ショタ魔王と第三皇子

梅雨

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魔王城の生活

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「アル、そろそろ離してくれるとうれしいんだけど」
「やだ。今日はずっとくっついてる」
「いやでもお前まだ着替えてないし」
「このまま寝る」

それは服の金具が痛いからやめてほしい。真顔で告げると渋々といった様子で寝衣に着替え始める。
魔王のマントで殆ど隠れた彼の身体は想像より細い。子供だとふまえても肉がついていないのは明白だ。もっと食べたほうがいいと思う。朝食や夕食共に肉や穀物が盛られていたのは、フォルカさんの采配だったか。
ドサドサ音を立てて床に散乱する魔王の威厳。重そうな金具も服も、全て彼に身に纏われることで意味を成す。

「......凄いな」

印象は忍ばせることなき武具である。
貴族が生まれて初めて社交界に身を投じるとき、思い知らされること。それは最初の会話よりも前から始まる品定め。どんな姿か。どんな振る舞いか。繋がる価値なき縁に貴族は興味がない、それはもう微塵も。一目での判断材料。印象というのは自身の証明でもある。
ろくな記憶が残っていない貴族でいられた時代。間抜けにもやらかした俺はあの冷たい目を一生忘れることはないだろう。握りしめた草と共鳴するように上がった悲鳴。腹部に走る激痛と見上げた空の青さといったら、もう二度とあんな目には会いたくない。
魔王という肩書きに負けず劣らずの姿を保つことが容易ではないことくらい分かる。畏怖の念を抱いてもらう為の意図的な衣服。
それを着ているアルも、毎日選んでいるランハートも凄い。

「僕のお着替え、見てて楽しい?ニオ」
「ち、違うから‼︎俺に変な趣味はない」

勝手に納得している間もアルの身体を眺めていたせいで、あらぬ誤解を招いてしまった。俺が慌てて否定する様子を見てアルが笑う。そこまで滑稽な姿を見せてはいないと思うけれど。

「いいのに。どうせ上も下もぜーんぶニオのものなんだから。逆も然りだけど」
「う、上も下も」
「具体的に言おうか?」
「言わなくていいっ!」

そういった話はアルの口から聞きたくない。見た目も、子供よりだし。気恥ずかしくて俺は多分ろくな会話もできない。

「お着替え終わり~!ニオ~」

服のボタンを最後まで留め終わったアルがベッドに座っていた俺の腹部に突っ込んでくる。だいぶ威力が抑えられていたけれど、俺の身体に引っ付く力は恐ろしい程強い。もう離れない、そういった意志を感じる。

「はぁ~、ニオの匂い~嬉しい~良い匂い~」
「そんなに嬉しいものか」
「嬉しいものだよ‼︎」

拳を握って俺を見上げるアルは、不満を抱えているような面持ちだった。頬を膨らませ、顔を赤らめたその顔は今にも爆発してしまいそうだ。

「結婚したらずーっと一緒だって思ったのに全然一緒になれない‼︎」
「まぁ、そうだろうな」

執務室アル突進事件を考えると、俺がいたら仕事にならないことを最初からランハートは見越していた。賢明な判断だと俺も思う。

「でもアルが仕事頑張ってるから色んなヤツが助かるんだろ?」
「魔物の討伐とか国によって戦力をどう分けるかとか......ずっと同じこと毎日してる。物資も争いも全部ぜーんぶ。時間かかる。ずっとアルにぎゅーってしてもらいながら仕事したい」
「それは」

ランハートが許さないと思うけれど、少しいいなと思った自分がいる。二人で執務室にいる姿を想像したけれど、それはそれは仕事の進まない魔王が出来上がっていた。胃に穴どころか胃自体が消え失せ身体ごと塵になっていくランハート。駄目だ、見てもいない光景が容易に想像できる。

「やめたほうがいいと思う」
「え~」

この話を続けたら駄々を捏ね始める可能性もあったから、気を逸らそう、話題を変えようとアレコレ考えた。結果、さっき少し気になったことを質問する。

「魔王軍が魔物の討伐するのか」
「そうだよ。魔王の傘下にない魔物や魔族達が人間を襲わないように色々手を回すのも僕の仕事」

凄いでしょ、胸を張るアルは疲れた顔を一切見せない。

「じゃあ、アスラトリスの街を襲った魔物達って魔王軍じゃないのか?」
「基本的に僕らからは手を出さないよ?争いは出来るだけ避けたい。誰にも死んでほしくないし、ニオも嫌でしょ」

