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保護編

1 推しを守る覚悟(プロローグ)

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 唐突だが、私は前世でゲイだった。

 私が若かった頃はそれを公に言えるような風潮ではなく、私は自分の愛情を向ける相手が同性であることを隠しながら長年生きてきた。



 私が40を過ぎた頃から、徐々に男性の同性愛者を題材にしたBL漫画というものを本屋で見かけるようになり、そのうちテレビではBLドラマも見るようになり、昔ならば絶対に考えられないことに男性同士の恋愛ドラマが流行ったりして、人気動画サイトでは同性愛者のカップルが配信するようになったりした。

 しかし、時代が変わっても、年代ごとの差別がなくなるわけではない。

 私と同じ時代を生きてきた人たちが急にオープンになることもなかったし、同年代の差別的な視線が変わることもなかった。

 海外の芸能人が何人もカミングアウトするなんて時もあったけれど、それは彼らがマイノリティーが個性になる職業についているからであり、中小企業の課長程度の立場の私がカミングアウトしたところで風紀を乱したとクビを言い渡されるか、よくて窓際に追いやられるだろう。

 だから、時代が変わっても私はやはり密かに生きてきた。

 ノーマルのフリをして、ただ女性との縁がないフリをして、モテないおじさんとして沢山のカップルが歩く街の隅っこを歩いてきたんだ。



 そんな私がそのゲームに出会ったのは51歳の頃だった。

 自分の愛情の対象が同性であることは隠していたが、SNSで密かにBL漫画の感想を投稿していた私には顔も知らない腐女子や腐男子の仲間がいた。

 彼女ら彼らがハマっていたのが『星鏡のレイラ』という乙女ゲームだった。『星鏡のレイラ』は魔法学園の中のどこかにいるとされるレイラという神獣を探しながらヒロインが攻略対象の男性たちと仲良くなっていくという恋愛シミュレーションゲームだ。

 一見、至って普通の乙女ゲームであるこのゲームがなぜ腐女子や腐男子に人気なのかというと、攻略対象の一人、人間不信を拗らせた根暗キャラであるカルロ・ルーヴのバッドエンドが同性愛者のカルロの叔父による監禁陵辱エンドだからである。

 腐女子、腐男子の仲間たちからこの結末を知らされないままにアドバイス通りにプレイした私はあまりのショックでひと月ほどSNSを開けなかった。

 私は同性愛者ではあったが、潔癖なまでに陵辱ものがダメだった。

 しかも、いい大人が若者や子供に対して無理矢理なんて言語道断だ。絶対にやっていい行為じゃない。

 たとえそれが架空の世界の作り物の話でも、私は受け入れられなかった。

 しばし夢でもうなされるほどの状態だった私はひと月後にSNSに復帰して、仲間たちに正直にこうした作品が無理であることを打ち明けた。

 多くの仲間たちは理解してくれて、今後はそうした作品の場合には前もって私に教えてくれると約束してくれた。



 それから私は『星鏡のレイラ』を何度もプレイすることになった。

 どうしても、カルロのハッピーエンドが見たかったからだ。

 腐女子、腐男子の仲間たちはヒロインとカルロが結ばれるハッピーエンドになるようにプレイしたことはないということで、あまりアドバイスはもらえなかったから何度も他の攻略対象とのハッピーエンドになったりした。

 人間不信のカルロの攻略はかなり難しかったが、何度失敗しても私は諦めず、カルロを幸せにするために残業もそこそこに、飲み会も断って、10分でも早く家に帰ってゲームをした。

 何度もプレイしているうちに私はすっかり『星鏡のレイラ』にハマり、不憫なカルロが推しキャラになっていた。

 SNSの仲間たちはカルロが他の攻略対象と幸せになる同人誌も勧めてくれたけれど私はそれも断った。ゲームの中のカルロがノーマルで、初恋の相手がヒロインなのだから、やっぱりちゃんと好きな人と幸せにしてあげるべきだと思った。

