39 / 42
商店模範
37
しおりを挟む
ウィンター商店
ベローチの元にもミラルノ商店の元従業員たちが雇用を求めて集まってきていた。
そんな様子を、ベローチは向かいのアジトから見下ろすように眺めている。
コンコン!
部屋をノックする音が聞こえる。ベローチが持っていたキセルで机を叩くと、その合図を待っていたように、部屋の中に人相の悪い男が入ってきた。
「アニキ、ミラルノの従業員たちはどうするんですかい?」
「そうだな、取り込んで規模を拡大させるか・・・。
いや、待てよ。そのためには商材と販路を探さねーといけねーな。」
ベローチの何かを企んだような顔を見た人相の悪い男は、軽く会釈をすると、ベローチに近寄り、ベローチの口元に耳を近づける。
ベローチが小声で何か人相の悪い男に伝えると、男は深く礼をして、急ぎ足で部屋から出て行った。
再び視線を戻し、自身の店舗を見下ろしたベローチは、そのまま立ち上がり、身支度を整えて部屋を出た。
「アニキ、店舗にお戻りですか?」
「ちょっと野暮用だ。」
「護衛はいかほどで?」
「問題ない。」
ベローチはアジトを出ると、難しい顔をしたまま貴族たちの屋敷が並ぶ地区の方へと歩き始めた。
貴族の屋敷が並ぶ地区につく頃には、ベローチの表情は柔らかくなっており、立ち話をしていた貴族に声をかけた。
「ご夫人方、急に声をかけてしまい申し訳ありません。
しかし、ご婦人方の美しい声が耳に飛び込んできて、その飛び込んできた言葉が気になってしまい、声をかけさせていただきました。」
丁寧に上流貴族の立ち振る舞いを行い、お辞儀をするベローチは、立ち話をしていた貴族の顔色を伺いながら話を続ける。
「なんでも地方配属となってしまえば、嗜好品の入手が困難になり ご不便を感じておられるとのことですが、そこまで中央と地方の差が激しいのでしょうか。」
ベローチの礼儀正しい上流貴族の立ち振る舞いに気分を良くしたのか、立ち話をしていた貴族たちは、愚痴をもらすように話し始めた。
「ええ、そうなのよ。わたしたちもやっと中央に戻ってこれたけど、地方は不便でしょうがなかったわね。
嗜好品だけでなく、宝石やドレスなんかも選べるほど揃っていないし、食器や家具なんかも妥協して選ばなければいけない。
いくら領地が与えられ、税金の一部が収入になるとはいえ、地方で長く暮らすのは耐えられないわ。」
「ほんとほんと、奥様も辛い地方生活を送られたんですのね。
うちも子供のころ地方生活を強いられて、辛い思いをしましたわ。
おかげで、うちの父は貧乏性がついてしまって、私の代では使い切れないほども蓄えておりますのよ。」
「そうなのよね。うちの夫も 騎士として慎ましい生活をするのだ!とか何とかいって貧乏性になったのよ。
地方に娯楽がないのがいけないのよ!」
ベローチは、ニコリと笑顔で立ち話をしていた貴族たちに礼を述べると、両手を大きく広げ、あたかも昔からあったサービスを説明するように話し始める。
「それはそれは、お辛い経験をされてきたのですね。
しかし残念だ・・・。
このわたくし、ウィンター商店の店主ベローチが、奥様方ともっと早くに知り合っていれば、ウィンター商店移動販売店の説明をさせていただくことができたのに。」
「ウィンター商店」
「移動販売店?」
「そう!
地方に配属された貴族の方々にも、中央で買い物をするかのごとく、自由に選ぶ権利を奪うことなく、好きなものを選んでいただく。
その為の移動式店舗になります。
もちろん、お気に召すものが見つからなければ、ご注文を頂き、早馬にてお届けするサービスもございます。」
「まあ!知らなかったわ。
それなら、地方でも優雅に過ごすことができたのに!」
「そうですわよね。
税金の使い道も決まって素敵な地方ライフを満喫できそうですわね。」
「そうだわ!
