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保護編
5 騎士の懺悔
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まずは献上品の目録から私は目を通した。
「王子、王がきっと首を長くして待っておられますよ」
「だから、今のうちに確認しておきたいのです。お茶の席で落ち着きのない姿をお見せするのは申し訳ないですから」
「なるほど」と第一補佐官は苦笑した。
「しかし、目録を確認してしまうとなおのこと落ち着いてお茶などしておられないかもしれません」
第一補佐官の意味深な言葉が引っかかったが、その言葉の意味はすぐにわかった。
ゲーツ・グレデンの名前は確かに献上品目録の中に名前があったが、下賜品目録の中に名前がなかったのだ。
では、前王がゲーツを気に入って手元においたのかというとおそらくそれも違う。
献上品とは言えど何も返さないというのは滅多にない。
特に子供のやり取りは見返りが欲しいからこその献上品だ。
その献上品に対しては金品なり、権利や権力など、何らかの返礼があるものだ。
もし前王がゲーツを気に入って手元においたのなら、グレデン公爵へ何らかの返礼があったはずなのだ。
下賜の品目としてゲーツ・グレデンの名前がない場合には、返礼を送った相手としてグレデン公爵の名前があるはずなのだ。
それすらもないというのはおかしい。
「これは一体、どういうことなのでしょうか……」
私は記録室の中を見まわした。
この目録が何を意味するのか、一度は城に来たゲーツ・グレデンのその先を知ることができる記録は何だろうか?
事件に関する記録だろうか?
場内で起こったことに関する記録だろうか?
「僭越ながら王子、前王は記録を残すことを厭われる方でした。特に、自分の恥となる記録は……」
第一補佐官の助言に私はそうかと納得する。
「では、5年前の人事の記録を出してください」
私の命に第一補佐官はすぐに「御意」と頭を下げて真っ直ぐに部屋の奥へと進み、最初に私が5年前の記録を探していたあたりで立ち止まると、一冊の記録書を手に取った。
「すごいですね。本当にこの部屋の中の全ての記録の場所を覚えているのですか?」
「いいえ。大雑把にしか把握しておりませんよ。ただ、5年前のものは王に命じられて前もって確認していましたので」
下手な謙遜だと思いながら私は5年前の人事記録を開く。
王の側にいた者ならばゲーツ・グレデンに何があったのかを知っているかもしれないため、人事記録を確認して調査対象者を絞り込もうと思っていたのだが、人事記録には意外な人の名前が書かれていた。
マルクス・レトリー。
それは、騎士団長の名前だった。
まさか、私にグレデン卿が抱える悩みを教えてくれた人物が問題に深く関わっている可能性があるなど考えもしなかった。
私が思わずグレデン卿に視線を向けるとグレデン卿は「どうされたのですか?」と私が開いている記録書を覗き込み、そしてやはり驚きに言葉を失った。
「第一補佐官、すみませんが、私は急用ができました。父上にはお茶会はまた今度とお伝えしてください」
「わかりました」と第一補佐官は微笑んだ。
「王はとても残念がるでしょうね。ですが、王の時間潰しになる書類はまだまだ沢山ありますから、お茶の時間が数時間ほどズレたところで問題はないでしょう」
それはつまり、騎士団長から話を聞いたら王の執務室に戻ってくるようにということだろうか?
