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鬼謀の星

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数日後、ハロルドの店先に騎士団が突如やってきた。
ハロルドは 動揺することなく 騎士団に呼ばれるままに店先にやってきた。


「お前が、店主ハロルドだな。」

ハロルドが頷くと、騎士は馬上からハロルドに商店に訪れた理由を説明しはじめた。

「お前には エルフ領の森林伐採の指示を出した疑惑がかけられている。
 自主的に同行すれば捕縛することはない。」

騎士がそう告げると、店内から男性の声が響いた。

「ハロルド、同行するこたねーぜ。
 ついていったら最後、無実だろうと罪をなすりつけられて殺されるだけだ。」

声の主は フランダース傭兵団の副団長 ネロのようだ。
ネロは 若い戦士たちを引き連れて、ゾロゾロと店内から出てくる。
ネロが店内から出て騎士団とハロルドの間に立つと、周囲で待機していた他のフランダース傭兵団も集まってきて、騎士たちを包囲した。

まさに一触即発のピリピリとした雰囲気になり、周囲の市民や関係のない冒険者は 刺激しないように ゆっくりと距離をとっていく。


目の前にたつ フランダース傭兵団のネロ副団長に、騎士が強い口調で命令する。

「犯罪者をかばうのであれば お前も同罪だ。
 いますぐ謝罪して包囲網を開放せよ。」

「は、お前こそ今の状況を理解してんのかよ。
 俺らフランダース傭兵団を前に、生きて帰れるつもりなのか、笑っちまうな。」

ネロの言葉に同意するように、周囲の団員も笑い声をあげる。

「貴様ら!
 この場で処刑してくれる!」


騎士が剣を引き抜こうとしたとき、包囲網の外側から、元騎士団長ジタルの怒鳴り声が響いた。


「騎士たるもの!!!」


その言葉に騎士は背筋を伸ばし、姿勢を正す。
ジタルは、フランダース傭兵団の包囲網をかき分け、ネロと騎士の間にたった。


「お互いに頭を冷やせ。
 街中でいったいなんの騒ぎだ。」

騎士は馬を降り、ジタルに事の経緯を報告する。
ネロは 説明に偽りがないか確認しているのか、騎士の言葉に頷いていた。

最後まで話を聞き、ジタルが腕を組みなおし、ヤレヤレと言った表情で騎士に助言する。

「メイガス騎士団長に確認したのか。」

「・・・いえ。」


ジタルは ハロルドの近くに歩み寄ると、ハロルドに

「はぁ・・・なあ、ハロルドさんよ、
 俺は昔 バルサーク騎士団長と共にエルフの森を侵害した村を襲撃したんだ。
 その時の村人は、旅人の子供を除き皆殺しだった。
 事の真相は、我々幹部にのみ知らされた。
 ・
 ・
 ・
 お前さん、あんときの生き残りだろ。」

ジタルの言葉に、ハロルドは何も答えず、じっとしている。
その様子から、何かを察したジタルは、深く頭を下げてきた。

「すまねえ、俺は最初から気づいてたんだ。
 いまさら謝っても許されると思ってない。」

「ジタルさん、私は ハロルド商店店主ハロルドであり、妻と娘と家族で暮らす一市民です。
 正直、過去のことは 覚えていませんし、気にしたこともありません。
 ・
 ・
 ・
 ですが、ありがとうございます。」


ジタルは、ゆっくりと頭をあげると、騎士たちの方を向きなおし 騎士に声をかけた。

「もし、ハロルドを容疑者として連行するんなら、俺は命がけで抗議するし場合によっては法を犯す。
 それでも連れてくってんなら、犯罪者になる前に俺を斬ってから連行するんだな。」

