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見習い天使

018・人間の欲望は底なしに深く虚しく

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~温泉街・とある温泉~

夜でも賑わいを見せる温泉街の限定イベントである 花火大会も終了し、周囲は普段と変わらない夜を迎え始めた。
そんな中、温泉街の中央区で、突如 悲鳴や怒号が鳴り響く!


「「「逃げろー!」」」


「なんだ!
 なにが起こったんだ」
「わかんないけど、南区の温泉施設で魔獣が暴れてるみたい!」
【※魔獣
 魔界に住む獣。無害なものも多いのだが、なかには 悪魔を襲ったりするものもいる。】


「早くココから逃げるッス!」


魔獣が暴れていると言われている南区の方から、ハンたち魔王城の一行も逃げ出してくる。


「とにかく逃げるぜ!
 俺らでは勝ち目がないぜ!」

「まずいッス。
 マリー様に助けを求めるッス!」


そう、この事件を起こしたきっかけは・・・。







およそ2時間前のことだった。


~温泉街・露天 大浴場~

マリーたちと別れた魔王城の一行は、魔王マダム・オカミの案内で温泉の更衣室にきていた。

「はぁ・・・。」

「タカトシが意気消沈してるニャン。」
「仕方ないニャン。
 今回はあきらめて、また次の機会に願いを託すニャン。」
「おい、タカトシ。大丈夫かニャン?」

「はぁ・・・。」


「ダメみたいニャン。」


そんな話をしている使い魔たちに、先行していた仲間たちが声をかける。


「おい、俺らは先に入っとくぜ!」

「俺らも温泉には浸からなくても、ドクターローパーを使うッス。
 早く予約しないと満席で使えなくなるッスよ!」

「分かったニャン。
 ハン、先に行っててくれニャン。
 ほら、タカトシ、急いで来るニャン!」

「はぁ・・・。」


使い魔たちは、タカトシを引きずるようにして連れてくる。
タカトシを引きずりながら、浴場の引き戸をあけると・・・。


「ぱ、パラダイスだニャン!」
「タカトシ、風呂場をみるニャン!」
「タカトシなんてほっとくニャン!
 いそいで行くニャン!」
「もう消滅しちゃってもいいから、ガン見ニャン!」


タカトシを引きずっていた使い魔たちが浴場へと、吸い込まれるように流れ込む。


「はぁ・・・。
 いったい、どうし・・・。
 どうもするニャン!
 俺も急ぐニャン!」

振り返ったタカトシがみた光景は、若い女性たちが楽しそうに湯船につかったり、頬を赤らめてドクターローパーを使うという光景だった、魔王マダム・オカミが連れてきた温泉は、混浴の温泉だったのだ。


「「「ヤッホーニャーン!」」」


「おーい、お前ら。
 ドクターローパーの予約は どうするッスか?」


「「「俺らは湯船を堪能するニャン!」」」


「いや、お前ら待つニャン。
 ドクターローパーの岩場は前の客と対面で座ってるみたいニャン。」

「なるほど!
 俺らが集団でいけば悲しいお知らせしかないニャン。
 しかし、バラバラ列に並べば、嬉しいお知らせになるニャン!」


「「「ハン!
   やっぱり並ぶニャーン!」」」


こうして使い魔たちは、列に並ぶことになった。
もちろん、並ぶ間隔をあけながら。
平静なハンやノブナガたちに、タカトシが声をかける。


「お前らは、なんで平静なのかニャン。」

「いやいや。
 みんなが騒ぎすぎッス。」

「だって、ヒソヒソ・・・。」
(若い女性と混浴ニャン。)
(魔界では当たり前ニャン。)
(そ、そうなのかニャン?)
(そうッス。魔界は男女の差がないッス。
 だから、男性同士、女性同士の恋もありうるッス。
 まあ、子供を産む原理は、人間と同じみたいッスけどね。)
(百合もあるってことなのかニャン。
 魔界って最高だニャン。
 ナオアキが言ってた魔界は天国って名言が、やっと理解できたニャン。)

(・・・それ違う意味ッス。)


無事に予約を終えた魔王城の一行は、湯船に浸かりにいったり、浴場内の売店で買い物をしたりしている。
そんな中、使い魔のタカトシが、湯船の淵に座る一人の女性の悪魔に声をかけた。
その悪魔は、可愛らしく小さく巻いた角に、亜麻色の長い髪。
それと、黄色の瞳が怪しく美しい、胸も豊満でくびれもあり 座っている姿勢でもスタイルの良さが分かる。
まるで人形のように美しい悪魔だった。


