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クルムロフ城

第92話:決着。

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「シェル、あなたは……」

 クリアが話している隙に、シェルが先に動いた。剣士と魔法使い。訓練も戦闘方法もまったく違うが、二人ともフェローの元で修行を受けてきた。
 お互いの攻撃の癖もすべてわかりきっている。特にクリアの魔法は、対魔法使いに特化していることもあり、やや不利ではある。

 だが、決して剣術が使えないわけではない。
 クリアは、杖に魔力を漲らせた。その硬度は剣と大差はない。魔法使いの弱点は、やはりその詠唱をしている隙にある。例えば、1vs1で戦う場合、もちろんお互いの距離が関係するが、基本的に剣士が有利のときが多い。 一度距離を詰めてしまえば、詠唱をする暇を与えず、連続で攻撃をすればいいだけなのだから。

 しかしフェローが、そんな弱点をカバーせずにクリアを戦場に立たせるわけがない。

「クリア、すまない!」

 シェルも知らない、クリアがどれだけ努力しているか。みんなが寝静まったあと、一人でずっと剣を振ってきた。ただの魔法使いだけではなく、戦える魔法使いとして。

「私は、あなたを――」

 シェルの鋭い剣を受け止めるように、杖を振りかぶった。それにはシェルも驚いた顔を見せる。
 もちろん、剣術を扱えることは知っているが、それはあくまでも魔法を詠唱する隙をカバーするため、はじめから近接での戦いを挑んでくるとは、予想外だった。

 クリアはその油断を誘い、力いっぱいシェルの剣を押し込むように身体ごと弾き飛ばした。そして、間髪をいれずに二発目を脇腹に打ち込んだ。シェルのあばら骨がミシミシと音を立てる。

「がぁっ――」

 吹き飛ぶように身体が弾かれると、落下しそうになった。風が下から上にビュンビュンと拭いていて、その恐怖を教えてくれる。顔を苦痛に歪めながら、なんとか姿勢を整えた――

 が、クリアはそんなに甘くはなかった。

「風《ヴォン・》の魔法《マジック》!」

 シェルの身体をさらに押し出すように、短い詠唱で魔法を放つと、叩き落とすように衝撃波を放った。それは、殺してもいいと覚悟の一撃。
 ギリギリ踏みとどまったシェルだったが、魔法によって空中に弾き飛ばされた。

 高所ということもあり、吹き荒れている風がシェルの体をばたつかせる。『死』それが脳裏に一瞬過るが、すぐにアクアの顔を思い出した。
 絶対に、絶対に死ねない。
 シェルは死に物狂いで、ギリギリで剣を壁に突き刺すと、魔力を右手に漲らせてぐいっと身体を支え、そのまま飛ぶように戻った。

「はぁはぁっ……」

 クリアが自分を殺そうとするのは、もちろん理解していたが、改めて本気だということがわかった。シェルは、クリアから目を離さずにさらに魔力を漲らせた。クリアはふたたび、棒術のように杖を構えている。
 もちろん、すぐに追撃することもできたが、反撃された場合、放とうとしていた相応の魔力が消えうせて無駄になる。
 こんなに簡単にシェルが死ぬとは思っていない。時間がかかっても勝つ覚悟で杖を構えていた。

 そして、シェルはすぐに駆けた。魔法の詠唱をさせないように、次は絶対に油断しないと気持ちを入れ替えて。しかしクリアはすでに詠唱を実は行っていた。
 それはクリアが独自で編み出した遅延魔法。予《あらかじ》め詠唱を済ませておくことで、無詠唱で放つことができる。

 クリアは真正面から突っ込んで来たシェルに、ふたたび風の魔法を放った。次は剣のように鋭いかまいたちの魔法だ。その斬撃がシェルの身体を襲った。

「く、だけど!」

 だがシェルも、伊達《だて》にフェローの元で修行を学んでいたわけではない、予想はできなかったが、臆することはなかった。
 すぐに剣に魔力を漲らせると、直接そのかまいたちに対して挑むのではなく、最小限に軌跡をずらすように剣でいなした。身体の至るところに無数の切り傷がついたが、どれも軽い。
 それに驚いたクリアは少しだけ反応が遅れる。シェルはそのまま剣でクリアの身体を……切ろうと横に薙ぎ払った。