こんど地方に配属になるハイレディンの奥様にも教えてあげようかしら。」
「あらー、いいわね。
それなら、わたしもお友達に教えてあげなくっちゃ。」
ウィンターは深々と礼をすると、ウィンター商店で受付をしていると説明すると、踵を返し、商店へと駆ける様に帰っていった。
~翌日~
ウィンター商店には、紹介を受けた貴族の申し込みや、すでに地方へ配属となった友人への移動商店の手配が出来ないかといった相談などで朝から賑わいをみせていた。
そんな店舗を見下ろすようにアジトでは、ベローチが部下たちに指示を出す。
「移動販売店は需要も大きいが問題も山積みだ。
まず、最初の問題解決として、地方への販路を安全なものにしなくてはならない。
そこで、お前たちの力を発揮して、地方への販路に関わりそうな賊どもを調べあげろ。」
「へい!
しかし、アニキ。
賊どもの始末ってなると、何年もかかりますぜ。」
「なーに、お前たちは賊どもを調べ上げるだけでいい。
始末は金を払って、傭兵どもにやらせるさ。」
「わかりやした!」
ベローチの指示を聞き、部下たちはゾロゾロとアジトを後にする。
アジトを守っている数名を残して、大勢の部下たちが出たことを確認すると、ベローチは身支度を整えて部屋を出た。
「アニキ、店舗にお戻りですか?」
「ちょっと野暮用だ。」
「護衛はいかほどで?」
「ああ頼もうか。」
部屋を出たベローチの少し後ろを、比較的人相の穏やかな部下がついていく。
~酒場~
ベローチが向かった先は、王都の外れにある規模の大きな酒場で、繁盛しているとは言い難いほど、店の外観はボロボロになっている。
酒場は外観のとおり、中は広々としており、繁盛していたころは、踊り子が踊っていただろうステージもあるのだが、ステージの床板はところどころ穴が開き、踊り子が踊れるようなステージとは思えない。
しかし、店内の客は多く、まだ昼間だというのに、大勢の屈強な男たちが酒を飲んだり、歌ったりしているようだ。
ベローチは 酒場の奥に進み、酒場の主人に声をかける。
「フランダース傭兵団を紹介してもらいたい。
規模は未定だが、長期の仕事の依頼になると思う。」
酒場の主人が、ベローチの言葉を聞き、ステージ横のテーブルで酒を飲んでいる男に声をかける。
声をかけられた男は 最強の大規模傭兵団とまで言われた、フランダース傭兵団の団員とは思えない華奢な男だ。
華奢な男は、酒を飲みすぎているのか、フラフラと立ち上がると、ベローチを手招きして近くまで呼び、ジョッキを高く上げ、乾杯の仕草をしたあと、声をかけてきた。
「はじめまして。かな?
おれは、フランダース傭兵団所属のパトラッシュだ。」
ベローチはパトラッシュと名乗る男と握手をすると、テーブルにつき、商談を始めた。
商談を始めるにあたり、まだ規模が未定になるということを伝え、パトラッシュの出方をみることにした。
「…という訳で、賊の討伐依頼だが、規模は未定。
長期の仕事になることは間違いないと思われる。」
酒を飲みすぎているのか、そもそも性格なのか、パトラッシュは曖昧な返事をしてくる。
「うーん。
いいんじゃないか。」
「では、受けてもらえる。ということでよいですかな。」
「ああ、いいよ。
だけど、うちは高いよ。
なんたって最強の傭兵団だからね。」
「それは重々承知で依頼をもってたきからな。
ちなみに、日当たりの換算になるのか、賊の規模による討伐内容での換算になるのか、そこを教えてもらいたい。」
「うちは、日当たりの仕事はしてないよ。
討伐内容で報酬をもらってる。
なんたって最強の傭兵団だからね。」
パトラッシュはそういうと、持っていたジョッキを空にして、おかわりを頼む。
おかわりを待つ間に、ベローチに金額の提示をしてきた。
「一つの賊を討伐するのに、金貨800枚。
賊の規模が大きかろうと、小さかろうと、金貨800枚で受けよう。
ただし、大規模な賊は 拠点を制圧した時点で完了とさせてもらう。」
ベローチの想像以上、相場以上の金額に ベローチが交渉に入る。
「なるほど、賊一つ潰すのに、金貨800とは、さすがに最強の傭兵団だな。
しかしその金額は、相場の5倍以上。その金額設定こそが自信の表れと考えさせてもらおう。
では、自他共に認める最強の傭兵団。フランダース傭兵団に相談がある。
我々ウィンター商店との契約は、賊の討伐ではなく、定期的に商品の輸送を行う馬車の護衛という形であれば、いくらで引き受けてもらえるかな?