ジタルの気迫に飲まれた騎士たちは、動揺が隠せないようで、オロオロとしている。
そんな騎士たちの元に、別の騎士がやってきた。

「グリア上級騎士、メイガス騎士団長より伝言を預かってまいりました。」

伝言を預かってきた騎士が、グリア上級騎士と呼ばれた騎士の耳元で伝言を報告すると、騎士たちは一礼したあと、馬に乗り騎士宿舎の方へと引き上げていった。


騎士たちが引き上げていくなか、周囲の市民たちが、男たちの熱い闘いに興奮したのか、ワイワイと騒ぎ始めた。
そんな中、ひとりの常連客がハロルドに声をかけてきた。

「ハロルドさんは、やっぱり変わってるわよ。
 あんなに熱い意地の張り合いだったのに、平常運転よね。」

「そうですね。
 私の場合、毎日の戦場(売り場)で、値切られすぎてて 意地を張ることを忘れてしまいましたからね。」

「あはは、値切りすぎよ。
 奥さんが戻ったら違う意味での戦場になってしまうわよ。」

「え、ええ、肝に銘じておきます。」

苦笑いする普段と変わらないハロルドの店は、再び通りの客でにぎわい始める。
こうして、ハロルド商店での異例な一日が終わろうとしていた。



~ウィンター商店~

そのころ、ハロルド商店の動向を監視させていたベローチの元に報告がはいる。

「なるほどな、大規模傭兵団のフランダースに、元騎士団長ジタル。
 ハロルド・・・一筋縄ではいかないな。
 よし!今夜結構だ!!!
 お前ら、計画通りミラルノを廃業に追い込むぞ。」


「「「おぉ!」」」










その日の夜、酒場が賑わいだす頃・・・。





「火事だー!!!」


「早く自警団を呼ぶんだ!
 手の空いたものは消火に回れ!」


突如、ミラルノ商店の本店から出火した火は 商品に引火したからなのだろうか。
人の手では消すことができないほどの炎をあげ、ゴウゴウと燃え盛っている。

火事の報告を受け、ミラルノが本店に訪れた。



「いったいどうして・・・。」

「ミラルノ様、火の回りが早すぎて ここは危険です!」


ミラルノの部下が、呆然と立ち尽くすミラルノの腕を引き、炎から遠ざける。
焼け落ちる本店を目の前に呆然とするミラルノに、別の店舗を任せていた店長たちが駆け寄る。

「ミラルノ様、1号店も火事の被害にあっております。
 いま、全力で消火作業に当たらせています。」

「ミラルノ様、申し上げにくいのですが、2号店でも不審火による火災の被害にあっております。」

「ミラルノ様、実は・・・。」


3人目の店長の報告を受ける前に、ミラルノは、ゆっくりと口を開く。

「これは人災ではない、攻撃だ。ミラルノ商店が標的になったのだ。
 ベローチか、ハロルド、私を陥れようとする敵の仕業で間違いない。
 いますぐ神殿騎士に報告し、ベローチとハロルドに神託裁判を受けさせる準備をするのだ。」

「神殿騎士に報告するのですか!!!」


【神殿騎士と神託裁判】
※ この世界には、神殿騎士と呼ばれる警察のような階級がある。
 騎士団は国王の命令によって動かされる軍隊とするならば、自警団は市民の平和を守るために仲裁を行う団体。
 神殿騎士は、騎士団や自警団とは違った独自の組織であり、神託裁判(神に判決の是非を問い、判決が下りれば従い、降りなければ神官が代行し判決を下すという裁判制度。)を行う裁判所のような機関でもある。
 一般の市民が神殿騎士に報告することなど常識的になく、教会が必要と判断したときにのみ出動する。


神殿騎士に報告と聞いた店長たちは、動揺を隠せないようだ。
そんな店長に、ミラルノはナイフを突きつけながら口をひらく。

「いまここで責任をとって自害するか、神殿騎士に報告しベローチとハロルドを捕らえるように報告するかは、お前たちに残された最後の自由だ。」


ミラルノの気迫に飲み込まれた店長たちは、我先にと教会の方に駆け出して行った。





~教会~

教会に駆け込んできたミラルノ商店の店長たちは、火事の内容を報告し犯人はウィンター商店のベローチ、ハロルド商店のハロルドだと報告を始めた。
すると、教会の奥の部屋から教会を任されていた神官長とウィンター商店のベローチが一緒に部屋から出てきた。
話を聞いていた神官は、神官長の姿をみると祈りの仕草を行う。
神官長の横にいたベローチは、状況を確認するようなそぶりをみせ、神官長に助言する。

