幻冬のルナパーク

葦家 ゆかり

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北乃 絵海(きたの えみ)

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「水上(みずかみ)さん、こないだ新しく入ってきた患者さんの小暮さん、どう?」

病院のナースステーションに置かれたテーブルに向って記録を書いていると、私より5つ年上の先輩である北乃絵海(きたのえみ)がそばにやって来て小声で私に言った。  
 
病室の並ぶフロアの真ん中に、書類や医療器具が雑然と散らかったナースステーションがあった。

そこで今日も十五名ほどの医療スタッフが仕事をしている。

私が書類から目を離して声の方を見上げると、絵海が優しそうな大きな瞳でこちらをのぞき込んでいた。

彼女は小柄で線の細い身体をしていて、ゆるくパーマのかかったセミロングの髪を後ろで一つに結んでいる。

「はい、ナースコールも多いし、色々と要求が多くて困りました……」私が困った顔で言った。


小暮というのは数日前に入院してきた七十代後半の大柄の女性で、大腿骨の骨折で手術をしたのだ。

しかしそれ以前にだんだんと体が動かせなくなる神経性の難病も抱えていて、身体を自分で十分に動かすことができなかった。

彼女はベッドの上に動かない大きな体を横たえて、頻繁にナースコールを鳴らす。

何の天罰が下ったのか、ちょうど私の担当だった。

小暮は足が痛むから身体の位置を変えてみてくれ、便が出た気がするから見てみてくれなどの細かい要求が多かった。

私は足が痛いという彼女にクッションを持っていきその上に足を乗せてみたり、少し膝を曲げてみたり、楽な姿勢を探しながらひととおり試してみた。

リハビリの担当者に相談もしてみた。
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