 だがしかし、結論から言うと、私はカルロを幸せにしてあげることはできなかった。



 私が、52歳半ばで死んでしまったからだ。







 どこでどうして死んだのか、死んだ時の記憶は思い出せない。

 ただ、気づいた時には自分はやけに豪華な部屋にいる赤ん坊だった。

 最初は天井しか見えない状態に何が何やらわからず、どこかで倒れて病院に運ばれ、ベッドに横になっているのかと思った。

 しかし、冷静に自分の状態を確認すると、舌をうまく動かせなくて話すことはできず、同じく手足もうまく動かすことができないことに気づいた。

 そして、自分が赤ん坊だと気づいた最大の理由は、他の人間が易々と私の体を抱き上げたことだ。

 しかも、女性がだ。

 女性が抱き上げてくれて私の視線の高さが代わり、私は自分の体の変化を受け入れるしかなくなったのだ。

 そして、ここが前世の世界とも違うことも簡単にわかった。

 なぜなら、部屋や家具が前世で旅行に行った西洋のお城の中にそっくりだったし、世話をしてくれる女性たちの顔貌が東洋人じゃないし、彼女たちの服装が西洋風の豪華なドレスだったのだ。

 おそらく母親と乳母であろうと思われる彼女たち以外の女性の服装はメイド服だったが、日本のメイド喫茶のメイドさんとは違う品性漂うクラシックなものだった。

 ここが日本でもなければ21世紀でもないのは明らかだった。



 あまりにもリアルで長すぎる夢を見ているのか、異世界転生をしてしまったのだろうということは容易に認識できた。

 認識はできたが、理解して受け入れるのにはしばしの時間がかかった。

 何せ中身は50代のおじさんだ。

 傍目には赤子だと分かっていても、まるで赤ちゃんプレイでもしているようで恥ずかしい。

 中身50代の私は人一倍……他の赤子一倍努力して立つのも、歩くのも、しゃべるのも早かった。

 まぁ、中身がおじさんなので、他の子供達からしたら卑怯だろうけれど。

 そうして動けるようになった私は母親や乳母に本をねだった。

 彼女たちが持ってきてくれた絵本で私は文字と言葉の勉強をした。

 母親や乳母の仕事の邪魔にならないようにタイミングを見計らっては声をかけて絵本を読み聞かせてもらった。

 母親や乳母がいる時には読み聞かせをしてもらい、いない時でも一人で本を眺めて勉強を進めた。

 読めない文字が出てきた時には近くにいるメイドに文字を指差して読んでもらって覚えた。

 私はまだ舌がうまく動かせなかったから喋ることはできなかった。

 だから、誰も私が本当に文字を読んでいるとは思っていなかっただろう。



 この世界の文字は大文字と小文字の違いもなくひとつなので非常に覚えやすい。

 前世の記憶がある分、文字と音や意味を関連づけて理解するのは難しくなかった。

 さらに、赤ん坊の記憶力は素晴らしく、一歳になる頃にはさまざまな単語を理解して読むことができていた。

 毎日毎日飽きもせずに数冊の絵本を繰り返し眺めていた私を、そんなに本が好きならばと母親が図書室につれて行ってくれたのだ。

 母親の腕に抱かれたまま図書室内を移動していた私はちょうど目の高さのところにあった目当ての本に手を伸ばした。

 母親はこれはまだ早いと笑ったが、私はその本を小さな両手でなんとか取り出し、その表紙の文字を読んだ。



「まほーちょ」



『魔法書』たったそれだけの単語だ。

 たったそれだけの文字ではあったが、母親もその後をついてきていた乳母やメイドも驚愕の表情を見せて、その場は大騒ぎになった。

 なぜなら、それが、私が初めて発した言葉だったからだ。

 正直、中身52歳のおじさんの私には赤ん坊がいつから喋り出し、最初にどのような単語を言うべきなのかわからなかった。

 そのことがわかっていたら、できるだけ目立たないように、できるだけ他の赤子と同じようにするべきだと考えて、寝ずの番のメイドが居眠りしている間に立つ練習や歩く練習をしているように、こっそりと喋る練習をしておいて、適切なタイミングで披露しただろう。

 だが、赤ん坊に関する知識のない私は自分の舌がそれなりに発達してきていたことを知らなかった。

 そのため、興味のある本に書かれていた文字をうっかりそのまま読んでしまったのだ。



 1歳で初めて発した言葉が『魔法書』だったために、私は両親や乳母、メイドたちに神童扱いされることになった。

 しかし、幸いなことに、私の両親は私が7歳になるまでは存在を隠して育てると決めていたため、親バカな両親が大勢の貴族たちの前で大っぴらに息子自慢をすることはなかった。

