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第36話 その女、狂暴につき。
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『もうすぐ着きます』
メッセージを椿姫に見せると、少しだけ頬を緩ませる。
それに対して、伊織は心配そうにため息をついた。
いきなり戦うとは思ってもみなかったからだ。
二人は、駅前の大きな公園のベンチに座っていた。
夕暮れ時、人は少ない。
「さて、準備運動をしておくか」
確認を終えたところで、椿姫はベンチから腰を上げた。
そのまま腕立て伏せを始める。
「椿姫さん、相手がどんな人かもわからないのに不安とかないんですか?」
「――むしろ楽しみだ。魔物と戦うよりも、私は人と戦うのが好きなのだろうな」
1.2.3.4.5.高速で腕立て伏せをしながら返事をする椿姫。
伊織の心配をよそに椿姫は次にスクワットを始めた。まだ頬にチョコレートが付いている。
慌ててティッシュを取り出し歩み寄る。ふきふきしていると前から声が聞こえた。
「大剣豪さんと伊織さんですか?」
顔を上げると人が立っていた。黒髪ロング、身長は165と女性にしては高く、目が大きい容姿端麗な女性だった。
伊織が誰だろうと首をかしげるも、大剣豪さん、という単語で気づく。
「もしかして……メッセージくれた方ですか?」
「はい」
あまりにも美人だった事と、堂々としすぎている立ち振る舞いに少し驚きを見せるも、キリっと表情を切り替えた。
道場の発端は椿姫だが、伊織も副隊長としての責務がある。
ダンジョンが出現してから多くのパーティーが結成された。
互いの能力を晒しあい、弱点を補うことで安全に狩りを行う。
だが一方で信頼を失って解散することも日常茶飯事だった。ほんの少しのきっかけで瓦解してしまうことは、伊織もわかっている。
だからこそ慎重にならざるを得なかった。
つまり――。
「まずは戦わせてもらえるんですよね。大剣豪さんと」
「私は構わない。だが、伊織から先に大事な話しがあるそうだ」
一歩前に出る伊織。魔力が漏れ出ている事に気づいた女性は、少し警戒したそぶりを見せた。
「なるほど、まずは伊織さんと戦えばいいんですか。いいですよ。やりましょうか――」
「こちらにご記入をお願いします!」
「……え?」
伊織がつきだした紙を手に取る。そこには好きな物、嫌いな物、道場に入ったらしてみたいこと、希望ポジションを書いてほしいと書かれていた。
真面目な伊織が一晩中かけて作ったアンケートである。
「え、なんですかこれ」
「門下生としてこれから命を預ける可能性があるのなら、色々知りたいので」
「お、多くないですか……?」
「大事なことなので!」
「わ、わかりました」
少し言葉につまりながらも、女性はベンチに座る。
「すみませんが。ペン借りてもいいですか?」
「はい!」
「あまり字が綺麗じゃないんですが、いいですか?」
「はい!」
「私は腕立て伏せをしておく」
言葉通り、椿姫はまた腕立て伏せを始めた。
女性はアンケート用紙を上から順番に埋めていく。
好きな色は、嫌いな色は、好きな食べ物は、嫌いな食べ物は。
「好きな食べ物複数あるんですけど」
「いっぱい書いてもらっていいですよ!」
「わかりました」
伊織は、もしかしていい子かもと心の中でつぶやいた。
「で、できました……」
「お疲れ様でした。読ませていただきます! へえ、青色が好きなんですね。妹ちゃんがいると、ふむふむ」
「はい」
疲弊した女性がアンケートを渡す。椿姫はまだ腕立て伏せをしていた。
すべてを読み終えると伊織は声を失っていた。
急いで椿姫に紙を見せようとした。
だが椿姫は首を振る。