 しかし、咄嗟《とっさ》に魔法の杖を間にかますことで、それを防いだ。それでも、クリアは大きくダメージを受けてしまう。

「きゃああっ。ああ、ぐ……」

 吹き飛ばされないように、なんとか踏みとどまったものの、かなりの痛手を負ってしまった。身体を捻《ひね》ると、ズキズキと痛む。
 これでは、まともに動くことが出来ない。

 一方、そのすぐ隣で、アームは通常より二倍ほど肥大した腕をぶんぶんと振り回して、フェローに攻撃を繰り返していた。大振りでガサツだが、その威力は明らかに異次元。
 フェローが避けた際に、地面にその腕の攻撃が当たったとき、轟音と共にどでかい穴が開いた。

 まともに一撃を食らえば、落下死する前におそらく死ぬ。
 二本の鞭でビュンビュンと音を鳴らしながら、自身の体を防御しつつ、フェローはアームの動きを視ていた。魔族と人間のハーフになったことで、視力が向上した上に、魔力の漲っている箇所をオーラとして視ることができる。 そのため、相手の動きが手に取るようにわかるのが、フェローの強さの秘訣だった。

 だが、今までの敵と据えても、驚くべきほどの魔力が右手に集中している。油断はできない。

「はっ、お前、そんな脳筋だったっけ? そういえば、いつも筋トレばかりしてたの思い出したわ」

 少しだけ失笑して、小馬鹿にするように言い放つ。記憶が合っていれば、短気ということを知っている。
 予想通り、アームはイライラした様子を見せて、

「だから、知らねぇっていってんだろ! その鞭ごとお前にぶち込んでやるよ」

 その場で右腕をぶんぶんと回転させる。

「やってみな、そのちっちぇ右腕でな」
「黙れ、鞭野郎!」

 ふたたびアームが、フェローに向かって突進する。それに対し、フェローは不敵な笑みを浮かべて、高く跳躍して攻撃を避けると、空中で回転しながらアームの左右の脚を鞭で掴んだ。

「ほらよっ!」

 そのまま思い切りひっぱり、アームの体が空高く舞う。

「そのまま彼方に消えな」

 そして、勢いよくぶん投げた。クリアもシェルにしたが、ここは城のてっぺん。無意味にダメージを与えるより、落下させてしまえば間違いなく相手は死ぬ。

「これが、お前の! 攻撃――かよ!」

 しかしアームは、肥大化した右腕を魔力でゴムのように変化させると、ぐんぐんと伸ばして空中で壁の一部を掴んだ。そのまま勢いよく反動で戻ると、
 油断していたクリアに激突する形で蹴りを入れた。

「きゃあっっ――」

 そのまま身体が吹き飛ばされるが、落下寸前のところでフェローが鞭でクリアを掴む。アームは、そのままシェルの横に着地すると、

「アーム! 邪魔をしないでくれ!」

 悪態をついて、シェルが激怒する。

「わりぃわりぃ、あいつが小手先の技で俺を落とそうとするからよ、ついでだよ、ついで」

 小さな悲鳴を漏らして、クリアが痛みで顔を歪ませながら、フェローの横で立ち上がる。

「大丈夫か?」
「は、はい……。よ、予想外でした……」
「あいつらは、わかってると思うが、即席コンビだ。そこに付け入る隙がある。二人でいくぞ、いいな」

 フェローが少し小声で、クリアに向かって早口で指示を出す。それに呼応して、は、はい! と杖を構える。
 鞭の攻撃は相手にダメージを与えたり、切り刻むことで敵を倒す。だが、アームは高い防御力と攻撃力を持ち合わせている。この場所では勝てないと、分が悪いとフェローはわかっていた。