 ちなみに、私はどうやらこの国の第一王子という厄介な立場のようだった。

 乳母は私を「リヒト様」と様付けで呼び、メイドたちは「リヒト王子」と呼んでくる。

 両親はごく普通の両親のように優しい眼差しで私を「リヒト」と呼ぶが、その頭には時々王冠とティアラがあった。

 毎回つけているわけではないので、おそらく、公務の前後に私の元へ寄った際についているのだろうと推測している。

 王様と王妃という立場の両親にとっては、息子が神童というのはとても喜ばしいことのようで、これまで以上にさまざまな本を与えてくれるようになったことはありがたかった。

 ただ、帝王学の書物は流石にまだ早いというか、あまり興味がないので放置している。



 私は両親や乳母が揃えてくれた本の中から魔法に関するものを選んで読み漁った。

 当然、まだわからない文字も多かったが、気配りのできる乳母が辞書も用意してくれていた。

 どうやら、メイドが私の質問に答えられるようにと用意された辞書のようだったが、私はこれを大いに活用させてもらった。

 そして、この世界に生まれ落ちてからずっと学びたかった魔法について学習を進めていった。



 赤ん坊の頃から徐々に集めていた情報から、この国がエトワールという国だということはわかっていた。

 そして、王子である私の名前はリヒト。

 そのことから、私はここが『星鏡のレイラ』の世界だろうとあたりをつけていた。

 そして、あの日図書館で手に取った魔法書で見慣れた魔法陣をいくつも見つけて確信した。

 やはり、ここは前世で私が何度もプレイした乙女ゲームの世界なのだと。

『星鏡のレイラ』は魔法が存在する世界で、ゲームでもキャラクターたちが魔法を使っていた。

 魔法を使うたびに魔法陣が画面に大きく表示されるため、私はいくつかの魔法陣を見慣れてしまっていたのだ。

 そして、見慣れた魔法陣がいくつもあることが私の魔法の習得を早めた。

 私自身、今後のために積極的に魔法を学んだ。

 ゲームで見ていた魔法はもちろんのこと、ゲームでは使われなかった魔法も学び習得した。

 ゲームでよく見ていた魔法はヒロインの水属性の魔法。傷を癒す治癒魔法、体力を回復させる回復魔法。

 次にヒロインが最も攻略しやすいリヒトの光属性の魔法。光の聖剣で相手を切り裂く魔法、相手にかけられた魔法を無効化する浄化魔法などである。

 あとは火属性、風属性、地属性、そしてカルロの闇属性の魔法、何度も繰り返しプレイしたためそれらの魔法陣も私は覚えていた。







「リヒト様は本当に神童のようですね」



 気難しいと言われる魔塔主までもそのように評したことに気をよくした両親は私が何を学びたがっても止めることはなく、むしろ後押しをしてくれた。

 ちなみに、魔塔とは魔法研究所のことである。

 建物が塔であるために通称『魔塔』と呼ばれ、そこの所長は『魔塔主』と呼ばれていた。

 魔塔はエトワール王国の国内ではなく、ルシエンテ帝国にあるが、魔塔はどの国にも属していないため、魔塔が求める料金を支払えば研究職員である魔法使いが講師として来てくれるのだ。

 一般的には重役ではない魔法使いが来るのだが、私のところにはなぜか魔塔主が来るようになってしまった。

 最初は普通の研究職員である魔法使いが来ていたのだが、彼らの報告を受けた魔塔主が私に興味を持ったらしい。



 魔法はゲームの中ではキャラクターが持つ属性が一つしか表示されず、その属性の魔法しか使えなかったが、現実にこの世界を生きてみると、属性は一人が一つだけ持つものではなく、得意なものとそうでないものがあるものの、複数属性を持つことができた。

 ただ、魔塔主曰く、複数属性を使う魔法使いは上級魔法使いだけで、魔力を持つ貴族でも一属性の魔法をちょっと使えるようになったら学ぶことをやめてしまうらしい。

 自分に一番合っている属性は習得も早く、魔法の発動も早いが、得意じゃない属性でもその属性を持っていれば習得に時間はかかるものの、全く使えないわけではない。

 それにも関わらず、二つ以上の属性を使えるように習練する貴族は少ないようだ。

 それなのに、まだ幼い私が複数属性の魔法を使い、さらにその実力はすでに一般的な貴族たちの実力を凌ぐことが魔塔主の目を引いたようだった。

 ちなみに、私は全属性を持っており、基礎魔法程度ならば前世での記憶を活かしてすでに使える。

 この事実を、私は乳母にも両親にも秘密にしているのだが、なぜ、ここまで必死に魔法を習得したかというと、せっかくこの世界に生まれてきたのだから、私の推しキャラであるカルロに不幸が降りかかる前に守ってあげようと赤子の頃から決めていたからだ。





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