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伯爵家長女の私
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私は伯爵家の長女である。
薄茶の髪にヘーゼルの瞳。
ハッとするような美人ではないけれど、お父様にとても可愛がられて育ってきた。
私にはお兄様がいる。
紅茶のような赤い髪に、ペリドットのような瞳は、ハッとするようなするような美しさだ。
お母様に似ているから、お兄様はお母様に溺愛されている。
お母様の目には、私は映らないらしい。
私はお母様の中には、存在すらしないもののようだ。
それでも、特に困ったことはないのだけれど。
乳母でもあるメイド長が、私にとっての母のようなものだ。
いつも笑顔を絶やさない、それでいて、私の誤りはきちっと正してくれる。愛情たっぷりに私を育ててくれている。
私も大好きよ。ミアママ。
メイド長を心の中でママと読んでいるのは、私だけの秘密。
けれど、ミアママが伯爵家を去ることになった。
ミアママは旦那さんの暮らす地方へ行くらしい。
寂しいけれど、仕方ない。
ミアママは、ようやく一緒に暮らせると涙ぐんでいた。
私はママだと思っていたけれど、ミアママの本当の家族は他にいて、私は家族にはなれない。なれなかったんだ。
「お嬢様、お元気で」
そう言って、ミアは去って行った。
ママと思える人はいなくなってしまったけれど、私もいつまでも子どもじゃないのだから、令嬢らしく、しっかりと生きて行かなければならない。
お父様は相変わらず、私を愛してくれている。
私の薄茶の髪も、ヘーゼルの瞳も、可愛いい、愛おしいと言ってくれる。
ある日、庭の花を愛でていると、洗濯中のメイドたちの会話が聞こえてきた。
「お嬢様さまは最近、本当に母親に似てきたと思わない?」
「そう?全然似てないじゃない?」
「違う違う。奥様じゃなくて、本当の母親よ」
「え?お嬢様は奥様のお子様じゃないの?」
「そうか、貴女知らないのね」
話はこうだった。
お父様にはずっと幼馴染の想い人がいた。
が、その想い人は平民の娘だった。
平民と結婚することは許されず、お父様は幼馴染を愛妾とすることを条件に、伯爵令嬢だったお母様と結婚したのだそうだ。
お母様との間にお兄様が生まれ、跡継ぎができたため、お父様はお母様のことは無視して、愛妾と共に暮らす日々だったそうだ。
そうしているうちに生まれたのが私だ。
お父様も母も私を可愛がってくれていたが、ある時悲劇が起こる。
隣国から来ていた高位貴族の方が母を見初めたのだそうだ。
婚姻関係を結んでいなかったため、母を側妻に迎えたいという申し出を断ることが出来なかったのだそうだ。
母にしても、身分の保障がない愛妾よりも、側妻になった方が幸せになれるということで、私を残して隣国へ嫁いで行った。
私はお母様の娘ではなかったのね……。
お母様が私をいないものとするのも、当たり前なのだ。
お兄様は、いいな。
本当の両親で。
私もいつかお母様に愛されたいと思っていたけれど、それは無理なことだと分かったわ。
家族で揃って食事をすることは、ほとんどない。
お父様と食事をする時は、お母様がいないし、お母様と食事をする時は、お父様はいない。
夫婦で一緒に食事をするつもりがないのだ。
お母様は私に話しかけないことは当然のことだが、お父様はお兄様に話しかけないことに気がついた。
まるで、お兄様が存在しないかのようだ。
いや、始めに近況を訊ねはする。
しかしそれだけだ。
それに対して返事をすることはないのだ。
形式的な会話。そこに意味はない。
なぜ?
お母様は、お兄様と話をするときとても愛おしそうに微笑む。
お兄様はいいな。そう思っていたけれど、お兄様は嬉しくなさそうだ。
年頃のせいなのかと思っていたけれど、どうもそうではないようだ。
お母様がお兄様に向ける微笑みは、お父様が私に向ける微笑みと一緒。
お母様はお父様のことが憎いのではないの?お父様との子どもであるお兄様を愛せるのは、自分に似ているからなの?
