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帝国編

27 魔塔の森

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「エトワール王には私から書信を送っておこう」
「私も手紙を書きます」

 私の言葉にオーロ皇帝は「ん?」と首を傾げた。

「私の書信だけでは信用されないか?」
「オーロ皇帝、失礼ながら、他国の王からナタリア様を1年預かると書信が届いたらどう思われますか?」
「その国を滅ぼす」

 昨夜の様子からオーロ皇帝が孫娘をかなり可愛く思っていることは知っていたが、相手の国に理由を尋ねることもなく滅ぼすと断言するとは思った以上に孫娘を溺愛しているようだ。

「我が国は小国で帝国を滅ぼすことは叶いません。しかし、私の両親は愚かにも私のために宣戦布告をしかねないところがございます。宣戦布告とは言わずとも、両親ともども乗り込んでくるかもしれません。ゆえに私も手紙を書きます」

 両親は私が人質になったと思っていることだろう。
 そんな状態で1年間も返さないと言われれば親バカな私の両親は暴走しかねない。

「ふむ。現エトワール王は本当に前王とは似ても似つかぬ人格者のようだな」
「皇帝は前エトワール王に会ったことがあるのですか?」
「身分を近隣国の貴族と偽って舞踏会に参加したことがある。少年たちを侍らせていて、非常に不快な思いをさせられたのでそれ以降は行っていない。その後、エトワール王国前王が早々に皇太子に王位を譲ったと聞いたが、その理由が少年たちとの戯れに興じるためだと聞き、エトワール王国が滅びるまではその地に足を踏み入れないことを決めたのだ」

 どこまでも我が国に不利益をもたらす変態前王に嫌悪感が募る。
 しかし、今はオーロ皇帝の前だ。
 気持ちを素直に表すわけにはいかない。

「私の父、現エトワール王はそのような人間ではございませんので、その点はご安心ください」
「だが、其方が言い出すまで法の強制執行に踏み出さなかったことは気にはなるがな」
「それは……」

 慣習とは、緩慢なる洗脳のようなものだ。
 子供たちがやり取りされることには不快感を覚えても、その不快感に慣れきってしまえば、法律を制定するための行動を起こすのも日々の雑務に追われて遅くなるのかもしれない。
 王になってからしばらくは貴族たちの顔色を伺う必要もあっただろう。
 自分の足場が固まる前に動いては、あらゆる面で妨害され、下手すれば暗殺され、再び前王の統治となったかもしれない。
 慣習に慣れきって、染まりきった貴族たちの中には子供を保護する法律の制定を反対する者もいるだろう。
 そうした者たちをどのように説得するのか、そうした下準備にも時間はかかる。

「確かに、すぐに変革が行われれば素晴らしいですが、国の統治とはそう簡単なものではありませんよね。無法地帯のような慣わしの中に法整備をするのは大変なはずです。特に、前王が率先してその無法地帯を広げていたのですから、なおのこと現王はそこに法を持って切り込んでいくのは容易なことではありません」

 オーロ皇帝は顎を撫でて私をじっと見つめる。

「な、なんですか?」

 鋭いその目に気押されて私の声は少し震えた。

「いや、現王を子供のように庇うのだなと思ってな……まるで、其方の方が親のようではないか」

 前世で子供を持ったことがないから親の感覚はわからないが、それでも現王を職場の後輩のような感覚で見てしまうことはある。
 何せ現エトワール王は30代。
 それに反して私は中身50代のおじさんだ。

「私は父上のことを尊敬しておりますので、誰かに批判されると悲しくなるのです」
「本当にそれだけか?」

 オーロ皇帝の目が私の中身を覗き込もうとする。

「私には其方が秘密を抱えているように見えるのだが?」

 内心で冷や汗を流しながら私はにこりと子供らしい純粋無垢な笑顔を作ってみた。
 エトワール王国の大人ならば大抵はこれで誤魔化せるのだ。

「私だって男の子ですからね。秘密の一つや二つありますよ」

 私のそんな言葉に反応したのは皇帝ではなく、カルロと乳母だった。

「リヒト様! まさか、昨夜も夜更かししたのですか!?」
「もしくは、早朝に起きられていたのですか!?」

 カルロと乳母の様子にオーロ皇帝がクックックッと笑った。

「確かに、秘密が多そうだな」
「はい……」

 朝食後にカルロと乳母から叱られることを覚悟して、私は食事を進めた。
 しかし、そこに思いがけない人物が助け舟を出した。
 食堂の入り口が開かれて魔塔主が入ってきたのだ。

