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帝国編
45 魔塔主への依頼 後編
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私はカルロと乳母、そして護衛のグレデン卿と一緒に森を歩いて魔塔を訪れた。
途中、何度か小動物のような見た目の魔物に遭遇したが、見た目は可愛いし、特にこちらに攻撃するわけでもないのでお互いに見つめるだけで終わった。
前世から動物好きの私としては本当は撫で撫でしたいところだが、この世界の人たちにとっては魔物は一律怖いものという印象のようで、乳母もカルロも警戒心を露わにするものだから魔物たちは寄ってこない。
魔力を持った動物だから魔物と呼んでいるが、この世界では魔力を持っていない動物はおそらくいない。人間だって、魔法を使えるくらい豊富な魔力を持っているか、そうではないかの違いはあれど、赤ん坊だって多少の魔力を持っているのがこの世界の人々なのだ。
それならば、魔物のことだって動物でいい気がするのだが、魔物と呼ばれている。ちなみに、魚は魔魚で虫は魔虫だ。
魔塔には初めて来た日から二度目となる。
魔塔に通って魔法陣の勉強もしたかったのだが、思いの外、経済や帝国法、帝国の歴史、それから表情筋を鍛えるのに時間がかかってしまっていた。
私の魔力はすでに登録されているはずなので私は自由に出入りできるはずだが、あの日以降来ていなかったし、今日は魔塔主と一緒ではないので少し不安だ。
万が一、私の魔力で中に入ることができなければ、オーロ皇帝に魔塔主とのコンタクトの取り方を聞かなければならない。
これまでは魔塔主が勝手にやって来ていたからこちらからコンタクトをとる必要がなく、コンタクトの取り方を聞いたことがなかったのだ。
「リヒト様」
魔塔が近づくに連れてカルロが不安になったのか、森に入ってからずっと握っていた私の手をさらに強く握った。
心配そうにするカルロに私は笑って「大丈夫だ」と答えた。
前回、魔塔主が見せてくれたように魔塔に近づくと真っ黒な入り口が開いた。
どうやら、私の魔力登録はきちんと行われていたようだ。
私が中に入るとカルロたちも後に続く。
そして、次の瞬間には魔塔の最上階、魔塔主の執務室にいた。
「リヒト王子、なかなか来ないので道を忘れてしまったのかと思いました」
「私はまだ子供ですからね。勉強で毎日忙しいのです」
「やはり、私が毎日そちらに出向いて魔法の研究を進めたほうがいいですかね」
「私の両親が魔塔に依頼したのは私を実験することではなく、私に魔法を教えてくれることなのですが」
「授業もしていたじゃないですか?」
「実験のついでにですね」
「時間は有限ですからね」
「それで」と魔塔主は口角を上げた。
「リヒト王子はどのような研究をされたいのですか?」
「今日も研究しに来たわけではないのです」
「では、私の実験に付き合ってくれるのですか?」
「そうじゃないことはわかっていますよね?」
「ちょっとした冗談です」
魔塔主が冗談を言うのは意外だった。
おかしなことばかり言っている魔塔主だが、それは本気で言っているのであって冗談ではなかった。
意図して冗談を言うタイプではないと思っていた。
「皆さん、なんですか? その顔は? 私だって冗談くらい言いますよ?」
どうやら、意外だと思ったのは私だけではなかったようだ。
「今日は魔塔主にお願いがあって来たんです」
「リヒト王子からの自主的なお願いとは珍しいですね!」
なぜか魔塔主はその目を輝かせた。
どんな面白いお願いをしてくれるのかと期待しているようだが、その期待には添えないだろう。
「帝国傘下の様々な国の様子を見に行きたいのですが、その際に複数人を転移させることが可能で護衛もできる魔法使いが必要でして、そのようなことができる魔法使いがいるのでしたらご紹介していただきたいのですが」
できれば魔塔主以外がいいと言外に伝えてみたつもりなのだが、残念ながら私の希望は伝わらなかったようだ。
「リヒト王子でもできますが、私が行きましょう」
魔塔主はおかしなことを言った。
「私が一緒に転移させられるのは一人までです。私と経済学の先生だけでは護衛がいないのでダメだと言われましたし、カルロも一緒に行きたいので」
「リヒト王子以外の護衛をする気はあまりないのですが、問題ないですよね」
「ちゃんと全員を守ってください」
「本当は帝都の街歩きにも私が護衛で行きたかったのですが、魔石の修復に時間がかかってしまいまして」
魔石というのは、私が割ってしまった魔石だろうな……
「その節はご迷惑をおかけしました……」
「いえ。貴重なデータが取れたので気にしないでください」
「もう魔石は直ったのですか?」
「あのようなことが起こったのは初めてですので、どのように修復するのかという研究からする必要がありまして非常に有意義な時間を過ごしていますよ」
「……要するにまだ直っていないのですね?」
「普通の魔石ならヒビが入ったら交換すればいいのですが、あのサイズの魔石となるとそういうわけにも行かなくてですね」
「あの魔石は人工物ですよね?」
んーっと魔塔主は少し考える素振りを見せた。
「おそらくはそうだと思いますが、正直、よくわかりません」
「魔塔主でもあの魔石がどのようにできているのか知らないということですか?」
「私が魔塔に来た時にはもうありましたからね。魔塔の中で一番謎に満ちた物質ですね」
「そんな貴重なものにヒビを入れてしまい、本当にどうお詫びをしたらいいのか……」
私とカルロは二人で身を縮ませる。
弁償はしなくてもいいとは言われているが、最終的に直らなかった場合、やはり弁償しなければならなくなるのではないだろうか?