その日は、お父様もお母様も食事には来なかった。
お兄様と二人だけの食事。
普段から、お兄様が私に話しかけてくることはない。
私もお兄様に話しかけることはできない。
「知っているか?」
お兄様が口を開いた。
ここにいるのは、私と、お兄様だけ。
「何をですか?」
私の本当の母親のことだろうか。
出て行けと言われるのだろうか。
「俺は、お父様の子どもではない」
お兄様は、お母様とお母様の義兄との間の子どもなのだそうだ。
お母様は遠縁から養子にむかい入れた義兄に恋慕したのだ。
お母様にそっくりだと思っていたお兄様は、義兄に似ているのだそうだ。
お母様はお兄様の中に、義兄の姿を見て、お兄様を愛しているのだ。
お父様は私の中に、愛妾だった私の母親の姿を見て、私を愛してくれているの?
お父様が愛しているのは、本当は私ではないのかもしれない。
まだ、愛妾だった母親を愛しているのかもしれない。
それとも、お父様を選ばずに隣国へ嫁いで行った愛妾を憎んでいるのかもしれない。
「知りませんでした……」
そう言うと、お兄様は
「俺が伯爵家を継ぐ権利があると思うか?」
と訊いた。
「お兄様以外に、誰が継ぐんですか?」
「お前はお父様と血が繋がっているだろう?」
「それは……分かりませんわ」
母親は本当にお父様を愛していたのだろうか。
私は本当にお父様の子どもなのだろうか。
私は一体誰なのだろうか。
私は一体……。
ぐるぐると思考する。
「悪かったな」
お兄様の声。
全く血が繋がらない。
赤の他人。
「お兄様と呼んでも良いのですか?」
と訊くと
「他に呼び方があるのか?」
と言って笑った。
お兄様は伯爵家の長男で
私は伯爵家の長女
すべてのものの存在が疑わしいものだとしても
薄茶の髪にヘーゼルの瞳。
ハッとするような美人ではないけれど、お父様にとても可愛がられて育ってきた。
私にはお兄様がいる。
紅茶のような赤い髪に、ペリドットのような瞳は、ハッとするようなするような美しさだ。
お母様に似ているから、お兄様はお母様に溺愛されている。
お母様の目には、私は映らないらしい。
私はお母様の中には、存在すらしないもののようだ。
それでも、特に困ったことはないのだけれど。
乳母でもあるメイド長が、私にとっての母のようなものだ。
いつも笑顔を絶やさない、それでいて、私の誤りはきちっと正してくれる。愛情たっぷりに私を育ててくれている。
私も大好きよ。ミアママ。
メイド長を心の中でママと読んでいるのは、私だけの秘密。
けれど、ミアママが伯爵家を去ることになった。
ミアママは旦那さんの暮らす地方へ行くらしい。
寂しいけれど、仕方ない。
ミアママは、ようやく一緒に暮らせると涙ぐんでいた。
私はママだと思っていたけれど、ミアママの本当の家族は他にいて、私は家族にはなれない。なれなかったんだ。
「お嬢様、お元気で」
そう言って、ミアは去って行った。
ママと思える人はいなくなってしまったけれど、私もいつまでも子どもじゃないのだから、令嬢らしく、しっかりと生きて行かなければならない。
お父様は相変わらず、私を愛してくれている。
私の薄茶の髪も、ヘーゼルの瞳も、可愛いい、愛おしいと言ってくれる。
ある日、庭の花を愛でていると、洗濯中のメイドたちの会話が聞こえてきた。
「お嬢様さまは最近、本当に母親に似てきたと思わない?」
「そう?全然似てないじゃない?」
「違う違う。奥様じゃなくて、本当の母親よ」
「え?お嬢様は奥様のお子様じゃないの?」
「そうか、貴女知らないのね」
話はこうだった。
お父様にはずっと幼馴染の想い人がいた。
が、その想い人は平民の娘だった。
平民と結婚することは許されず、お父様は幼馴染を愛妾とすることを条件に、伯爵令嬢だったお母様と結婚したのだそうだ。
