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第7話 大剣豪、表舞台でバズる

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 ダンジョンは場所を選ばず突然出現する。市街地、民家、果ては海のど真ん中。
 しかし不思議と死人は出たことがない。

 初めは政府が管理することになるが、私有地だった場合は買取という形となる。
 それは大幅な金額になることが多く、ダンジョン億り人と呼ばれる人が誕生することも。

 椿姫と伊織が訪れていたダンジョンは、渋谷のど真ん中に存在していた。
 かつては公園があった場所で、多くの人が訪れていた。

 誕生したダンジョンは、政府管理の元、探索協会から派遣された『討伐者スレイヤー』と呼ばれる『S』ないし『A』ランカーが、難易度を設定する為に限界まで討伐を試みる。
 彼ら、ないし彼女らは元々ただの『探索者』だったが、あまりの強さに通常ダンジョンの入場を許されなくなった。

 渋谷ダンジョンは非常にめずらしい『FからS』認定されている。
 浅瀬は魔物が弱いものの、中層以降になるとグッと上がるからだ。
 十層以上は4人以上が推奨され、それ以下で試みる場合は、死を覚悟しながら登頂するしかない。


 そして二人は現在――まだ一層の入口に立っていた。

「こうか、こうでいいのか?」
「いいと思います! はい、椿姫さんちょっと待ってくださいね!」

 伊織は、椿姫の袴を綺麗に直す。謎の大剣豪が、ついに表舞台に出るのだ。
 伝説の大配信、大失敗は許されない。

 アシスタントとして、椿姫の友として、黒子として、彼女には人気になってほしい。
 純粋な想いを胸に、何度もポーズの指定をしていた。

 椿姫は言われるがまま、されるがまま。
 
 ――友の言葉は、心に深く刻み込め。

 叔父の言葉を思い出すたび、懐かしく天井を仰いだ。

「おお! いいですね。その感じ、凄いベストです! よっ! 岡山の大和撫子っ!!」
「ふふふ、ありがとう藤崎姫よ」
「伊織でいいですよ。お友達なので!」
「……い、伊織」
「はい!」
「……伊織」
「はい!」
「伊織」
「はい!」
「ふふふ、ふふふ」

 ありがとう叔父。ありがとう岡山。ありがとう剣。ありがとう伊織。

「それで伊織は、本当にその装いで良いのか?」
「え、そんなに変ですか?」
「変というか、黒いなと思っただけだ」
「とりあえずは黒子(仮)として頑張ります! まずは!」
「そうか」

 するとそのとき、笑い声が聞こえた。
 椿姫が隣に視線を向けると、茶髪の髪の一団――五味がこっちを見ていた。

「何だあれ? 侍と黒子か?」
「最近コスプレ流行ってますからね。渋谷ダンジョンなう~、じゃないっすか?」
「五味さん、どうします? あいつら晒してやりますか?」
「ハッ、それよりもっといい事考えたぜ」

 椿姫は、静かに鞘に手を触れた。そして見逃さなかった、伊織が少しうつむいたことを。

「よォ、お前ら何してんだ?」
「なう~だろ? なう~」

「其方に答える必要はない」

 一瞥する椿姫。しかし、周りの男が騒ぎ始めた。

「五味さんこいつ……よく見たらめちゃくちゃ可愛くないっすか!?」
「確かに、まぁまぁカワイイじゃねえか」
「なあ、ライン教えてや~?」

「そんなものは知らぬ」

 素直に答える椿姫。だが「馬鹿にしてる?」と煽られてしまう。
 椿姫は、はあとため息をつく。こ奴らが友を危険にさらしていたのなら、すぐにでも断罪する。
 だが証拠がない。この目で迷惑をかけているところをみたわけでもない。
 叔父は言っていた。真実とは、己の眼で見極めるものだと。

 だから手は出さない。とはいえ、心境は穏やかでなかった。

「どうだ侍? 俺のアシスタントにしてやろうか?」
「断る。既に大切なお友達がいる」
「お友達? はっ、なんだこの黒子か?」

 ぎゃははと笑う五味ども。次に伊織をバカにすれば、椿姫は容赦しないと心に決めた。
 しかし五味どもは行こうぜ、とダンジョンの奥へ向かった。

「ま、こんな映えなうの奴らを相手にしてたら俺の格が下がるぜ。ほな行くぞお前ら」
「ええ、もったいなくないすか!?」
「馬鹿! 五味さんがそういってんだ! んっ、なんか背筋が……」