「早朝に目覚めてしまったリヒト王子はそのまま目を瞑って眠ろうとしたのですが、私が起こしてしまったのです」
「魔塔主が早朝に来ていたのですか?」

 カルロの眉間に深い皺が刻まれる。

「私も早朝に目が覚めて少し暇だったのでリヒト王子の様子を見に行ったのです」
「なぜ、わざわざリヒト様のお部屋に?」

「それは……」と、魔塔主はじっとカルロを見つめて、それからニヤリと意地悪く笑った。

「リヒト王子にお会いしたかったからですね」
「だとしても一国の王子に前もっての連絡もなしに、しかも早朝に会いに来るなんて無礼です!」
「従者は知らないのか? 魔塔はどこの国にも属していない。つまり、魔塔自体が一国と同等の価値があり、その魔塔の頂点にいる私は王と同等の立場なのだ」

 魔塔主の言葉は屁理屈のようだが、この世界では複数の代表的な国が認めたから国と認められるみたいなルールは特にないし、魔塔の武力は容易に一国を凌ぐため、魔塔主が言うことが間違っているわけではない。
 そのため、カルロはぐぬぬっと悔しげな表情を見せている。

「王族と同等だったとしても早朝に他者の部屋へ勝手に入るのは失礼だろう」

 オーロ皇帝がカルロの肩をもってくれた。
 しかし、魔塔主が反省するわけもなく、昨夜の晩餐と同じように私の隣に座った。
 魔塔主の前にはすぐに朝食が準備される。
 魔塔主が現れた瞬間にすぐに老執事が給仕の者たちに指示を出していた。

「朝食を食べ終わりましたら魔塔に行きましょう」

 そう言って魔塔主はパンにたっぷりのバターとジャムを塗って頬張った。

「今日のスープも美味しいですよ」

 今朝のスープはポタージュスープではない。
 魔塔主はスープをチラリと見て、「無理ですね」とでも言いたげに首を横に振った。

「具はともかくとして、スープだけでも飲んでみてはいかがですか?」

 健康を維持するためには糖分だけでなく塩分も必要だし、具を食べなくてもスープに野菜の栄養が出ているはずだ。
 魔塔主は嫌そうな顔でスープを見下ろしていたが、カルロが「リヒト様、そのような者の面倒を見る必要はありません!」と言うと、魔塔主はカルロへの意趣返しでスープを飲み干した。
 なかなかいいコンビである。

 遅れて食堂に来た魔塔主は私よりも早く朝食を終えた。
 偏食すぎて食べれるものが少ないからという理由と、一度に食べれる量が少ないからだ。
 それと、子供の手足は短くて可動域が狭く、口も小さいため、私とカルロの食事時間が長いというのもある。
 忙しいオーロ皇帝は朝食を終えると早々に「では、また夕食の席でな」と席を立った。



 私たちも食事を終えると魔塔へと向かう。
 魔塔主が全員を連れて転移するのかと思ったが、老執事の勧めで城の庭を通り、その先の森を通って魔塔へと向かうことになった。

「庭師たちが丹精込めて育てた花が見頃ですよ」と言っていたが、確かに美しかった。
 そして、美しい庭園を歩くカルロは何より可愛かった。
 どうしてこの世界にはカメラがないのだろうか?
 カメラがあればカルロの可愛い姿を永遠に残しておけるのに。

 庭を抜けると森に入るのだが、庭と森の境界には塀があり、森に出るための小さな扉がついていた。塀の高さは大人の身長を優に越えるものだった。塀は庭だけでなく城を囲むように建てられていると推測できた。
 そして、その塀を囲むように防御魔法の結界が張られているようだった。

「あの執事は皇帝よりもタチが悪いんですよ」

 そう言いながら魔塔主は森へ出るための扉に触れた。

「庭を通っていけというのは、魔物避けの結界を張り直しておけということです」
「魔物がいるのですか?」

 ゲームでもヒロインと攻略対象が協力して魔物を倒すクエストはあったから魔物がいることは知っていたが、実際に見たことがないのであまり実感がなかった。

「いますよ。リヒト王子はまだ魔物を見たことがありませんか?」
「はい。ほとんど城にこもっていますから」
「王都の周りにも多少はいますが、強力な魔物は辺境の森にいますから、平民であっても王都にいる者は見たことがない者がほとんどでしょう」

 グレデン卿が教えてくれた。
 都会にいると野生の動物と出会うことがないのと同じことだろうか。

「どうせですから少し魔物を見ていきますか」

 魔塔主は軽い口調でそう言ったが、そんな社会科見学のようなノリで見に行ってもいいものではないと思うのだが?

