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イルマ
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「遺産の相続等の手続きはお済みですか?」
女の声をした自動音声が広い個室に響き渡る。
「はい。」
「では、これから安楽死を行っていきます」
単々とした音声は選ばせることなんてしないようにさえ思えた。
「……はい。」
俺はもうすぐ死ぬ。死因、安楽死。
これを自殺というのだろうか。
けどもう、非難されようが難癖つけられようが、もう、どうでもいい。
だってもう、死ぬのだから。
安楽死が合法とされた、この国。
俺はこの国の民でもなんでもないが、ただどうしようもなく死にたくなって、この地に降り立った。
言わば、観光客みたいな感じだ。
美しい土地が、俺の最後の思い出となっている。
個室の扉が開いて、打ち込む薬が医師の手によって持ち込まれる。
……女だ。
しかも綺麗な、若い女……………
「今回担当させて頂きます、イルマと申します。」
女は俺に向かって丁寧に頭を下げた。
俺の心臓はドクドクと鼓動を早めた。
「左腕、失礼します。」
細い針が俺の血管に刺される。
注射器の独特な痛み。いつぶりだろうか。
けれど、そんな事を考える暇もないくらい、イルマと名乗った女は美しかった。
その土地らしい透き通った肌に、LEDの光を反射するプラチナブロンドの髪。
長く伸ばされたそれは医師らしく後ろでひとつに束ねられ、身につけた白衣と同化して淡く美しく輝いている。磨く前のブルークォーツをはめ込んだような、繊細で美しい瞳はただ俺の血管を捕らえようと、濡羽色の瞳孔は小さくなっている。
死に際にアフロディテが俺に微笑みかけてきたような、妙な恍惚さと陶酔感に溺れた。
「イルマさん」
気付けばそう呟いていた。
注射器の針を抜いたイルマが顔ごとこちらを向いた。
「俺はあとどのくらいで死にますか。」
窓の無い個室の外に小雨の音が聞こえた。
イルマは少し寂しそうな声色で言った。
「人によりますが、大抵の方は三十分程で」
「そうですか。」
俺はイルマの言いかけた言葉を遮った。
これ以上、イルマの寂しそうな姿を見ていたくないと、そう、思ったからだ。
イルマの幻想的な顔立ちが余計に俺を悲しくさせる。
「イルマさん、」
イルマの手が膠着する。
「俺は何人目ですか。」
イルマはひとつ息を吸った。
「…二人目、ですね。」
自分で聞いておいて酷く悲しい気分になった。
「すみませんね、こんな事聞いて…」
「いえ、大丈夫です。
慣れなきゃ、行けないので。」
気付けば、イルマをか弱い少女のように捉えてしまっていた。名札の「研修医」の文字がLEDに負けている。
「……」
しばらくの沈黙が二人の間に流れた。
俺に繋がれた心拍計の音が小雨と混じってやけに大きく感じた。
「あの、」
不意にイルマが声を発した。
「あの、……失礼でなければ、ですが」
イルマの声がつっかえつっかえに飛び出る。
「……手を握っていても、良いですか、?」
俺はその言葉に吃驚してしまって、一気に顔が赤くなるのがわかった。
「良くない、訳が」
そう口を突いた瞬間、イルマは俺の右手を両手で包んだ。鼓膜の内部からドクドクとゆっくりした爆音が脳に響く。
感情の昂りに任せ、俺は未来の自分に向かって脳内で静かに叫んだ。
なぁ、来世の俺よ。
お前は今、どう生きている?
どういうふうに生きて、どういうふうに死ぬビジョンがある?