その場合、オーロ皇帝にでも借りればいいのだろうか?
オーロ皇帝に帝国傘下に入らせてもらう以上の借りを作りたくはないのだが……
「これまで研究したくてもどのような反応が起こるのかわからず、皆むやみに研究できなかったのですが、ヒビが入っても魔塔が崩壊したりせずに正常に動くことがわかったために研究者たちは割とやりたい放題で分析して研究を進めているので、むしろお二人に感謝している研究員たちは多いですよ」
魔塔の魔法使いたちが怒っていないことがわかってひとまず安心した。
私は帝国内の他の国に行く予定が決まった際には連絡すると約束して城へと帰った。
帰りは魔塔主が転移魔法で送ってくれたので一瞬だったが、そのまま無駄に城で時間を費やすこともなく帰っていったので、魔塔主も魔石の研究を楽しんでいるのだろう。
それにしても先ほどの話は少しひやりとした。
魔石に何かあった瞬間に魔塔が崩壊していた可能性もあったのか……
そんなことになっていたら、本当に謝罪だけでは済まないし、弁償のしようもなかっただろう。
その後、ハンザスの授業で魔塔主が護衛を了承してくれたことを伝えると、早速翌週の授業で帝国傘下の他の国に行くことが決まった。
「リヒト様はまずどの国に行ってみたいですか?」
「テル王国に行きたいです」
ハンザスの質問に私は即答した。
「それはなぜですか?」
「帝国で一番の農業国であり、これといった特産品のないエトワール王国でも真似できる点が多いと思ったからです」
「エトワール王国は農業国家を目指すのですか?」
「これまでも小国ながら我が国が自立できていたのは、食糧自給率が100パーセントだったからです」
そして、万が一、帝国から見限られた場合でも生き残れる方法は食糧が潤沢にあることが第一の条件となるだろう。
「食糧自給率が100パーセントということは、小麦を育てているのですか?」
「小麦だけではなく、豆やじゃがいもの収穫量も多いですし、米などの他の穀物も少量ですがありますね」
「小麦だけではなく主食の代替食となる作物も多いということですね」
「はい。あとは野菜も豊富ですね。収穫量の少ない作物は果物でしょうか」
「帝都は周辺国からさまざまな作物が集まってくる分、小麦以外の農家はそれほど多くないですからある意味羨ましいですね」
「その代わり軍事力は強くありませんから、帝国がエトワール王国を潰そうと思えばあっという間ですよ」
どこの国も一長一短、悪いところもいいところもあるものなのだ。
「それでは、最初に訪れる国はテル王国、次に訪れるのは果物の有名な産地であるフウィ王国としましょう」
フウィ王国は南北に伸びる長い地形を生かして、さまざまな果物を栽培している国だ。
北は寒くて林檎がなり、中間辺りでは葡萄や桃、南の暖かい地域では柑橘類が増える。
南の端っこではバナナやマンゴー、ライチのような果物も穫れるらしい。
ああ、考えていたらトロピカルフルーツが食べたくなってきた。
エトワール王国では南国の果物などは全く手に入らなかった。
帝国に来てからはフルーツの盛り合わせにバナナはあっても、マンゴーやライチはない。
フウィ王国の後にはもっと南国の国に行って、マンゴーをお腹いっぱい食べるのもいいかもしれない。
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途中、何度か小動物のような見た目の魔物に遭遇したが、見た目は可愛いし、特にこちらに攻撃するわけでもないのでお互いに見つめるだけで終わった。
前世から動物好きの私としては本当は撫で撫でしたいところだが、この世界の人たちにとっては魔物は一律怖いものという印象のようで、乳母もカルロも警戒心を露わにするものだから魔物たちは寄ってこない。
魔力を持った動物だから魔物と呼んでいるが、この世界では魔力を持っていない動物はおそらくいない。人間だって、魔法を使えるくらい豊富な魔力を持っているか、そうではないかの違いはあれど、赤ん坊だって多少の魔力を持っているのがこの世界の人々なのだ。
それならば、魔物のことだって動物でいい気がするのだが、魔物と呼ばれている。ちなみに、魚は魔魚で虫は魔虫だ。
魔塔には初めて来た日から二度目となる。
魔塔に通って魔法陣の勉強もしたかったのだが、思いの外、経済や帝国法、帝国の歴史、それから表情筋を鍛えるのに時間がかかってしまっていた。
