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若き龍の目醒め 14

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 九郎が目を覚めた時、体に傷はほとんど残っていなかった。目を開け、体を起こしてみるとそこは学校の保健室だった。窓の外はすっかり暗くなり、もう夜だった。

「あらん、起きちゃったの?せっかく今から、お注射してあげようかと思ったのにぃ~」

 長い髪を巻いた白衣の女性が彼を覗き込んでいる。
 短大を出て、九郎たちより一年前に、着任したばかりの、養護教諭が残念そうな顔で、色っぽい厚いくちびるをとがらせていた。

 彼女の名前は上妻 愛華(かみつま あいか)。

 生徒たちの間では、愛華先生と呼ばれている。グラマラスな肉体と挑発的な服装で男子生徒を悩ます(一部女子も)星凰学院の養護教諭だ。

「あ~!九郎くん目が覚めたんだ、大丈夫?」

 自分の置かれた状況に、思考が追いついていかず、目をしばたかせていると自分のベッドの下から、杏がひょこっと顔を出す。杏の顔を見た途端、先ほどの公園での出来事を思い出した。

「馬野っ!?」

「ふぇ!?」

 思わず杏の両肩を掴み、杏の名前を大声で叫ぶ。

「大丈夫か!?あいつらに何かされたりしなかった!?」

 杏は真剣な顔の九郎に肩をブンブンと振り回され、目を回しかけている。

「だ、大丈夫だよぅ~……。ってか目が回る~」

「あ、ごめん……」

 杏が、目を回していることに気が付き、慌てて杏の肩から手を離す。

「でも、よかった……。僕、気絶しちゃって、あの後、どうなったかわからなかったから」

 確か、自分は不良がスタンガンで杏を襲おうとして、それをなんとか止めなきゃと動いたまでは覚えているが、そこから先の記憶がない。

「ま、あたしはこの通り全然大丈夫だから、心配しないで!」

 杏は笑顔で自分の無事を教えてくれた。

「そっか。それならよかった」

 九郎は、杏が無事だったことに安堵し、息を吐く。
 そこへガラッと保健室の扉が開き、一人の男子生徒が保健室に入ってきた。


「お?目が覚めたか親友!」


 その男子生徒はベッドに座っている九郎を見てそう言った。
 親友の鴻二だった。いつも通りの人懐っこい笑顔で九郎に近づいてくる。

「……ひょっとして鴻二が助けてくれたの?」

「まぁ、乱入したことは確かだけどな、直接手を下したのは――――」

 と、鴻二が言いかけたところで、杏がもの凄い形相で睨んできたので、慌てて言い直す。


「………あいつらは俺が呼んだ警察にビビってにげてったよ。あの犬も無事だ」

「そうなんだ……。とにかくありがとう」

 少し自分の記憶と、違うような気がするが、助けてくれたことは変わらないらしい。とりあえず礼を言うことにした。

「気にすんな!友達だろ?」

「それでも感謝しているよ。でも、悔しいな……。僕、手も足も出なかった」

 先ほどの喧嘩を思い出す。不良たちに太刀打ちどころか一発も攻撃ができなかった。それを思い出したら、無性に悔しさと腹ただしい気持ちがこみ上げてきた。九郎の心情を察したのか鴻二が九郎に声をかける。