ちなみに、一度に移動する馬車の数は 6台から8台。こちらからも戦闘に加勢できる人材をつけさせよう。
もちろん、戦闘の有無にかかわらず約束した報酬は全額支払おう。」
ベローチの交渉に、パトラッシュは嫌な顔ひとつせず答える。
「そうだな。
定期的な仕事で、戦闘の有無にかかわらず報酬がでるという話、魅力的な話に聞こえる。
しかし、やはりそういった内容の仕事は引き受けられない。
俺たちフランダース傭兵団は最強の傭兵団だ。誰にも俺たちを止めることはできない。
しかし、何かを守る、護衛するといった話は別だ。
いつ、どこで、誰が裏切るとも分からない。
もし、それでも依頼をしたいのであれば、1回の往復に金貨800枚を要求させてもらうとしよう。」
「交渉決裂だな。
だがもし時が立ち、状況が変わった際には、再び交渉させてもらうとしよう。」
「ああ。
以外に早くその時が来るかもしれんしな。
だが、その時でも、俺たちフランダース傭兵団は条件を変えることはない。」
笑顔で答えるパトラッシュの言葉に、ニコリと笑みを浮かべたベローチが席を立ち、用心棒と共に外に出ようとしたところ、席に座ったままのパトラッシュはベローチを呼び止める。
「ベローチ、俺たちを前に一切ひくことなく交渉してきた度胸を称賛し、君に忠告させてもらうとしよう。
君は命を狙われているぞ。
つい先日、うちの団員の元に君の暗殺の依頼が入った。
俺たちフランダース傭兵団は暗殺など不名誉な仕事は引き受けていないと伝え引き取ってもらったからが、報告を聞く限りでは、はいそうですか。と引き下がるような雰囲気ではなかったらしい。」
「忠告ありがとう。
パトラッシュ団長。」
うちの団員と発言したり、報告を聞くといったパトラッシュの言葉から、パトラッシュが団長であると予想したベローチは、パトラッシュを団長と呼び、礼を述べる。
パトラッシュは ベローチの礼を素直に受け止め、もっていたジョッキを高く上げ、乾杯の仕草を見せると グビグビと再び酒を飲み始めた。
フランダース傭兵団の拠点を出たベローチは、用心棒に先に帰るように伝え、他の商店の視察を兼ね、店主たちに挨拶をしながらアジトに帰ることにしたようだ。
~とある商店の店内~
他の商店に挨拶して回るベローチは、とくに面白い話が聞けたわけでもなく、ただただ時間が過ぎていく。
そんな期待すらしていなかったベローチの耳に、いい意味で期待を裏切る話が飛び込んでくる。
それは、大衆向けに家具の販売をしているレビル商店での出来事であった。
「レビル店主、その話の出どころは信頼できる情報筋からの話になるんですか?」
「ええ、ベローチ店主。
なんたって、ドワルゴ商店の従業員からの話ですからね。」
「まさか、ドワルゴ商店が家具の販売を縮小するなんて・・・。
なぜそんな無謀なことを?」
「まったくですな。
おそらく、ハロルド商店と手を組んで、武具の修繕などを始めたからではないですかな。」
レビル商店店主の話に、ベローチは深く考えさせられる。
(武具の修繕?
