上 下
5 / 168
保護編

5 騎士の懺悔

しおりを挟む
 まずは献上品の目録から私は目を通した。

「王子、王がきっと首を長くして待っておられますよ」
「だから、今のうちに確認しておきたいのです。お茶の席で落ち着きのない姿をお見せするのは申し訳ないですから」

「なるほど」と第一補佐官は苦笑した。

「しかし、目録を確認してしまうとなおのこと落ち着いてお茶などしておられないかもしれません」

 第一補佐官の意味深な言葉が引っかかったが、その言葉の意味はすぐにわかった。
 ゲーツ・グレデンの名前は確かに献上品目録の中に名前があったが、下賜品目録の中に名前がなかったのだ。
 では、前王がゲーツを気に入って手元においたのかというとおそらくそれも違う。
 献上品とは言えど何も返さないというのは滅多にない。
 特に子供のやり取りは見返りが欲しいからこその献上品だ。
 その献上品に対しては金品なり、権利や権力など、何らかの返礼があるものだ。
 もし前王がゲーツを気に入って手元においたのなら、グレデン公爵へ何らかの返礼があったはずなのだ。
 下賜の品目としてゲーツ・グレデンの名前がない場合には、返礼を送った相手としてグレデン公爵の名前があるはずなのだ。
 それすらもないというのはおかしい。

「これは一体、どういうことなのでしょうか……」

 私は記録室の中を見まわした。
 この目録が何を意味するのか、一度は城に来たゲーツ・グレデンのその先を知ることができる記録は何だろうか?
 事件に関する記録だろうか?
 場内で起こったことに関する記録だろうか?

「僭越ながら王子、前王は記録を残すことを厭われる方でした。特に、自分の恥となる記録は……」

 第一補佐官の助言に私はそうかと納得する。

「では、5年前の人事の記録を出してください」

 私の命に第一補佐官はすぐに「御意」と頭を下げて真っ直ぐに部屋の奥へと進み、最初に私が5年前の記録を探していたあたりで立ち止まると、一冊の記録書を手に取った。

「すごいですね。本当にこの部屋の中の全ての記録の場所を覚えているのですか?」
「いいえ。大雑把にしか把握しておりませんよ。ただ、5年前のものは王に命じられて前もって確認していましたので」

 下手な謙遜だと思いながら私は5年前の人事記録を開く。
 王の側にいた者ならばゲーツ・グレデンに何があったのかを知っているかもしれないため、人事記録を確認して調査対象者を絞り込もうと思っていたのだが、人事記録には意外な人の名前が書かれていた。

 マルクス・レトリー。

 それは、騎士団長の名前だった。
 まさか、私にグレデン卿が抱える悩みを教えてくれた人物が問題に深く関わっている可能性があるなど考えもしなかった。
 私が思わずグレデン卿に視線を向けるとグレデン卿は「どうされたのですか?」と私が開いている記録書を覗き込み、そしてやはり驚きに言葉を失った。

「第一補佐官、すみませんが、私は急用ができました。父上にはお茶会はまた今度とお伝えしてください」

「わかりました」と第一補佐官は微笑んだ。

「王はとても残念がるでしょうね。ですが、王の時間潰しになる書類はまだまだ沢山ありますから、お茶の時間が数時間ほどズレたところで問題はないでしょう」

 それはつまり、騎士団長から話を聞いたら王の執務室に戻ってくるようにということだろうか?

「すぐにサボりたがる王とは違い、王子は働きすぎです。成長のためにも適切な休息が必要でしょう」

 第一補佐官の言葉に乳母が「そのとおりです」と賛同する。
 二人の大人に諭されて私は騎士団長に会った後に休憩することを約束した。

「グレデン卿、騎士団長に直接聞きたいことがあるとは思いますが、まずは私に話をさせてください」

 騎士団長がいるであろう騎士団の訓練場へ向かいながらグレデン卿にそう言うと彼は神妙な顔で「はい」と頷いてくれた。



 訓練場に着くといつも通り騎士団長は騎士団員たちの指導をしていた。
 騎士団長は近づいてくる私たちに気づくと騎士団員たちにそのまま訓練を続けるように指示をして私の方へと歩いてきた。

