ショタ魔王と第三皇子

梅雨

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魔王城の生活

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アルに吹っ飛ばされ、キュロから受け取った手紙も何処かへ飛んでいってしまった。もう一度会いに行こうにも腕や足は揺れる度にジンジンと痛みが響く。腹部なんて呼吸するだけでも激痛が走る。これはヤバイとアルに必死に伝えたら、すぐさま寝室に転移魔法で運ばれた。ボロボロのランハートはなんとか歩けているが、満身創痍といった風貌だ。人間ならもうとっくに死んでいるだろう。
アルはメイドに何か指示を出すと言って部屋から出ていった。
椅子に腰掛けるわけでもなく立ち尽くすランハートとベッドで出来るだけ動かないように天井を見つめる俺。静寂が互いの傷の深さをよく物語ってくれていた。会話はない。恐らく同じ理由で。
しばらくすると、寝室に医者が尋ねてきた。
タバサと名乗り、白衣の下からは人の姿だけでは隠しきれない蜥蜴の尾が生えている。円形のメガネには少し長すぎるんじゃないかってくらいのグラスコード。畝った水色の髪の長さはバラバラで、少々頼りなさそうな顔立ちをしていた。

「ニオ、この人はタバサ先生。このお城で一番凄いお医者さんなんだよ‼︎」
「ご紹介にあずかりましたタバサ・オッドマンです~。怪我人あれば古今東西どこにでも飛んでいきますんでよろしゅうお願いします~」

「凄い怪我しとるなぁランハート君。ニオ様、重症さんからお治ししてもええやろか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「申し訳ありませんニオ様。タバサさん。ちゃっちゃとお願いします」
「はぁい。まかしとき~」

タバサ先生が包帯ぐるぐる巻きにされてなお執事の仕事をこなしているランハートに近付き、その額に自分の額をくっつける。
何か呟き始めると、足から腕、腕から首の近くにかけて優しい風が巻き上がった。

「よーしどやぁ。これで綺麗さっぱり治ったやろ」
「問題なさそうです。ありがとうございます」
「ええよええよ~。さすがランハート君や。あのまま放っといても明日にはほとんど治っとったかもなぁ」
「タバサ先生、次はニオをお願い」
「はいはーい。とその前に色々聞かせてなぁ」

近くの椅子を俺の腰掛けたベッド近くまで持ってくると、老人のような掛け声と共にゆっくり座った。
傷の状態を聞きたいのかと思ったら、今日は何をしていたのかとか好きな遊びは何かとか関係なさそうなことばかり聞かれる。

「へー、キュロ君に会ったん?あの資料室にはたま~にお世話になってるんよ。あそこには貴重な医療文献がたくさんあるんや」
「そ、そうなんですか。ところであの、お腹の辺りがずっと」
「知っとる?キュロ君あぁ見えて実はオマセさんなんやで~。というのもなぁ」
「タバサ先生仕事なさってください」

ランハートに注意されてようやくハッとしたのか、患部を観察し触診し始めた。
いくつかの質問の後、ちょっとごめんな~とお腹を少し強めに押されて酷い激痛に顔が歪む。

「えーっと、奥方様の予測がピンと当たりまして。肋骨が二本ほどいっちゃってますわ~」
「やっぱり折れてたか」
「でついでって感じで腕も足もちょっと骨にヒビかなぁ。いやぁ人間は弱くてタイヘンやな~」
「タバサ先生‼︎ニオ治る⁉︎」
「当たり前や。まかしとき~‼︎このタバサさんが来たからにはすぐに痛いの飛んでけしたる‼︎」
「タバサ先生の治癒魔法は凄いからニオもすぐ治ると思うよ」
「それはありがたいんだけど、治癒魔法か」
「ニオ様は治癒魔法苦手なん?」
「苦手、というわけではないんですけど」

治癒魔法は超特殊な魔法で、繊細な魔力操作が必要だというのは聞いたことがある。切れた血管や壊れた細胞一つ一つを組み立てる必要があり、身体の構造を知り尽くしていないと失敗してしまう魔法なんだとか。
それを使われるとなると、身震いしても仕方がない。

「まぁそりゃ怖いんわ分かるわぁ。人間の使う治癒魔法は魔族の使う治癒魔法より何百年も遅れてるってのは知らんやろし」
「え、そうなんですか」
「魔族と人間じゃ魔法のレベルが違うんや。人間がようやく炎を出せるようになったって喜んどった時には、その炎を自在に操る魔法が俺らには使えてたんやで?」

そう言って優しく俺のお腹に手を置くと、小さく何かを唱え出す。
じんわり身体の内側が暖かくなった。骨の修復が始まったんだろう。中の筋肉がゆっくり動いているのが分かる。
時間にして約三分ほどだった。立ち上がっても痛みが広がらず、本来重症と呼べる状況だったのにすっかり治ってしまった。
完璧な治癒魔法に感動する。

「ありがとうございます、タバサ先生」
「ええんやで~。俺も人間の身体に治癒魔法使うの久しぶりだったから緊張したわ~。成功してよかった~」
「終わった後に怖いこと言わないでください......」
「ニオ~‼︎よかった~‼︎」
「アルはすぐ抱きつく癖どうにかしてくれ。一応病み上がりなんだぞ俺」

泣きながら突進してくるアルにまた説教が必要なのかと溜息を吐くと、ランハートが俺の方をポンと叩いた。
なるほど、あとは任せてくれ、そう言いたいのか。
こういう教育はランハートの仕事なんだろう。
彼の説教は相当長いらしくアルは嫌そうだが、学びとは時にそういうものだ。諦めろと言えば大人しく首を縦に振った。
ふざけたことを教えているもあるけれど、それ以外基本キチンとしているのは今回のように自分も痛い目にあったことが一度じゃないからかもしれない。

「ニオ様。明日は二階じゃなく三階に行った方が安全かもしれません。あそこはここより静かな階ですから」
「三階か」
「まぁ静かなだけやけどね。防音とかそういうので」

何があったっけとしまっていた地図を開くと、殆どの部屋が赤かった。拷問部屋、鏡の間、懺悔室。唯一黒字のままな場所は南の庭園と教会、会議室くらいで......いやどうして魔王城に教会があるんだ。

「三階といえば、ルベル君がいるところやね」
「ルベル君?」
「そう。ニオ様キュロ君に会った言うとりましたやん?」
「会いましたけど」
「そのキュロ君の恋人さん。緊急救護班で拷問官統括で太陽みたいなお人やで」

全然想像つかない。
拷問官といえばおどろおどろしく、血生臭いイメージだが、そこに何をどうすれば太陽みたいな人という表現がくっつくのか。
拷問官ということは拷問室にいるんだろう。幸か不幸かランハートから近付くなと言われている場所でもある。
ルベルがどういう魔族なのか気になるけれど、今日みたいなことがまた会っても困るので近寄れない。
でも、キュロの恋人かぁ。すごい気になる。
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