪役令息として(いるつもりで)ストーリーのエンディングを目指すも、気づくのが遅く、手遅れだったので思うようにストーリーが進まないお話。 R15は保険です。不定期更新。小説なんて書くの初めてな作者の行き当たりばったりなご都合主義ストーリーになりそうです。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

天使の声と魔女の呪い

狼蝶
BL
 長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。  ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。 『も、もぉやら・・・・・・』 『っ!!?』  果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...