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魔界姫

000・序章

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きっかけは、決して交わるはずのない2人が交わした握手・・・。






~天魔界~
それは人間たちの死後の世界であり、次の魂へと生まれ変わるための場所でもあり、時空を超越した世界である。
天魔界には 2つの大陸があり、2つの大陸に住む者たちは、互いに憎み、傷つけあう存在であった。

善なる者の象徴でもある 神々に使える天使たちの住む浮遊大陸「天界」
悪なる者どもの徘徊する 悪魔の住む超大陸「魔界」

生前、善なる行いをした人間の魂は 天界に住むことを許され、それ以外の人間は 魔界へと落とされる。
いわば魔界とは、人間の悪なる魂を浄化する地獄のような場所となっていた。


この物語は 天魔界に、天界と魔界が形を成した時より100億年もの間、争い続けていたと言われている天魔大戦の終結から、約300年の月日が流れた遠い未来の話である。






【魔界】
~魔王城跡・常闇の部屋~

常闇の部屋とは、一切の光を受け付けない漆黒の闇に閉ざされた部屋である。
主に魔王が瞑想に使うための部屋でもあり、傷ついた体を癒す為の部屋でもある。
そんな漆黒の闇に包まれ 一切の刺激もない、静寂な部屋の入口付近で、なにやら揉めるような声が聴こえてきた。


「困るッス!
 この部屋は姫様が休息をしてるッス!
 この部屋に入られると俺らが殺されるッス!」

「そんなことを言われても、私も困ります。
 この魔王城は維持管理費がずっと滞納になってるせいで、私も天使長から怒られちゃってますから。」

「だから、それは姫様が起きたら何とかしてくれるッスから!」

「何とかしてくれるって言っても、もう300年以上も起きてないんですよね?
 私も言いたくないけど、魔界姫は・・・。」


「・・・確かに、あり得なくもない話ッスけど。
 ・・・いや、やっぱりダメッス!
 マジで開けたら不味いッス!」


そんな会話が暫く続いていたのだが、押し問答が途切れると、常闇の部屋の扉が開き始めた。


「あぁぁぁぁ!
 お、俺らは止めたッスからね!」

「大丈夫です。
 私も監視役天使の端くれ。いままで数々の悪魔たちから未納分を回収してきました。みんな話せば分かってくれます。」


扉が開ききると、常闇の部屋に外の光が流れるように差し込んで、漆黒の闇を振り払う。
光の差し込む扉の前には、魔界には似つかわしくない 純白の羽根を持った可愛らしい天使と、ネコミミフードを被り 顔を隠すような仮面を着けた背の低い使い魔たち数匹が立っていた。


「マリー様は、悪魔の常識が通じないところがあるッス!」

腕章をつけた使い魔がそう言うと、他の使い魔たちも声をあげる。

「寝起きが最悪ニャン。」
「安い給料で、重労働ニャン。」
「おやつのチョコを買い忘れただけで、半殺しの目にあったこともあるニャン!」
「俺はプリン食べちゃって半殺しッス!」


口々に使い魔たちは、魔界姫の悪口をいい始めた。

「使い魔さんたちへの横暴も見過ごせませんね!
 安心して下さい!
 私がガツンと言ってあげます!」 


「「「オォォォォーッ!」」」


天使の一言に、盛り上がる使い魔たち。
しかし、その歓声も次第に小さく弱々しくなっていく。

「使い魔さん、どうしたんですか?
 急に下を向き始めて?」


「・・・いや、その、悪気は無かったッス。」

天使も背後に何かの気配を感じ、そっと下を向く。

「ご、誤解ニャン。
 この天使さんが勝手に扉を開けたニャン。
 俺らは、その・・・本気じゃないニャン。」

「あの、私もそういった意味じゃ・・・。」

先ほどまで意気揚々と話していた天使の少女も気まずそうに答える。
それほどまでに、背後の気配の主の存在感というか、重圧が凄まじいものだったのだ。
皆が下を向き、気まずそうに弁明していると、背後から一声だけあがった。




「・・・あっそ。」

かなり禍々しい重圧に、意気揚々と乗り込んできた天使の少女も動揺しているようだ。
そんな天使の少女や使い魔の様子を気にもしていないと言わんばかりに、重圧の主がさらに話を続ける。


