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帝国編

25 交渉 前編

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「そういえば、リヒト様は皇帝に相談があるのではなかったですか?」

 余計なことを言う魔塔主を私は睨んだ。
 まだ幼いナタリアの姿を見れば、ここで話すことができる相談なのかどうかわかるはずなのだが。
 しかし、オーロ皇帝が私をナタリアの婚約者にと考えているのならば、この後もオーロ皇帝と会う時にはナタリアが同席する可能性は高い。
 いつ話を切り出しても同じならば、早いほうがいいのは確実だろう。

「相談だと? なんだ? 言ってみよ」
「いえ……ここでは少しお話ししにくいことですので、後ほどお時間をいただけますと幸いです」
「6歳になったばかりの子供が話しにくいこととはなんだ? 私は多忙な身だからな。夕食の席くらいしか話す時間は取れんぞ」

 それはその通りだろう。

「それが、我が国の慣習のことで、少し……」

 私がそう言葉を濁したことでオーロ皇帝はすぐに察してくれた。
 一瞬だけ姫に視線を向け、「わかった」と頷いた。

「では、夕食後に執務室で話を聞こう」
「ありがとうございます」

 私とオーロ皇帝は夕食後に食後のデザートもそこそこに席を立った。
 カルロも来たがったけれど、姫君を一人、食堂に残していくのも気が引けたし、二人が話をするのにいい機会だと思ったので、カルロと乳母に姫君のことを頼んで私はグレデン卿を伴ってオーロ皇帝の執務室へと向かった。
 なぜか当然のように魔塔主もついてきた。

「魔塔主はデザートも食べたかったのではないですか?」

 魔塔主は偏食のために食べる量が少なかった。
 おそらく、まだ空腹は満たされていないだろう。

「リヒト王子と魔塔主様のデザートはオーロ様の執務室に運んでもらいますのでご心配せずとも大丈夫です」

 執事が教えてくれた。

「お気遣いありがとうございます」

 オーロ皇帝の執務室は謁見の間や客間と違ってシックで落ち着いた色合いで統一されていた。
 豪華な調度品はないが、長年愛用されてきたことがわかるアンティークの家具が揃えられていた。
 実際のオーロ皇帝の趣味はこちらで、謁見の間や客間の豪華絢爛な装いは経済の中心都市であることを内外に示すためのものなのだろう。

「それで、私に相談というのはなんだ?」
「オーロ皇帝は我が国の忌まわしい慣習をご存知かと思います」

 そう切り出すと、オーロ皇帝が渋い顔をして頷いた。

「知っている。エトワール王国は出生率が高いと聞き、我が国の低い出生率の改善のヒントになればとエトワール王国の出生率がなぜ高いのかを調べた際にその忌まわしきに慣習について知った」

 エトワール王国の貴族は子供を上位の貴族に献上したり売ったりすることで権力や資金を得る慣習があるため、家を継ぐ者以外にもそのための道具としての子供を計算して産むのだ。
 平民にもその慣習が伝わり、売るために子供を多めに産んでいたりする。
 エトワール王国の出生率の高さは誇れるものではなく、忌まわしい慣習によるものだった。

「それで、その慣習がどうしたのだ?」
「私はその慣習を無くしたいのです」
「それは、其方の父、国王と話すべき内容ではないか?」
「はい。数年前から父には相談して法案も作り、私が7歳になり、貴族たちに私の存在を公表する際に王の独断で法も執行する手筈となっております」
「……そこまで準備をしていて、私になんの相談があるというのだ?」
「我が国を帝国の傘下に入れていただけないでしょうか?」

「ふむ」とオーロ皇帝は顎鬚を撫でた。

「そうすれば、帝国法が適用され、国王へ向けられるであろう貴族たちの不満を帝国に向けることができるからか?」

 随分と意地の悪い言い方をされたが、その通りなので文句も言えない。

「ただ不満を肩代わりしていただきたいわけではございません。帝国の巨大な経済圏に参加させてもらえれば我が国の利益にもなり、国王を支持する貴族も増えることを狙っております」
「本当に6歳なのか疑わしくなるな」
「自国の利益について考えるのに年齢は関係ありません」
「そうだろうか? 子供が考えるべきは本来は自分の利益だけだ。それでいいはずだ。其方も、ナタリアが自分の利益だけを考えて、其方のデザートも欲しいと言ったところで怒るまい」
「まぁ、その程度の可愛い我儘でしたら、怒る必要はないかと」
「普通の6歳ならば怒るだろう。自分の最大の利益を奪われそうになっているのだから」

 私が子供らしくないのは今更だ。
 だって中身が50代のおじさんなのだから仕方ない。

「それで、我が国は帝国の傘下に入るための交渉をさせていただけるのでしょうか?」
「随分とまどろっこしい言い方をするのだな。すでに交渉は始まっているではないか?」
「このように話し合いの場を持っていただいたのにも関わらず大変恐縮なのですが、交渉は私の父であるエトワール国王としていただけないでしょうか? 帝国の傘下に入りたいというのは私の一存ですので」
「国王に言われていたのではないのか?」
「父には何も言われておりません。6歳の息子にそのような大役を任せて責任を負わせるような父親ではありませんから」
「なるほど。現エトワール国王は前国王とは全く違うようだな……リヒトは前国王には頻繁に会っているのか?」
「いえ。一度も会ったことはありません」

 オーロ皇帝の眉がぴくりと動いた。

「一度も、か?」
「はい。おそらく、前国王は私の存在を知っているかとは思いますが、私の両親は前国王から私を守るために、私の存在を7歳になる時まで公表しないことにしたのです」

 クックックッとオーロ皇帝が喉奥で笑った。

「思った以上に現エトワール国王は見どころがありそうだ。自分の父親から自分の息子を隠すとは……」
「私の父は、オーロ皇帝同様、我が国の慣習を快く思っておりません」
「なるほど……しかし、同じ城の中、前国王と鉢合わせする可能性や向こうが無理やりやってくる可能性もあるだろう?」
「その時のために乳母がおります」
「どういうことだ?」
「エトワール王国の現法では異性への暴行は王族であれど刑罰が免れません」
「あの乳母は、そのような覚悟をしているのか」
「はい。芯の強い、とても素晴らしい女性です」
「前国王が治めていた時には腐り切った国だと思っていたが、そうではない人々もいたのだな」
「そうですね……」

 ある一部分が恐ろしく腐っているために自信を持って「その通りです」と答えることができないのが辛い。
 しかし、そんな私を見て、皇帝は面白がるように笑った。

「其方は素直だな」
「まぁ……腐っている者が国王でいられたということは、それを支える腐っている貴族や民がいたということですので……」

 正直にそう話すと皇帝はさらに声を大きくして笑った。

「で、でも! これからは違います!! 現国王である父と私で変えていきます!!」

 誠実さも必要であるためマイナス面を伝えてしまったが、ここからはしっかりルシエンテ帝国の傘下に入れてもらえるようにアピールをしなければ!
 とは言っても、我々が帝国の傘下に入ることによって帝国が得られるメリットが今のところないのが難点だ。
 さて、どうしたものかと考え始めた私の耳に皇帝の声が聞こえた。

「よかろう! エトワール現国王にルシエンテ帝国の傘下に下るように書信を送ろう!」
「……え? よろしいのですか?」
「なぜそのように呆けた顔をするのだ? 其方が望んだことだろう?」
「しかし、現段階では我が国をルシエンテ帝国の傘下に入れることはルシエンテ帝国にはなんの利点もないはずです」
「其方、素直すぎるのは欠点にもなるぞ?」

「だが」と皇帝は魔塔主へと視線を向けた。

「利点ならある。魔塔が其方の国に移ることは一部の大臣にしか知らせていないが少なからず其方の国を危険視している者たちがおる。帝国の重鎮でさえも警戒心を持つのだ。もっと広く知られれば不安がる者が多く出るだろう。帝国傘下の王侯貴族にも不安が広がることが容易に想像できる。しかし、エトワール王国を帝国の傘下に入れればそうした王族や貴族たちの不安や不満を解消できる」