私の魔力はすでに登録されているはずなので私は自由に出入りできるはずだが、あの日以降来ていなかったし、今日は魔塔主と一緒ではないので少し不安だ。
万が一、私の魔力で中に入ることができなければ、オーロ皇帝に魔塔主とのコンタクトの取り方を聞かなければならない。
これまでは魔塔主が勝手にやって来ていたからこちらからコンタクトをとる必要がなく、コンタクトの取り方を聞いたことがなかったのだ。
「リヒト様」
魔塔が近づくに連れてカルロが不安になったのか、森に入ってからずっと握っていた私の手をさらに強く握った。
心配そうにするカルロに私は笑って「大丈夫だ」と答えた。
前回、魔塔主が見せてくれたように魔塔に近づくと真っ黒な入り口が開いた。
どうやら、私の魔力登録はきちんと行われていたようだ。
私が中に入るとカルロたちも後に続く。
そして、次の瞬間には魔塔の最上階、魔塔主の執務室にいた。
「リヒト王子、なかなか来ないので道を忘れてしまったのかと思いました」
「私はまだ子供ですからね。勉強で毎日忙しいのです」
「やはり、私が毎日そちらに出向いて魔法の研究を進めたほうがいいですかね」
「私の両親が魔塔に依頼したのは私を実験することではなく、私に魔法を教えてくれることなのですが」
「授業もしていたじゃないですか?」
「実験のついでにですね」
「時間は有限ですからね」
「それで」と魔塔主は口角を上げた。
「リヒト王子はどのような研究をされたいのですか?」
「今日も研究しに来たわけではないのです」
「では、私の実験に付き合ってくれるのですか?」
「そうじゃないことはわかっていますよね?」
「ちょっとした冗談です」
魔塔主が冗談を言うのは意外だった。
おかしなことばかり言っている魔塔主だが、それは本気で言っているのであって冗談ではなかった。
意図して冗談を言うタイプではないと思っていた。
「皆さん、なんですか? その顔は? 私だって冗談くらい言いますよ?」
どうやら、意外だと思ったのは私だけではなかったようだ。
「今日は魔塔主にお願いがあって来たんです」
「リヒト王子からの自主的なお願いとは珍しいですね!」
なぜか魔塔主はその目を輝かせた。
どんな面白いお願いをしてくれるのかと期待しているようだが、その期待には添えないだろう。
「帝国傘下の様々な国の様子を見に行きたいのですが、その際に複数人を転移させることが可能で護衛もできる魔法使いが必要でして、そのようなことができる魔法使いがいるのでしたらご紹介していただきたいのですが」
できれば魔塔主以外がいいと言外に伝えてみたつもりなのだが、残念ながら私の希望は伝わらなかったようだ。
「リヒト王子でもできますが、私が行きましょう」
魔塔主はおかしなことを言った。
「私が一緒に転移させられるのは一人までです。私と経済学の先生だけでは護衛がいないのでダメだと言われましたし、カルロも一緒に行きたいので」
「リヒト王子以外の護衛をする気はあまりないのですが、問題ないですよね」
「ちゃんと全員を守ってください」
「本当は帝都の街歩きにも私が護衛で行きたかったのですが、魔石の修復に時間がかかってしまいまして」
魔石というのは、私が割ってしまった魔石だろうな……
「その節はご迷惑をおかけしました……」
「いえ。貴重なデータが取れたので気にしないでください」
「もう魔石は直ったのですか?」
「あのようなことが起こったのは初めてですので、どのように修復するのかという研究からする必要がありまして非常に有意義な時間を過ごしていますよ」
「……要するにまだ直っていないのですね?」
「普通の魔石ならヒビが入ったら交換すればいいのですが、あのサイズの魔石となるとそういうわけにも行かなくてですね」
「あの魔石は人工物ですよね?」
んーっと魔塔主は少し考える素振りを見せた。
「おそらくはそうだと思いますが、正直、よくわかりません」
「魔塔主でもあの魔石がどのようにできているのか知らないということですか?」
「私が魔塔に来た時にはもうありましたからね。魔塔の中で一番謎に満ちた物質ですね」
「そんな貴重なものにヒビを入れてしまい、本当にどうお詫びをしたらいいのか……」
私とカルロは二人で身を縮ませる。
弁償はしなくてもいいとは言われているが、最終的に直らなかった場合、やはり弁償しなければならなくなるのではないだろうか?
