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第37話 親愛なる我がお師匠様

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 自動水やり機が無事に動き、土を耕し、肥料をまいた数日後。

 いつもの穏やかな早朝――と違って、レナセールの叫び声で目覚める。

「ベベベベベベベベ、ベルクさまああああああああああああああああああ」

 慌てて飛び起きると、机の上に置いていた護身用のナイフを片手に一階へ。
 階段から転げ落ちそうになるも、何とか踏みとどまる。

 テーブルの上では、サーチが眠っていた。
 改良した侵入者探知も作動していない。
 いや、それより彼女はどこだ――。

「――た、たたた、たたたたた、大変です!」

 声がしたのは、中庭だった。
 視線を向けた瞬間、構えていた短剣が零れ落ちる。

 恐ろしい事が起きていた。

 いや、凄いがおきていた。

 な、な、な、な、な、なんだこれは!?

「なぜ、”野菜”が全部、飛び出してるんだ……」

 レナセールが驚いたのも無理はない。
 植えたばかりの”にんじん””キャベツ””レタス””玉ねぎ”が既に『完成』された状態でごろごろと飛び出ていたのだ。

「わ、わかりません!? え、ええと――」

 そのとき、何を思ったのかテンパった彼女が、野菜を拾おうと近づいた。
 水やり機が、まだ動いている。

 ――ぴゅっぴゅっ。

「ふええええん、ベルク様ああああ……」

 ちなみに今日も、つけていなかった。

  ◇

「ベルク様、できました!」

 とびきりの笑顔で、レナセールが持ってきてくれたお皿には、とれたての野菜がふんだんに使われたサラダだった。
 もちろんそれだけではなく、高級肉との野菜炒めも。

 普段ではありえないほどの色とりどりに、俺も頬が緩む。

「凄いな……朝から豪華だ」
「えへへ、今日は最高の朝ですね!」

 ドレッシングはなかったが、マヨネーズをこの前作った。
 酸味のあるフルーツと混ぜ合わせると、ちょうどいい味になる。

 シャキシャキのサラダをよそって口に運ぶと、野菜のうまみと甘みが凄く調和していた。
 これは……元の世界よりもおいしいな。

「美味しい……。ベルク様の言う通り、本当に私のおかげなんでしょうか?」
「魔法の性質を見る限りではそうだな。俺も知らなかったが、よくよく考えると説明がつく」
「どういうことです?」
「エルフは森に棲んでいる事が多いだろう。人里に降りずに自給自足していることを考えると、至極当然だ。精霊と魔法の組み合わせが、成長を促したんだろう」

 能力を使って魔力を分析してみたが、自動水やり機が関係していることに気づいた。
 エルフの力と合わさったことによる成長促進。

 魔法がある世界なので不思議でも何でもないのだが、やっぱり不思議だった。

 ただ、美味しい。

「これからこの野菜が食べられるのか、最高だな」
「そうですね! でも、ベルク様のじっくりまったり待とうってのがないのはちょっと残念です」
「確かにな。とはいえ当初の目的がすぐに達成されたのは良いことだ。レナセール、おめでとう。君は錬金術師の第一歩を歩んだ」

 俺の言葉に、レナセールは手を止めた。
 

 ――錬金術とは、人を喜ばせる為にある。


 これは、この世界で錬金術師を目指す人たちに捧げられる言葉だ。

 決して驕ることなく、人の為に生き続ける。

 もちろん全ての錬金術師がそうなりたいとは思っていないだろう。
 実際、悪用して罪を犯したという人もいる。

 しかし俺はこの言葉が好きだ。自分が錬金術師となったのも、品行方正で生涯を終えたいという気持ちからでもある。

 そして、”師匠”がよくいっていた。

 ……まあ、あの人は本当にそうなのか? とはいつも思っていたが。

 ふとレナセールに視線を向けると、驚いた事に――。

「どうした!? 大丈夫か!?」

 彼女は涙を流していた。驚いて声をあげるも、微笑みながら拭う。

「嬉しいんです。こんな私でも、誰かの為に生きられると思えたことが」

 戦闘用として働かされていたことは、レナセールにとって最悪な思い出だ。
 一度も伝えたことはないが、彼女はたまに涙を流しながら寝ている。
 そのときは心が震えた。
 しかし、もうそんな気持ちには絶対にさせない。

「レナセール、これから頑張ろうな。もっと大勢の人を幸せにするんだ。俺と一緒にな」
「はい! 頑張ります! 私、もっと頑張ります」
「となると、試験の対策も始めるか。まだ数か月の猶予はあるが、基礎的な知識も必要になる。記憶力は問題ないと思うが、ややこしい手順や調節があるからな」
「わかりました! それとベルク様は、以前いっていたお師匠様の元で試験の対策をしていたのですか?」

 ……試験の対策。

「どうしました? ベルク様? おてて震えていませんか?」
「いや、なんでもない。その、ただ震えているだけだ」
「え、ど、どういうことですか!?」
「いや……」

 師匠との会話は、一言一句思い出せる。
 初めて出会ったのは、森の中だ。

 魔物に襲われていた所を助けてくれた。

 元気にしているだろうか――。

 そのとき、サーチがニャアアアゴと叫んだ。
 今日は郵便が来る予定だった。

 まだ新居に慣れておらず、サーチもわからないんだろう。
 二人で玄関へ移動すると、聞き馴染の声が聞こえた。

「――ベルク、私だ」

 心臓が鼓動する。錬金術の試験の対策を思い出す。

『し、師匠、こ、これはいつまで続けるんでしょうか……』
『できるまでだ。別に辞めたいなら構わない。ただ、お前が言い出したんだろう? 錬金術師になりたいと。だったら、朝まで腕立て伏せをしておけ――』

 開けたくない。開けたくないが、気づけば手が動いていた。

「久しぶりだなベルク。少しやせたか?」
「い、いえ。ど、どうしてここに?」
「王都での優勝は私の耳にも入ってる。街にくれば、弟子の魔力を探し出すなんて造作もない」

 そこに立っていたのは、銀髪で妖艶な女性だ。
 目鼻立ちはレナセールに負けず劣らず整っており、身長はモデルのように高い。
 
 胸囲はもう、とんでもない大きさをしている。
 着ている服は、漆黒の魔法使いのローブ、ふともものスリットがセクシーだ。

 レナセールが、ようやく声を発する。

「あ、あなた様はどなた様なのでしょうか……?」
「? なんだベルク、彼女ができたのか。良かったな」
「え、彼女――え、へへ、えへへ。あ、ええと!? 違います。私は――ベルク様の奴隷です!」

 その瞬間、俺は鳥肌が立った。
 違う。これは違うんです。いや、違わないけど、違うんです。

「……ベルクお前、いつから性欲大魔神に成り下がった?」

 俺の胸ぐらを掴み、眉をひそめ、とんでもない魔力を漲らせたのは――S級冒険者であり、一級錬金術師であり、元宮廷魔法使いのレベッカ・ガーデン。

 そして――俺の師匠だった。
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