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最終話:そんな掟はない

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 それから数日後、ノヴェル王太子は多くの罪を犯したことで重罪が課せられるとのことでした。幸いにも王族だったということで死罪だけは免れるとのことですが、生涯投獄される可能性が高いとのことです。
 そして、アンシード家。
 エリアスは、私が闇魔法をかけられていたことは知らなかったようです。といっても、アズライト様を危険な目に遭わせようとしたことについては間違いありません。
 これにより、アンシード家は爵位を剥奪されました。もちろん、私も同じです。
 しかしながら、それは手続き上、仕方のないことなのです。
 けれども、良いのです。私の隣には、こんな素敵な未来の旦那様がいらっしゃるのですから。

「いいのか? オストラバ王国で王妃になることもできたんだが」

 アズライト様が、申し訳なさそうに私に尋ねました。今は豪華な馬車に乗っています。進路先はラズリー王国です。
 さらにアズライト様は、私の魔力が戻るように治療もしてくださいました。
 数日か数週間後、私はまた転移魔法が使えるとのことです。今は本当に嬉しいのです。

「それも考えました。ですが、私はあなたの国を見てみたいのです。今までの私は、他人の幸せばかりを願ってきました。けれども、私もアズライトを見習って強欲な生き方をしてみたいのです!」
「はっ、俺と同じ強欲か、いいじゃないか。それにラズリー王国は素晴らしいところだ。ちょうど、今は桜が綺麗で、気温も良いんだ。気に入ってくれると思う」
「楽しみです!――ねえ、アクア!」
「はい! レムリ様!」
「もう、レムリでいいのに」
「そんなわけにはいきません! 私はずっと、レムリ様のメイドなのですから!」

 そう、アズライト様はアクアも連れていくことを許してくれました。アクアの兄弟は別の馬車に乗っていますが、全員一緒にラズリー王国へ行きます。
 なんと、ロック・クラフト国王様がアクアに家と仕事をプレゼントしてくれるそうです。それもアズライト様が頼んだそうです。ありえないです。
 無欲(アンセェルフィシュ)なんて、誰が付けた名のでしょうか。強欲の塊なのです。

 そして数時間後、小さな港町に降り立ちました。馬を少しだけ休ませるそうです。
 アクアは弟と妹にせがまれて少しだけ観光してくるといって、馬車を後にしました。

「レムリ」
「は、はい」

 今は、アズライト様と私の二人きりです。ドキドキです。こうしてゆっくりお顔を見つめると、改めて恰好いいと思ってしまいます。

「やっぱり、こっちのがいいな。レムリの顔がよく見える」

 ゆっくりとお顔を近づけて、私の前髪をかき上げてくれました。出国するときに急いでいたので、前髪が下したままだったのです。

「は、恥ずかしいです……」

 そして、静かに私の唇を見つめています。アズライト様の瞳が、今から何をするのか物語ってしまっています。ゆっくりと、私のお顔に近づいてきます。

「だ、ダメです! 婚前での口づけはオストラバでは認められ――」
「ラズリー王国にそんな掟はないよ」

 アズライト様の唇と、私の唇が触れてしまいました。柔らかくて、ほのかにいい香りがして、お顔が非常に熱くなってしまいました。

「本当に……強欲なお方です……」
「ああ、レムリは知ってるだろ?」

 アズライト様は、憎たらしい笑顔をしました。
 私はもう誰かに振り回されたり、人のために生きることはしません。これからはアズライト様と共に人生を歩んでいきます。
 彼と一緒なら――どんな未来も幸せになるとわかっていますから。


 それからアズライト様は珍しい魔法具店があったと兵士に言われ、ちょっと見てくる! と、子供のような無邪気な笑顔で駆けていきました。
 なんというか、ちょっぴり寂しいです。しかし、一人で待つのは危険だと護衛を頼んでいきました。なんと――ロック・クラフト国王様にです。


 私はロック・クラフト国王様と同じ馬車の中にいます。
 静かにしていても、とんでもない威圧感があります。何か本を読んでらっしゃいますが、とても内容が気になります。やっぱり、戦争のお話でしょうか。

「そうビクビクするな。何もせんよ」
「す、すみません……あの、聞いていいですか?」
「何でも」

 私は、何を読んでいるのか尋ねようと思いました。けれども、直前で思い立ちました。ロック・クラフト国王様なら、本当の意味を知っていると思ったからです。

「アズライト様は、どうして無欲(アンセェルフィシュ)と言われているんですが? 私が見ていると……その悪い意味ではないですが、色々なことに熱心ですし、強い意思を持っています。とても無欲(アンセェルフィシュ)だとは思えず……」
「ああ」
 すると、ロック・クラフト国王様は本を置きました。私の瞳を見つめます。

「あいつはまだ言ってないのか」
「え? 何をですか?」
「二百年間、この世界を苦しめていた魔王を知ってるだろう」
「もちろん、知っています。数年前、勇者様に倒されるまで、この世界は苦しんでいましたから」

 そして、ロック・クラフト国王様は嬉しそうに笑みを浮かべました。

「その魔王を倒したのはあいつだ。アズライト・ヴィズアードだよ。にもかかわらず、あいつは凱旋パレードはおろか、世界中の褒美の受け取りをも拒否した。それこそ、目がくらむような大金や見たことがない魔法具も、何もかもだ。ワシに唯一お願いしたのは、出来るだけ名前を広めないでほしいとな。じゃが、そう簡単に人の口止めは出来ぬ。それで付いた二つ名が――」
「無欲(アンセェルフィシュ)ですか……」



 なんということでしょう、私の婚約者は――この世界を救った勇者様だったのです。
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