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帝国編

29 帰還

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 私たちはオーロ皇帝の城に戻ると夕食を摂った。
 オーロ皇帝は私たちが魔塔で何をしていたのか聞きたがったが、魔塔主が笑顔で「魔塔の見学です」とだけ答えていたので、おそらく研究内容やあの巨大な魔石については一切知られたくないのだろう。

「リヒト、魔塔はどうだった?」

 魔塔主が教えてくれないならば子供に聞こうということだろうか?
 しかし、私は空気を読める中身52歳の子供だ。

「魔塔の魔法使いたちがとても優秀なことは分かりましたが、研究内容は難しいものばかりでよく分かりませんでした」

 笑顔は6歳らしい無邪気なものをチョイスしたのだが、その作り笑いをする度にオーロ皇帝の目が私の中身を見透かすようにじっと見てくるのをやめて欲しい。

「どうやらリヒトは嘘が下手なようだ」

 オーロ皇帝はそう笑ったが、それ以上は質問されなかったのでよしとしよう。



 夕食を終えて部屋に下がるとカルロがすぐに入浴の準備をしてくれた。

 相変わらずとても丁寧な手つきで体を洗ってくれるが、私は今も足を洗ってくれようとするカルロの申し出をなんとか断っている。
 足を触れるのはくすぐったいからと断っているが、完璧主義のカルロは不満げだ。
 しかし、同性とはいえど流石に恥ずかしいので、そろそろ諦めて欲しい。

「また魔塔主が来るといけませんので、今日は私が一緒に寝ます!!」

 カルロの湯浴みが終わるのを待って就寝の挨拶をして眠りにつくのが日課になっているのだが、湯浴みを終えたカルロはそう言って私のベッドに上がった。

 いつもならカルロを諌める乳母はすでに自室として使うようにあてがわれた部屋に行ってしまった。
 そして、グレデン卿も同じくあてがわれた部屋に下がった後だ。今日はゆっくりと休んでもらうつもりだ。

 今護衛として部屋にいるのは魔塔の魔法使い二人だ。
 そんな魔塔の魔法使い二人の前で魔塔主のことを悪く言うのはよくないのではないかと思いチラリと二人を見ると、小さな子供を見る優しい眼差しでカルロを見ていた。

「そうですね。魔塔主様にはデリカシーがありませんから、いつでも勝手に部屋に侵入して好き勝手言って出ていきます」
「カルロ様がリヒト王子の隣にいればいつでも魔力を増幅させることができますし、私たちはお二人の様子を観察できますから一石二鳥です」

 二人目は本音がだだ漏れだ。
 魔塔の研究員としては光属性の私と闇属性のカルロには常に一緒にいてもらいたいようだ。

「しかし、朝になれば乳母に叱られるよ?」
「大丈夫です! ヴィント侯爵がこちらのお部屋に来られる前に起きて従者の部屋に移動します!」
「本当に起きれる?」

 今の所、カルロが私よりも早く起きれたことはない。

「はい! 大丈夫です!!」

 本人はいたってやる気だ。
 それならと私は掛け布団を捲る。

「それじゃ、一緒に寝よう」

 カルロは満面の笑顔を見せて布団の中に入ってきた。
 最近ははにかんだ笑顔よりもこうした明るい笑顔を見ることが多い。
 徐々に自信がついてきた証だろうか?

 布団の中でカルロは私の腕にしがみついた。
 私はまだまだ甘えん坊なカルロの頭を撫でた。
 もしかするとカルロは慣れない土地の慣れない部屋で眠るのが寂しかっただけかもしれない。
 そう考えると無性にカルロのことが可愛くなって、何度も頭を撫でてしまった。