「椿姫さん、驚きました――」
「いい。私は、私のやり方でいこう。――私の身体は既にあたたまっている。其方も準備するといい」
「大丈夫です。ここまで走ってきたので。それにもう、うずうずしてるんですよ」
「ほう、そうか」
伊織は何か言いかけたが、それ以上は何も言わず、三人で誰も使っていないコートに移動した。
普段は野球やサッカーで使われている。
椿姫と女性は距離を取るとお互いに目を合わせた。
この瞬間が、椿姫はたまらなく好きだった。手の打ちを明かす一歩手前、それがたまらなく楽しい。
「能力ありでいいですよ。手加減もなしでいいです。私も剣を使うので、大剣豪さんとちょうどいいかと」
女性は自信満々に答えた。椿姫はそれを聞いて頬を緩める。
だが椿姫はなぜか近くに落ちていた大きめの木の棒を拾った。
「君は使ってもいいが、私はこれでいい」
「……もしかして舐めてるんですか?」
「人を侮ったことは一度もない。ただ私の能力は、あまりにも強すぎるからな」
椿姫にとっては何も飾らないただの言葉だった。能力はどこか贈り物のように捉えている。
しかし女性はその言葉でスイッチが入ったかのように魔力を漲らせた。
「――その言葉、後悔させますよ」
すると次の瞬間、女性は手に剣を出現させた。わずかな歪みもなくまっすぐに伸びる刀身。
だが禍々しい魔力を帯びている。どこか日本刀を思わせるほど美しかった。
椿姫はそれを見て怯えることもなく、むしろ喜びから身体を震わせる。
――未知の敵との闘いは何よりも得難い成長となる。
叔父の言葉が脳裏に蘇る。
女性が今にも動きだそうとしたとき、伊織がつぶやいた。
「……凄い魔力。これが柳生三葉さん」
アンケート用紙には、こう書かれていた。
好きな物は青。好きな食べ物はオムライスとウニパスタ。
柳生家長女、椿姫達と同じ高校一年生。
西日本探索協会、公式大会優勝。
20xxx年、世界大会U-15部優勝。
そしてダンジョン探索協会、日本個人ランク一位――。
メッセージを椿姫に見せると、少しだけ頬を緩ませる。
それに対して、伊織は心配そうにため息をついた。
いきなり戦うとは思ってもみなかったからだ。
二人は、駅前の大きな公園のベンチに座っていた。
夕暮れ時、人は少ない。
「さて、準備運動をしておくか」
確認を終えたところで、椿姫はベンチから腰を上げた。
そのまま腕立て伏せを始める。
「椿姫さん、相手がどんな人かもわからないのに不安とかないんですか?」
「――むしろ楽しみだ。魔物と戦うよりも、私は人と戦うのが好きなのだろうな」
1.2.3.4.5.高速で腕立て伏せをしながら返事をする椿姫。
伊織の心配をよそに椿姫は次にスクワットを始めた。まだ頬にチョコレートが付いている。
慌ててティッシュを取り出し歩み寄る。ふきふきしていると前から声が聞こえた。
「大剣豪さんと伊織さんですか?」
顔を上げると人が立っていた。黒髪ロング、身長は165と女性にしては高く、目が大きい容姿端麗な女性だった。
伊織が誰だろうと首をかしげるも、大剣豪さん、という単語で気づく。
「もしかして……メッセージくれた方ですか?」
「はい」
あまりにも美人だった事と、堂々としすぎている立ち振る舞いに少し驚きを見せるも、キリっと表情を切り替えた。
道場の発端は椿姫だが、伊織も副隊長としての責務がある。
ダンジョンが出現してから多くのパーティーが結成された。
互いの能力を晒しあい、弱点を補うことで安全に狩りを行う。
だが一方で信頼を失って解散することも日常茶飯事だった。ほんの少しのきっかけで瓦解してしまうことは、伊織もわかっている。
だからこそ慎重にならざるを得なかった。
つまり――。
「まずは戦わせてもらえるんですよね。大剣豪さんと」
「私は構わない。だが、伊織から先に大事な話しがあるそうだ」