「あら!?
 あなた、ノーサが怖くないの?」

「どういう意味ニャン?」

「うふふ。
 ノーサを知らないで声をかけてくるなんて、変わった使い魔なの。」

「お、俺はタカトシっていう名前があるニャン。」

「ふーん。
 使い魔に名前なんてあるの?
 ノーサ、知らなかったの。」

「他の使い魔にも名前があるニャン。」

「あら、そうかしら。」


人形のような悪魔が髪をかき上げると、近くにいた使い魔が走り寄ってくる。
走り寄ってきた使い魔の額には、42と数字が書かれていた。


「ノーサ様、何をご所望ですかニャン。」

「あなた、名前は?」

「名前などないですニャン。
 俺は、ノーサ様の奴隷、42号ニャン。」

「ほら。
 名前なんてないの。」

(ヤ、ヤバイ奴に声をかけてしまったニャン。
 ここが魔王城じゃないということを忘れていたニャン。)


タカトシは、助けを求めようと周囲を見渡す。
しかし、周囲の悪魔や使い魔たちは、明らかに目をそらしている。


「ねぇ。
 最近、ノーサの使い魔が消滅して、欠員が出たの。
 あなた、ノーサの使い魔として働かない?
 頑張ってる使い魔には、ご褒美として、とってもイイことしてあげるんだけどな・・・。」

「お、俺、マリー様の下で使えているニャン。
 マリー様を裏切るとか出来ないニャン。」

「・
 ・
 ・
 あーあ、使い魔ごときに断られちゃった。
 とっても がっかりなの。」


人形のような悪魔が、振り返るように、自分の使い魔の方を向くと、42号と名乗った使い魔は、タカトシを捕まえる。


「お前は、ノーサ様を汚したニャン。
 その代償は消滅しかないニャン!」

「ちょ、ちょっと待つニャン。
 俺、マリー様の下で使えてるって言っただけニャン。」

「うるさい!
 黙るニャン!」


そのやり取りに、周囲には人だかりができていた。
騒ぎを聞きつけ、ベッチやハンが駆けつけたのだが、ベッチは 人形のような悪魔を見つけると、ハンに耳打ちし、その場を立ち去っていく。
ベッチが離れていったのを確認したハンが、人形のような悪魔に声をかける。

「混血のノーサ様ッスね。
 俺らの仲間が迷惑をかけたようで、申し訳ないッス。」
【※混血のノーサ。
 魔界では有名な悪魔。父親に竜人種、母親に腐人種を持ち、年齢を重ねるごとに体が腐ることもなく魔力だけ高まっていく体質。
 しかし、竜人種の特徴である竜の瞳や竜の羽は持たない。他にも秘密があるようなのだが・・・。】


「・・・なに、ノーサのことを知ってるの?」

「はい、もちろん知ってるッス。」

「その話し方。あなたの契約者はマリーなの?」

「そうッス。
 そこの使い魔もマリー様の配下ッス。
 だから解放してやってほしいッス。」

「そうね・・・。
 じゃあ、マリーに伝えてちょうだい。
 ノーサに意見するなら、殺しちゃうぞ!ってね。」

「分かったッス。」


「うふふっ。
 立場をわきまえているようなの。」

「何を言ってるッスか?
 誰もマリー様の手を煩わせるなんて言ってないッス。」


ザパッ!

突然、座っているノーサの背後の温泉から獣人が飛び出し、身構えるノーサに目もくれず、使い魔を捕まえて逃げていった。
あまりにも突然の事態に、場が固まる。


「・・・。」


「・・・。」


「・・・ねぇ、ノーサの42号を返してほしいの。」

「・・・そうッスね。
 完全に作戦失敗ッス。
 なんだか申し訳ないッス。」



ベッチが連れて逃げ出したのは、ノーサの使い魔42号だったのだ。
その後、ベッチが連れてきた42号と、タカトシの交換が行われた。



「まったく。
 使い魔のくせに、ノーサの使い魔を誘拐するとか、どれだけ修羅場をくぐってきたの。」

「そんなことないッス。
 いたって普通のことッス。」

「ところで、マリーの姿が見えないみたいだけど。
 マリーは何処にいるの。」

「マリー様は、ここに居ないッス。
 ノーサ様は、マリー様のことを知ってるッスか?」

「知ってるも何も、腐れ縁なの。
 そういえば、マリーは昔から変な奴だったかも・・・。」

「そうッスか?」

「おかしいに決まってるじゃない!
 第一、温泉に配下の悪魔や使い魔だけで旅行させるのも変わってるの。
 それに、使い魔と同行してる悪魔も悪魔なの。
 使い魔たちと友達感覚で話をしてる。
 いったいどうなってるの?」


