人狩り(仮)

氷上ましゅ。

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人狩り。

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とある劇場の舞台裏。
一人の男がこう言った。

「行くで、お米。」

それに答えるようにもう一人の男が口を開いた。

「嗚呼、お豆。」

二人は横に並び、同時に照明のりつけて暑すぎるとも言える舞台に足を踏み出した。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「人狩り」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「あ~~~!!今日も大盛況やったなぁ!」

お豆と呼ばれていた男が伸びをしながら関係者出口から出てきた。
本名、滝谷たきや  りょう
芸名、滝谷 お豆  まめ
ノリに乗っているとある漫才コンビのボケ担当。
毛先に向かって緩くウェーブのかかった髪は人工灯じんこうとうに照らされほんのり赤茶に輝き、鼈甲べっこう小洒落こじゃれた眼鏡もそれに合わせて光を緩く反射している。

「嗚呼、そうだな。」

お米と呼ばれていた男もお豆の後ろから出てきた。
本名、佐藤さとう じゅん
芸名、佐藤 お米  こめ
ノリに乗っているとある漫才コンビのツッコミ担当。
全くクセのないそのつややかな黒髪を風にゆだね、疲れたとでも言いたげに服のすそに顔をうずめている。
滝谷がスマホ片手に佐藤に声を飛ばした。

「なぁお米、今日飲み行かん?
後輩と可愛い女の子も来る予定してるんやけど…」
「行かない。」

佐藤はそう滝谷の声を遮った。
滝谷はがっかりした様子で

「…そっか。」

と言った。
佐藤は「じゃあな。」と一言返すと、さっさと足早に滝谷の横を通り過ぎ去って行った。
滝谷はその背中を見ながら呟いた。


「…もう、無愛想な奴やな。」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「今日のライブ、大成功だったな…
またネタ考えないと…」

そうポツリと呟くと、俺はロッカールームの一角で服を脱いだ。


俺の名前は佐藤純、表向けには最近人気と注目が集まって来て絶好調の漫才コンビのツッコミ担当、
そして、その裏では…


頼まれて人を殺す、俗に言う殺し屋をやっている。
当たり前だが、このことを知っている者は居ない。
今回の依頼は、とあるオカマバー「V」の店長、ヴァルハラ絵利果エリカを殺せ、だ。
俺はひとつ息を吐いた。

「にしても…『不倫されたから殺してくれ』なんて、依頼してきたのが、まさか名高い議員とか…」

俺はまたひとつため息をついた。
あの議員、あとでばれたらえらいことになるぞ…今まで以上にしっかりしないと…
などと思いながら、俺は拳銃にたまを込めた。



少し歩いて、目的地となるバーに着いた。
俺はそっとカーテンのかかる窓から中を覗き込んだ。
更衣室だろうか、その中央にヴァルハラは居た。
どう見ても女にしか見えない男共の着替えを手伝っている。
ヴァルハラの周りには、他に六人ほど居た。
依頼主の議員は、「目撃者も全員殺せ」と命じてきた。ばれるのがよっぽど怖いのだろう。
なら、さっさと片付けてしまおう。俺も疲れてるから正直言って早く帰って寝たいのだ。

「じゃ、行きますか…」

助走をつける為の距離をつけて、そのままの勢いを殺さぬまま窓に向かって走る。
窓が近づいてきたところで軽く跳び、片足を前に突き出して窓を割って、その勢いで中に入った。
予想以上に大きな音がして、ガラスの破片が飛び散った。
数名から甲高かんだかい悲鳴が聞こえる。
これはまずい。
一瞬、部屋を見渡した。
ヴァルハラと、それ以外に七人。八畳ほどの広さの部屋。いける。
俺は右手でナイフを返すと、近くにいたやからの首をりつけた。
短くうめくと、斬られた部分を押さえて倒れた。
それを見ている暇は無い。

「あああああああ!!!!!」

左側からヒールを持って俺に殴りかかろうとしてくる奴を一蹴いっしゅうし、息の根を止め、次々と叫び続ける奴とパニックを起こして逃げようとする奴を気絶させ、背中から心臓に向けてナイフを突き刺した。
残り、ヴァルハラを含め三人。震えながらヴァルハラの前に立って両手を広げているのと、祈るようにこぶしを握りしめているのと。
俺はヴァルハラの前に立ちはだかっている方の胸を斬りつけた。
そいつは痛みに耐えきれなかったのか、ひとつ呻いて傷を押さえながら膝から崩れ落ちた。

「カオルちゃん!!」

ヴァルハラが叫んだ。
目に痛いピンクのドレスが胸元から塗り替えられていく。
俺はそれを横目に拳銃を取り出し、拳を握りしめた奴の心臓に向けて、弾をはなった。
そいつは声も出さず、ばたりとその場に倒れた。
ヴァルハラが唐突とうとつに怒ったような声を出した。

「ちょっとアンタ!!なんで何もしないのよ!!!!!」

?「なんで何もしないの」…?俺は床から視線を上げた。思わず目を見開く。
そこにはしっかりとバーテンダーの制服に身を包み、悠々ゆうゆうと椅子に足を組んで座り、優雅ゆうがに紅茶を飲んでいる滝谷が居た。
ふと滝谷がこっちにいつものにっこりとした明るい笑顔を向けた。