「グレイア神官長、いまこの場で私を捕らえますか。
 それとも、もう一人の容疑者、ハロルド商店店主ハロルドを捕らえますか。
 もし、ハロルド商店店主ハロルドを捕らえるつもりなら、私が友人代表として彼の身の潔白を証明して見せましょう。
 ・
 ・
 ・
 あ、ひとつ言い忘れておりました。」

ベローチが神官長や店長たちの顔を見渡して、神官長に助言する。

「わたしも聞いた噂なのですが、正確な情報筋からの話になります。
 それは、どうやらミラルノ商店は騎士団を店主ミラルノの駒のように勝手に利用しているという噂があります。
 私も耳を疑ったのですが、事実を裏付ける決定的な証拠もあります。
 それは、今日のハロルド商店での揉め事・・・ミラルノと結託した騎士団が、元騎士団長ジタル殿と揉め事を起こしたとの報告を聞いております。幸い事態を把握した現騎士団長メイガス様の配慮により大事にはならなかったようですが。
 ・
 ・
 ・
 騎士団だけでなく、神聖な神殿騎士まで利用しようとは、主様を冒とくしているとしか思えない奇行。
 いや、蛮行ですな。」


ベローチの話を聞いた神官長は、その後、二言三言 ベローチの耳元で何か会話をすると、神殿騎士に号令をかけた。

「ミラルノ商店店主ミラルノと、その店長たちを拘束せよ。」

号令を聞き、神殿騎士は、その場にいた店長たちを捕縛する。



「な、なぜなのです!」



店長たちの訴えに、神官長が答える。

「前々より 御主たちの商売のありかたについて、ベローチ殿と協議を重ねていたところだったのだ。
 我々神官たるもの、人々の真の平和を願い、常に主様の意思にしたがって行動している。
 御主たちのやり方は、人を騙し、陥れ、貶めるだけでなく、主様をも利用しようと考える異端者の思考。
 神託裁判を開くまでもない、地獄の門送りの刑に処する。」


店長たちは逃げ出そうと試みるが、あっけなく包囲され神殿騎士に捕縛された。
その後、別動隊を率いた神殿騎士に商店店主ミラルノも拘束されたようだ。
こうして、商会戦は あっけなく幕を閉じる結果となった。


のだが、


~ベローチの隠れ家~

「親分、ついに利権を獲得できましたね。
 しかも、ミラルノが拘束されたおかげで、上級騎士へのコネまで獲得できるなんて、最高じゃありませんか。」


「・・・。」



「あとは、ウィンター商店を どんどん大きくして、王国一の商会に成り上がるだけっすね!」


「・・・。」




配下たちが盛り上がる中、ベローチは一人浮かない顔をしていた。

「お前ら、そんな単純な話だと思うのか。」

「はい?」


「ウィンター商店がウィンター商会に成り上がり、利権を手に入れる。
 でも、それと同時にいまのままだと、ハロルドも利権を手に入れる。」

「それが、どうかしたんですかい?」


配下の質問に、ベローチは ヤレヤレといった表情を見せ、答える。

「ハロルドは、レイオンなんだろ。
 なら間違いなく、王国一の商会は ハロルド一択じゃねーか。
 ハロルド商店の資産は うちの資産のざっと半分以下。
 だけどよ、レイオン商店は うちの資産の何倍もの純利益をだしてんだぜ。
 商会のバカ共も、レイオン商店を商会にしなかったところをみると、危険視している。
 つまり、ハロルドが商会になることで 結果的にレイオン商店も利権を手に入れ 利益を出す。
 みんなでハロルドを取り込んで、レイオン商店を喰うつもりが、王国ごと喰われちまうって話だろ。」


「・・・。」



「商会戦が終わる前に、ハロルドを潰すぞ。」

「・・・わかりました。
 ハロルド商店はハロルド一人で切り盛りしてる店。
 あいつを誘拐し、」

配下の言葉を遮るように、ベローチが話し始める。


「おいおい、エルフの軍団や元騎士団長、大規模な傭兵団まで敵に回すのか?」


「・・・。」



「ハロルドは、商売で徹底的に潰す!
 中新品だか何だか分かんねー仕組みを確立させる前に、徹底的に!!!」




 第一部 完

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