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帝国編

24 想定外の出会い

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 前を見ると、少女も非常に緊張している様子だった。
 私には乳母やカルロがいるが、彼女の味方は後ろに立つ乳母なのか侍女なのかわからないが、その女性しかいない。
 心細い少女の緊張をほぐしてあげたいと思ったが、執事からオーロ皇帝より紹介があると聞いていたのに勝手に名前を尋ねてもいいものなのかどうか迷う。
 本来ならば紹介されるまで待つべきだろう……どうしたものかと、私は彼女の様子をじっと見る。
 そして、どことなく見覚えのある面影をしていることに気づいた。

「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」

 同年代の少女に会ったのは初めてなはずだ。
 それも、帝国のお姫様になど会ったことがあるはずはない。
 それなのに、どうにも見たことがある顔にとても似ているような気がしてならないのだ。
 気になって、つい名前を聞いてしまった。
 しかし、すでに私は名乗っているのだから、名前の一つくらい聞いても問題ないだろうと私は開き直る。

「あ……ナタリアです……」

 少女は小さな声で言った。

「ナタリア・アイシャ・ルシエンテ……です」
「ナタリア、様……」

 ナタリア、その名前を聞いて、私は一気に前世へと引き戻されるような感覚になった。
 なんとか敬称をつけることができたのは小国の王子としての意地みたいなものだっただろう。

 ナタリアは前世の私にとってとても馴染みのある名前だった。
 なぜなら、それは私の推しであるカルロを幸せにしてくれるはずの少女の名前……
 『星鏡のレイラ』のヒロインの名前だったからだ。

 どうして、彼女がここに? というのが最初の疑問だった。

『星鏡のレイラ』はエトワール王国の魔法学園が舞台だった。
 ヒロインのナタリアは優しい心を持つ少女で、属性の水魔法を使って貴族も平民も、動物も植物も分け隔てなく治療してあげるような少女だった。
 人々から聖女とも呼ばれる彼女はエトワール王国の王太子リヒトの婚約者だった。
 婚約者とはいえど、幼い頃に親同士が決めた政略結婚であり、ナタリアがリヒトを好きだったわけではない。
 ナタリアの気持ちを知っていたリヒトは彼女に「お互いに誰か好きな人ができたら婚約解消をしよう」と話していた。
 しかし、その時すでにリヒトはナタリアを愛していた。
 そんな自分の気持ちを隠してまでナタリアの幸せを願っていたリヒトは腐女子や腐男子ではない一般的なプレイヤーの一番人気の攻略対象だった。
 そして、すでに婚約者であったこともあって、一番攻略しやすいのもリヒトだったのだが……

 そうか、ナタリアは小国とはいえど王子の婚約者だ。
 他国のお姫様でも全然問題ない。
 現在のエトワール王国とルシエンテ帝国の力の差を考えると違和感はすごいけれど。
 そして、将来の結婚を前提にエトワール王国に滞在していたとしても不思議ではない。
 前世でゲームをプレイしている時にはずっとエトワール王国内の貴族の娘なのだろうとなんとなく思い込んでいた。

「リヒト様!」

 急にカルロの大きな声がその場に響いて、私は意識を現実に引き戻した。

「どうした? カルロ?」

 カルロの方を見るとカルロがやけに爽やかな笑顔で微笑んでいた。

「いえ。リヒト様の近くに虫がいたような気がしたのですが、気のせいだったようです」
「そうか。カルロ、このような場で大きな声を出してはいけないよ」
「はい。申し訳ございません」

 想定外の突然のナタリアとの出会いに驚いたが、魔法学園に入る前にヒロインにカルロの可愛さをアピールできるチャンスかもしれない。
 他の攻略対象たちよりも先に接点を持つことができるのは好機だろう。

「ナタリア様、私の従者が大きな声を出してしまい申し訳ございません。彼はカルロと言って、とても優秀な私の片腕です。今後ともお見知りおきください」

 そして、どうか、カルロのことを幸せにしてあげてください。

「すでに仲良く話しておったのか?」

 オーロ皇帝が食堂に入ってきた。

「ナタリア様の可憐さに驚いていたところです」

 近所のおじさん感覚でそう言えば、ナタリア様の頬が染まった。
 オーロ皇帝は「そうだろう?」と賛同しつつも、クックックッと笑った。
 いかつい顔をしている割にはよく笑う人だ。

「本当に其方は6歳とは思えないことを言うな。其方のような大人びた者が婚約者になってくれれば私も安心できるのだが」
「私のような無骨な男よりも繊細で優しい者の方がナタリア様にはお似合いでしょう。例えばカルロのような」

 私に名前を出されてカルロは驚いたようにその目をぱちぱちと何度も瞬いた。

「カルロというのは其方の従者か?」
「はい。私が最も信頼を寄せている者です」
「そうか……繊細で優しいというか、気概を感じる少年だな」

 気概を感じる?
 確かに、カルロは芯が強く、そんなところも魅力的だが、カルロの見た目はほわほわとしていて可愛い。
 オーロ皇帝はカルロの凜とした内面まですでに見抜いたというのだろうか?

「オーロ皇帝はすごいですね。もうカルロの内面の誠実でありながら勇ましく、大切な人を守るための芯の強さまで見抜くとは」

 なぜか、オーロ皇帝に呆れたような眼差しを向けられた。

「……そこまで見抜いてはいないが、リヒトが従者をどれほど大切に思っているのかは伝わった」

 それはそうだろう。
 カルロのために努力を重ねて、カルロの幸せのためにこれから国づくりをやっていこうとしているのだ。
 そうした父性の熱い情熱が漏れ出てしまうのは仕方のないことだろう。

 オーロ皇帝の合図で料理が次々と運ばれてきた。

「今日はルシエンテの伝統料理を並べたが、明日は帝国内の別の国の料理を食べさせよう」

 ということは、私たちは明日もこの皇帝と一緒に食事をしなければいけないのだろう。
 ふと魔塔主の皿を見ると魔塔主は肉ばかり食べて野菜を残していた。
 極度の甘党で野菜嫌いとは、万能ポーションがあるとはいえど、不健康すぎではないだろうか?