「おー!お米、おつかれさん。」

見間違いとかじゃない、間違いなく滝谷だ。
俺は一瞬混乱しかけた。
だが後ろにせまる気配に我に返った。
風を感じてぱっと後ろに退しりぞいた。
気付けばさっきまで居たところに拳が振り下ろされていた。
ヴァルハラが滝谷に問う、

「アタシがなんでアナタをやとったかわかってるの!?」

滝谷は冷め切った眼でヴァルハラを見つめた。
沈黙が流れる。

「ハッキリ言いなさいよ!!!!!」

ヴァルハラが拳を振り上げた。俺は後ろに気配を感じて、その方向に発砲した。
さっきのピンクのドレスの奴だった。
その直後、ガタンと大きな音がして、そっちに振り返った。
滝谷がヴァルハラの頭を踏んでピストルをヴァルハラの後頭部に向けている。

「お、のれ………」

高そうな革靴がぎりぎりと音を立てて、ヴァルハラの頭が床に押し付けられていく。
滝谷は少し右に首を傾け、たっぷりと煽りを含んだ口調でこう言った。

「オッサンは黙っといてもらえます~?」

言い終わると、滝谷は迷わず発砲した。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そのあと少し沈黙が続いて、滝谷は惨状と化したこの部屋から出ようとした。
俺は無意識にその腕を掴んだ。

「待ってくれ。」

気付けばもう口から言葉が出ていた。
滝谷がこちらに振り返る。
俺は史上最高にぎこちない笑顔を浮かべながら言った。嫌、言ってしまった。

「今から、俺の家で飲まないか?」

滝谷はぱっといつもの顔に戻ると、嬉しそうに

「なんやお米から誘うて来るとか珍しいなぁ!」

と返してきた。
なんか、変な力が抜けた気がした。




簡単にシャワーを浴びて着替えた後、俺らは近くのコンビニに入った。
誘ったは良いものの、手頃な酒が家に無いのだ。
酒を選んでいると、滝谷が話しかけてきた。

「で、なんでお米はあんなとこいたん?」

俺は疲れた顔で聞き返した。

「それはこっちのセリフだよ…滝谷こそ、なんであそこに?」

滝谷は酒を指でたどりながら言った。

「俺?あぁ、ボディーガード頼まれとってん。」
「ボディ…!?」

俺が驚きで言葉に詰まっていると、

「そーそー。お代はガッポリ貰えたでぇ~」

と返してきた物だから、俺は唖然としてしまった。
滝谷がもう一度問う、

「で、お前は何しに来てたん?」

俺は少し迷ってから、声をひそめて答えた。

「…頼まれて、狩りに行っ………た……」

言ってる途中から、滝谷の肩が動き始めた。

「フ、ヒヒッ…」

全く、変わった笑い方をする奴だ。

「アハハ、ハハッ、アハハハハ!!」
「ちょ、声!声デカいって!!」

滝谷は笑いを落ち着かせながら息を吸って、言った。

「あー、やって俺も下手したら、」

滝谷は缶チューハイを手に取り、ふんわりした笑顔を浮かべながら、

「俺が殺すとこやったから。」

と言って、頬の横に缶チューハイを持ってきた。
俺は何故か不気味さを感じて、服の裾を掴んだ。

「お、これ美味そーやん」と笑う滝谷には、何か裏があるような気がして、歯が少し震えた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ただいまー」「おじゃましまーす!」

俺は上着を脱ぎながら滝谷に言った。

「ツマミ作るから、机に酒、出しといてくれ。」
「了解」

俺は台所に立ちながら、ちょっと引っかかったことがあったので滝谷に聞いた。

「そーいやお前、後輩とかどうしたん?」
「え?あー、全員よく考えたら酒弱いやつばっかやったから度数高い酒飲ましてタクシー呼んで送ってもらった。女の子はまだ来る前やったからキャンセルした」
「…お前、売れててよかったな、」
「最近漫才やってるよりファッション系に呼ばれまくってるんは気のせいやないと思うんやけどなー、…ま、お金貰えてるからええんやけど。」
「お前そういうとこがめついよな」
「お米に言われとうないわぁ!お前かってヨニクロとDUから仕事来てたやん!」
「珍しく‘二人で‘、な。
あと、ツマミ出来た。」
「え早ぁ、しかも美味そうなんやけど。」
「料理好き舐めんなよ、滝谷。」

そのあとは普通に乾杯して、ネタ作りだのなんだのしながら、ふたりで飲み進めた。
しばらくした後、滝谷が聞いてきた。

「なぁ、テレビつけてええ?」
「おー、いいぞ。」

滝谷がリモコンのボタンを押すと、ニュースがやっていた。

「速報です、今日未明、〇〇議員の愛人であるバー「V」のオーナーのヴァルハラ絵利果さんとバー「V」のスタッフ計七名が、バー「V」の更衣室内で亡くなっているとの通報がありました。
警察は、この事件を殺人事件として、捜査を続けています…」

俺と滝谷は目を見合わせた。
そして二人で、明るくなりかけた空に笑い声を響かせた。
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