ショタ魔王と第三皇子

梅雨

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番外編 キュロとルベル

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「牛さんはこの前申請したら却下されて~、あっでも梨は考えるっていってくれたんだ‼︎」
「うっわ」
「あとお面もオッケーだって‼︎」
「それ拷問なの?」

ルベルは拷問器具のほとんどを可愛らしい名前で呼んでいる。
牛さんはファラリスの雄牛で梨は苦悩の梨。お面は......ちょっとわからない。何かあっただろうか。
この前はクヌートも新しいものにしたいってお願いしていたし、毎日申請書を出していそうで怖い。仕事熱心なのはいいことだけど、その分会える時間が減るから俺としてはあまり面白くなかった。

「そういえば、新しいゲームやってるんだな」
「そう。前のは格闘ゲームで、こっちはロールプレイングゲームってやつ」
「何か巻いてるの?」
「巻くロールじゃない。役割って意味でのロール」
「......なるほど」
「分かってないでしょ」

あまりルベルは頭がよくない。そのぶん動物的直感は鋭いが、それを生かされる瞬間は拷問官になってからほぼないと本人から聞いたことがあったな。

「出てくる敵倒して、どんどん強くなって、世界の敵倒すゲーム」
「ふーん、へー」

一応説明を続けてみるけど、半分以上理解してない。
多分聞いた言葉がそのまま耳を抜けていってる。頭から白い煙でも出てきそうだ。無意味だな、と説明はやめる。
俺が喋らなくなると、沈黙の時間は好きじゃないルベルが喋りだす。

「キュロのやってるゲームの敵ってどの敵も魔族だよな」
「そうだね。人間の敵で一番分かりやすいから」
「人間達から見たら、オレ達魔族みんなこうなのかな」
「......人間によると思うよ。少なくともニオ様は違うし」
「そうだよね」

手を止めてぼーっと画面を見つめるルベルが子供のような問いかけをしてきた。

「いつか、敵じゃなくなる日が来るのかな」

一瞬手元が狂ったがすぐに持ち直す。たった一人行動を間違えても問題はない。ゲームの中だと、俺にとってはお馴染みの魔物達が操作している人間の勇者にバッサバッサと斬り殺されていっている。
これはどちらかがいなくなるまで続く戦いの物語で、互いを尊重し手を取り合う物語ではない。現実もそうだ。
そうだとルベルも分かっているはずなのに。元人間の心がそうさせるのだろうか。

「それ。どっちとも言えないこと聞かないで」
「あ、ごめんごめん」

ハッとして手元の針数本を箱に戻している。
次のはと探しているうちに、もう全て手入れし終わったことに気付いたのだろう。指差し確認を二、三度繰り返してルベルは立ち上がった。

「器具大体拭き終わったし、そろそろ仕事に戻る‼︎次はちゃんと休みとってくるからな‼︎」
「うん」
「そしたらキュロとももっとちゃんと遊べるし‼︎」
「うん」
「ゲ、ゲームも出来る‼︎」
「うん」
「......少しは手止めてくれたっていいだろー‼︎」

大声は地下を抜けて大図書館まで響いたと思う。防音の壁を越えるほどの威力に、俺の耳は耐えきれずキーンと鳴った。
この爆音に耐えて素っ気ない返事をずっと返していてば、ルベルはこのままここにいてくれるかな、なんて。つい考えてしまう。それはないけど。
コントローラーを蔦に持たせて、両手を広げる。

「冗談だよ、おいで」

と呼ぶ前にルベルは俺に抱きついて頬擦りしてきた。跳ねた髪が少し擽ったいけど、これが気持ちいいんだ。
ルベルの腰に手を回して、俺も首に擦り寄る。

「えへへ」

この別れ際が、俺達が互いに互いの生を確かめ合う時間だ。
顔は見えないけれど、心臓の音と吐息の熱が口に出さない感情を全部共有させてくれる。

「キュロ大好き」

それでもルベルは言うんだけど。

「俺もルベルのこと好きだよ」

触れられる距離に相手がいるのはいいものだ。
ここは地下だし、ルベルの職場は三階なせいで俺から会いにいくことはまずない。
そもそもこの部屋に根を張っているせいで、そんなに遠くまで出歩けないのもあるけど。
ちょっとした裏技で、庭園の中や自然が豊かな場所だけなら自由に行き来出来たりはするのだ。でもルベルは基本拷問室から出てこない。外に出ないってことは庭園に近付くこともないから会うこともない。
会おうと思えば会えるはず、なんだけど。

「もっと一緒にいたい」

本音が溢れると、俺の背に回されたルベルの手に力がこもる。
同じ想いなんだなと嬉しくなって、俺も少し強めに抱きしめた。

「あっ、ちょキュロ」
「なに」
「蔦がっ服の中に入ってきてる」

言われて気付いた。
無意識下の煩悩に反応したんだろう。蔦がルベルの服を捲って身体に巻きついていた。

「ごめん、気づかなかった」
「いいよ。でもちょっと苦しいかな」
「ほんとごめん」

たまにあることだ。自分の手足のようなものだから、些細な感情の動きに影響されてしまう。まだルベルとは魔王様とニオ様のように、夫婦の契すら交わしていないんだ。雰囲気もへったくれもない時に、手を出したくはない。

「ふふっ、じゃあなキュロ」
「ルベルも仕事頑張ってね」

軽く唇に触れるだけのキスを交わし、ルベルは拷問道具の入った箱を小脇に抱えて拷問室に帰っていった。
重い音が資料室に響く。閉じた扉にはまた蔦が張って、何者かの気配を察知するまで固く密室を守り続ける鍵になる。

「次は誰かな」

どうせ来ないだろう顔を何人か思い浮かべながら、来訪者予想を繰り返す。がそれもすぐに飽きて、またコントローラーに手を伸ばした。
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