「王子、そのお顔は私に話があるようですね」

 私は頷く。

「騎士団長の執務室をお借りできますか?」

 私の申し出を騎士団長はすんなりと聞き入れてくれた。



 乳母が淹れてくれた温かいお茶で自分を落ち着かせて、私は話を切り出した。

「騎士団長は、ゲーツ・グレデンの件をグレデン卿から話を聞く前から知っていたのではないでしょうか?」

 私は真っ直ぐに騎士団長の目を見つめた。

「前王の護衛騎士として、間近でゲーツ・グレデンに何があったのかを見ていたのではないでしょうか?」

 騎士団長も目を逸らすことなく、じっと私を見つめ返した。

「前王により箝口令が敷かれた事柄ではございますが、現王より騎士団の指揮権を与えられたリヒト王子の命に従い、お話させていただきます」

 私を見つめていた目をそっと閉じて、その当時のことを思い出すように騎士団長はゆっくりと語り始めた。



 前王は10歳未満の華奢で美しい少年を好んだ。
 寝室だけでなく、時には執務室にも同伴させた。
 謁見の間への同伴は側近が止めていたが、側近たちの努力がなければおそらくどこにでも連れて歩いただろうと言われている。
 前王の好みの年齢を過ぎて成長し過ぎた者たちは側近たちが才覚を見出せばそのまま城で働くこともあったが、大抵は他の貴族に下賜されたり、王の側にいる美しい姿に惹きつけられて買い取られた者もいた。
 前王の元に来る子供達は親に言われて仕方なく家のために来ていた者が多かったが、その中でも逞しく自分を売り込み、時には自身の実家よりも位の高い家に行き裕福な暮らしを手に入れた者たちもいる。

「私はできるだけそうした子供達に注目することで、この慣習は悪いことばかりではないと思い込もうとしていました」

 騎士団長自身、侯爵家の三男で家が違えば彼らと同じ立場だったかもしれないという。
 ただ、レトリー侯爵家は経済的にも家の力も非常に安定しており、グレデン公爵家のように息子を売り飛ばす必要はない家門だった。
 三男以下の息子も自分のところの騎士団に所属させ、領地の守りを固めていた。
 そんなレトリー家の三男である騎士団長がなぜ前王の護衛をしていたのかというと、王室の騎士団強化のための徴兵の時期と重なったという不運によってだった。

「徴兵された貴族は三年経てばその任を終えるはずです。騎士団長はなぜまだここに残っているのですか?」

 私の質問に騎士団長は弱々しく微笑んだ。

「私も帰りたいと思っていました……ですが、前王のそばで見てきた少年たちの姿が、私を城に留めているのです」

 それは罪悪感だろうか。

「私は前王の護衛騎士の一人でした。守るべきは王その人とされていましたが、私が守りたかったのはまだ小さな子供たちでした。けれど、結局のところ、私は彼らに何もしてあげられませんでした」

 恐ろしい怪物以外の大人たちもいるのに、誰も自分たちを守ってくれない……そんなところに、グレデン卿の弟も入れられたのだ……

「ゲーツ・グレデンについて、お聞きしてもよろしいですか?」

 騎士団長はまたゆっくりと話し始めた。

「ゲーツ・グレデンは、前王の好みとは全く違う少年でした」

 グレデン卿は弟は可愛い顔をしていたと言っていたが、前王の好みではなかったようだ。
 しかし、多くのそうした少年には前王は一瞥しただけですぐに他の貴族に与えるようにと命じるのみだったが、時に体格の良い活発な様子の少年を見ると悍ましい悪戯心を出した。
 そして、ゲーツ・グレデンの時も、前王は悪魔のような遊びを思いついた。
 護衛騎士に当時騎士たちが飼い慣らしていた犬の一匹を連れて来させ、交尾をさせるように命じたそうだ。
 最初、護衛騎士は何を言われたのかわからなかったが、犬のものを少年に挿れろと言われてゾッとしたと騎士団長は語った。
 はっきりと言わなかったが個人の感覚を述べたことから、おそらく犬を連れてこいと命じられたのが当時護衛騎士だった騎士団長だったのだろう。
 そのような悍ましい話を聞いたゲーツ・グレデンだったが、彼は犬を一瞥して馬鹿にしたように笑ったそうだ。

「ゲーツ・グレデンはその時、驚くべきことを前王に提案したのです」

 私とグレデン卿は身構えて騎士団長の言葉を待った。
 危機的な状況でゲーツ・グレデンは一体何を提案したのだろうか?

「馬がいい……と」
「……は?」

 私は思わず王子らしからぬ間抜けな声で聞き返した。
 犬のものではあまりにも小さいから馬がいいと……そうゲーツ・グレデンは言ったそうだ。
 私は思わず、グレデン卿へ視線を向けた。
 ショックを受けていると思ったグレデン卿だったが何やら考えている様子だ。

「前王はその提案をいたく気に入り、ゲーツ・グレデンとともに馬小屋へと行きました。馬小屋の中では暗くてよく見えないでしょうと言われて馬を外に出し、そして……ゲーツ・グレデンは軽やかに馬に飛び乗るとそのまま王宮から逃げ出しました」
「……え?」

 緊張感で息苦しくなっていた私の耳に、あまりにも見事なオチが伝わって私は拍子抜けしてしまった。

「その時にゲーツ・グレデンを逃したとして私は護衛騎士をクビになり、騎士団員となりました。そして、一人の少年にまんまとやられたことを前王は恥じて箝口令が敷かれたのです」