「魔塔主、今日はカルロも乳母もいるから魔物を見にいくのはまた今度にしましょう」

 魔物に興味はあるが、カルロと乳母を危険な目には遭わせたくない。

「別に危険な魔物を見に行こうと言っているわけではありません」

 魔狼主が言うには魔物は魔力を持った生物の総称であり、別に危険な物だけを指す言葉ではないそうだ。

「それならば結界を張り直してから行きましょう」

 やるべきことを先に済ませておかないと、魔塔主はきっと忘れてしまい、どうでもよくなって手をつけないだろう。

 魔塔主が扉に手を触れて魔力を流し込むと魔法陣が浮き上がった。
 私はその魔法陣を見て結界魔法を覚えたかったのだが、結界魔法は随分と複雑な魔法陣だった。

「魔力を張り巡らす魔法陣以外に細かに書き込まれていた魔法陣はなんですか?」
「本当にリヒト様は目がいいですね」

 魔法陣は魔法の発動の際に一瞬だけ浮かび上がるものだ。
 それを見て、丸暗記できるチート能力が私にはあった。
 おそらく、攻略対象のチート能力だろうと私は考えている。

「どのような魔物を弾くかを書き込んでいるのです」
「それは個体を特定して弾いているということですか?」
「個体によって対応する属性を変えるのです」
「器用ですね」
「これでも魔塔主ですからね」

 確かに、上級魔法使いの頂点に立つ魔塔主だ。
 それくらい器用なことができて当然なのかもしれない。

「それでは、行きましょうか」



 魔塔主に続いて私たちは森の中へと入った。
 魔塔主はポーションの材料になる薬草の説明をしたり、魔獣の足跡を見つけてはどのような生物がこの森に住んでいるのかを説明してくれたりした。

「この森は自然の森ではなくて、魔塔の研究者たちが作ったんですか?」
「どうしてそう思ったのですか?」
「ただの森にしては薬草が多すぎると思いました」
「鋭いですね。このあたり一帯は草原だったのですが、必要な薬草を植えたり、実験的に魔木を植えたりしているうちに魔鳥が来るようになり、魔鳥が植物の種を落としていき、徐々に森になったのです」
「そうしてるうちに魔力が濃い場所になって魔獣も集まって来るようになったと」

「はい」と、魔塔主は魔木と思われる木にしがみついている前世のポッサムに似た小動物をショイッとつまみ上げた。

「このように愛らしいものから」

 魔塔主は頭上を指差した。
 その瞬間に頭上に大蛇の姿をした魔獣が現れた。

「このように危険なものまで」

 私は思わず反射的にカルロを背に庇い、光の剣を作り出して振るうと、光の剣から光の刃が飛び出して大蛇の頭を真っ二つに切った。
 大蛇の巨体はゆらりと揺れて、その場に倒れた。
 その音に驚いたポッサムは身を捩って魔塔主の手から抜け出して逃げた。

「……素晴らしいですが、容赦がないですね」
「すみません。反射的に……この大蛇、実験体か何かでしたか?」

 思わず反射的に倒してしまったが、実験体として大切に育てていたものだったらどうしようと急に不安になった。
 損害賠償を請求されたらどうしよう……
 自慢じゃないが、我が国は本当に貧乏なのだ。

「あ! でも、気絶してるだけかもですし! 今助けたらまだ実験体としては大丈夫かも!」
「実験体ではありませんが、そもそも頭が真っ二つになった蛇が生きていることはないでしょう。魔石や目玉や牙、皮などの素材を採取しなければなりませんので、他の研究員を呼びましょう」

 魔塔主は腰に下げられた皮袋の見た目をしたマジックバックから魔導具の通信機を取り出して、数名の魔法使いを呼び出した。
 彼らに大蛇の解体を指示して、改めて魔塔主は私たちを魔塔に案内した。





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