「なんだなんだー、次はコンビ技か? なんか、すげー技でもみせてくれんの?」

 殺し合いをしているというのに、どこか楽観的なアームに対して、

「真面目にやってくれ、僕は真剣なんだ」

 シェルは気に食わないと、態度を表に出す。アームがやれやれ、と小さなタメ息を返してから、

「女をいたぶるのは趣味じゃないが、そろそろ本気を出すか」

 右腕を肥大化させるのではなく、通常の腕の太さのまま魔力をさらに漲らせた。次は両腕がオーラで漲っていく。その限界のない上がり幅に、よこで立っているシェルにも緊張が走る。

「いいんだな? 知り合いでも、俺は手加減しねーぜ」

 アームはシェルに顔を向けて、少し伺いを立てるように、

「ああ、当たり前だ。僕は初めから本気でやってる」
「よくいうぜ――」
 
 そしてアームは四本足で地を蹴って、まるで獣のように両腕を突き出して突進した。そしてシェルも同じように駆けた。

「いくぞ、クリア」
「はい!」

 アームが空中で動けないと見通して、クリアが腕に、

「魔力消滅《セヘル・ディスパリショーン》」

 杖を向けて魔法を放った。すると、腕を覆っていた魔力が薄くなっていく。

「な、なんだと!?」
「バカ野郎が、お前はだから脳筋なんだよ――」

 フェローが無防備なアームに魔力を漲らせた鞭をぶつける――

 が、それをシェルが剣で受け止める。アームは、その場でなんとか踏みとどまり、体勢を整える。
 腕に魔力が徐々に戻っていくのを感じて、少しほっとした様子で、

「なんだなんだぁ? お前、変な魔法使うんだな」

 クリアに視線を向ける。シェルが、

「バカの一つ覚えみたいに突っ込むのはやめろ。彼女は消滅魔法を使う。体の魔力の場合は一時的だが、弱らせることもできる。ちゃんと足並みを揃えてくれ」

 アームに向かって悪態をつく。二人が知り合ってどのくらいかはわからないが、仲が良くないのは見てとれる。

「おい、シェル。お前、そいつと知り合いなのか? 無駄だぞ。そいつは突っ込むしか能がねぇ」
「黙れ鞭女。俺に知った風な口を聞くな――」
「ほらな――」

 警告をきかずにふたたび突進する――

「ちっ――」

 仕方なくシェルも、アームの後を追い駆ける。

「クリア!」

 同じように、フェローが指示を出し、クリアが杖を構え魔法を放つが、

「バカが! 何度も食らうかよ!」

 空中でくるりと回転して、攻撃をかわす。魔法というものは、人間が反応できる速度を超えて放たれる。それがたとえ遠距離であっても、避けることは困難を絶する。だが、アームは近距離でも恐るべき反応をした。

「おらぁ!」

 アームの攻撃が、ついにフェローを捉える。攻撃が当たる瞬間、咄嗟《とっさ》に右肩を魔力で防御したが、使いものにならないほど粉々になる音が聞こえた。

「くぁっっ――」
「一丁あがりぃ!」

 苦痛で顔を歪むフェローを確認して、アームが笑みを浮かべる。クリアが魔法の杖でアームの顔面に一撃を入れようとしたが、シェルがすかさずカバーに入り、魔法の杖を叩き折る。

「これで終わりだ、クリア」

 魔法使いは総じて、武器に依存している。もちろん、例外は存在する。エルフは空気中にある精霊の魔法を借りているので、そもそもなくても問題はない。セーヴェルは魔法の指輪を嵌めており、インザームは長年培った努力で細かい魔力を素手で操作できるようになった。

 しかし、天才であるクリアでも、消滅魔法はかなりの精密さを要する。杖がなければ、魔法を詠唱することは出来ない。皮肉にも、クリアの類まれな才能と魔力の高さが仇となった。
 それを知っていたシェルは、勝ちを確信した。

「なんだ? こいつ、これがなければなんもできねーのか?」

 その隣で、アームが口角をあげて高笑いする。フェローは膝をついて、右肩を抑えている。クリアの顔は恐怖で歪み、死を覚悟した。

 



 
  
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