「別に私は、私の悪口を言ってたこと、少ししか怒ってないよ。
 だけど、いまはそれ以上に理解出来ない事があるんだよね。
 ・・・何で魔王城に天使が居るの?
 誰か説明してくれない?」


あきらかに怒りを隠しているのだが、その怒りを隠しきれないほどの重圧に使い魔たちは息を呑み黙り続ける。
重圧の主が、入り口に近づいてきて、一匹の使い魔の前に立つ。


「じゃあ、ハン。勇気を出して答えてみよっか。」


重圧の主に目の前に立たれ、名前を呼ばれて指名までされた使い魔が震えながら答える。


「オ、俺ッスか!?」

「他に私の使い魔にハンっていた?」

「い、いや、俺だけッス。」

「うん、わかってんじゃん。」

「・・・。
 あの、マリー様が昼寝・・・。
 いや、休息中に天魔大戦が終わったッス。
 それで、この魔王城の未納分の管理費や税金を徴収する為に、天界から天使が来たッス。
 それが、この小娘ッス。」


ハンと呼ばれた使い魔が答え終わると、天使の少女は素早く振替り 軽く会釈をする。
天使の少女の会釈に、片手を払うように振って返事をする重圧の主でもある、魔界姫マリー。
魔界姫マリーは、いまいち状況が理解できていないのだろう、ハンに質問を続ける。

「・・・ごめん、天魔大戦が終わったってどういうこと?
 あなたたちが私の暗殺の為に、天使を雇ったとかじゃないの?」

「俺ら絶対にマリー様に逆らうようなマネはしないッスよ!
 ちなみに、天魔大戦が終わったのは、魔界の王たちの同士討ちが始まり、弱ったところを天使たちにやられたからって言われてるッス。」

「・・・あいつら仲が悪かったから、ありえなくもないかな。
 でも、お父様なら 一人でも天使達と対等に戦えるじゃない。
 お父様は戦いを放棄したの?
 いったい誰が裏切ったの?」

「それは・・・。」


使い魔たちは、一斉に顔を見合わせ、気まずそうにしている。
そんな使い魔の様子をみて、天使の少女が一歩前に出て話を始めた。。


「あの、マリーさん。私でよければ説明しましょうか?」

「・・・うん。知っているなら、おねがい。」


使い魔たちは 動揺しているが、マリーに睨まれて声を出すこともできず、事の次第を見守っていた。
そんな使い魔たちを横目に、天使の少女が説明を始める。


「はい。私は生れて280年程度しかたってない天使見習いですが、先輩天使の方々から聞いている話があります。
 それは、天魔大戦が終焉を迎えることが出来たのは、魔王エイルシッドの暴動があったかららしいですよ。
 魔王エイルシッドは、他の魔王たちを次々に殺害していったそうです。
 そのおかげで魔界は、魔王エイルシッドの暴動から わずか半年という短い期間で天界のものとなりました。
 まあ、魔王エイルシッドも行方不明になってしまい、真相を知る者もいなくなってしまったんですけどね。
 たぶん、マリーさんの お父様は魔王エイルシッドの裏切りで・・・ってあれ?
 マリーさん、大丈夫ですか?
 顔色が悪いようですよ。」


天使の少女の話を聞き、マリーは暗く落ち込んでいる。
そんなマリーに使い魔たちが声をかける。


「マリー様、エイルシッド王は裏切ったんじゃないと思うニャン。」
「そうッス!たぶん何か深い理由があったと思うッス!」
「きっとそうしなければいけない理由があったんニャンよ。
 マリー様が気にすることじゃないニャン。」

「あの・・・もしかして、魔王エイルシッドって、マリーさんのお父様だったんでしょうか・・・?」


                        
天使の少女は、周囲の状況から気まずそうな表情をしている。


「ええっと、その、ご、ごめんなさい。」

「・・・天使ちゃんが謝る必要なんてないじゃない。
 お父様が他の魔王たちを裏切って、天界が魔界を制圧したってだけでしょ。
 悪いのは裏切り者のお父さ・・・裏切り者のエイルシッドよ。」