まさか、あの中新品を そこまでの規模で実施するのか?
いや、あんな二束三文の商売で、家具の販売を縮小することは考えにくい。
と、すると・・・何を見落としているんだ。)
熟考を始めたベローチを見て、体調が悪いのかと心配した店主レビルは、店の使い走りに命じ、水を持ってこさせる。
使い走りは店の奥から、ぬるくなった汲み置きの水をもってきてしまった。
汲み置き水を持ってきた様子を見ていた店主レビルが、使い走りを声を張ってしかりつけ、ベローチに謝罪を始めた。
「ベローチ店主、申し訳ありません。うちの使い走りが冷えていない汲み置き水など持ってきてしまって。
まったく、お恥ずかしい話、教育がなっておりませんでした。」
「教育・・・。」
「ははは、なかなか教育しようにも、時間も人材もかかってしまいますからね。
しっかりと教育してくれるのであれば、金などいくらでも払うのに。
あー、まったく時間がもったいない。」
レビル商店店主の言葉に、ベローチの中で溶け始める氷のように、からまった思考回路が解けはじめた。
(そうか、ハロルド!
どうして奴の目的に気づかなかったんだ。中新品なんかが奴の目的な訳がないじゃないか!
奴の目的・・・それはドワルゴ商店を利用し技能集団として活用すると共に、ドワルゴ商店に人材育成を依頼し、余剰な商人であるミラルノ商店の元従業員に販売や修繕ができるエキスパートを育成することにあるんだ。
そうすることによって、家具の製造販売だけでなく、王国内の武具の流通を一手にまとめあげる算段なんだな!
くそ!
俺は何て呑気に仕事をしてるんだ!
こんなことでは、どんどん差を着けられて取り返しがつかなくなってしまうぞ!)
ベローチは、レビル店主に礼を述べ、フランダース傭兵団の拠点へと駆け足で向かっていく。
空は赤く染まり、夜のとばりが降り始めていた。
ベローチの元にもミラルノ商店の元従業員たちが雇用を求めて集まってきていた。
そんな様子を、ベローチは向かいのアジトから見下ろすように眺めている。
コンコン!
部屋をノックする音が聞こえる。ベローチが持っていたキセルで机を叩くと、その合図を待っていたように、部屋の中に人相の悪い男が入ってきた。
「アニキ、ミラルノの従業員たちはどうするんですかい?」
「そうだな、取り込んで規模を拡大させるか・・・。
いや、待てよ。そのためには商材と販路を探さねーといけねーな。」
ベローチの何かを企んだような顔を見た人相の悪い男は、軽く会釈をすると、ベローチに近寄り、ベローチの口元に耳を近づける。
ベローチが小声で何か人相の悪い男に伝えると、男は深く礼をして、急ぎ足で部屋から出て行った。
再び視線を戻し、自身の店舗を見下ろしたベローチは、そのまま立ち上がり、身支度を整えて部屋を出た。
「アニキ、店舗にお戻りですか?」
「ちょっと野暮用だ。」
「護衛はいかほどで?」
「問題ない。」
ベローチはアジトを出ると、難しい顔をしたまま貴族たちの屋敷が並ぶ地区の方へと歩き始めた。
貴族の屋敷が並ぶ地区につく頃には、ベローチの表情は柔らかくなっており、立ち話をしていた貴族に声をかけた。
「ご夫人方、急に声をかけてしまい申し訳ありません。
しかし、ご婦人方の美しい声が耳に飛び込んできて、その飛び込んできた言葉が気になってしまい、声をかけさせていただきました。」
丁寧に上流貴族の立ち振る舞いを行い、お辞儀をするベローチは、立ち話をしていた貴族の顔色を伺いながら話を続ける。
「なんでも地方配属となってしまえば、嗜好品の入手が困難になり ご不便を感じておられるとのことですが、そこまで中央と地方の差が激しいのでしょうか。」
ベローチの礼儀正しい上流貴族の立ち振る舞いに気分を良くしたのか、立ち話をしていた貴族たちは、愚痴をもらすように話し始めた。
「ええ、そうなのよ。わたしたちもやっと中央に戻ってこれたけど、地方は不便でしょうがなかったわね。
嗜好品だけでなく、宝石やドレスなんかも選べるほど揃っていないし、食器や家具なんかも妥協して選ばなければいけない。