 後ろ姿に軽い殺意を送りつつ、椿姫は視線を外す。

「騒がしい奴らだな」
「……気にしないでおきましょう。今日は、私たち初めての配信ですしね」
「そうだな。それで、今日はただ魔物を倒すだけでいいのか?」
「はい! 椿姫さんの剣術を披露しましょう! きっと、それだけで凄まじい配信になりますよ! ええと、バズります!」
「そうか。だと嬉しいな」
「配信の名前は何にしますか?」
「任せていいか? そのあたりは詳しくないのでな。とはいえ、宮本という名前があると嬉しいのだが」

 伊織は少し悩んだ後、『謎の大剣豪、宮本剣術だった件。with、伊織黒子』という配信名を設定した。
 金髪碧眼でありながら、ネットにも詳しいのだ。

「それで、配信はどれでするのだ?」
「このドローンカメラです。手持ちと自動モードで撮影しますよ」
「そうか」

 椿姫は、よくわからないとただ返事をする癖があった。
 椿姫の、悪い癖かもしれない。

「とりあえず魔物を倒すところからにしたほうがいいかもしれないですね。椿姫さんの事が一発でわかりますから」
「なら、少しまで走るか」
「はい! あ、でも私足が遅くて――」
「構わん、私が抱えよう」

 椿姫は、伊織を抱えると、突然に走った。
 あまりの速さに伊織が――悲鳴を上げる。

「え、えあひあああああああああああああああああああああああああ、つつつつつ、椿姫さあああああああああん!?」
「すぐ到着する。待ってくれ」

 一層、二層、三層、伊織は魔物の横を通り過ぎるたびに心臓が震えて、いつの間にか気絶していた。
 そして時間が経過、椿姫は伊織を下ろす。
 目を覚ました伊織は早速配信を付けるも、気づく。

「こ、こここここここ、十五層じゃないですか!?」
「鶏の真似が上手だな伊織。ん、そうなのか?」

 渋谷ダンジョンの十五層は、ネームド級の魔物がうようよしている。事前に説明したはずだが、椿姫はよくわかっていなかった。

 そして伊織は、自分の目を疑う。
 椿姫の後ろ、かなり遠いものの、デカいケンタウロスがいることに気づいたからだ。

「……落ち着こう。落ち着こう。椿姫さんがいる。私は一人じゃない」
「どうした? 椿姫」

 するとそのとき、スマホから音がピコンと響いた。

「ん、同時接続者1人と表示されたが、これはなんだ?」

 ”謎の大剣豪ってマジ?”

「椿姫さん、視聴者リスナーです! あ、挨拶を!」
「任せろ――」

 挨拶、それすなわち剣の腕。
 椿姫は魔物に駆けた。伊織のカメラの性能は頗る高い。
 だがしかし、椿姫の残像を捉えることは難しかった。

 ケンタウロスは、多くの探索者を震えさせた最強種の魔物の一匹である。
 だがそれを、椿姫が知る由はない。

「――宮本流、剣閃」

 瞬間――軌跡、奔る。

 魔物、ケンタウルスの身体がズレていく。
 そして、豪快な音が響いた。

「凄すぎる……あ、椿姫さん! これでコメントも――」

 しかし――。

 ”何も見えねえじゃねえか。魔物が勝手に倒れただけかよ。偽物め”

 @謎の大剣豪大好きさんが、退出しました。

 椿姫は戻って来ると、「どうだ、バズったか?」といつもより嬉しそうに声を上げた。
 だが伊織は「ま、まだこれからです!」と答える。

「そうか。しかし随分と魔物が溢れているみたいだな。――少し減らしておくか」

 魔物が溢れすぎると、ダンジョンが崩壊してしまう。元々、政府だけの管理だったのだが、手が回らなくなり、それによって大変な事態を招いたこともある。


 ”なんか黒いのちょこちょこ動いてるけど、なに?”

 ”謎の大剣豪? どこにいるんだよ”
 
 ”ただ魔物が倒れていく動画の切り抜き?”