「おやすみ。カルロ」
「はい! おやすみなさいませ。リヒト様!」



 翌朝、ぐっすりと眠るカルロを私は抱き上げて従者の部屋に運んだ。
 純粋な腕力だけで横抱きするのはさすがに無理なので、風魔法でカルロの体を包んで軽くした。

 私がカルロを運ぶ様子を魔法使いたちが微笑ましく見ていた。
 魔法使いたちもカルロの可愛さにきっと気づいたのだろう。
 そう。うちの子は最高に可愛いのだ。

 そういえば昨日は忙しくてエトワール王国へ手紙をしたためるのを忘れていた。
 私が1年間ルシエンテ帝国で学ぶことになったことを手紙で伝える必要があるだろう。

 ……いや、厳密には手紙でなくても構わない。
 直接行った方がいいだろうか?
 いや、しかし、一人で転移魔法で動くとなると絶対に乳母に怒られる。

 こういう時にグレデン卿がいてくれたら助かるのだが……などと考えていると部屋の扉がそっと開かれてグレデン卿が入ってきた。

「リヒト様、すでに起きておられましたか」
「グレデン卿、早いですね。もっと休んでいてもよかったのですよ?」

 いや、正直、早くきてくれて助かったけれど、しかし、昨日の話では彼が仕事を始めるのは1時間後くらいからだったはずだ。
 口約束ではあるが、約束したからにはきちんと休んでもらいたい。

「やはり慣れない土地ですからリヒト様のおそばにいないとどうにも落ち着かなくて」
「そうですか」

 それならば、申し訳ないが仕事をしてもらうことにしようかな。

「では、グレデン卿、ちょっと一緒に来てもらえますか?」
「どちらに行かれるのですか?」
「エトワール王国へ。父上と母上に1年間はルシエンテ帝国で経済や帝国法について学ぶことを伝えに行こうと思います」
「確かに、直接お話しされた方がよろしいですね」

 私は魔法使い二人にカルロと乳母への言伝を頼んだ。

「お二人はカルロが起きたり、乳母が部屋に来たら事情を話してもらえますか? その後は魔塔に戻ってもらって構いません」

 魔法使い二人は快く引き受けてくれた。

 ただ、私が転移魔法を発動させる時に魔法陣をまじまじと見ていたり、発動までの時間を測っていたのが気になった。
 どこまで行っても彼らは研究者なのだろう。
 ブレないところが尊敬できるような気もしたが、尊敬よりも呆れが勝った。



 転移先は私の部屋だ。
 両親の寝室に許可もないのにグレデン卿を入れるわけにはいかないし、両親が寝ているならいいが、万が一母上の着替え中などに入ってしまった場合、実の息子だとしても前世の記憶がある中身が辛いからだ。

 もしかすると両親はまだ眠っているかもしれないが、私も手早く用事を済ませて帰る必要があるため、申し訳ないが早々に両親の寝室の扉をノックさせてもらうことにして自室を出た。
 そして、両親の部屋の前で二人の朝の支度をするために起床の時間を待っている執事とメイド長、そして数名のメイドたちに会った。

「リヒト様!?」
「どうされたのですか!? このような時間に」

 よく考えればこのような展開になることを予測できたのに、私は皆を驚かせてしまったことを謝った。

「早起きしたからちょっと用事を足しに来たのだが、父上と母上はまだ眠っているだろうか?」
「お二人はリヒト様を恋しがっておられましたので、すぐにでもお会いしたいと思います。中にお声がけしますので少しお待ちください」

 恋しがっていたって、私が帝国に行ったのはほんの数日前だ。
 そんなことで二人は大丈夫なのだろうか?
 1年後には私は7歳になり公務もあるのだからそろそろ子離れしなければいけないだろう。

 執事長が扉をノックし、少しだけ扉を開けて中に声をかける。

「陛下、リヒト様がお戻りです。お部屋の中に入っていただいても……」

 執事長の言葉の途中で扉が大きく開かれて寝衣姿の母上が飛び出してきた。

「リヒト!」

 母上が私のことを抱きしめる。

「よかった! 無事だったのですね!」

 父上まで駆け寄ってきて、母上ごと抱きしめてくる。

「リヒト、よく無事に戻った!!」
「あの……とても心苦しいのですが、帰ってきたわけではありません」

 帰ってくるのならオーロ皇帝にもちゃんと挨拶をしてこなければいけないわけだから、こんな早朝にはこない。
 冷静になればわかることだが、どうやら二人とも普段の冷静さを失っているようだ。
 それほどまでに幼い子供を他国に送り出すことは大きなストレスだったのだろう。

「父上、母上、私はまたすぐに向こうに戻りますので、落ち着きを取り戻して話を聞いてください」

 私は寝室に入り、二人に椅子に座ってもらった。

「メイド長、すまないが父上と母上に温かいお茶を」

「かしこまりました」とメイド長はいつもながらに綺麗な礼をしてお茶の準備をしてくれる。

「報告が二つあります」

 両親が温かいお茶を飲んで、ほっと息をついてから私は話し始めた。

「まずは我が国を帝国の傘下に入れてほしいとオーロ皇帝にお願いしました。私の独断で話を進めてしまい、申し訳ございません。オーロ皇帝には父上と詳細について話していただくようにお願いしてあります」
「それについては書簡が届いている。リヒトからの提案だとは書いてあったが、本当のことなのか判断できずに迷っていた」
「私からもすぐにご報告するべきでしたね。すみません」

