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おばあさんは学校へ行っていない?

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「次は、100から7を順番にひいてください。まず、100引く7はなんでしょう」
認知症の検査用紙を読みながら、私が言った。
「……」
しばらく沈黙が生まれた。私が気になって検査表から成田さんの顔へ視線を移した。
「あのねえ、悪いんだけど私は学校に行ってないの。だから計算とか、分かんないのよ」彼女がぽつりと言った。
「えっ?」私は予想外の答えに困惑した。
「私は新潟の農家に生まれたんだけどねえ。兄弟がたくさんいて、親が食わしていく余裕がなかったから、小さい頃ほかの大きい農家に奉公に出されたの。そこで毎日家事をしたり雑用をしたり忙しく働いていたもんだから、学校には行ってないの。だからそういう計算とか、分かんないの」
「え? 奉公……ですか」私が戸惑いながら繰り返した。本当のことなのか信じがたい。学校は義務教育じゃないのだろうか。自分の子供を他人の家に働きに出すとはいったいどういうことなのだろうか。それに、なぜ食わしてすらいけないのに親は子供を産んだのだ? 私の頭が一気に疑問でいっぱいになった。はじめは成田さんが計算問題を解けないので嘘の言い訳を並べてるのだと思った。しかし彼女の表情を見ると、なんだか悲しそうで嘘をついているようには見えない。
「えーと、分かりました。計算問題は、とばしましょう。失礼しました。では次は……」
次の質問に移った。検査の残りは、文房具を箱から出して見せ、何があったか記憶してもらったり、知っている野菜の名前をできるだけたくさん言ってもらったりした。成田さんは記憶力は低下しているものの、野菜の名前などはいくつか答えられた。
「今日は長々とお付き合いいただき、ありがとうございました」
私は最後にお礼を言って彼女を部屋まで送って行った。

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