城の記録には村が魔獣に襲われたから近くに配備されていた魔王軍に攻め込んだ。と書かれていた。魔王軍に襲われたと書いてあったことは一度もない。もしも魔王軍と魔獣に関係がなかったのなら、こちらが先に喧嘩を売ったことになる。

「初代魔王が勇者にやられるまでやらかし続けたおかげでさ、和平交渉?とか全然引き受けてもらえないの。人間は僕らのこと嫌いだし」

それは読んだことがあった。昔話として絵本にもなって国民に広く知られる御伽噺みたいな英雄譚。長いのに読みやすくて人気の高い本だ。勇者が魔王を倒すまでの軌跡が面白おかしく書かれている。

「僕達魔王軍がいて~、魔王軍以外の魔物がいるでしょ~。でも人間にその違いはいらないんだよ。きっと」

実際俺も城にいた時は、というか話を聞くまでそう思っていた。
魔族や魔物を一極端にしていたし、魔族は全て悪だとも。そう教えられ、育ってきたから。

「僕を倒せば、全部丸くおさまるって思ってる。そうじゃないのにね」
「アル、お前」

言われのないことを投げかけられてきたのか。

「襲われて、それが魔物なら全部僕たちの仕業。あっちから攻めてきたくせに負けたら、先に手を出したのは魔王軍だ~って。もう、同じことばっかり。あ、これは南の国の話ね?」

その瞳が今捉えている景色は、どんなものなんだ。

「世界は有限だよ、ニオ。人も魔族もみーんな一緒ってすっごく難しいし。多分無理。でも僕はその無理をなんとかしたい」
「......」
「だから、まず世界征服‼︎皆が僕の話を聞いてくれるようにするために。世界をどう使っていくかをお話しないとだから」

感情の昂りが抑えきれず、俺はアルを抱きしめていた。
小さな身体にどれだけの重圧を抱えて今まで生きてきたんだろう。俺じゃ到底出来ないことだ。アルにしか出来ないことだ。魔王にしかどうしようもないものだ。
だから孤独に潰されてしまう。個人で抱えられるものには限界があって溢れてしまったら掬ってくれる誰かがいないと壊れてしまう。
だから、だからお前に。

「お前に、家族がいて、よかった」

魔王城に住む仲間達全てが。沢山の言葉がアルを導いて、沢山の手がお前を支えてくれている。

「アル」
「なに、どうしたのニオ」
「俺もちゃんと、お前の家族だよ」
「分かってるよ~」
「アルがどんな道を選んでも、支えるよ」

アルがもし、もうどうでもいいって言い出しても。最後まで着いていこう。

「なぁ、アル」
「ん~?なぁに?」

俺を見つけて、俺を好きになるまでこの世界を。

「投げ出さないでくれて、ありがとう」

その気になればすぐに消してしまえそうなこの世界を、アルは守ってくれていたんだ。皆が笑顔でいられるように。
魔王は人類が嫌う程彼は恐ろしい存在ではない。それをもっと知ってもらいたい。アルの誰より優しい世界征服を叶えてほしい。

「アルはきっと、最後まで独りにはならないよ。皆が、俺が......いっ、しょ......に」

瞼が急に重くなる。
身体が疲れているせいか睡魔に逆らうことができず、そのままアルの身体に寄りかかってしまう。
重いだろう、早く退かないと。
アルの胸を小さく押して体勢を整えようとしたが、背中に回った腕はビクともせず離れない。これ以上は力が入らないので、大人しく抱かれたまま目を閉じる。
涙で沁みる瞳が少し痛いけれど、その痛みも意識も何もかもが沈んでいく。

「ふふ」

ニオの身体が小さく揺れる。もういいかと魔法をかけていた手を離した。顔を少し傾けて、愛しい人の顔を眺める。

「本当に、綺麗だ」

けれどこの声はニオには聞こえてないんだろうなぁと寝息を立てるニオの頭を撫でる。寝ている時は何しても起きないから、なんでもし放題。それにはちょっと危機感を覚えてほしいけど。
ニオをベッドに寝かせて、両手の間に挟まる。程良い重みと鼓動の音、懐かしい。

「投げ出さないで、かぁ。一回投げ出したことあるんだよ。ニオ」

その呟きは腕の中に消えていった。





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