 視聴者は増えては消え、増えては消えていく。
 謎の大剣豪の意味が、伊織はようやくわかってしまった。

 椿姫の動きが速すぎて、動画に映らないのだ。

 しかし椿姫は気にしてなどいなかった。お友達――伊織がバズるということであれば、ただいつものように剣を振るのみ。
 凄まじい剣技を披露しながら魔物を倒していると、叫び声が聞こえた。

 それに気づいたのは、椿姫と伊織、同時だった。
 同時に、隣のフロアまで走る。

 するとそこで、4人のパーティーが魔物の大群に追いかけられていた。

「は、走れ! くっ、みんな諦めるな!」
「はあっはあっ、足が動かない――」
「ダメだよ! がんばって!」
「はぁっ……はぁっぁっ……」
 
 彼らは必死に逃げている。
 そしてそれを、撮影する――茶髪、五味どもの姿があった。

「今、緊急で動画とってるんですけど、めちゃくちゃヤバイ状況です! 魔物の大群においやられて、『B級』パーティが大変なことになってるみたいでーーす」
「ぎゃはは、逃げろ逃げろ! 死ぬぞ!」
「五味さん、これマジでやべえっす! ぎりぎりっすよ!」

 それを見た椿姫は動こうとしたが、伊織が止める。

「どうした。急がねば――」
「五味の足元、煙が見えます。あれは『魔物寄せ』です。おそらく彼らが仕向けたのでしょう。あれを奪わないと、きっと永遠に集まってきます。ただ、五味は目覚めし者アウェイカーです。今まで何人も彼を捕まえようとしましたができませんでした。秘密の能力があるはずです。それを突き止めなければ」

 ダンジョンが誕生してから様々なアイテムが誕生した。その数は、ゆうに1000を超える。
 しかし伊織はそのすべてが頭に入っていた。人を助けるためには、適切な処理が必要だからだ。

 気づけば同時接続は100人に増えていた。魔物の多さが、人を引き留めていた。

 ”なんだこれ、やべえ”
 ”五味がいるじゃん、またあいつか?”
 ”大剣豪宮本って? この袴の後ろ姿、まさか”
 ”……嘘だろ?”

 配信の事はすっかり忘れ、伊織はどうやって煙を止めようかと考えていた。
 そしてそのとき、椿姫が、ふうと一呼吸した。

「私が注意を引く。――頼んだぞ伊織」

 椿姫は魔物の大群に突っ込んでいった。それに気づいた視聴者が、声をあげる。

 ”……は? え、つ、突っ込んだ!?”
 ”嘘でしょ? え、マジで剣豪なの?”
 ”え、マジ!? ほんと!?”
 ”勝てるのか!?”
 ”え、なにこれ、何これマジ?”
 ”ヤバくねえ!?”

 五味の配信からも騒ぎ声が聞こえた。伊織はドローンカメラを自動モードにすると、静かに五味の後ろに回った。
 そしてそのとき、見てしまう。

 ――宮本椿姫の、本当――強さを。

 ――ドゴオオオオオオン。

 5メートルはある魔物が、思い切り吹き飛んでいく。
 地面には怯えて震えた4人、その前には――宮本椿姫。

 椿姫が蹴りつけたのだ。

「もう大丈夫だ。私が、何とかする」

 椿姫はその場で呼吸した。宮本剣術は殺人剣ではなく、活人の剣である。
 だが魔物には容赦ない。

 配信はぐんぐん増えていた。現在――同時接続――1万を超えた。
 ただし、椿姫の姿は後ろしか見えていない。

「――宮本流、連天昇れんてんしょう

 椿姫は、目にもとまらぬ高速斬撃を繰り出した。
 魔物が連続で切り刻まれていく。一匹、また一匹と消えていく・・・・・
 定点カメラになったことで、椿姫の剣は見えずとも、軌跡は捉えられていた。

 ”大剣豪マジのやつじゃんww”
 ”ちょっ、今のネームドじゃねえの!?”
 ”ふぁっ!? え、これ斬ってるの!? マジ!?”
 ”ヤバすぎだろwww”
 ”まるで魔物がプリンみたいだ”
 ”すげえええええええええええええええ”
 ”これが、謎の大剣豪なのか”
 ”マジでやべええええええ”

 同時接続者はとんでもないことになっていく。10万、20万、そして驚いたことに、登録者数も同じほど増えていた。

 そしてそのとき、五味が持っていた煙が、伊織の手によって破壊された。

 煙が消えていく。五味が伊織に気づく。

「だ、誰だテメェ!」
「これはやりすぎです。証拠もしっかり押さえましたよ」

 もう一つのカメラを構えていた伊織が、五味を激写していた。

 ”五味マジでゴミだな”
 ”これは完全な証拠”
 ”殺人罪だろ。ダンジョン法で裁けるはず”
 ”ちゃんと裁かれてくれ”
 ”煙で引き寄せてたのか”