「・・・そうッスかね。
 俺らには普段通りすぎて、分からなかったッス。
 マリー様の言った通りッス。
 俺らは変わってるッス。」

「俺らは変わってるって、変人の域なの!
 マリーは、いったい何て言ったの。
 ふふふっ、もしかして、あなたたちはマリーと同じで変人よって言ってきたの?」


「違うッス。
 ・
 ・
 ・私たち悪魔は、変わろうとしている。
 血で血を洗い流す争いから、解き放たれようとしている。
 罪人を殺したところで何も変わらない。
 むしろ、殺してしまった罪悪感が、変わろうとしている俺らを閉じ込める。
 魔王城の仲間たちには自由になってほしい。
 悪魔だから、天使だから、使い魔だから、人間だから、そういった言葉の中で苦しむ必要はない。
 私たちは変われる。
 そう言ったッス。」


「魔王城の仲間たちに自由になってほしい・・・。
 私たちは変われる・・・。
 ・
 ・
 ・
 す、素敵じゃない。
 ノーサも 久しぶりにマリーに会ってみたいの。」

「久しぶりに会ってみるといいッス。
 マリー様の友達なら大歓迎ッス。
 いまは魔王マダム・オカミと一緒ッスけど、明日にはまた合流するッス。」

「ふーん。
 明日まで待つのか・・・。」



「仕方がないッス。」

「もしさ、あなた達が面倒に巻き込まれたら、マリーは助けに来てくれるかな?」

「そうっすね。
 間違いなく駆けつけてくれるッス。
 マリー様は、俺らの英雄ッス!」

「ふーん。」




ヒュルルルルー
 ドーーーーン!



空に花火が打ちあがり始めた。
魔界の花火は、氷の粒を含む厚い雲に反射し、幻想的な光景を生み出す。

「花火ニャン!
 なつかしいニャン!」

「とりあえず、順番になったからドクターローパーを使いながら花火鑑賞でもするッス。」


「「「やったぜ!楽しみだぜ!」」」








~1時間後~

花火も終わり、ドクターローパーも終えた 魔王城の一行が 次々と湯船に移動してくる。

「なかなか素敵な感じだったぜ!」

「そうッスかね。
 俺らは感覚がないから、服がベトベトになっただけッス。
 暗黒のリッチが留守番する理由もわかるッス。」

「なに言ってるニャン!
 最高の眺めだったニャン!」
「俺、斜めの娘がよかったニャン!」

「・・・俺の向かいは、毛むくじゃらのオッサンだったニャン。」
「し、仕方ないニャン。
 湯船で目の保養をするといいニャン。」



そんな一行に、近寄ってきたノーサの使い魔が声をかけてくる。

「ハン、ノーサ様が呼んでいるニャン。」

「ハンは向こうニャン。
 ほら、腕章やリボンを付けてるのが目印ニャン。」


ノーサの使い魔は誰がハンなのか分からないようで、とりあえず先頭を歩いていたノブナガに声をかけたようだ。


「すまなかったニャン。
 改めて、ハン。ノーサ様が呼んでいるニャン。」

「分かったッス。
 何があったッスか?」

「俺らに聞いても分からないニャン。
 俺らはノーサ様たちの奴隷ニャン。」


「「「可哀想ニャン。」」」
「「「まったくだぜ。」」」





使い魔のハンがノーサのところに駆けつけると、ノーサが亜麻色の長い髪を巻き上げ、湯船に浸かっていた。


「ノーサ様、どうしたんスか?」

「ハン、いまから死んでほしいの。」

「言ってる意味がよく分からないッス。」

「あのね、ノーサは マリーの配下に死んでもらいたいの。」

湯船から身を乗り出すように、ノーサが振り返る。
すると、ドクターローパーの岩場の方から悲鳴と巨大な地響きが聞こえてきた。


ゴゴゴゴォォォ!