その場合、オーロ皇帝にでも借りればいいのだろうか?
オーロ皇帝に帝国傘下に入らせてもらう以上の借りを作りたくはないのだが……
「これまで研究したくてもどのような反応が起こるのかわからず、皆むやみに研究できなかったのですが、ヒビが入っても魔塔が崩壊したりせずに正常に動くことがわかったために研究者たちは割とやりたい放題で分析して研究を進めているので、むしろお二人に感謝している研究員たちは多いですよ」
魔塔の魔法使いたちが怒っていないことがわかってひとまず安心した。
私は帝国内の他の国に行く予定が決まった際には連絡すると約束して城へと帰った。
帰りは魔塔主が転移魔法で送ってくれたので一瞬だったが、そのまま無駄に城で時間を費やすこともなく帰っていったので、魔塔主も魔石の研究を楽しんでいるのだろう。
それにしても先ほどの話は少しひやりとした。
魔石に何かあった瞬間に魔塔が崩壊していた可能性もあったのか……
そんなことになっていたら、本当に謝罪だけでは済まないし、弁償のしようもなかっただろう。
その後、ハンザスの授業で魔塔主が護衛を了承してくれたことを伝えると、早速翌週の授業で帝国傘下の他の国に行くことが決まった。
「リヒト様はまずどの国に行ってみたいですか?」
「テル王国に行きたいです」
ハンザスの質問に私は即答した。
「それはなぜですか?」
「帝国で一番の農業国であり、これといった特産品のないエトワール王国でも真似できる点が多いと思ったからです」
「エトワール王国は農業国家を目指すのですか?」
「これまでも小国ながら我が国が自立できていたのは、食糧自給率が100パーセントだったからです」
そして、万が一、帝国から見限られた場合でも生き残れる方法は食糧が潤沢にあることが第一の条件となるだろう。
「食糧自給率が100パーセントということは、小麦を育てているのですか?」
「小麦だけではなく、豆やじゃがいもの収穫量も多いですし、米などの他の穀物も少量ですがありますね」
「小麦だけではなく主食の代替食となる作物も多いということですね」
「はい。あとは野菜も豊富ですね。収穫量の少ない作物は果物でしょうか」
「帝都は周辺国からさまざまな作物が集まってくる分、小麦以外の農家はそれほど多くないですからある意味羨ましいですね」
「その代わり軍事力は強くありませんから、帝国がエトワール王国を潰そうと思えばあっという間ですよ」
どこの国も一長一短、悪いところもいいところもあるものなのだ。
「それでは、最初に訪れる国はテル王国、次に訪れるのは果物の有名な産地であるフウィ王国としましょう」
フウィ王国は南北に伸びる長い地形を生かして、さまざまな果物を栽培している国だ。
北は寒くて林檎がなり、中間辺りでは葡萄や桃、南の暖かい地域では柑橘類が増える。
南の端っこではバナナやマンゴー、ライチのような果物も穫れるらしい。
ああ、考えていたらトロピカルフルーツが食べたくなってきた。
エトワール王国では南国の果物などは全く手に入らなかった。
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