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帝国編

41 ナタリアの街歩き 01

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「オーロ皇帝の疑問も解けたことですし、私は御前を失礼してもよろしいでしょうか?」

 長居は無用と早々に挨拶をして退出しようとした私をオーロ皇帝は「いや、待て」と引き留めた。

「もう一つ要件がある」
「何でしょう?」
「次の街への学習にはナタリアも連れて行け」
「……姫様を連れて行くのは流石に危険かと思いますし、それを命令される相手は私はではなくハンザス先生ではないでしょうか?」
「護衛を増やしすぎるとお忍びにはならないだろう? そのことを考えると有事の際には其方がナタリアを連れて逃げてくれるのが一番安全だ」
「……つまり、私にナタリア様の護衛をしろと?」
「其方はまだ子供だ。そうは言っとらん。しかし、其方が一番確実に城まで逃げて来られるのだ」

 だから、つまり、それは、ナタリアの護衛をしろということだよな?

「あの、それならばハバルが適任だと思うのですが?」

 ハバルは光属性ではないため転移魔法は使えないかもしれないが、魔塔に所属できるほどの魔法使いなのだから、ハバルの魔法で防御を固めてナタリアを避難させる方がいいだろう。

「ハバルがナタリアを連れて避難しては、其方の護衛がいなくなるではないか? エトワール国の王子である其方と私の孫娘であるナタリアが最優先で守護されるべき存在なのだから、其方二人がこの城の私の執務室に逃げてくればよい」

 私の最優先はカルロなのだが、ここでそれを言っても顰蹙ひんしゅくを買うだけだろうし、話が長引いて面倒になるだけだ。
 私がナタリアを連れて転移魔法で避難すれば、その場の騒動によってはハバルとハンザスが解決できるかもしれないし、解決できるような問題ではない場合にはハバルがハンザスとカルロを連れて避難するということだろう。
 だが、しかし、私が帝国の姫を守るなど容易に了承できる話ではない。

「まだ6歳というこの身の上では責任を持つことはできかねます」

 私の言葉にオーロ皇帝は疑わしそうな眼差しを向けてきた。
 私の頭の上からつま先まで何度か視線を上下に動かしたオーロ皇帝は「うむ」と一度頷いた。
 わかってもらえたのだろうか?

「確かに、見た目は貧弱な6歳だが、中身と魔力量は可愛げのない青年……いや、中年のようだ。問題ない」

 中年などと確信をつくようなことを言うのは本当にやめてもらいたい。
 ノアールの授業を受けていなければ冷や汗を流していたところだ。
 私は焦りを隠して不満げな表情を作り、オーロ皇帝を軽く睨んだ。

 オーロ皇帝はもう話は終わったとばかりに「では、頼んだぞ」とだけ言って、退出を促すように手をぱたぱたと振った。



 ここ最近はハンザスは私を週に二、三度は街歩きに連れて行ってくれていたのだが、オーロ皇帝からナタリアのことも同行させるようにという話があってからしばらくは街歩きに行くことはなかった。ハンザスもナタリアを街に連れ出すのは不安があったのだろう。
 しかし、そんなハンザスに無情にもオーロ皇帝は改めて皆で街に行くようにと命を下したようで、とうとうナタリアと出かける日が来てしまった。

「わたくし、馬車で街を通ったことはありますが、歩いてお店を見たりするのは初めてです」

 だろうなと、おそらくその場にいた全大人が思ったと思う。

 正直、面倒なことになったとは思ったものの、それをナタリアに悟らせるわけにはいかないため、私はこれはカルロルートのイベントだと思うことにした。
 カルロのためのイベントならば、全力で私は自分の役割をこなさなければならない。
 私とハバルとハンザスの役割は、幼いカルロとナタリアのデートが安全にスムーズに行えるようにするための水先案内人であり、見守り役だ。

 もちろん、緊急時にはこの身を呈して護衛も務める。

「お忍びで街を回るわけですが、ナタリア様のことは何て呼べばいいですか? 私のことはリトと呼んでください。カルロは王族ではないので名前を隠す必要はないという判断によってそのままの名前です。ハンザス先生は私の父、ハバルは兄、カルロは従兄弟という設定にしています。ナタリア様はどうしますか?」

 馬車の中でナタリアに聞くと、ナタリアは楽しそうに笑った。

「まるでお芝居みたいですね」

 それからナタリアは少し考えて言った。

「わたくしのことはナタリアで結構です。わたくしの名前はお祖母様と同じ名前なのですが、お祖母様の美しさにあやかって下々の者にもナタリアという名前は多いのです」

 なるほど。流行っている名前ならばそのまま呼んでも目立つことはないだろう。
 ナタリアは平民には姿を知られていないというし。

「設定はカルロのお姉さんにしますわ!」

 こちらについても納得だ。
 私の姉や妹でも良かったけれど、ナタリアはカルロとの方が打ち解けているからカルロの姉という方が自然に見えるだろう。
 実際、ナタリアの方がしっかりしていてカルロの方が甘えただし、姉という点も納得できる。

 カルロは自分の方が年上がいいと異議を唱えるかもしれないなと思ったけれど、カルロも別段文句はないようで私の隣で大人しくしていた。
 しかし、それには考えがあったようだ。

 馬車を降りるとカルロは私の手を握った。
 迷子防止にもなり、可愛いカルロを攫おうとする者がいてもすぐにわかる。

 これまで何度かあった街歩きでもそうしてきたので、カルロに握られた手を私も握り返す。
 それを見ていたナタリアがカルロがいるのとは反対の私の隣に来たのだが、途端にカルロが私に抱きついた。

「リトお兄ちゃんは僕のだから!」
「リヒト様はまだ誰のものでもありませんわ」

 途端、ハンザスが慌ててナタリアに小声で注意をする。

「ナタリア! ここでは設定を忘れてはいけません!」
「まぁ、そうでしたね。わたくしとしたことが……」
「一人称から変えなければいけません」
「はい……」
「ナタリアは危険なので、私と手を繋ぎましょう」

 ナタリアは肩を落としたが、街では演技を徹底しなければいけない。
 初めての街歩きでそうしたことに慣れていないナタリアは私たちよりもハンザスと一緒の方が安全だろう。

 カルロが初めて街に出た時は私の時と同じように鍛冶屋の通りで馬車を降りて武器屋を回り、ドーナツをたくさんくれたおかみさんがいる食事処に寄って美味しいステーキを食べた。
 けれど、今日はナタリアの初めての街歩きなので、装飾品店や衣装店を回ることにしている。男性だけではなかなか入るのに躊躇うお店に入れるのはいいことだった。

 しかし、お忍びの社会科見学に女の子が一人加わっただけで危険度はグッと上がった。
 ナタリアにわざとぶつかって来ようとするスリや、隙があれば攫おうとでも思っていそうな探るような視線。
 男たちだけで歩いている時には感じなかった悪意がたくさんあった。

 これまではナタリアがお姫様だから万が一何かあったら大変だろうと思ってお忍びに誘ったりもしなかったのだが、お姫様という立場など関係なく、女の子は危険が多いということがよくわかった。
 もちろん、下町育ちの女の子たちが全員危険に晒されているとは言わないが、ナタリアは立ち居振る舞いや言葉遣いがどうしてもいい身分のお嬢様がお忍びでショッピングに来たということを隠せないのだ。

 お姫様だとは思わなくても、攫って貴族の親から金をもらうなり、それに危険を感じれば美しさに目をつけて他国に売ってしまうという手もある。
 いい家の子供ならば下町の子供よりもずっといい値がつく。
 稼ぐ方法はいくらでも思いついてしまう。

 これは本気で危ないと考え、私は城に戻ったらオーロ皇帝に今後はナタリアを街に連れて行くことは決してできないと進言することとした。
 たとえカルロとのイベントだとしても危険すぎる。
 何より、ナタリアに何かあれば悲しむのはカルロだ。

「ナタリアはどんな服が好き?」
「わたく……わたしは派手な色よりも淡い清楚な色合いのものが好きです」
「じゃ、これなんてどう?」

 薄桃色のワンピースを見せると、ナタリアがその表情を明るくした。
 どうやら好みだったようだ。
 私がナタリアとワンピースや庶民がちょっとしたパーティーに行く際に着ていくようなドレスを見ていると私の服が少しだけ引っ張られた。

 振り返るとカルロが寂しげな目を向けてくる。
 ナタリアを取られたような気持ちになってしまったのだろうか?
 私は慌てて少しナタリアから離れるように一歩下がった。

「カルロはナタリアにどんなドレスが似合うと思う?」
「ナタリアはどんなものでも似合うよ」

 カルロにとってはナタリアは運命の女性だから、そのように見えるのだろう。
 恋は盲目とはよく言ったものである。

「だから」と、カルロは私の手を引いた。

「リトお兄ちゃん、僕のも選んでください」

 街を歩く時にカルロから呼ばれる『リトお兄ちゃん』という呼び方を私はとても気に入っていた。
 とてもとても気に入っていた。
 お兄ちゃん呼び最高!
 『リヒト様』と呼ばれている時よりも親近感があるし、カルロがいつもよりも幼い感じを演じるのでものすごく可愛いのだ。

「リトお兄ちゃん?」

 しまった。我を忘れてキュンキュンしてしまった。

「カルロの服だね! 一緒に見てみよう」

 女性の衣装を中心にしたお店だが、母親と一緒に衣装を選べるように男の子向けのものも多少は売っている。
 私はカルロに似合いそうなシャツや短パンを見て回る。

 派手なフリルのついた少年用のシャツはカルロの美しい瞳を宝石のように引き立てた。
 シンプルなデザインのシャツはカルロの美しい金髪を引き立てた。
 どんな短パンもカルロの美脚を際立たせた。

「カルロはどんなものも似合うから悩むね……んー、このシャツはカルロの白い肌を引き立てるし、この帽子は目深に被れるから美しい瞳を隠すのに役立つけど、整った唇の形を際立たせるし……んー……」

 普段、シュライグみたいなシックな色合いの服ばかり着ているカルロだから、カルロの可愛さを引き立てる服をもっと増やすのもいいだろう。
 そう思い立って可愛らしい服をカルロの体に当てて見ていると、先ほどナタリアと見ていたワンピースのような薄桃色のブレザーと短パンのセットがあった。

 私はこれだ! と閃いた。
 ナタリアには薄桃色のワンピース、そしてカルロには薄桃色のブレザーとベストと短パンを着てもらった。

「ほう。これは可愛いですね」
「ええ。まるで双子みたいです」

 ハンザスとハバルが感心したように言った。
 二人はとても可愛かったし、お似合いだった。

 顔立ちは似ていないのだが、背丈や体格が似ているので、前世で言うところの双子コーデがよく似合っていた。

 女性の店員たちも「可愛い」「可愛い」と二人の虜になっていた。
 ナタリアのようなお姫様に着せる服としては布の質はそれほど良くなかったし、デザインも庶民向けのワンピースだったが、二人揃って着ることで可愛さが倍増するのだから、これはこれでいいと思う。

 私は二人の衣装の代金を払い、二人にはその姿のまま街歩きをしてもらうことにした。
 二人には私も着ないのかと聞かれたが、中身52歳のおじさんには薄桃色の服を着る勇気はなかったし、幸い、リヒトに薄桃色は似合わないので回避した。

「リトお兄ちゃんに服を選んでもらうのは嬉しいけど、僕はリトお兄ちゃんと同じ服が着たいです」

 そういえばまだカルロとお揃いで作った白い服を着ていなかったことを思い出した。
 私はカルロの耳に口を寄せて宥めるように言った。

「今度、あの服を着て出かけようか?」

 ナタリアに聞かれるとカルロと一緒に自分も出かけたいと言い出しかねないので耳打ちしたが、私の息がくすぐったかったようで、カルロの耳が赤くなった。

「リト!」と、ナタリアが私の腕を引っ張った。

「次のお店に行きましょう!」

 衣装店の店員たちは非常に温かい眼差しでカルロとナタリアを見送ってくれた。
 やはり、誰の目から見ても二人は可愛くてお似合いなのだろう。





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