「すぐにサボりたがる王とは違い、王子は働きすぎです。成長のためにも適切な休息が必要でしょう」
第一補佐官の言葉に乳母が「そのとおりです」と賛同する。
二人の大人に諭されて私は騎士団長に会った後に休憩することを約束した。
「グレデン卿、騎士団長に直接聞きたいことがあるとは思いますが、まずは私に話をさせてください」
騎士団長がいるであろう騎士団の訓練場へ向かいながらグレデン卿にそう言うと彼は神妙な顔で「はい」と頷いてくれた。
訓練場に着くといつも通り騎士団長は騎士団員たちの指導をしていた。
騎士団長は近づいてくる私たちに気づくと騎士団員たちにそのまま訓練を続けるように指示をして私の方へと歩いてきた。
「王子、そのお顔は私に話があるようですね」
私は頷く。
「騎士団長の執務室をお借りできますか?」
私の申し出を騎士団長はすんなりと聞き入れてくれた。
乳母が淹れてくれた温かいお茶で自分を落ち着かせて、私は話を切り出した。
「騎士団長は、ゲーツ・グレデンの件をグレデン卿から話を聞く前から知っていたのではないでしょうか?」
私は真っ直ぐに騎士団長の目を見つめた。
「前王の護衛騎士として、間近でゲーツ・グレデンに何があったのかを見ていたのではないでしょうか?」
騎士団長も目を逸らすことなく、じっと私を見つめ返した。
「前王により箝口令が敷かれた事柄ではございますが、現王より騎士団の指揮権を与えられたリヒト王子の命に従い、お話させていただきます」
私を見つめていた目をそっと閉じて、その当時のことを思い出すように騎士団長はゆっくりと語り始めた。
前王は10歳未満の華奢で美しい少年を好んだ。
寝室だけでなく、時には執務室にも同伴させた。
謁見の間への同伴は側近が止めていたが、側近たちの努力がなければおそらくどこにでも連れて歩いただろうと言われている。
前王の好みの年齢を過ぎて成長し過ぎた者たちは側近たちが才覚を見出せばそのまま城で働くこともあったが、大抵は他の貴族に下賜されたり、王の側にいる美しい姿に惹きつけられて買い取られた者もいた。
前王の元に来る子供達は親に言われて仕方なく家のために来ていた者が多かったが、その中でも逞しく自分を売り込み、時には自身の実家よりも位の高い家に行き裕福な暮らしを手に入れた者たちもいる。
「私はできるだけそうした子供達に注目することで、この慣習は悪いことばかりではないと思い込もうとしていました」
騎士団長自身、侯爵家の三男で家が違えば彼らと同じ立場だったかもしれないという。
ただ、レトリー侯爵家は経済的にも家の力も非常に安定しており、グレデン公爵家のように息子を売り飛ばす必要はない家門だった。
三男以下の息子も自分のところの騎士団に所属させ、領地の守りを固めていた。
そんなレトリー家の三男である騎士団長がなぜ前王の護衛をしていたのかというと、王室の騎士団強化のための徴兵の時期と重なったという不運によってだった。
「徴兵された貴族は三年経てばその任を終えるはずです。騎士団長はなぜまだここに残っているのですか?」
私の質問に騎士団長は弱々しく微笑んだ。
「私も帰りたいと思っていました……ですが、前王のそばで見てきた少年たちの姿が、私を城に留めているのです」
それは罪悪感だろうか。
「私は前王の護衛騎士の一人でした。守るべきは王その人とされていましたが、私が守りたかったのはまだ小さな子供たちでした。けれど、結局のところ、私は彼らに何もしてあげられませんでした」
恐ろしい怪物以外の大人たちもいるのに、誰も自分たちを守ってくれない……そんなところに、グレデン卿の弟も入れられたのだ……
「ゲーツ・グレデンについて、お聞きしてもよろしいですか?」
騎士団長はまたゆっくりと話し始めた。
「ゲーツ・グレデンは、前王の好みとは全く違う少年でした」
グレデン卿は弟は可愛い顔をしていたと言っていたが、前王の好みではなかったようだ。
しかし、多くのそうした少年には前王は一瞥しただけですぐに他の貴族に与えるようにと命じるのみだったが、時に体格の良い活発な様子の少年を見ると悍ましい悪戯心を出した。
そして、ゲーツ・グレデンの時も、前王は悪魔のような遊びを思いついた。
護衛騎士に当時騎士たちが飼い慣らしていた犬の一匹を連れて来させ、交尾をさせるように命じたそうだ。
最初、護衛騎士は何を言われたのかわからなかったが、犬のものを少年に挿れろと言われてゾッとしたと騎士団長は語った。
はっきりと言わなかったが個人の感覚を述べたことから、おそらく犬を連れてこいと命じられたのが当時護衛騎士だった騎士団長だったのだろう。
そのような悍ましい話を聞いたゲーツ・グレデンだったが、彼は犬を一瞥して馬鹿にしたように笑ったそうだ。
「ゲーツ・グレデンはその時、驚くべきことを前王に提案したのです」
私とグレデン卿は身構えて騎士団長の言葉を待った。
危機的な状況でゲーツ・グレデンは一体何を提案したのだろうか?