「そうか?あれは九郎の勝ちだろ?」

「え……?」


 鴻二の意外な言葉に九郎は目を丸くする。

「ははっ……、何をどう見たら、勝ったって言うんだ?ボコボコにされたじゃないか」


「それでも九郎は気持ちをまっすぐに貫いた。曲げなかった。悔しがる必要なんかねぇよ」

「そうゆう……もんなの?」

「そうゆうもんだ」

 鴻二の言葉には、いまいち納得ができなかったが、こんなことで口論する気はない。

「うん、九郎くん、かっこよかったよ!まぁ、あいつらはさっさと逃げてったし、あのワンちゃんも無事だしよかったね!」

 そばで二人の話を聞いていた杏は、満面の笑顔で言う。その顔は少し赤い。

「いいわね~……若いって」

 そう言いながら愛華先生はポケットからタバコを取り出し火をつける。保健室の中が紫煙に包まれる。

「あの、先生?」

 九郎が恐る恐る愛華先生に声をかける。

「ん~?」

「ここ、保健室なんですけど―――」

「いいのよ~、もう他の先生は帰ったし、バレなきゃいいのよ」

 もう、何も言う気になれなかった九郎は何気なく時計を見てみると、もう21時を回っていた。

「うわ、早く帰らないと!」

 急いで帰り支度をしようとする九郎に、愛華先生は。

「あ、だいじょぶよ。お家には連絡しといたから急がなくても。帰りは私の車で家まで送ってあげるから」

「いや、そんな悪いですよ……。手当てまでしてもらったのに」

「生徒が、先生に遠慮するもんじゃないわよ。いいから乗って行きなさい」

 そんな九郎と愛華先生のやりとりに、杏が割り込んでくる。

「愛華先生~、あたしも乗せてって~」

 そう言って、愛華先生に抱きつく杏。

「はいはい、言われなくてもちゃんと乗せてってあげるから」

 そんなやり取りを、見ていた鴻二は口を挟む。


「俺は歩いて帰るわ。別に急いで帰る理由も----」
「乗って、行きなさい?」
「はい、乗らせていただきます……」

 その笑顔に恐ろしい何かを感じた鴻二は素直に頷く。

「素直でよろしい。それじゃ、職員室に荷物取ってくるから校門の前で待ってなさいね~」

 その言葉を、皮きりにぞろぞろと保健室を出て行く一同。九郎も自分の荷物を持って保健室を出て行った。少しだけあの子犬の事が心配だったが。




二十分後。


「うっぷ……あ、ここで大丈夫です。この先、狭くなるんで、Uターンとか大変なんで……」


「まぁ、ざんねんだわ~ ここからが私の真骨頂を見てもらおうと思ったのに―――」


「いえ、ほんとに大丈夫です。誠に残念なんですけど、お願いですからもう勘弁して下さい……」


 愛華先生の運転はヒドいものだった。法定速度をぶっちぎり、急発進に急停止と、普段乗り物に酔わない九郎でも、ヘロヘロだった。

「あ、そう?じゃあ、気を付けて帰りなさいね?」

 そう教師らしいことを言って―――教師なのだが―――愛華先生の車を降りた。
 九郎は頭を下げた後、足元をふらつかせながら自宅へと帰っていった。








 九郎の姿が見えなくなり、愛華は後部座席に座っている杏と鴻二に顔を向ける。
 二人とも、九郎と同様、顔が蒼ざめている。

「ちょっと、いつまで死んでるのよ?」

「う~……気持ち悪い……」

「死ぬ~……」

「だらしないわね~。で、どうなの?」

 言葉短かに問いかける。

「うん、間違いないと思う」

 杏が、しっかりと頷いた。二人とも、いや、鴻二を加えた三人とも、先ほどまでとは雰囲気が違っていた。

「俺もそう思う。全っ然気がつかなかったけど」

「それじゃあ、ともかくぅ、確かめるためにも、綾乃ちゃんに『門』を開いてもらわなきゃね」

「んじゃ俺が見てるわ」


 鴻二の答えに杏はしっかりと答える。

「あたしが見てる」

「いや俺が見てるって!俺、あいつの親友だし!」

「あたしが最初に気づいたんだからあたしが見る!」

「あらぁ、珍しいわね?杏ちゃんが進んでやるなんて。いつもはやりたがらないのに」

「だって……クラスメイトだもん」

「そっか。じゃあ綾乃ちゃんには明日にでも伝えとくわね」

「うん、お願い」

 そこで話は終わったのか、愛華が車のハンドルを握り直す。


「よ~し!それじゃあ」

「ちょっと待てぃ!お願いだから安全運転してくれっ!」

「まだ死にたくないよ~!」

「ぶぅ~」

 拗ねた子供のように、愛華が唇をとがらせ、三人を乗せた車は、先ほどよりも若干緩めの速度で走っていった。
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