いくら領地が与えられ、税金の一部が収入になるとはいえ、地方で長く暮らすのは耐えられないわ。」
「ほんとほんと、奥様も辛い地方生活を送られたんですのね。
うちも子供のころ地方生活を強いられて、辛い思いをしましたわ。
おかげで、うちの父は貧乏性がついてしまって、私の代では使い切れないほども蓄えておりますのよ。」
「そうなのよね。うちの夫も 騎士として慎ましい生活をするのだ!とか何とかいって貧乏性になったのよ。
地方に娯楽がないのがいけないのよ!」
ベローチは、ニコリと笑顔で立ち話をしていた貴族たちに礼を述べると、両手を大きく広げ、あたかも昔からあったサービスを説明するように話し始める。
「それはそれは、お辛い経験をされてきたのですね。
しかし残念だ・・・。
このわたくし、ウィンター商店の店主ベローチが、奥様方ともっと早くに知り合っていれば、ウィンター商店移動販売店の説明をさせていただくことができたのに。」
「ウィンター商店」
「移動販売店?」
「そう!
地方に配属された貴族の方々にも、中央で買い物をするかのごとく、自由に選ぶ権利を奪うことなく、好きなものを選んでいただく。
その為の移動式店舗になります。
もちろん、お気に召すものが見つからなければ、ご注文を頂き、早馬にてお届けするサービスもございます。」
「まあ!知らなかったわ。
それなら、地方でも優雅に過ごすことができたのに!」
「そうですわよね。
税金の使い道も決まって素敵な地方ライフを満喫できそうですわね。」
「そうだわ!
こんど地方に配属になるハイレディンの奥様にも教えてあげようかしら。」
「あらー、いいわね。
それなら、わたしもお友達に教えてあげなくっちゃ。」
ウィンターは深々と礼をすると、ウィンター商店で受付をしていると説明すると、踵を返し、商店へと駆ける様に帰っていった。
~翌日~
ウィンター商店には、紹介を受けた貴族の申し込みや、すでに地方へ配属となった友人への移動商店の手配が出来ないかといった相談などで朝から賑わいをみせていた。
そんな店舗を見下ろすようにアジトでは、ベローチが部下たちに指示を出す。
「移動販売店は需要も大きいが問題も山積みだ。
まず、最初の問題解決として、地方への販路を安全なものにしなくてはならない。
そこで、お前たちの力を発揮して、地方への販路に関わりそうな賊どもを調べあげろ。」
「へい!
しかし、アニキ。
賊どもの始末ってなると、何年もかかりますぜ。」
「なーに、お前たちは賊どもを調べ上げるだけでいい。
始末は金を払って、傭兵どもにやらせるさ。」
「わかりやした!」
ベローチの指示を聞き、部下たちはゾロゾロとアジトを後にする。
アジトを守っている数名を残して、大勢の部下たちが出たことを確認すると、ベローチは身支度を整えて部屋を出た。
「アニキ、店舗にお戻りですか?」
「ちょっと野暮用だ。」
「護衛はいかほどで?」
「ああ頼もうか。」
部屋を出たベローチの少し後ろを、比較的人相の穏やかな部下がついていく。
~酒場~
ベローチが向かった先は、王都の外れにある規模の大きな酒場で、繁盛しているとは言い難いほど、店の外観はボロボロになっている。
酒場は外観のとおり、中は広々としており、繁盛していたころは、踊り子が踊っていただろうステージもあるのだが、ステージの床板はところどころ穴が開き、踊り子が踊れるようなステージとは思えない。
しかし、店内の客は多く、まだ昼間だというのに、大勢の屈強な男たちが酒を飲んだり、歌ったりしているようだ。
ベローチは 酒場の奥に進み、酒場の主人に声をかける。
「フランダース傭兵団を紹介してもらいたい。
規模は未定だが、長期の仕事の依頼になると思う。」
酒場の主人が、ベローチの言葉を聞き、ステージ横のテーブルで酒を飲んでいる男に声をかける。
声をかけられた男は 最強の大規模傭兵団とまで言われた、フランダース傭兵団の団員とは思えない華奢な男だ。
華奢な男は、酒を飲みすぎているのか、フラフラと立ち上がると、ベローチを手招きして近くまで呼び、ジョッキを高く上げ、乾杯の仕草をしたあと、声をかけてきた。
「はじめまして。かな?