「馬がいい……と」
「……は?」
私は思わず王子らしからぬ間抜けな声で聞き返した。
犬のものではあまりにも小さいから馬がいいと……そうゲーツ・グレデンは言ったそうだ。
私は思わず、グレデン卿へ視線を向けた。
ショックを受けていると思ったグレデン卿だったが何やら考えている様子だ。
「前王はその提案をいたく気に入り、ゲーツ・グレデンとともに馬小屋へと行きました。馬小屋の中では暗くてよく見えないでしょうと言われて馬を外に出し、そして……ゲーツ・グレデンは軽やかに馬に飛び乗るとそのまま王宮から逃げ出しました」
「……え?」
緊張感で息苦しくなっていた私の耳に、あまりにも見事なオチが伝わって私は拍子抜けしてしまった。
「その時にゲーツ・グレデンを逃したとして私は護衛騎士をクビになり、騎士団員となりました。そして、一人の少年にまんまとやられたことを前王は恥じて箝口令が敷かれたのです」
騎士団長の話は終わったものの、私はあまりのオチにしばし呆然としてしまった。
もちろん、一人の少年が辱めを受けることを免れたのは良かったが、その逃げ方はあまりにも鮮やかだった。
「そういえば」とグレデン卿が口を開いた。
「弟は本当に可愛くて心配だったため、万が一の時にはそのように偽って馬で逃げろと話したことがあったような気がします」
私はグレデン卿の言葉に心底ほっとした。
年端もいかぬ子供が「犬では小さい! 馬の方がいい!!」なんていう発想をしたのかと思い、世も末……この国は末期だと思ったが、大人の入れ知恵だったのか。
いや、自分の子供を他者の性欲の吐口に差し出しているのだからこの国の貴族はだいぶ末期ではあるが。
「えっと……」と私は気持ちを切り替える。
「その後のゲーツ・グレデンの行方はわかっていないのですよね?」
「はい。グレデン卿が騎士団に入ってきて、弟のことを探しているという話を聞くまでは私は領地に戻ったものとばかり思っていました」
「ゲーツは賢い子ですから、自分を売った父上の元には戻らないでしょう。私のところに来てくれれば良かったのですが、当時の私はまだ自分の屋敷を持っていませんでしたから他の者に見つからずに私に声をかけるのは無理だったと思います」
「グレデン卿の弟さんに何があったのかはわかりましたが、彼がどこにいるかの手がかりはないということですね。結局、振り出しに戻ってしまいましたね。すみません。グレデン卿」
私は振り出しに戻ったことをグレデン卿に謝った。
しかし、グレデン卿は首を横に振った。
「そんなことはありません。ゲーツが辱めを受けずに自分の誇りを守れたことがわかりましたし、探す場所をもっと広げなければいけないこともわかりました。それに、王子のおかげで堂々と捜索することができるようになりました」
グレデン卿はこれまでペドフィリア(児童性愛者)の貴族たちを中心に調べていたが、ゲーツ・グレデンが前王から逃げてどこかに一人隠れて生きているのだとしたら探す場所は貴族の館や別荘などではない。
もちろん、そうしたところにいないとは言い切れないため油断はできないが。
「捜索範囲を下町や田舎町にも広げましょう」
その場でしばし私とグレデン卿の相談が続いた。
その話が落ち着いた頃、騎士団長は私の前に膝をつき、深く頭を垂れた。
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「王子、王がきっと首を長くして待っておられますよ」
「だから、今のうちに確認しておきたいのです。お茶の席で落ち着きのない姿をお見せするのは申し訳ないですから」
「なるほど」と第一補佐官は苦笑した。
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第一補佐官の意味深な言葉が引っかかったが、その言葉の意味はすぐにわかった。
ゲーツ・グレデンの名前は確かに献上品目録の中に名前があったが、下賜品目録の中に名前がなかったのだ。
では、前王がゲーツを気に入って手元においたのかというとおそらくそれも違う。
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特に子供のやり取りは見返りが欲しいからこその献上品だ。
その献上品に対しては金品なり、権利や権力など、何らかの返礼があるものだ。
もし前王がゲーツを気に入って手元においたのなら、グレデン公爵へ何らかの返礼があったはずなのだ。
下賜の品目としてゲーツ・グレデンの名前がない場合には、返礼を送った相手としてグレデン公爵の名前があるはずなのだ。
それすらもないというのはおかしい。
「これは一体、どういうことなのでしょうか……」
私は記録室の中を見まわした。
この目録が何を意味するのか、一度は城に来たゲーツ・グレデンのその先を知ることができる記録は何だろうか?
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場内で起こったことに関する記録だろうか?