「逃げろー!
 巨大なドクターローパーが暴れだしたぞー!」


逃げ遅れた悪魔が捕まってしまったようで、ドクターローパーの岩場は混乱している。
岩場に生息していたドクターローパーは、長い年月を生きていた為、地中に隠れていた本体は巨大化していたようだ。


「な、何をしたんスか!?」


「なんでノーサが マリーの為に待たなくっちゃいけないの。
 ・
 ・
 ・でね、ちょっと考えたんだけど、マリーの配下を捕らえれば、マリーもすぐに来ると思ったの。
 もっと早く駆けつけるために、ハンには死んでもらおうかなーって考えもしたの。
 だって ハンは、マリーの唯一の友達でしょ・・・。」

「ノーサ様、魔王マダム・オカミの領土で争いを起こすのは不味いッス。
 マダム・オカミだって黙っていないはずッス。」

「その時は その時よ。
 それにノーサ、この温泉が気に入ったから、いまから魔王を名乗って占領するの。」


ゴゴゴゴォォォ!

地響きと共に、巨大なドクターローパーがハンたちにも襲い掛かってくる。


「と、とにかく逃げるッス!」


温泉に浸かっていた悪魔たちも、着替える間もなく裸のまま施設の外へと逃げていく。
魔王城の一行も、タカトシを除き、温泉から逃げ出す。


「「「ヤバイニャン!」」」


「タカトシ、早く逃げるッス!」

「いやニャーン!
 ちゃんと最後まで確認したいニャーン!
 俺は、ドクターローパーの活躍に人生をかけたいニャン!」


「タカトシはダメみたいニャン。」
「もう触手フェチは置いていくニャン。」
「お前のことは忘れないニャン。」


「「「急いで逃げるニャン!」」」


逃げ惑う悪魔や使い魔たちに襲い掛かる巨大ドクターローパー。
巨大ドクターローパーを止めに入った従業員の悪魔たちも ヌルヌルとした触手に攻撃を受け流されてしまう。
それどころか逆に巨大ドクターローパーのヌルヌル触手の餌食となってしまう。

「うふふっ、世の中の低能な魔獣はノーサに従う運命なの。
 このまま魔王マダム・オカミを捕らえて、マリーにも復讐してあげるわ!」







一方その頃・・・。
~温泉街・北区~

賑やかな雰囲気の北区を散策する、マリーとジャス。


「マリーさん、金魚すくいってのがありますよ。
 今度はアレを食べてみませんか?」

「えっ!
 あの泳いでる小さな魚を食べるの?
 生で?」


「・・・?
 食べ物じゃないんですかね。」

「いや、子供たちを見てみてよ。
 捕まえた魚を袋に入れてもらってるじゃん。
 たぶん、観賞用だよ。」

「・・・。
 そういえば、私の服の柄にも描かれてますね。
 どうして食べ物が描かれてるのか不思議でした。」

「ジャスちゃんらしいね。
 ねぇ、綿菓子ってのを食べてみない?」

「なんだか雲のような食べ物ですね!」

「ほんと、雲みたいだね。」

「マリーさん、中央区の方で巨大綿菓子を作ってるんじゃないですか。
 ほら、見てみてくださいよ。」

「あっ、ほんとだ。
 ・・・ん?
 あれは湯気なんじゃないかな。
 もしかして火事とか・・・?」

「ちょっと見に行ってみます?
 巨大な綿菓子なら幸せ気分ですよ。」


中央区から離れている北区では、まったりとした時間が流れていた。










~温泉街・中央区中心部~

巨大ドクターローパーが、ゆっくりと体を引きずるように、温泉街の中心に向かっている。

「うふふ、誰も26号に手出しができないみたいなの。
 魔王ノーサの前にひれ伏しなさい!」


26号と名付けられた、ドクターローパーは、逃げ遅れた悪魔たちを その触手で絡めとっていく。

「すっごいニャン!
 ご褒美だニャン!」

使い魔のタカトシも逃げ遅れた為、その触手に絡めとられていたのだが、どうやら最前線で触手からの凌辱を楽しんでいるようだ。
しかし、その姿は薄くなり いまにも消えそうになっている 


ズルズル!

ズルズル!