一歩前に出る伊織。魔力が漏れ出ている事に気づいた女性は、少し警戒したそぶりを見せた。
「なるほど、まずは伊織さんと戦えばいいんですか。いいですよ。やりましょうか――」
「こちらにご記入をお願いします!」
「……え?」
伊織がつきだした紙を手に取る。そこには好きな物、嫌いな物、道場に入ったらしてみたいこと、希望ポジションを書いてほしいと書かれていた。
真面目な伊織が一晩中かけて作ったアンケートである。
「え、なんですかこれ」
「門下生としてこれから命を預ける可能性があるのなら、色々知りたいので」
「お、多くないですか……?」
「大事なことなので!」
「わ、わかりました」
少し言葉につまりながらも、女性はベンチに座る。
「すみませんが。ペン借りてもいいですか?」
「はい!」
「あまり字が綺麗じゃないんですが、いいですか?」
「はい!」
「私は腕立て伏せをしておく」
言葉通り、椿姫はまた腕立て伏せを始めた。
女性はアンケート用紙を上から順番に埋めていく。
好きな色は、嫌いな色は、好きな食べ物は、嫌いな食べ物は。
「好きな食べ物複数あるんですけど」
「いっぱい書いてもらっていいですよ!」
「わかりました」
伊織は、もしかしていい子かもと心の中でつぶやいた。
「で、できました……」
「お疲れ様でした。読ませていただきます! へえ、青色が好きなんですね。妹ちゃんがいると、ふむふむ」
「はい」
疲弊した女性がアンケートを渡す。椿姫はまだ腕立て伏せをしていた。
すべてを読み終えると伊織は声を失っていた。
急いで椿姫に紙を見せようとした。
だが椿姫は首を振る。
「椿姫さん、驚きました――」
「いい。私は、私のやり方でいこう。――私の身体は既にあたたまっている。其方も準備するといい」
「大丈夫です。ここまで走ってきたので。それにもう、うずうずしてるんですよ」
「ほう、そうか」
伊織は何か言いかけたが、それ以上は何も言わず、三人で誰も使っていないコートに移動した。
普段は野球やサッカーで使われている。
椿姫と女性は距離を取るとお互いに目を合わせた。
この瞬間が、椿姫はたまらなく好きだった。手の打ちを明かす一歩手前、それがたまらなく楽しい。
「能力ありでいいですよ。手加減もなしでいいです。私も剣を使うので、大剣豪さんとちょうどいいかと」
女性は自信満々に答えた。椿姫はそれを聞いて頬を緩める。
だが椿姫はなぜか近くに落ちていた大きめの木の棒を拾った。
「君は使ってもいいが、私はこれでいい」
「……もしかして舐めてるんですか?」
「人を侮ったことは一度もない。ただ私の能力は、あまりにも強すぎるからな」
椿姫にとっては何も飾らないただの言葉だった。能力はどこか贈り物のように捉えている。
しかし女性はその言葉でスイッチが入ったかのように魔力を漲らせた。
「――その言葉、後悔させますよ」
すると次の瞬間、女性は手に剣を出現させた。わずかな歪みもなくまっすぐに伸びる刀身。
だが禍々しい魔力を帯びている。どこか日本刀を思わせるほど美しかった。
椿姫はそれを見て怯えることもなく、むしろ喜びから身体を震わせる。
――未知の敵との闘いは何よりも得難い成長となる。
叔父の言葉が脳裏に蘇る。
女性が今にも動きだそうとしたとき、伊織がつぶやいた。
「……凄い魔力。これが柳生三葉さん」
アンケート用紙には、こう書かれていた。
好きな物は青。好きな食べ物はオムライスとウニパスタ。
柳生家長女、椿姫達と同じ高校一年生。
西日本探索協会、公式大会優勝。
20xxx年、世界大会U-15部優勝。
そしてダンジョン探索協会、日本個人ランク一位――。
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