「僭越ながら王子、前王は記録を残すことを厭われる方でした。特に、自分の恥となる記録は……」
第一補佐官の助言に私はそうかと納得する。
「では、5年前の人事の記録を出してください」
私の命に第一補佐官はすぐに「御意」と頭を下げて真っ直ぐに部屋の奥へと進み、最初に私が5年前の記録を探していたあたりで立ち止まると、一冊の記録書を手に取った。
「すごいですね。本当にこの部屋の中の全ての記録の場所を覚えているのですか?」
「いいえ。大雑把にしか把握しておりませんよ。ただ、5年前のものは王に命じられて前もって確認していましたので」
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王の側にいた者ならばゲーツ・グレデンに何があったのかを知っているかもしれないため、人事記録を確認して調査対象者を絞り込もうと思っていたのだが、人事記録には意外な人の名前が書かれていた。
マルクス・レトリー。
それは、騎士団長の名前だった。
まさか、私にグレデン卿が抱える悩みを教えてくれた人物が問題に深く関わっている可能性があるなど考えもしなかった。
私が思わずグレデン卿に視線を向けるとグレデン卿は「どうされたのですか?」と私が開いている記録書を覗き込み、そしてやはり驚きに言葉を失った。
「第一補佐官、すみませんが、私は急用ができました。父上にはお茶会はまた今度とお伝えしてください」
「わかりました」と第一補佐官は微笑んだ。
「王はとても残念がるでしょうね。ですが、王の時間潰しになる書類はまだまだ沢山ありますから、お茶の時間が数時間ほどズレたところで問題はないでしょう」
それはつまり、騎士団長から話を聞いたら王の執務室に戻ってくるようにということだろうか?
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「グレデン卿、騎士団長に直接聞きたいことがあるとは思いますが、まずは私に話をさせてください」
騎士団長がいるであろう騎士団の訓練場へ向かいながらグレデン卿にそう言うと彼は神妙な顔で「はい」と頷いてくれた。
訓練場に着くといつも通り騎士団長は騎士団員たちの指導をしていた。
騎士団長は近づいてくる私たちに気づくと騎士団員たちにそのまま訓練を続けるように指示をして私の方へと歩いてきた。
「王子、そのお顔は私に話があるようですね」
私は頷く。
「騎士団長の執務室をお借りできますか?」
私の申し出を騎士団長はすんなりと聞き入れてくれた。
乳母が淹れてくれた温かいお茶で自分を落ち着かせて、私は話を切り出した。
「騎士団長は、ゲーツ・グレデンの件をグレデン卿から話を聞く前から知っていたのではないでしょうか?」
私は真っ直ぐに騎士団長の目を見つめた。
「前王の護衛騎士として、間近でゲーツ・グレデンに何があったのかを見ていたのではないでしょうか?」
騎士団長も目を逸らすことなく、じっと私を見つめ返した。
「前王により箝口令が敷かれた事柄ではございますが、現王より騎士団の指揮権を与えられたリヒト王子の命に従い、お話させていただきます」
私を見つめていた目をそっと閉じて、その当時のことを思い出すように騎士団長はゆっくりと語り始めた。
前王は10歳未満の華奢で美しい少年を好んだ。
寝室だけでなく、時には執務室にも同伴させた。
謁見の間への同伴は側近が止めていたが、側近たちの努力がなければおそらくどこにでも連れて歩いただろうと言われている。
前王の好みの年齢を過ぎて成長し過ぎた者たちは側近たちが才覚を見出せばそのまま城で働くこともあったが、大抵は他の貴族に下賜されたり、王の側にいる美しい姿に惹きつけられて買い取られた者もいた。
前王の元に来る子供達は親に言われて仕方なく家のために来ていた者が多かったが、その中でも逞しく自分を売り込み、時には自身の実家よりも位の高い家に行き裕福な暮らしを手に入れた者たちもいる。
「私はできるだけそうした子供達に注目することで、この慣習は悪いことばかりではないと思い込もうとしていました」
騎士団長自身、侯爵家の三男で家が違えば彼らと同じ立場だったかもしれないという。
ただ、レトリー侯爵家は経済的にも家の力も非常に安定しており、グレデン公爵家のように息子を売り飛ばす必要はない家門だった。
三男以下の息子も自分のところの騎士団に所属させ、領地の守りを固めていた。
そんなレトリー家の三男である騎士団長がなぜ前王の護衛をしていたのかというと、王室の騎士団強化のための徴兵の時期と重なったという不運によってだった。
「徴兵された貴族は三年経てばその任を終えるはずです。騎士団長はなぜまだここに残っているのですか?」
私の質問に騎士団長は弱々しく微笑んだ。
「私も帰りたいと思っていました……ですが、前王のそばで見てきた少年たちの姿が、私を城に留めているのです」
それは罪悪感だろうか。
