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帝国編

42 ナタリアの街歩き 02

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「待てよー!」
「あはは! 悔しかったら捕まえてみろー!」

 見学4軒目の宝飾店から出てきたところで子供たちが走ってくる。
 前方は見ずに、ナタリアの方へと。

 その子供たちの服装や肌は一見綺麗で、一般家庭の子供たちのように見える。
 しかし、よく見れば髪の色はくすんで埃っぽく、服の色もくすんでいるし、シャツにもズボンにもしわがあり、干す時に十分伸ばされずにアイロンもかけられていないことがわかる。
 おそらく、貧民街の子供だと悟られないように顔や体を洗い、服が汚れたら洗濯するように心がけてはいるのだろうが、洗剤は持っていないために汚れを落とし切ることはできないし、大人のように服をよく振って、皺を伸ばして干すということを知らないのだろう。

 完璧ではないものの、一目で貧民街の子供だとバレる格好をしていないあたり、この子供たちは頭が良さそうだ。
 ただ黙々と歩いてぶつかってくる大人のスリよりもわかりにくく、警戒しにくい。

「父さん、また来るよ」

 私がそうハンザスに声をかけるとハンザスはナタリアの肩を抱くように自分のそばへと寄せる。
 私とカルロは二人でふざけ合っているような演技をしながらナタリアの後ろ、子供たちの前へと出て、彼らの道を塞ぐ。
 前方不注意だったはずの彼らはうまいこと私たちのことを避けて、再びナタリアに迫る。
 しかし、ナタリアとは反対側のハンザスの隣にいたハバルが気配もなく、ヒョイッと彼らの前に現れれば彼らは交わしきれずにハバルにぶつかった。

「うわ、びっくりした~」

 ハバルは優しげな笑顔を彼らに向ける。

「ちゃんと前を向いて走らなきゃダメだよ?」

 人の良さそうな笑顔でそう言えば、子供たちは少しハバルを睨んでその場を立ち去った。

「三組目の撃退、お疲れさま。ハバル兄さん」

 私がそう声をかけるとハバルは手に持っていた袋を軽く投げて音と重さで中身を確認する。

「あの子供たちなかなかやるな。これまでで一番多いよ」
「子供たちからとるのはやめない?」

 前の二人は大人の男性だったから、盗みをやって稼いだお金をとることにそれほど罪悪感はなかったが、子供たちは少し心が痛む。

「それでは不公平だよ。大人であれ、子供であれば、悪いことをしたら等しく罰を受けるべきだ。あの花泥棒と同じようにね」
「まぁ、そうなんだけど、彼らのご飯代を奪ったのかと思うと少し心が痛むんだ」
「これが本当に彼らのご飯代なのかどうかはわからないよ」
「どういうこと?」
「後ろに大人がいる可能性だってあるってことだよ」

 私は思わず息を呑んだ。
 そうだ。彼らはただの加害者ではなく、同時に大人から奪われる被害者である可能性もあるのだ。
 それならばなおのこと彼らのことをなんとかしてあげたいような気持ちになった。

「そういう子たちはどうしたら救えるのかな?」
「本当にリトは子供に甘いな」

 それは当然だ。
 彼らが貧しいのは彼らのせいではなく、彼らがスリや盗みなどの犯罪でお金を稼ぐのはそうして生きている大人たちを見て学んだり、そうでもしなければ生きていけない環境のせいだ。

「兄さん、僕は全ての子供たちは僕やカルロ、ナタリアのように守られるべきだと思うし、それは大人の義務だと思うんだ」

 それは、前世の私の頃からずっと思ってきたことだ。
 そして、前世でも今の人生でも、私は子供を守り、子供に与える側の大人たちの姿を目の当たりにしてきた。
 兄さん役のハバルは優しく目を細めて私の頭を撫でた。

「魔塔主が気に入るのも当然ですね」

 不意に私の兄さんの仮面を外したハバルに私は少し慌てる。
「兄さん!」と私が注意しようとした時にカルロが私の腕にギュッと抱きついた。

「ハバル、仕事相手にするみたいな話し方するの変だよ」

 魔塔主なんて誤魔化し用のない言葉を誰かに聞かれていたら困ると思ったけれど、誰もこちらを気にしている様子はない。
 というか、街行く人たちはナタリアの可愛さに目が行っているようだ。
 さすがゲームのヒロインである。

「カルロ。私のこともお兄ちゃんって呼んでくれていいんだよ?」
「僕はリトお兄ちゃんがいてくれればそれでいいもん」

 なぜか拗ねたようにそう言うカルロの頭を私は撫でる。
 私がさらさらの髪を撫でるとカルロはへへっとはにかんだように笑う。
 本当に可愛い。

 しかし、そこで私は街を歩く人々が微笑ましい視線を送ってきていることに気づいた。
 しまった! カルロの可愛さを知られたら、ナタリア同様にカルロも危険に晒してしまうかもしれない!
 私は慌ててカルロを抱きしめてその顔を隠した。

「リヒト様?」

 驚いたカルロが演技を忘れて私を呼んだ。
「ずるいです!」と、ナタリアが頬を膨らませて怒り出した。

「カルロばっかり、リヒ……リトに甘えて!」

 何とかいつも通りに私を呼ぶのは飲み込んだようだ。

「ずるくはないよ? だって、僕はこの中で一番年下なんだから、誰かに甘えるのは当然でしょう? むしろ、お姉ちゃんはもっとお姉ちゃんらしくてもいいと思うけど?」

 なるほど! カルロは弟キャラを貫き通して、いつもよりもベッタリ私に張り付いているわけか!
 天才子役なカルロの演技に磨きがかかっている!

「ナタリアはそろそろ疲れたかな? どこかカフェにでも入ろうか?」

 私の父親役であり、カルロとナタリアの叔父さん役のハンザスが疲れた様子で言った。
 どう見ても疲れているのはナタリアではなく、ハンザスだった。
 皇帝の孫娘を連れているという緊張感といつもよりもトラブルの多い状況に精神的にまいっているのかもしれない。
 今日は早めに帰ったほうが良さそうだ。

 カフェでお茶を一杯だけ飲んだら帰ることを提案しよう。
 そう思っていたのだが、どうやらナタリアもカルロもお腹が空いていたようで、ケーキのショーケースに目が釘付けだ。
 メニューを見ればサンドイッチのような軽食もある。

「父さん、スープとサンドイッチも頼んでいい?」
「そういえばお昼がまだだったな」

 あまりの緊張感でお昼を食べていないことを忘れていたようだ。

「みんな、好きなものを頼みなさい」

 カルロもナタリアも嬉しそうな顔になり、私と同じスープとサンドイッチを注文した。
 軽食を注文した後もカルロはメニューのケーキのページを見ていた。

「スープとサンドイッチを食べてから、お腹と相談してケーキを頼もう」

 パァッと表情を明るくしたカルロがいつも通りに「はい!と返事をしようとしたことを感じて、私はカルロの大きな声で返事をする前にカルロの頭を撫でて先手を打った。

「わかった? カルロ?」

 途端、カルロの顔が真っ赤になって、「うん……」とはにかんだ笑顔で頷いた。
 本当に、カルロはなんて可愛いのだろうか。

 どれだけ一緒にいてもずっと可愛いとかすごくないか?
 見た目が可愛いとかじゃなくて、仕草とか声の出し方とか、可愛くない部分が出てもおかしくないところもずっと可愛いのだ。
 これもある種の才能なのだろうか?
 可愛さをキープし続ける才能。





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