俺はな、まさかこう死ぬとは思ってなかったさ。
こう、生暖かい気分で死ぬとは、思っていなかった。
生きろ。
頼むから生きてくれ。
そんで、イルマさんと綺麗になってくれ。
綺麗な綺麗な、形を形成して死んでくれ。
これが俺の、前世からの、望みだ。
女の声をした自動音声が広い個室に響き渡る。
「はい。」
「では、これから安楽死を行っていきます」
単々とした音声は選ばせることなんてしないようにさえ思えた。
「……はい。」
俺はもうすぐ死ぬ。死因、安楽死。
これを自殺というのだろうか。
けどもう、非難されようが難癖つけられようが、もう、どうでもいい。
だってもう、死ぬのだから。
安楽死が合法とされた、この国。
俺はこの国の民でもなんでもないが、ただどうしようもなく死にたくなって、この地に降り立った。
言わば、観光客みたいな感じだ。
美しい土地が、俺の最後の思い出となっている。
個室の扉が開いて、打ち込む薬が医師の手によって持ち込まれる。
……女だ。
しかも綺麗な、若い女……………
「今回担当させて頂きます、イルマと申します。」
女は俺に向かって丁寧に頭を下げた。
俺の心臓はドクドクと鼓動を早めた。
「左腕、失礼します。」
細い針が俺の血管に刺される。
注射器の独特な痛み。いつぶりだろうか。
けれど、そんな事を考える暇もないくらい、イルマと名乗った女は美しかった。
その土地らしい透き通った肌に、LEDの光を反射するプラチナブロンドの髪。
長く伸ばされたそれは医師らしく後ろでひとつに束ねられ、身につけた白衣と同化して淡く美しく輝いている。磨く前のブルークォーツをはめ込んだような、繊細で美しい瞳はただ俺の血管を捕らえようと、濡羽色の瞳孔は小さくなっている。
死に際にアフロディテが俺に微笑みかけてきたような、妙な恍惚さと陶酔感に溺れた。
「イルマさん」
気付けばそう呟いていた。
注射器の針を抜いたイルマが顔ごとこちらを向いた。
「俺はあとどのくらいで死にますか。」
窓の無い個室の外に小雨の音が聞こえた。
イルマは少し寂しそうな声色で言った。
「人によりますが、大抵の方は三十分程で」
「そうですか。」
俺はイルマの言いかけた言葉を遮った。
これ以上、イルマの寂しそうな姿を見ていたくないと、そう、思ったからだ。
イルマの幻想的な顔立ちが余計に俺を悲しくさせる。
「イルマさん、」
イルマの手が膠着する。
「俺は何人目ですか。」
イルマはひとつ息を吸った。
「…二人目、ですね。」
自分で聞いておいて酷く悲しい気分になった。
「すみませんね、こんな事聞いて…」
「いえ、大丈夫です。
慣れなきゃ、行けないので。」
気付けば、イルマをか弱い少女のように捉えてしまっていた。名札の「研修医」の文字がLEDに負けている。
「……」
しばらくの沈黙が二人の間に流れた。
俺に繋がれた心拍計の音が小雨と混じってやけに大きく感じた。
「あの、」
不意にイルマが声を発した。
「あの、……失礼でなければ、ですが」
イルマの声がつっかえつっかえに飛び出る。
「……手を握っていても、良いですか、?」
俺はその言葉に吃驚してしまって、一気に顔が赤くなるのがわかった。
「良くない、訳が」
そう口を突いた瞬間、イルマは俺の右手を両手で包んだ。鼓膜の内部からドクドクとゆっくりした爆音が脳に響く。
感情の昂りに任せ、俺は未来の自分に向かって脳内で静かに叫んだ。
なぁ、来世の俺よ。
お前は今、どう生きている?
どういうふうに生きて、どういうふうに死ぬビジョンがある?
俺はな、まさかこう死ぬとは思ってなかったさ。
こう、生暖かい気分で死ぬとは、思っていなかった。
生きろ。
頼むから生きてくれ。
そんで、イルマさんと綺麗になってくれ。
綺麗な綺麗な、形を形成して死んでくれ。
これが俺の、前世からの、望みだ。
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