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侯爵家令息の俺

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今現在、学園に通っている王族・公爵家は居ない。
だから、俺を含む侯爵家が学園のトップだった。

王族が在学していないから、学園の雰囲気は緩い。
俺たちは、学園生活を満喫した。
どうせ、卒業したら結婚しなくちゃならないんだ。
学生の間くらい、楽しくさせてくれ。


途中で、男爵家令嬢が編入してきた。
ストロベリーブロンドの髪。エメラルドの大きな瞳。
男が好む大きな胸に、細い腰。

俺たちは楽しみたかった。
男爵家なんか、俺たち高位貴族に何をされたって、文句は言えないんだ。
それにその令嬢は、元は庶民で男爵家に引き取られたばかりだというじゃないか。
知人すらいなくて、不安そうな顔をしている彼女に近づくのは、簡単だった。


彼女に少し高いお茶をご馳走して、ガラス玉のアクセサリーを贈る。
婚約者たちなら、一目で見破るイミテーション。
でも、庶民だった彼女には分からない。


「こんなに素敵なものをもらっていいんですか?」
彼女は驚いたように言った。

「こんなもの、俺たちにとったら、大したものじゃないからね」
大したものじゃない。平民でも買える。
そんなことも知らない、孤児院育ちの娘。俺はそう想っていた。
庶民相手なら、何をしてもいいって。



その日も、彼女を囲んでお茶の楽しんでいた。
本当に楽しいのは、こんなお茶を飲むことじゃない。
準備は済んでいる。
後は楽しむだけだ。お互いに。そうだろ?色仕掛しているのは、彼女だって一緒なんだ。


彼女が気がついた時は、激しく抵抗された。
なんだよ、面倒くさいな。
お互い様だろう?誘ってきたのはお前だろ?
仲間たちと一緒だったのもあって、酒を飲んでいたのもあって、俺たちは馬鹿みたいに騒いで、朝まで彼女を離さなかったんだ。


どこからか、俺たちのことが学園にバレた。
けれど、俺たちは高位貴族だ。
知らない。俺たちはやってない。
そういうと、学園は黙った。
男爵家も何も言わなかった。

彼女は学園に来なくなった。

元々庶民なんだ、貴族じゃない。
彼女が学園にこなくたって、何も問題はない。


何も問題は無いはずなのに、学園内で俺たちを見る目が変わった。
居心地の悪い思いをして、学園生活を過ごさなければならなくなった。

仲間たちとも、なんとなく疎遠になった。
それぞれが婚約者との関係改善や、婚約解消の後処理などで、忙しいようだった。


しばらくして、男爵令嬢が妊娠したという噂が流れてきた。
あの時の?そうしたら、誰が父親なのか分かりはしない。
俺じゃない。俺のはずがない。
だって、俺はちゃんと薬を飲んだんだ。


彼女が男爵家から追い出されて、籍を抜かれて姿を消したらしい。
元々男爵は、彼女を使って、俺たち高位貴族から金を引き出したり、関係を繋ぐことが目的だったようだ。

ガラス玉のアクセサリーを持ち帰り、男爵にぶん殴られたらしい。
そんなの、俺たちのせいじゃない。
男爵が悪いんじゃないか。



そんな時、俺は父親に呼び出された。

「お前、学園で何をやった」
「別に何もやってません……」

俺はぶん殴られた。

「あちこちの高位貴族の家が、婚約解消だ、婚姻延期だとバタバタしているのは、周知の事実だ」
「……」
「娘が妊娠して、子どもを産んだそうだな」
「産んだんですか?」
「あぁ、赤茶の髪にヘーゼルの瞳だそうだよ」

赤茶の髪にヘーゼルの瞳。

あの日、あそこにいた中で、その色を持つのは俺だけだ。


「お前、薬も飲まずに何をやってるんだ」
「く、薬は飲みました!」
「どこから用意した?」
「誰かが、用意してきました」

父親は大きなため息をついた。

「お前、嵌められたな」

嵌められた。仲間だと思っていたのに……。


父親と、彼女が居るという伯爵家に行った。
俺は髪の毛の色を変え、眼鏡を掛け、従者の格好をして行った。


元男爵令嬢が、男の子赤ん坊を抱いて来た。

「息子に似てるな」
父親はそう言うと、彼女に子どもを寄こすようにと言った。

「どうしてですか……」
「家門の血が勝手に広がるのは困るのだよ」
と父親は答えた。

彼女は息子の父親は誰なのかも分からないのだと言ったが、万が一があっても困るのだと父親は言った。


「家門の中でしっかりと育てるから、安心して欲しい」


赤ん坊を連れて帰るとき、彼女は号泣していた。
「何も求めない、一切関わらない、だからお願い、連れて行かないで!私の赤ちゃん!」

あぁ、俺は何ということをしてしまったのだろうか。
何度も彼女を苦しめて、この赤ん坊からも母親を奪ってしまったのだ。


「この赤ん坊をどうするのですか?」
「お前、この赤ん坊、お前の子どもだと思うか?」
「似ていると思います」
「お前の赤ん坊の頃にそっくりだよ。育てばいずれ分かる。ウチの子どもだってな」

赤ん坊は、山間の小さな男爵家に養子に出されることになった。

もし、ウチの血が絶えそうになったときの予備でもあるのだそうだ。


母親から引き離され、父親である俺とも暮らせない。
小さな男爵領のしかも次男として生きていく息子。


すまなかった。
俺は何も分かっていない、クズだったんだ。


そして、俺は婚約解消された。
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