ズル・・・。


「ん?
 26号、どうしたの?」


ゆっくりだが、着実に進行していた巨大ドクターローパーの26号が、突如、その動きを完全に止める。
巨大ドクターローパーの目の前には、一人の悪魔が立ちふさがっていた。


「いまから地下に戻るんなら、そのまま生かしてやる。
 このまま街を徘徊するんなら、私が成敗する。」

「な、なんなの、あの おぞましい化け物は!
 ノーサ、直視できない醜さなの!」


巨大ドクターローパーの目の前に立ちふさがる影の正体は、ビキニアーマーに身を包んだ魔王マダム・オカミであった。


「26号!
 触手で絡めとるなんてしなくていいわ!
 あの醜い化け物を踏みつぶしてあげるの!」



ゴゴゴゴォォォ!

地響きをあげながら、巨大ドクターローパーが、おぞましい姿のマダム・オカミへと襲い掛かる。


「さよならは言わないわ。」



フン!

ドゴォォォォ!



マダム・オカミの放った拳は、巨大ドクターローパーを一撃で粉砕した。
巨大ドクターローパーは バラバラに分裂し、わずかに生き残った個体は コソコソと巣穴の方に逃げ帰っていく。

「な、な、なんて強さなの!?
 ノーサ、殺されるの!!?」


マダム・オカミの次元の違う強さに驚愕し、腰が抜け その場に座り込むノーサ。
そんなノーサに ゆっくりと近づくマダム・オカミ。
マダム・オカミは、品定めするように座り込むノーサを見定める。


「あなた・・・。
 混血のノーサじゃない?」


ノーサは、恐怖のあまり声が出ず、何度も何度も首を縦に振り、魔王マダム・オカミの問いに答える。
マダム・オカミは目を閉じ、何かを考えている様子だった、しばらく閉じていた目を 再び開けてノーサに質問する。


「最近、名声を上げている悪魔らしいわね。
 魔王を名乗って、襲撃するってことは死を覚悟したのかしら。」


ノーサは涙目になりながら、顔を横に激しく振る。

「そう、残念ね。
 もう謝っても遅いわよ。」


マダム・オカミが、ノーサに止めを刺そうとしたとき、マダム・オカミの背後から声が聞こえる。


「ちょっと待ってください!」


その声の主は、ジャスであった。


「マダム・オカミさん、いったい何があったんですか。
 その女性が原因なんですか?」

「ええ、そうよ。
 この女が、私の温泉街をメチャクチャにしたの。
 まあ、死人は出てないようだけど、魔王を名乗っての襲撃だから、死の償いをしてもらうところよ。」

「そんな・・・。
 マダム・オカミさん、死んでしまったら何も償えないじゃないですか。
 もし、本当に償わせようと思うのであれば、一度チャンスを与えてあげれないですか。」



ジャスの意見に、周囲の悪魔たちも不快な表情をする。

「迷惑な魔王だし、殺せばいいのに。」
「あんな危ない奴に生きる価値はないだろ。」
「これだから、天使とは一緒にやってけないんだよ。」
「魔王を名乗ったんだから、当然の報いなのにな!」



周囲の反応に、ノーサも下を向き、肩を震わせていた。
しかし、ジャスは、一歩も引かない。
まっすぐに マダム・オカミを見つめ、返事を待っている。
その立ち振る舞いは、堂々としていて美しかった。

マダム・オカミは ザワザワと意見を言い合う悪魔たちを見渡し、少し声量を上げ、ジャスの問いに答えた。


「そうね、私も争いは好まないし・・・。
 だったら、ジャスちゃんたちが面倒みてあげてよ。
 そうすれば、私は魔王を名乗ったことを聞かなかったことにしてあげるわ。」

「分かりました。
 私が面倒をみます。」


迷うことなく答えるジャスに、マダム・オカミはつい笑ってしまう。

「面倒をみるって、ジャスちゃん、マリーちゃんに相談しなくて大丈夫なの?」

「はい、マリーさんなら分かってくれます。
 ねっ!マリーさん。」


そういってジャスが振り返ると、マリーが困った顔をして立っていた。

「う、うん。
 そこに座ってるのって、ノーサだよね・・・。」

マリーが露骨に嫌な顔をして隣に居たハンに声をかける。


「そうッス。
 マリー様の友達ッスよね。」

「友達っていうか・・・。
 腐れ縁よね。魔法学院アカデミー時代の・・・。」


いまにも泣き出しそうなほど怯えているノーサと、まっすぐに見つめるジャスの視線に マリーも首を縦に振らざるを得ない状況だった。

「・・・仕方ないわね。
 今回の件は、私が責任を持つわ。
 マダム・オカミ、被害額を算出してちょうだい。」

「マリーちゃん、本当にいいの?
 温泉の修繕だけでも結構な被害よ。
 それに休業する分の損失も考えると・・・。」

「はぁ・・・。
 もちろん承知の上だよ。
 ・
 ・
 ・
 マダム・オカミ、一つだけお願いがあるんだけど。」


マリーは、マダム・オカミに近づくと、コソコソと耳打ちを始めた。
マダム・オカミは、その内容を笑って承諾してくれた。
その後、マダム・オカミは、周囲の客に大きな声で事態の収拾を告げた。