お母様との間にお兄様が生まれ、跡継ぎができたため、お父様はお母様のことは無視して、愛妾と共に暮らす日々だったそうだ。
そうしているうちに生まれたのが私だ。
お父様も母も私を可愛がってくれていたが、ある時悲劇が起こる。
隣国から来ていた高位貴族の方が母を見初めたのだそうだ。
婚姻関係を結んでいなかったため、母を側妻に迎えたいという申し出を断ることが出来なかったのだそうだ。
母にしても、身分の保障がない愛妾よりも、側妻になった方が幸せになれるということで、私を残して隣国へ嫁いで行った。
私はお母様の娘ではなかったのね……。
お母様が私をいないものとするのも、当たり前なのだ。
お兄様は、いいな。
本当の両親で。
私もいつかお母様に愛されたいと思っていたけれど、それは無理なことだと分かったわ。
家族で揃って食事をすることは、ほとんどない。
お父様と食事をする時は、お母様がいないし、お母様と食事をする時は、お父様はいない。
夫婦で一緒に食事をするつもりがないのだ。
お母様は私に話しかけないことは当然のことだが、お父様はお兄様に話しかけないことに気がついた。
まるで、お兄様が存在しないかのようだ。
いや、始めに近況を訊ねはする。
しかしそれだけだ。
それに対して返事をすることはないのだ。
形式的な会話。そこに意味はない。
なぜ?
お母様は、お兄様と話をするときとても愛おしそうに微笑む。
お兄様はいいな。そう思っていたけれど、お兄様は嬉しくなさそうだ。
年頃のせいなのかと思っていたけれど、どうもそうではないようだ。
お母様がお兄様に向ける微笑みは、お父様が私に向ける微笑みと一緒。
お母様はお父様のことが憎いのではないの?お父様との子どもであるお兄様を愛せるのは、自分に似ているからなの?
その日は、お父様もお母様も食事には来なかった。
お兄様と二人だけの食事。
普段から、お兄様が私に話しかけてくることはない。
私もお兄様に話しかけることはできない。
「知っているか?」
お兄様が口を開いた。
ここにいるのは、私と、お兄様だけ。
「何をですか?」
私の本当の母親のことだろうか。
出て行けと言われるのだろうか。
「俺は、お父様の子どもではない」
お兄様は、お母様とお母様の義兄との間の子どもなのだそうだ。
お母様は遠縁から養子にむかい入れた義兄に恋慕したのだ。
お母様にそっくりだと思っていたお兄様は、義兄に似ているのだそうだ。
お母様はお兄様の中に、義兄の姿を見て、お兄様を愛しているのだ。
お父様は私の中に、愛妾だった私の母親の姿を見て、私を愛してくれているの?
お父様が愛しているのは、本当は私ではないのかもしれない。
まだ、愛妾だった母親を愛しているのかもしれない。
それとも、お父様を選ばずに隣国へ嫁いで行った愛妾を憎んでいるのかもしれない。
「知りませんでした……」
そう言うと、お兄様は
「俺が伯爵家を継ぐ権利があると思うか?」
と訊いた。
「お兄様以外に、誰が継ぐんですか?」
「お前はお父様と血が繋がっているだろう?」
「それは……分かりませんわ」
母親は本当にお父様を愛していたのだろうか。
私は本当にお父様の子どもなのだろうか。
私は一体誰なのだろうか。
私は一体……。
ぐるぐると思考する。
「悪かったな」
お兄様の声。
全く血が繋がらない。
赤の他人。
「お兄様と呼んでも良いのですか?」
と訊くと
「他に呼び方があるのか?」
と言って笑った。
お兄様は伯爵家の長男で
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すべてのものの存在が疑わしいものだとしても
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