 騎士団長の話は終わったものの、私はあまりのオチにしばし呆然としてしまった。
 もちろん、一人の少年が辱めを受けることを免れたのは良かったが、その逃げ方はあまりにも鮮やかだった。
「そういえば」とグレデン卿が口を開いた。

「弟は本当に可愛くて心配だったため、万が一の時にはそのように偽って馬で逃げろと話したことがあったような気がします」

 私はグレデン卿の言葉に心底ほっとした。
 年端もいかぬ子供が「犬では小さい! 馬の方がいい!!」なんていう発想をしたのかと思い、世も末……この国は末期だと思ったが、大人の入れ知恵だったのか。
 いや、自分の子供を他者の性欲の吐口に差し出しているのだからこの国の貴族はだいぶ末期ではあるが。

「えっと……」と私は気持ちを切り替える。

「その後のゲーツ・グレデンの行方はわかっていないのですよね?」
「はい。グレデン卿が騎士団に入ってきて、弟のことを探しているという話を聞くまでは私は領地に戻ったものとばかり思っていました」
「ゲーツは賢い子ですから、自分を売った父上の元には戻らないでしょう。私のところに来てくれれば良かったのですが、当時の私はまだ自分の屋敷を持っていませんでしたから他の者に見つからずに私に声をかけるのは無理だったと思います」
「グレデン卿の弟さんに何があったのかはわかりましたが、彼がどこにいるかの手がかりはないということですね。結局、振り出しに戻ってしまいましたね。すみません。グレデン卿」

 私は振り出しに戻ったことをグレデン卿に謝った。
 しかし、グレデン卿は首を横に振った。

「そんなことはありません。ゲーツが辱めを受けずに自分の誇りを守れたことがわかりましたし、探す場所をもっと広げなければいけないこともわかりました。それに、王子のおかげで堂々と捜索することができるようになりました」

 グレデン卿はこれまでペドフィリア(児童性愛者)の貴族たちを中心に調べていたが、ゲーツ・グレデンが前王から逃げてどこかに一人隠れて生きているのだとしたら探す場所は貴族の館や別荘などではない。
 もちろん、そうしたところにいないとは言い切れないため油断はできないが。

「捜索範囲を下町や田舎町にも広げましょう」

 その場でしばし私とグレデン卿の相談が続いた。
 その話が落ち着いた頃、騎士団長は私の前に膝をつき、深く頭を垂れた。







↓↓↓ いいね♡は1~10まで押すことができます。面白さをお気軽に10段階評価でどうぞ!! ↓↓↓
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

転生先がハードモードで笑ってます。

夏里黒絵
BL
周りに劣等感を抱く春乃は事故に会いテンプレな転生を果たす。 目を開けると転生と言えばいかにも!な、剣と魔法の世界に飛ばされていた。とりあえず容姿を確認しようと鏡を見て絶句、丸々と肉ずいたその幼体。白豚と言われても否定できないほど醜い姿だった。それに横腹を始めとした全身が痛い、痣だらけなのだ。その痣を見て幼体の7年間の記憶が蘇ってきた。どうやら公爵家の横暴訳アリ白豚令息に転生したようだ。 人間として底辺なリンシャに強い精神的ショックを受け、春乃改めリンシャ アルマディカは引きこもりになってしまう。 しかしとあるきっかけで前世の思い出せていなかった記憶を思い出し、ここはBLゲームの世界で自分は主人公を虐める言わば悪役令息だと思い出し、ストーリーを終わらせれば望み薄だが元の世界に戻れる可能性を感じ動き出す。しかし動くのが遅かったようで… 色々と無自覚な主人公が、最悪な悪役令息として(いるつもりで)ストーリーのエンディングを目指すも、気づくのが遅く、手遅れだったので思うようにストーリーが進まないお話。 R15は保険です。不定期更新。小説なんて書くの初めてな作者の行き当たりばったりなご都合主義ストーリーになりそうです。

天使の声と魔女の呪い

狼蝶
BL
 長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。  ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。 『も、もぉやら・・・・・・』 『っ!!?』  果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた。

しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエルがなんだかんだあって、兄達や学園の友達etc…に溺愛される??? 家庭環境複雑でハチャメチャな毎日に奮闘するノエル・クーレルの物語です。 若干のR表現の際には※をつけさせて頂きます。 現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、改稿が終わり次第、完結までの展開を書き始める可能性があります。長い目で見ていただけると幸いです。 2024/11/12 (第1章の改稿が完了しました。2024/11/17)

主人公に「消えろ」と言われたので

えの
BL
10歳になったある日、前世の記憶というものを思い出した。そして俺が悪役令息である事もだ。この世界は前世でいう小説の中。断罪されるなんてゴメンだ。「消えろ」というなら望み通り消えてやる。そして出会った獣人は…。※地雷あります気をつけて!!タグには入れておりません!何でも大丈夫!!バッチコーイ!!の方のみ閲覧お願いします。 他のサイトで掲載していました。

処理中です...