「さあさあ、ショーの第一幕は終わりよ!
 ここからは、第二幕の始まりよ!
 迷惑をかけた詫びとして、魔界姫マリー様からの おごりで、中央区の飲食が全て無料よ!
 じゃんじゃん飲んで、食べて、楽しんでいってちょうだい!」


「「「ヤッホー!」」」




こうして魔王ノーサの襲撃事件は無事に幕を下ろした。





翌日。


~温泉街・入口~

魔王城からの一行を見送るように、マダム・オカミと従業員、ノーサたちが集まっている。


「マダム・オカミ、昨日は楽しかったよ。
 温泉も最高だし、軽食も美味しかった。
 また、みんなで遊びにくるね。」

「こちらこそ、マリーちゃんのおかげで評判が上々よ。
 また遊びに来てね。」


マリーたちは、マダム・オカミにお礼をいって飛竜に乗り込む。
そんなマリーに着いていくように、ノーサが後を追おうとするが、マダム・オカミに捕まってしまう。


「えっ!」


ノーサは、マダム・オカミに腕を捕まれ、怯えた表情を見せた。
そんな、ノーサにマリーが声をかける。

「ノーサ、温泉の修繕が終わって、ドクターローパーの個体数が増えるまで、温泉で働かせてもらいなよ。」

「はぁ!
 ノーサそんなの聞いてない!」

「いいじゃん。罪を償うって、そんな地道なことも大事だよ。」

笑いながら答えるマリーに、ノーサは、ふてくされているようだが、マダム・オカミに腕を捕まれているので、駆け寄って文句を言うこともできないようだ。
そんなノーサに、ジャスが駆け寄り握手をしながら話す。

「ノーサさん、みんなで待ってますから、ちゃんと償いをしたら 一緒に魔王城で暮らしましょうね!
 約束ですよ!」

「う、うん。約束ね。
 ジャスもノーサが行くまで、約束を忘れずに待ってほしいの。」

ノーサは、頬を赤く染めながら答えた。



魔王城からの一行は、飛竜にそれぞれ乗り込み、温泉街を後にする。







~魔王城への帰路・30分後~


「マリーさん、温泉って素敵な場所でしたね。
 本当に楽しい思い出がいっぱいですね。」

「本当に素敵だったよね。
 今世紀一番の思い出になったかな。
 ・
 ・
 ・
 でも、何か忘れているような気がするんだよね。」

「そうですね。
 私も何か忘れてる気がするんですよ。
 ・
 ・
 ・
 あー!
 魔蜂蜜マホウミツですよ、最後に買おうって話てて忘れてましたね!」


「なるほど!
 たぶんそうだよ、魔蜂蜜マホウミツのこと忘れてたね。
 面倒だけど、温泉街に戻る?
 来月には、行商人が来るから、魔蜂蜜マホウミツを買うこともできるんだけど・・・。」

「いまから戻るのも、面倒ですよね。
 もう次回でもいいんじゃないですか。」


マリーとジャスは、忘れていたものを思い出して、楽しそうに笑いながら話していた。
すると、そこにハンが声をかけてきた。


「マリー様、大変なことが判明したッス。」

「ん、どうしたの?」

「俺ら、大切なものを忘れてるッス!」

「大切なもの?
 ジャスちゃん、他に用事とか忘れ物とかあったっけ?」

「さあ、魔蜂蜜マホウミツ以外は大丈夫だと思うんですけど・・・。」




「マリー様、タカトシが居ないッス。」

「そういえば、あいつ マダム・オカミの使い魔に混ざってたニャン。」
「あいつにとって温泉街は誘惑が多すぎニャン。
 きっと、もうすぐ消滅してしまうニャン。」


「・
 ・
 ・
 マリーさん、迎えに行きましょうか。」

「そうね。温泉旅行の末、消滅されるのも後味が悪いもんね。」



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