ショタ魔王と第三皇子

梅雨

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番外編 キュロとルベル

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血のこびりついた大きな刃物を丹念に拭くルベルは自身の宣言通りどこにも血肉を落とさず手入れしていた。
俺の、真横で。
一応魔族でもあるし、そういう現場にいたことないわけじゃないが、嗅ぎ慣れない鉄の匂いとへばりついて中々離れない乾燥した肉の音は正直聞いていたくない。かといってルベルが来ているのにヘッドホンをするのは気が進まない。承諾した手前やめてとも言い出せないし。
どうしようと渋い顔をしていたらルベルが顔を覗き込んできた。
少し驚いて操作をミスる。

「キュロ、ちゃんとご飯食べてるのか?いくら魔族だって何かしら食べないと死ぬんだぞ」
「急に何」
「顔色悪い」
「ゲーム画面の光のせいでそう見えるだけだよ」

ここで間違ってもルベルが手に持つ鋸のせいだと言ってはいけない。この資料室に来てくれる理由を自分で一つ潰してしまうことになる。

「嘘だ。聞いたぞ、キュロが最後にこの部屋出たの二週間前だって。人間だったら餓死してる‼︎」
「俺は人間じゃないし大丈夫」
「大丈夫じゃない‼︎キュロがご飯食べるまで棺に入れるからな‼︎」
「それ拷問でしょやめて」

その棺、ルベルのことだから使った後そのまんまにしてる。
誰とも知らない奴の血がついた棺の中に入れられるよりご飯食べた方がマシ。

「そうだ、ほらこれフォルカさんに貰ったんだ」
「お菓子?」
「栄養食ってやつらしい。オレ達あんまり仕事場から離れられないだろ?フォルカさん達が気遣ってくれてるんだよ」
「ふーん」

ルベルがいつも通り口元に運んでくれるので、そのまま咥えて咀嚼する。ドライフルーツの入った、固くて甘さ控えめなフィナンシェみたいだ。

「美味しいよな」
「うん。イケる」

モゴモゴと口を動かしたまま俺もルベルもお互いの作業を再開する。
ルベルはようやく大きいものを拭き終わったようで、小さい小道具に手をつけ始めていた。

「そういえば、キュロ奥方様の話聞いた?」
「聞いた。というか会ってる。この前ここに来た」
「えっ⁉︎俺まだ会えてないのに‼︎どんな人⁉︎」
「......変な人」
「なんだよそれ~。俺も会ってみたいな~、魔王様の奥方様」

気になってるんだよね~。と楽しそうにルベルは語るが、ニオ様に興味を惹かれた理由は魔王城全体にばら撒かれたあの紙の方だろう。魔王様の直筆ニオ様似顔絵が描かれた御布令。メイド達によってすぐ回収されたらしい。まぁここには一枚残ってるけど。

「ニオ様は拷問室には近付かないでしょ」
「そうだよな~。あ~あ、オレももっとこう、閉じこもらないで動けるところに配属されたかった~」
「ルベルは拷問官があってるよ」
「そう?キュロが言うならそうなのかな」
「うん。絶対そう」

ルベルは自分が思っているより拷問官の才能がある。
拷問は、なにも一方的なものじゃない。相手によってはこちらが手玉に取られてしまうこともある。
昔人間の一人に賢い奴がいたらしい。その人間は言葉巧みに魔族の拷問官を説き伏せては秘密を吐くことなく無傷のまま一週間生き延び、前任の魔王様はまだ魔族になったばかりのルベルに拷問を任せた。人間はまた現れた別の拷問官に怯むことなく会話を試みる。しかし、どんな言葉もルベルには響かない。
人間と魔族の精神構造は殆ど一緒だ。喜怒哀楽は俺たち魔族にも確かに存在する。が、どれに語りかけても、ルベルに反応はない。
ただ笑顔で仕事をこなすだけ。
別の人間に、どんな拷問も耐え抜いたと言われているヤツもいた。
けれどルベルは特に気にした様子もなく笑顔だった。

「拷問されて話さなかったっていうのはおかしいだろ。だって拷問って秘密を吐かせるまでが拷問だしさ」

楽しそうに道具を手に持ち、人間の頭を撫でる。世間話をするように、壊れかけの心に話しかける。

「拷問受けたことないんだ。大丈夫。オレも一緒に痛いから」

ルベルはいつの間にか、拷問官の鑑として統括にまでなっていた。本人は恐れ多い称号だとか、似合わないとか言っているが、俺はルベルほど拷問に向いているやつを知らない。
だってその純粋なまま、汚れを知らない顔のままで行われる拷問ほど、俺は恐ろしいと感じるものはないと思うから。

「まぁ、やってほしくはないけど」

ルベルはちょっと、いやだいぶ特殊な魔法を使うことができる。それが非常に問題なのだ。ルベルにしか使えないのがいやらしい。
背負わなくていいものを無駄に背負うことを本人は然程嫌がっていない。見てる方は気が気でないのに。
仕事をするなら、この資料室や上の大図書館。血を見なくて済むような場所でしてほしい。騒がしい戦場や煩わしい情報戦の為に身を削ってほしくない。それでも昔からずっと、俺が役に立てるならって笑うんだ。



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