「私は前王の護衛騎士の一人でした。守るべきは王その人とされていましたが、私が守りたかったのはまだ小さな子供たちでした。けれど、結局のところ、私は彼らに何もしてあげられませんでした」
恐ろしい怪物以外の大人たちもいるのに、誰も自分たちを守ってくれない……そんなところに、グレデン卿の弟も入れられたのだ……
「ゲーツ・グレデンについて、お聞きしてもよろしいですか?」
騎士団長はまたゆっくりと話し始めた。
「ゲーツ・グレデンは、前王の好みとは全く違う少年でした」
グレデン卿は弟は可愛い顔をしていたと言っていたが、前王の好みではなかったようだ。
しかし、多くのそうした少年には前王は一瞥しただけですぐに他の貴族に与えるようにと命じるのみだったが、時に体格の良い活発な様子の少年を見ると悍ましい悪戯心を出した。
そして、ゲーツ・グレデンの時も、前王は悪魔のような遊びを思いついた。
護衛騎士に当時騎士たちが飼い慣らしていた犬の一匹を連れて来させ、交尾をさせるように命じたそうだ。
最初、護衛騎士は何を言われたのかわからなかったが、犬のものを少年に挿れろと言われてゾッとしたと騎士団長は語った。
はっきりと言わなかったが個人の感覚を述べたことから、おそらく犬を連れてこいと命じられたのが当時護衛騎士だった騎士団長だったのだろう。
そのような悍ましい話を聞いたゲーツ・グレデンだったが、彼は犬を一瞥して馬鹿にしたように笑ったそうだ。
「ゲーツ・グレデンはその時、驚くべきことを前王に提案したのです」
私とグレデン卿は身構えて騎士団長の言葉を待った。
危機的な状況でゲーツ・グレデンは一体何を提案したのだろうか?
「馬がいい……と」
「……は?」
私は思わず王子らしからぬ間抜けな声で聞き返した。
犬のものではあまりにも小さいから馬がいいと……そうゲーツ・グレデンは言ったそうだ。
私は思わず、グレデン卿へ視線を向けた。
ショックを受けていると思ったグレデン卿だったが何やら考えている様子だ。
「前王はその提案をいたく気に入り、ゲーツ・グレデンとともに馬小屋へと行きました。馬小屋の中では暗くてよく見えないでしょうと言われて馬を外に出し、そして……ゲーツ・グレデンは軽やかに馬に飛び乗るとそのまま王宮から逃げ出しました」
「……え?」
緊張感で息苦しくなっていた私の耳に、あまりにも見事なオチが伝わって私は拍子抜けしてしまった。
「その時にゲーツ・グレデンを逃したとして私は護衛騎士をクビになり、騎士団員となりました。そして、一人の少年にまんまとやられたことを前王は恥じて箝口令が敷かれたのです」
騎士団長の話は終わったものの、私はあまりのオチにしばし呆然としてしまった。
もちろん、一人の少年が辱めを受けることを免れたのは良かったが、その逃げ方はあまりにも鮮やかだった。
「そういえば」とグレデン卿が口を開いた。
「弟は本当に可愛くて心配だったため、万が一の時にはそのように偽って馬で逃げろと話したことがあったような気がします」
私はグレデン卿の言葉に心底ほっとした。
年端もいかぬ子供が「犬では小さい! 馬の方がいい!!」なんていう発想をしたのかと思い、世も末……この国は末期だと思ったが、大人の入れ知恵だったのか。
いや、自分の子供を他者の性欲の吐口に差し出しているのだからこの国の貴族はだいぶ末期ではあるが。
「えっと……」と私は気持ちを切り替える。
「その後のゲーツ・グレデンの行方はわかっていないのですよね?」
「はい。グレデン卿が騎士団に入ってきて、弟のことを探しているという話を聞くまでは私は領地に戻ったものとばかり思っていました」
「ゲーツは賢い子ですから、自分を売った父上の元には戻らないでしょう。私のところに来てくれれば良かったのですが、当時の私はまだ自分の屋敷を持っていませんでしたから他の者に見つからずに私に声をかけるのは無理だったと思います」
「グレデン卿の弟さんに何があったのかはわかりましたが、彼がどこにいるかの手がかりはないということですね。結局、振り出しに戻ってしまいましたね。すみません。グレデン卿」
私は振り出しに戻ったことをグレデン卿に謝った。
しかし、グレデン卿は首を横に振った。
「そんなことはありません。ゲーツが辱めを受けずに自分の誇りを守れたことがわかりましたし、探す場所をもっと広げなければいけないこともわかりました。それに、王子のおかげで堂々と捜索することができるようになりました」
グレデン卿はこれまでペドフィリア(児童性愛者)の貴族たちを中心に調べていたが、ゲーツ・グレデンが前王から逃げてどこかに一人隠れて生きているのだとしたら探す場所は貴族の館や別荘などではない。
もちろん、そうしたところにいないとは言い切れないため油断はできないが。
「捜索範囲を下町や田舎町にも広げましょう」
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