「いや、いい」と父上はすぐに許してくれた。

「帝国の傘下に入ることで我が国にも帝国の法律が適用されますし、帝国の大きな経済圏に加わることができます」

 利点を解説しようとすると、「わかっている」と父上がおかしそうに笑った。
 そうだった。父上の方が一応は大人なのだ。
 子供の私に解説されるまでもなく理解しているはずだ。
 私は少し恥ずかしくなって「では」と話を次に移した。

「もう一点は……」

 先ほどの様子からこの話を伝えても大丈夫なのか少し不安になるが、これを伝えるために来たのだから早々に伝えて早く向こうに戻ろう。

「私は1年間、ルシエンテ帝国にて勉学を深めることになりました」

 両親が固まった。
 二人だけでなく、執事長やメイド長、そしてメイドたちも固まった。

「帝国の傘下に入るのですから、帝国の法律を学ぶことは必須ですし、経済についても学ぶ必要があります。もしかすると1年では足りないかもしれませんが、1年後には私も7歳になり、貴族へのお披露目と同時に公務が始まりますから1年後には必ず戻ってまいります」

 国王である父が力無く項垂れる。
 このような姿は他の貴族にも国民にも見せられない。

「……すまないな。私が不甲斐ないばかりにお前は早く大人になってしまった」
「いえ、それは違います……」

 私が大人になるのが早いのは中身が52歳のおじさんだからだ。
 だから、そんな顔をしないでほしい。
 この国の国王である私の父は、とてもよくやっていると思う。

「ということで、父上、私はもう戻りますので、後のことはよろしくお願いします」

 私がソファーから立ちあがろうとすると、「リヒト!」と母上の手が私の手を握った。

「あなたは転移魔法でこうして帰ってくることが可能なのですから、たまには帰ってきて顔を見せてちょうだい!」

 まぁ、確かに、私はかなり自由に移動ができるのでそれは可能だろう。
 それに、またこうして前もって両親に伝えておいた方がいい用事ができるかもしれない。

「わかりました。では、またお伝えしなければいけないことができた時には戻って参ります」
「次はもっと時間に余裕を持ってきてちょうだい!」
「わ、わかりました……」

 子離れはしばらく無理そうだ。



 私はグレデン卿とともに帝国へと戻った。
 すると、部屋には乳母とカルロが仁王立ちで待ち構えていた。

「リヒト様、転移魔法で移動する際にはちゃんと伝えていってください!」
「僕もリヒト様と一緒に行きたかったです!」

 転移魔法は一緒に移動する者たちを術者がきちんと認識していなければいけない。
 そのため、安全に魔法を行使するためには少人数がいいのだ。
 私はこれまで乳母とグレデン卿と移動したことしかない。

「危険だから一人しか連れて行けないよ」
「次はわたくしがお供します! カルロはもっと大きくなってからですね」

 エトワール王国の城の中ならば乳母を護衛として連れて行くのはありだろう。
 しかし、カルロに護衛は任せられない。
 万が一、変態に出会った場合、獲物が増えるだけだからだ。
 それがちゃんと理解できたのだろう。カルロは残念そうな様子を見せた。

「10年後くらいにはカルロを頼りにさせてもらうよ」

 10年後の16歳ならばエトワール王国でも帝国でも成人を迎える年だ。
 子供達に間違った欲望を持つ変態たちの対象外の年齢だし、カルロは魔法学校で魔法をしっかりと習った後でもある。

 もちろん、その前に帝国の傘下に入って帝国法を取り入れた後だからある程度は安全だろう。
 その頃ならばカルロに護衛を任せても問題ないはずだ。
 しかし、カルロは「あと10年……」とますます落ち込んでしまった。

「カルロ、問題ありません。リヒト様に頼っていただけるくらい強くなればいいのです」

 私が先に慰めたはずなのに私の慰めは不発で、乳母の慰めにカルロは少し元気を取り戻している。
 おかしいな。私もちゃんと慰めたつもりだったのに……





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