おれは、フランダース傭兵団所属のパトラッシュだ。」
ベローチはパトラッシュと名乗る男と握手をすると、テーブルにつき、商談を始めた。
商談を始めるにあたり、まだ規模が未定になるということを伝え、パトラッシュの出方をみることにした。
「…という訳で、賊の討伐依頼だが、規模は未定。
長期の仕事になることは間違いないと思われる。」
酒を飲みすぎているのか、そもそも性格なのか、パトラッシュは曖昧な返事をしてくる。
「うーん。
いいんじゃないか。」
「では、受けてもらえる。ということでよいですかな。」
「ああ、いいよ。
だけど、うちは高いよ。
なんたって最強の傭兵団だからね。」
「それは重々承知で依頼をもってたきからな。
ちなみに、日当たりの換算になるのか、賊の規模による討伐内容での換算になるのか、そこを教えてもらいたい。」
「うちは、日当たりの仕事はしてないよ。
討伐内容で報酬をもらってる。
なんたって最強の傭兵団だからね。」
パトラッシュはそういうと、持っていたジョッキを空にして、おかわりを頼む。
おかわりを待つ間に、ベローチに金額の提示をしてきた。
「一つの賊を討伐するのに、金貨800枚。
賊の規模が大きかろうと、小さかろうと、金貨800枚で受けよう。
ただし、大規模な賊は 拠点を制圧した時点で完了とさせてもらう。」
ベローチの想像以上、相場以上の金額に ベローチが交渉に入る。
「なるほど、賊一つ潰すのに、金貨800とは、さすがに最強の傭兵団だな。
しかしその金額は、相場の5倍以上。その金額設定こそが自信の表れと考えさせてもらおう。
では、自他共に認める最強の傭兵団。フランダース傭兵団に相談がある。
我々ウィンター商店との契約は、賊の討伐ではなく、定期的に商品の輸送を行う馬車の護衛という形であれば、いくらで引き受けてもらえるかな?
ちなみに、一度に移動する馬車の数は 6台から8台。こちらからも戦闘に加勢できる人材をつけさせよう。
もちろん、戦闘の有無にかかわらず約束した報酬は全額支払おう。」
ベローチの交渉に、パトラッシュは嫌な顔ひとつせず答える。
「そうだな。
定期的な仕事で、戦闘の有無にかかわらず報酬がでるという話、魅力的な話に聞こえる。
しかし、やはりそういった内容の仕事は引き受けられない。
俺たちフランダース傭兵団は最強の傭兵団だ。誰にも俺たちを止めることはできない。
しかし、何かを守る、護衛するといった話は別だ。
いつ、どこで、誰が裏切るとも分からない。
もし、それでも依頼をしたいのであれば、1回の往復に金貨800枚を要求させてもらうとしよう。」
「交渉決裂だな。
だがもし時が立ち、状況が変わった際には、再び交渉させてもらうとしよう。」
「ああ。
以外に早くその時が来るかもしれんしな。
だが、その時でも、俺たちフランダース傭兵団は条件を変えることはない。」
笑顔で答えるパトラッシュの言葉に、ニコリと笑みを浮かべたベローチが席を立ち、用心棒と共に外に出ようとしたところ、席に座ったままのパトラッシュはベローチを呼び止める。
「ベローチ、俺たちを前に一切ひくことなく交渉してきた度胸を称賛し、君に忠告させてもらうとしよう。
君は命を狙われているぞ。
つい先日、うちの団員の元に君の暗殺の依頼が入った。
俺たちフランダース傭兵団は暗殺など不名誉な仕事は引き受けていないと伝え引き取ってもらったからが、報告を聞く限りでは、はいそうですか。と引き下がるような雰囲気ではなかったらしい。」
