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帝国編

23 妙案

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 魔塔主はなんだかんだと言いながらもちゃんと魔塔の事務官を呼んでくれた。

「リヒト王子、お初にお目にかかります。魔塔の事務官長を勤めておりますハバルです」

 ハバルと名乗った魔塔の事務官は魔塔主のような常識外れの自由気ままな感じではなく、それとは逆に礼儀正しく落ち着いており、気品を感じさせる青年だった。

「ハバルさんは王侯貴族の出なのでしょうか?」

 魔塔は国に縛られない組織のため、魔塔の中に入る者は貴族の者でも家の名を捨てる者が多いと聞いたことがある。
 貴族の身分を捨てなければ魔塔に入れないというわけではないが、魔塔の中では通用しない名など持っていても意味がないのだ。
 だから、魔塔に入り、貴族としての立場を捨てた者は家の名は名乗らないそうだ。

 私の質問にハバルは微笑んだ。

「リヒト王子、ご存知かと思いますが、魔塔では身分も出身国も人種も関係ないのです」

 余裕のある優雅な笑顔が肯定を示しているような気もするし、それはただ、身分が関係ない魔塔の魔法使い特有の自信に溢れた態度なだけのような気もする。

「傍若無人な魔塔主の雰囲気とはあまりにも違ったものですから、つい余計なことを聞いてしまいました。ご不快にさせてしまったのならすみません」
「いいえ。確かに、魔塔には個性が強い魔法使いが多いです。しかし、それは個人の特性であり、あまり身分とかは関係ないですし、もしも身分を振りかざす者がいたなら、大抵は追い出されます」
「身分に関係なくそのような措置が取れるというのは案外魔塔はいいところですね」

 私の言葉にハバルは少しその目を見開いて私を凝視し、それから苦笑した。
「ところで」と私は話題を変えた。

「忙しい時に事務官長がこちらに来てもよかったのですか? 帝国の法律について詳しい方なら事務官長でなくてもいいのですが」
「魔塔の者たちは全て魔法使いであり、研究者です。事務官長や書記官、会計などは数年置きに持ち回りでやっているだけです。そのため、私がいなければ進まない処理はありません。変わらない役職は魔塔主くらいのものでしょうか」
「そうなのですか。皆さん、優秀なのですね」
「ええ。魔塔主以外はみんなよく働きますよ」

 魔塔の外では恐れられる魔塔主も、魔塔内部ではそれほど恐れられてはいないようだ。
 それは、魔塔主がこの程度の文句で強力な魔法をぶっ放すほどの非常識ではないという信頼からか……それとも、魔力や魔法を使う技量にそれほどの差はないということなのか……もし、後者の場合、万が一、魔塔の魔法使い同士で争いが勃発した場合は、外部への被害も大きそうだ。
 もしかすると、国が一つ消えるだけでは済まないかもしれない。

「そんな魔塔主に従うのは大変でしょう」

 魔塔の魔法使い同士の喧嘩を想像してしまい、少し頬が引き攣った。
 作り笑顔が上手く頬の引き攣りを隠してくれているといいのだが。

「今回も我が国に急に魔塔を移動させるなど無理なことを言い出しましたし……我が国としては無理に移動してくることはないかと考えています。魔塔のみなさんが移動に反対なのであれば、これまで通り、魔塔主が実験のために我が国に来るだけにとどめて、魔塔はこのまま帝国にあるのがいいかと思うのですが」
「その件に関しては反対者はおりません。魔塔がリヒト王子の近くにあった方がリヒト王子の魔力や属性について研究しやすいですから」
「研究ですか?」
「はい。リヒト王子は研究対象として大変優秀で、魔塔主だけでなく、魔塔の者は皆、リヒト王子に興味津々なのです」

 知りたくなかったことを知ってしまった……

「こうしてお会いできて大変光栄です」
「そうですか……」

 私の頬はさらに引き攣り、笑顔が歪んでまった。

「では、帝国法や帝国内の情勢、経済について教えていただいてもよろしいですか?」



 帝国の歴史を学び、帝国が我が国を欲しがらなかった理由を聞いた時から考えていたことがある。
 我が国のあの悍ましい慣習を嫌って帝国の傘下に入れなかったということは、帝国には子供達を守る法律があるのではないかということだった。
 そして、帝国の傘下に入った国にもその法律は適用されるはずだ。

 ハバルに帝国における子供に関する法律を聞くと、やはり子供達を商品としてやり取りすることを禁ずる法律があった。
 他にも性的な行為を強要することは性別や年齢を問わずに行ってはならないことも定められている。

 さらには7歳から9歳の間は基礎教育として文字や算学を学ばせることも定められていた。
 この世界に義務教育の概念があることを私は初めて知って感動した。
 義務教育とは言っても、前世の内容よりもずっと狭い範囲ではあるが、生活に関わる部分においては不便がないようにしてくれているようだ。

 私は私が大人になって法案を提出できる年齢まで子供達を物のようにやり取りするような悍ましい慣習を見て見ぬふりするつもりはなかった。
 来年、私が7歳になり、王子として公表される時に王の特権を行使して法律を制定してもらうつもりでいた。
 実際、第一補佐官の助言通りに何度かお茶会を開いて父上や母上を接待し、宰相と第一補佐官も交えて、法律の制定、強制執行の準備を進めていた。