 配信に気づいた五味、そしてそのとき、動画に『BANされました』との文字がうつる。

「はあっっ!? なんでだよ!? クソ、クソ!」
「五味さん、どうしたんすか!?」
「こいつらのせいだ! クソ、こいつのスマホを奪え! 誤魔化せばまだ間に合うはずだ!」
「は、はい!」

 伊織の能力、守護者あなたを守るは人を癒し、守る。
 戦闘向けではないにもかかわらず、彼女はダンジョン内で1人人助けをしていた。
 それは、見極めに長けていたからだ。

 五味どもの攻撃をひらりとかわすと、あえて魔物に突っ込んだ。

 ――なぜならそこに椿姫が来てくれると分かっていたから。

 椿姫は、伊織に襲いかかる魔物を瞬殺して、前に立つ。

「――よくやったお友達よ。後は任せてくれ」

 椿姫は、瞬時に五味どもに駆け寄った。

「なんだてめぇっ――くぁっあ」
「――くぁっぁ……」

 取り巻きを殴打で気絶させて、五味ににじり寄る。

「己の罪を認めろ」
「――ば、バカが! じゃあな――」

 そのとき、五味が忽然と消える。
 能力は透明カメレオン。今まで捕まらなかったのは、これのおかげだった。

「クソ、ここから逃げてアリバイを作ればなんとか――」

 しかし次の瞬間、五味は後ろから追従する声に気づく。

「足音を消してもおらぬのに、それでバレてないとでも?」
 
 能力のデメリットは、誰かに触れられると、姿が現れることだ。
 椿姫に肩を触れられた五味、透明化が消えていく。

 ”そうか、透明化だったのか”
 ”五味を見つける剣豪すげえ”
 ”大剣豪ヤバすぎる”
 ”なんでわかったんだ?”
 ”ヤバすぎ”

 五味はポケットからナイフを取り出すと、椿姫に斬りつけた。
 しかし椿姫は人差し指と中指、2本で受け止めた。

「――下郎が、お前には剣を見せる気にもならん」

 そのまま鞘で五味を殴りつけた。ただ勢いが凄まじく、思い切り壁に吹き飛んでいく。

 ”いい気味だ”
 ”これは五味ざまあ”
 ”五味、これで終わったな。ダンジョンで人に危害を加えようとした証拠もばっちり”
 ”ああ、終わりだな”

 そしてそのとき、最後の煙に充てられた魔物が、姿を現した。

 ”大剣豪おおおおおおお、うしろおおおおおおお”
 ”うあああああああああああ”
 ”やべええええええええええ、S級の大蛇ハルキュリオンじゃん”
 ”逃げてええええええええええ”
 ”ヤバいヤバいヤバイヤバイ”


 今まで誰も倒せなかった。口から酸を出す大蛇ハルキュリオン。
 流石の伊織も叫ぶも、椿姫は、1人で歩み寄る。

「シャアァァッァアッ!」
「懐かしいな。よく山で叔父とヘビ狩りをしたものだ――」

 次の瞬間、椿姫はカメラの限界を超えた。
 凄まじいほどの酸が降りかかるも、それを軽やかに回避する。

 そして剣を構えて、斬る。

 点、線と線、ただ、それだけしかみえない。

 次の瞬間、ハルキュリオンが小さく切り刻まれて堕ちる。

 ”……はい?”
 ”何が起きてるんだ!?”
 ”剣技かどうかもわからねえ!?”
 ”剣豪……凄すぎる”
 ”何の能力なんだ”
 ”でも、魔法のエフェクトもないぞ”

 全てが終わると、椿姫は振り返った。

 満面の笑みで、伊織に語り掛ける。

「すまぬ。バズらせることを……忘れていた」

 そして伊織が、叫ぶ。

「いやもう、バズってますから!!!!!!!!!!!!!」

 世界最速――一日で登録者数百万人――達成である。

 ”ヤバすぎwwwwwww”
 ”謎の大剣豪のデビューだああああああああああああ”
 ”伊織って、もしかしてアイドルの伊織!?”
 ”これはやべえことになった”
 ”うわああああああああああああ、毎日配信してくれええええええええええええ”
 ”後ろ姿しかみねえねええんだってwwwwwww”
 ”大剣豪おおおおおおおおおおw”

 ”これは伝説の一夜だ”
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