「忠告ありがとう。
パトラッシュ団長。」
うちの団員と発言したり、報告を聞くといったパトラッシュの言葉から、パトラッシュが団長であると予想したベローチは、パトラッシュを団長と呼び、礼を述べる。
パトラッシュは ベローチの礼を素直に受け止め、もっていたジョッキを高く上げ、乾杯の仕草を見せると グビグビと再び酒を飲み始めた。
フランダース傭兵団の拠点を出たベローチは、用心棒に先に帰るように伝え、他の商店の視察を兼ね、店主たちに挨拶をしながらアジトに帰ることにしたようだ。
~とある商店の店内~
他の商店に挨拶して回るベローチは、とくに面白い話が聞けたわけでもなく、ただただ時間が過ぎていく。
そんな期待すらしていなかったベローチの耳に、いい意味で期待を裏切る話が飛び込んでくる。
それは、大衆向けに家具の販売をしているレビル商店での出来事であった。
「レビル店主、その話の出どころは信頼できる情報筋からの話になるんですか?」
「ええ、ベローチ店主。
なんたって、ドワルゴ商店の従業員からの話ですからね。」
「まさか、ドワルゴ商店が家具の販売を縮小するなんて・・・。
なぜそんな無謀なことを?」
「まったくですな。
おそらく、ハロルド商店と手を組んで、武具の修繕などを始めたからではないですかな。」
レビル商店店主の話に、ベローチは深く考えさせられる。
(武具の修繕?
まさか、あの中新品を そこまでの規模で実施するのか?
いや、あんな二束三文の商売で、家具の販売を縮小することは考えにくい。
と、すると・・・何を見落としているんだ。)
熟考を始めたベローチを見て、体調が悪いのかと心配した店主レビルは、店の使い走りに命じ、水を持ってこさせる。
使い走りは店の奥から、ぬるくなった汲み置きの水をもってきてしまった。
汲み置き水を持ってきた様子を見ていた店主レビルが、使い走りを声を張ってしかりつけ、ベローチに謝罪を始めた。
「ベローチ店主、申し訳ありません。うちの使い走りが冷えていない汲み置き水など持ってきてしまって。
まったく、お恥ずかしい話、教育がなっておりませんでした。」
「教育・・・。」
「ははは、なかなか教育しようにも、時間も人材もかかってしまいますからね。
しっかりと教育してくれるのであれば、金などいくらでも払うのに。
あー、まったく時間がもったいない。」
レビル商店店主の言葉に、ベローチの中で溶け始める氷のように、からまった思考回路が解けはじめた。
(そうか、ハロルド!
どうして奴の目的に気づかなかったんだ。中新品なんかが奴の目的な訳がないじゃないか!
奴の目的・・・それはドワルゴ商店を利用し技能集団として活用すると共に、ドワルゴ商店に人材育成を依頼し、余剰な商人であるミラルノ商店の元従業員に販売や修繕ができるエキスパートを育成することにあるんだ。
そうすることによって、家具の製造販売だけでなく、王国内の武具の流通を一手にまとめあげる算段なんだな!
くそ!
俺は何て呑気に仕事をしてるんだ!
こんなことでは、どんどん差を着けられて取り返しがつかなくなってしまうぞ!)
ベローチは、レビル店主に礼を述べ、フランダース傭兵団の拠点へと駆け足で向かっていく。
空は赤く染まり、夜のとばりが降り始めていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる