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帝国編

36 盗まれた青い花 01

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 その後も私たちはいくつかの武器屋を周った。
 ほとんどは新品を扱う武器屋だが、中には中古品を扱う武器屋もあった。
 剣を多く扱う武器屋が多数ある中で、弓やクロスボウ、スローイングナイフなど剣や槍以外の武器を専門で扱っている武器屋もあって見応えがあった。

「お昼にしょう」と入った鍛冶屋の通りにあるお店ではガタイのいい男たちが昼食を食べていた。
 彼らが鍛治職人ならばドワーフが混じっているのではないかと店内を見回したが、背が低く、豊富な髭を蓄えた男はいなかった。

「リト? どうしたの?」

 少し残念そうな表情が出てしまっていたようで、ハバルが私の顔を覗き込んだ。

「ドワーフがいるかなと思ってたんだけど、いなくて少し残念だっただけ」

 私の言葉にハバルもハンザスも不思議そうな顔をした。

「ドワーフならたくさんいるじゃないか?」
「通りを歩いている時も何人ともすれ違ったし、武器屋にもいただろ?」

 ハバルに続いてハンザスが言う。

「ドワーフは筋肉質な屈強な体と少し尖った耳の形が特徴的だ」

 ハバルが教えてくれた特徴に当てはまる人はお店の中にいるほとんどの人間だった。
 一般的な男性よりも二回りくらい腕が太くて、筋骨隆々といった感じで、耳の先が少し尖っている人々。
 どうやら、さっきから見ていた彼らがドワーフだったようだ。

 私の知っている背の低いドワーフはこの世界にはいないのだろうか?

「あの、ドワーフはもっと背が低いものだと思っていたんだけど……」
「おや、あんた、まだちっちゃいのに物知りだね」

 そう声をかけてきたのは店のおかみさんだった。
 料理を運んできてくれたのだ。

「あたしたちのとおーいとおーいご先祖様たちはあんたみたいな背丈だったらしいよ。人間と結婚する者が増えて、ご先祖様たちの姿の者はほとんどいないけどね」

「今じゃあの偏屈爺さんぐらいなもんじゃないか?」と、隣の席の男性が話に入ってきた。

「坊主! ドワーフの昔の姿が見たいなら、この通りの端っこにある煤だらけの工房に行ってみるといいぞ!」

 他の男性にそう言われて、私は子供らしい笑顔で笑っておいた。

 通りの端っこは左右二箇所あるわけだが、繁華街に続く方ならば煤だらけの工房はないだろう。
 街の見た目を気にする者に注意されたり、外観を保つために強制的に綺麗にされてしまうはずだ。
 つまり、繁華街とは逆側にある。

 そこがどんな場所かわかっていれば、常識のある大人ならば子供に行ってこいなどと言うことはないはずだ。
 つまり、気軽に行ってみるといいなんて言った男は非常識なバカか、考えなしのバカだ。

 案の定、ハンザスは渋い顔をしているし、おかみさんも「余計なことを言うんじゃないよ!」と男を怒っている。

「坊や、あそこは行っちゃいけないよ。人通りも少なくて、ガラの悪いもんがいることもあるからね」

「うん! ありがとう!」と私はおかみさんに今度は本心から笑顔を見せた。
 良心的な人には心からお礼を述べるべきだと思うから。

「かわいいね! この子!! うちの子のために作っておいたおやつだけど、持ってくるから食べてお行き」

 おかみさんが急いでキッチンへと戻っていく。

「さすが。リトは人たらしだね」

 ハバルにそう小声で言われたが、特にそういうつもりはなかったのだが。

 先ほどおかみさんが持ってきてくれた料理はステーキだった。
 ちなみに、注文もしていないのにどうして料理が出てきたのか不思議だったのだが、ハンザス曰く、ここはステーキと添え物のじゃがいも料理しか出てこないメニューのないお店だそうだ。
 店に客が入ってきて席に着いたら調理開始で、すぐに料理が出てくるそうだ。
 ステーキは柔らかくて、すごく美味しかった。

「元鍛冶屋の店主が肉を切って焼いているんだ」
「包丁の切れ味で食材の味が変わるって言うもんね。元鍛冶屋なら火加減も上手そう」

 あれ? 包丁の話を聞いたのは前世だったかな?
 そんなことを考えながら顔を上げると、周囲のドワーフたちが私に注目して動きを止めていた。
 また子供らしからぬことを言ってしまったのかと緊張したが、ドワーフたちはワッと笑い出した。