「なるほど……」と私もデザートを黙々と食べている魔塔主へと視線を向ける。

「私は今初めて魔塔主に感謝しました」

 思わず漏れたその言葉に魔塔主が反応してこちらへ視線を向けた。

「では、感謝の印に褒美をください!」

 心の声をうっかり漏らしてしまったことを私はとても後悔した。

「だから、素直すぎるのは欠点だと言っただろ」

 そう皇帝にも呆れられた。

「……無理なことならお断りしますよ?」

 私は前もって断りの言葉を告げる。

「何が欲しいのですか?」
「リヒト王子の魔力をください」
「……は?」
「実は、魔塔を移動させるための魔力がまだ足りなくてですね。リヒト様の魔力をください」
「それは魔塔への魔力登録と同義だろう? リヒトがいつでも魔塔に入れるようになっても構わないということか?」
「はい。リヒト王子であれば問題ありません」
「リヒトは思っていた以上に魔塔主に気に入られているのだな」
「オーロ皇帝は誤解されています。魔塔主は私を人として気に入っているわけではありません」
「どういうことだ?」
「魔法の実験体として気に入っているのです」

「ああ……」とオーロ皇帝は納得したようだった。
 


 話を終えた私とグレデン卿、そして魔塔主はオーロ皇帝の執務室を出て、魔塔主は「また明日」と転移魔法で消えた。
 私とグレデン卿は執事の案内で滞在期間中使わせてもらう部屋に案内された。
 部屋の前ではこの城のメイド長が待っていた。

「訪問日程が早まったために部屋の準備を急がせてしまいすみませんでした」

「いいえ」と執事が首を横に振った。

「私どもももっと魔塔主様のお考えを読んで……いえ、魔塔主様のお考えが読めないことを考慮してお部屋を準備するべきでした。配慮が足りずに申し訳ございませんでした」

 私が謝ったことでかえって執事に謝らせることになってしまった。
 メイド長が執事の隣に立って礼をした。

「ヴィント侯爵の意向でメイドは下がらせましたが、何かあればいつでもお声がけください」
「お心遣いに感謝します」

 本来ならば見張りという意味でもメイドをおいておきたいところだろうが、それは乳母が阻止してくれたようだ。
 部屋に入るとカルロと乳母が就寝の準備をしていた。

「カルロ、ナタリア様との会話は楽しかったかい?」
「リヒト様がどれほど僕を大切にしてくださっているのかを語っておきました!」

 カルロの鼻息が少し荒い。
 ふんすっと気合いの入った感じが可愛い。
 ゲームでは見れないカルロの幼少期の姿を見れるだけで幸せなのに、カルロはすごく色々な表情を見せてくれる。

「私の話はしなくてもいいんだよ。今度はカルロの話を聞かせてあげるといい」

 カルロとナタリアの関係性を築くのに私の話は不要だろう。
 お互いのことをたくさん知って、関係性を深めてほしい。
 そして、十年後にはナタリアにカルロを選んでもらうんだ!
 大丈夫。カルロはこんなに可愛いのだから、絶対にナタリアはカルロを選ぶはずだ。

 ナタリアが皇帝の孫娘ということを考えると、乳母がカルロを養子に迎えてくれてよかった。
 伯爵家よりも侯爵家の方が皇族と少しは釣り合いが取れるだろう。
 我が国が小国という点が気になるが、でもオーロ皇帝は私に声をかけたくらいだ。
 それほど問題にはなるまい。
 お姫様の相手として侯爵家という立場では帝国の貴族たちに不満がありそうなら、私の弟にしてもらうのもいいだろう。

「……弟」

 私は素晴らしいアイデアに気持ちが高揚するのがわかった。
 そうだ! どうしてこれまで思いつかなかったのだろう? 
 カルロを私の弟にすれば私の世話をさせる必要もないし、身近で守ってもあげられる! 

 実のところ、推しの少年に世話をしてもらうのはかなり心苦しかったのだ。
 私がお世話をしたいくらいなのに、王子という立場上、そういうわけにもいかなかった。
 しかし、弟ならば話が違ってくる!
 兄である私が弟の世話をするのは当然のことなのだから!!

「カルロ! 私の弟になるのはどうだろうか!?」
「絶対に嫌です!!」

 カルロが作り笑顔で即答した。
 まさか、そんなに嫌がられるとは思わなかった。






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