マリーは、父を愛していたからだろうか、目に泪を浮かべているようだった。


「マリーさん・・・。」

「マリー様、もしかして泣いてるッスか?」
「マリー様は、エイルシッド王を愛していたニャンね。」
「親子の愛って素晴らしいニャン!」

「・・・。
 裏切り者のエイルシッドの為なんかに、私が泣いているですって!
 久しぶりの光のせいで目が刺激を受けて涙が出ただけよ!
 むしろ、裏切り者のエイルシッドを見つけて血祭りにあげたいくらいよ!
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 よし!決めた!!!
 使い魔たち!全軍に命令を交付しなさい!
 裏切り者のエイルシッドに復讐をするわよ!」

「・・・マリー様。了解ッス!」

魔界姫マリーの号令で、腕にリボンをつけた使い魔のハンが返事をする。
しかし、そのやりとりをみていた天使の少女がマリーの前に立ちはだかり、マリーに意見する。

「マリーさん・・・。
 ・
 ・
 ・
 だ、ダメです!
 いまの魔界は天界の管理下に置かれています。
 天使の許しなくの私闘は禁じられています!」

「天使ちゃん、名前は?」

「私の名前ですか?」

「うん。」

「私の名前は、ジャスですよ。」

「ありがとう。
 ジャスちゃんにも、お父さんいるよね。
 お父さんと喧嘩することってある?」

「お父さんと喧嘩ですか?」

「そう、例えばちょっと口うるさく注意されたときとか、やりたいことを反対されちゃったときとかに、親子喧嘩っていうか少し口論しちゃったりとか。
 まあ、お互いを尊敬しあっているからの口論なんだと思うんだけど。」

「そうですね。そりゃありますけど。それが何か?」

「そうだよね。お父さんと口論するのは悪いこと?
 お互いの意見を言い合うことって大事だよね。
 黙っていれば、ギクシャクしちゃってしまって、親子の関係って修復も難しくならない?」

「そうですね。お互いに尊敬しあっているからの口論ですよね。
 むしろ、今後のことを考えれば、いいことではありますよね。」

「・・・はい。ありがとう。
 録音させてもらったわ。」

「・・・はい?」

「ハン!
 天使の言質はとったわ!
 全軍を指揮して裏切り者エイルシッドを探して、壮大な親子喧嘩よ!」

「了解ッス!
 全員を魔王の間に集めるッス!」


使い魔たちは、急いで常世の部屋をあとにした。
動揺して、あたふたとしている見習い天使ジャス。


「マ、マリーさん!
 だ、ダメですって!」

「なんで?
 ジャスちゃんの親子喧嘩はよくって、私の親子喧嘩はダメだなんて差別じゃない?
 天使様って、差別とかするんだ。」

「い、いや、差別とか絶対にダメですけど・・・。」

「じゃあ、私の親子喧嘩も問題ないよね。」

「それは、その・・・。」

「大丈夫、エイルシッドを見つけても、いきなり殺したりはしないって。
 約束するからさ。それならいいかな?
 私も理解しあうために、話し合いたいだけなんだよね。」

「・・・分かりました。じゃあ、約束してください。
 お父様を見つけて話し合いをするだけですよ!
 それと間違いがあってはいけないので、私も同行させてもらいますから。」

「・・・ええ、約束するわ。
 それじゃあ、ジャスちゃん。よろしくね!」

「はい。
 マリーさん、こちらこそ宜しくお願いします。」


魔界姫マリーと 天使見習いジャスは、約束の握手を交わす。
握手の瞬間に、マリーの口角が少しあがる。
この約束により、決して交わることのなかった天使と悪魔の間に友情が芽生えるとは、思いもしなかっただろう。


「それじゃあ、ジャスちゃん。
 魔王の間に行きましょうか。
 魔王軍の精鋭たちを見せてあげるわ。
 皆、屈強な戦士で魔界の英雄よ。きっと驚くわよ!」

「そんなに凄いんですか!
 魔界の英雄・・・。
 なんだか響きがカッコいいですね!!」


2人も常世の間を後にして、王の間へと向かって歩き出した。


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