 しかし、それでは貴族たちにも平民にもメリットがないことが気になっていた。
 これまで子供たちをやり取りしていた者たちには不満が起こり、そのような行為をしてこなかった者たちも別に得るものはない。
 それでは父上に反発する存在だけを作ることになるのだ。

 それならば、いっそのこと、帝国の傘下に入ってしまった方がいいのかもしれない。
 帝国の傘下に入ることにより、帝国の法律が施行されるし、さらには帝国内の巨大な経済圏に参加できるという大きなメリットを得ることができる。
 そうすれば、父上の味方になってくれる貴族や商会が増えるだろう。
 それならば帝国法によって子供たちも守ることができ、父上の支持者が大きく減ることもないだろう。

 子供達を早急に保護する法律を制定する必要はあるものの、やはり、王の一存で法律を制定するとなると、幼児愛者ではなく法律に賛成をしている貴族であっても、法律の制定に参加できず一方的に法律を押し付けられることにより貴族の矜持を傷つけられたという部分に不満を抱く貴族もいることだろう。
 その点も、帝国の経済圏に参加するために受け入れるべき法律と理解されるならば話が変わってくる。

 夕食の時間まではそれほど長くなく、ハバルの講義を途中で終えなければいけなかった。

「ハバル、とてもためになりました。また明日にでも続きを聞かせてもらえないでしょうか?」
「もちろんです。リヒト王子」

 ハバルに見送られながら執事の案内で食堂へと向かう。



 乳母やカルロ、グレデン卿も私同様に少し緊張した面持ちだったが、魔塔主は自分の家のように歩いている。
 魔塔主はきっとどこに行ってもこの調子なのだろうから気にしても仕方ないことだと気持ちを切り替えて、私は背筋を正して前を見据えた。

 食堂の扉が開かれて、思ったよりもずっとシンプルな部屋とそれほど大きくないテーブルがあった。

「ここは……」

 想定していた客人を迎える豪奢な食堂ではなかったために思わず声が漏れてしまった。

「こちらは皇族の方々が日々使用する食堂でございます。皇帝がリヒト王子と間近でお話ししたいとの指示でこちらの食堂でのお食事となりました。決して、リヒト王子を軽んじてのことではないとご理解いただければと存じます」
「軽んじられたとは思っておりません。むしろ、皇族の方々のごく個人的な場所に足を踏み入れることとなり……光栄です」

『困惑しています』と正直に言いそうになり、その言葉は飲み込んだ。
 テーブルにはまだオーロ皇帝の姿はなかったが、小さな女の子が一人座っていた。

「あちらのご令嬢は?」

 執事に尋ねたが、「後程、皇帝の方からご紹介がございます」と身分や名前は教えてもらえなかったが、私は執事に案内された彼女の前の席に座る前に名を名乗り、礼をした。
 どうやら人見知りのようで、少女は小さな声で「ご機嫌よう」と挨拶しただけだった。

 ここに座っているからには皇族だ。
 見た目の年齢からしておそらく、先ほど謁見の間で私の婚約者にどうかと言っていたオーロ皇帝の孫娘ではないだろうか?
 まさか、この場をお見合いの席にしようとしているのだろうか?

 そうだとしても、そうでなかったとしても、私としてはちょっと困った状態になってしまった。
 私はこの場で我が国の慣習を無くしたいこと、そして、そのために帝国の傘下に入れて欲しいということをオーロ皇帝にお願いするつもりだったのだ。
 それなのに、こんなに小さな少女がいては、我が国の忌まわしき慣習について話すことなどできない。

「リヒト王子、どうぞ」

 執事が椅子を引いて待ってくれていた。
 そこは少女の真向かいの席で、さらにオーロ皇帝の席に一番近いという位置だった。
 そのことに私は少し躊躇してしまった。
 すると、私が戸惑っている間にその椅子に魔塔主が無遠慮に座った。

「リヒト王子は私の隣にどうぞ」

 迷惑ばかりかけてくる魔塔主ではあるが、この瞬間は少しばかり感謝した。
 しかし、すぐに元はと言えば魔塔主のせいで帝国に呼ばれたのだということを思い出した。

「ヴィント侯爵とそのご子息のカルロ様もご同席ください」

 私が席に着くと、そう言って執事は魔塔主とは反対の私の隣の椅子を引いた。
 ヴィント侯爵が私の乳母であると知っていながら、乳母としてそばに仕えさせるのではなく、エトワール王国の貴族としてこの場に同席させようとしているということは、やはりお見合いの場にしようとしているのだろう。

「わたくしはリヒト王子の乳母としてこの場におりますので遠慮いたします」

 そう乳母は断ったが、執事から「オーロ皇帝がご同席をお望みです」と言われてしまえばそれ以上断ることができずに私の隣に座った。
 エトワール王国の城でならばカルロを私の隣に座らせることができるが、ここではそれも叶わない。
 私はカルロが今どのような顔をしているのか気になったが、覗き込むようなことをするわけにもいかない。
 私たちはある意味、先ほどの謁見の間以上に緊張した状態におかれた。






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