「坊主は本当に物知りだな!!」
「刃物の切れ味の違いで肉も魚も味が変わるからな!」
「かぁちゃんに包丁の手入れをよくするように言っておけよ!」

 がはははっと笑う男たちの笑い声の中、私もから笑いをした。

 きっとエトワール王国の城のシェフもルシエンテ帝国の城のシェフも毎日、包丁を研いでいると思いますよ。

「あんたたち、馬鹿笑いしてどうしたんだい?」

 戻ってきたおかみさんの手には大皿があり、大量のドーナツが盛られていた。
 王宮でドーナツを見ることがなかったからこの世界にはないのかと思っていたけれど、庶民のおやつだったようだ。

「ほら。これもお食べ」

 テーブルの上にドンッとお皿が置かれて私は困ってしまった。
 今食べているステーキも大人サイズで私では全て食べきれそうにないのに、さらにドーナツを食べるのは無理だった。

「ありがとう。でも、こんなに食べれないよ」
「じゃ、帰りに袋に入れてあげるわ! 持って帰んな!」

 そうして、私はドーナツが入った紙袋を抱えてお忍びを続けることになったのだ。
 とは言っても、途中からハバルが持ってくれていたが。

「まと……」

 魔塔主がドーナツを食べるようならあげようかと思い、ハバルに聞こうと思ったのだが、鍛冶屋や武器屋がある通りよりも人通りのある通りまで来てしまっているので先ほどよりも言葉に気をつけなければいけないだろう。
 ここで魔塔主などという言葉を出せば、魔塔主と知り合いというだけで身分を明かしているようなものだ。

「えっと、兄さんの上司って、甘いもの好きだったよね?」

 ハバルはすぐに私が何を言いたいのか理解してくれたようだ。

「そうだね。でも、かなりの甘党だから、これはどうだろう?」
「それに蜂蜜をかけたら、兄さんの上司の大好物にかなり近くなると思うよ」
「なるほど……それじゃ、蜂蜜も買っていこう」

 これでせっかくの頂き物を無駄にすることはなさそうだ。

「上司以外にも欲しい人がいたら分けてもいい?」
「もちろん。みんなで美味しく食べて」
「二人とも、花屋はあっちだ」

 ハンザス先生の言葉に私は首を傾げた。

「花屋?」
「蜂蜜を買うのだろう?」

 どうやら、この世界では花屋が蜂蜜も取り扱っているようだ。
 大人しくハンザスの後に続くと、花屋の店先に蜂蜜を入れた瓶が並んでいた。

 もしや、花農家が養蜂業もしているということだろうか?
 そして、花屋が蜂蜜も買い取って売る。
 理に叶っているといえばそうなのかな?
 ミツバチがいないと花も咲かないわけだから。

 ハバルが蜂蜜を見ている間に私はこの世界でどのような花が売り物として売られているのかを見る。
 そして、鉢植えの青い花に目が止まった。

「あの、これはどこから仕入れた花ですか?」

 私は近くにいた店員に声をかけて聞いた。
 本来ならばそんなことは聞くまでもなく、花の鉢には仕入れ先がまるでブランドのロゴのように書いてあった。
 しかし、私はその仕入れ先が本当なのかどうかを確認しなければいけなかったのだ。

「それはティニ公国でしか咲かない珍しい青い花だよ」
「ティニ公国でしか咲かない?」
「ああ。最近、商業ギルドの転送魔導具で入手できるようになった貴重な花だよ」
「なるほど。そうですか……」

 ハバルが蜂蜜を買って店を出た。

「リト、あの花がどうかしたのか?」
「いいえ」

 私は穏やかに微笑んだ。
 本心を悟られないように。
 そして、花のことは一旦忘れた。

 これもノアールの教えだ。
 本心を悟られないためには、相手が知りたがっている情報を自分が知っているということを忘れることだと。
 相手の知りたい情報に意識が向きすぎるとどうしてもボロが出る。

 だから、私は今の心情を知られないように青く美しい花のことを一旦忘れることにした。
 非常に不愉快な気持ちと一緒に。





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