「魔塔主、お野菜も美味しいですよ」
「苦味や渋みがあって好きではありません」
「随分とお子様な舌ですね」
「まだ6歳のリヒト王子は野菜が好きなのですか?」
「ほのかな甘みや様々な食感、他の食材と一緒になった時の味の変化など、楽しめる点は多いです。こちらのポタージュスープは野菜の旨みが凝縮されていてとても美味しいですよ」

 私がポタージュスープをすすめると魔塔主は微妙な表情をしながらも渋々と口に運んだ。
 それから少しだけその目を見開いて、意外なものを見るようにポタージュスープに視線を落とす。

「どうですか?」
「……悪くはないです」
「でしょう?」

 まるで苦手だった野菜が食べられることを知った小さな子供のような様子の魔塔主の頭に手を伸ばして、自分の腕があまりにも短くて自分が6歳だったことを思い出した。
 中身52歳だからつい見た目が若い魔塔主を年下のように見てしまったが、魔塔主はおそらく見た目よりもずっと年上だ。
 オーロ皇帝も魔塔主がこの国に魔塔を置いておく約束をしたのは父親の代までだったと言っていた。
 つまり、魔塔主はオーロ皇帝よりも遥かに年上の可能性があるのだ。
 私は慌てて自分の手を引っ込めたが、魔塔主は私が何をしようとしたのか気付いたようで、「はい」と私の目の前まで頭を下げた。

「な、何をしているのですか?」
「褒めてくれようとしましたよね? 褒めてください」

 仕方なく、私は目の前にある頭をぽんぽんっと撫でた。
 私が手を離すと魔塔主の頭の位置が戻り、魔塔主はまたポタージュスープを食べ始めた。

「魔塔主は6歳の子供に褒められて嫌ではないのですか?」
「リヒト様に褒められて食べるスープはなかなか悪くないです」
「……そうですか」

 変な男だと思うけれど、少しだけ可愛いような気がした。
 ふと視線を感じて見れば、オーロ皇帝がじっとこちらを見ていた。

「すみません。皇帝の前でこのような……」

 なんて言うんだ? 茶番? 戯れ? 戯れはなんか嫌だな。
 私と魔塔主がすごく仲が良さそうだ。
 私が言葉に困っているとオーロ皇帝が「いや、構わん」と言った。

「魔塔主は其方に随分と懐いているようだ」
「懐いているとはなんですか? それでは私が小さな子供か動物のようではないですか?」
「では、懐いているのがリヒトの方だとでも言うつもりか?」
「……まぁ、どちらかというと私の方ですね」
「して、リヒトに懐いている魔塔主としてはリヒトとナタリアの婚約をどう思う?」
「リヒト王子の婚約者はオーロ皇帝の孫娘には務まりませんよ。魔法の力量が違いすぎます」

 魔塔主の回答に私は慌て、オーロ皇帝は呆れたようだった。

「魔塔主! ナタリア様に失礼ですよ! ナタリア様に不釣り合いなのは私の方ですから!」
「魔塔主は魔法以外の観点から見れないのか? 魔法についてはナタリアは同年代の子よりは学びを深めている方だ。リヒトがすでに多くの魔法を独学で使えるようになっているのは聞いているが、それは本来は非常に危険な行為だし、魔力量としても数百年に一度現れるかどうかという異例の存在だ。そんな者と魔法で比べるな」
「そこにいるリヒト様の従者は私の攻撃を魔法で防いで見せました。魔法の基礎を学ぶ前に魔法使いとしての本能で防いだのです。彼がリヒト様の隣にいるのですから、オーロ皇帝の孫娘が婚約者として隣に立ったところで見劣りするでしょう」

「ほう……」と、オーロ皇帝の興味が初めてカルロに向いた。
 謁見の間でもカルロは私の後ろにいたし、先ほどはナタリア様の相手に私はカルロを猛プッシュしていたが、その際にはチラリと視線を向けただけで興味を示すことはなかった。
 けれど、今はオーロ皇帝は興味を持ってカルロを見た。
 しかし、その値踏みするような視線に私は嫌悪を抱いた。

「オーロ皇帝、失礼ですが、私の従者にそのような厳しい視線を向けるのはおやめください」
「ふむ……私に意見するか?」
「カルロは私の従者です。他の者が私の従者の価値を測る必要はありません」
「しかし、其方は先ほど、ナタリアによく似合うのはその従者だと申していたではないか?」
「ナタリア様がカルロを見極めようとするのならわかりますが、それはオーロ皇帝の役目ではないでしょう」
「ナタリアは私の孫娘なのにか?」
「愛する相手は親や祖父が決めるべきものではないと考えます」
「なるほど。それで、リヒトにはすでに想い人がいるのか?」

 なぜ急に私の話になったのだろうか?

「おりませんが?」
「そのように主張するからには6歳という幼さですでに愛を知っているのかと思ったが、違ったのか。本当に、其方は6歳なのかどうかが疑わしい」
「……昨日6歳になったばかりですので、もしかするとまだ幼さが残っているかもしれませんね」

 オーロ皇帝が声をあげて豪快に笑った。
 6歳の子供が「まだ幼さが残っているかもしれない」などと言えば、前世の私も思わず笑ったことだろう。





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