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4話。
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由真さんはふわっと愛らしく笑って、私の方に手を伸ばしてきた。
そして潤んだ目で言う。
「…僕、やっぱり、寂しいのって嫌いなんです。」
私はカメラを片手にその手を取った。
由真さんの手は冷たく、そして柔らかかった。
向こうに行きましょう、と由真さんは言って私の手を引いた。
座れそうな木陰がそこにあった。
私達は隣同士に座った。
由真さんがずっと指に挟んでいた本を開きながら話す。
「ちょっと、さっきの話の続きを聞いてもらって良いですか?」
私は構わないと言って由真さんの本を見た。
「孤島の鬼 江戸川乱歩」
読んだことは無いが、何となくは知っている。
一部では、「BLだ」とか言われているらしい。
まぁ、主人公に全くそんな気は一切無いのであるが。
由真さんはおもむろに口を開いて言った。
「…兄を殺した男友達、最近飛び降り自殺したけど失敗したらしくて生きてるんですけど、…記憶喪失になったらしくて…」
ページをめくりながら由真さんは言う。
「取り調べ中だったんで僕の写真と兄の写真を見せたらしいんですけど、「知らない」としか言わないそうで……」
私は少し唇を噛んだ。
「で、今はもう釈放されてるらしいんです。
全く、馬鹿な話ですよね。
あんなに好きだった僕の顔すら忘れるなんて。」
開かれたページがグシャリと歪む。
そうしていると、何処からかガシャと物が落ちた音がした。音の鳴った方を見る。
そこにはさっき同じバスに乗っていた長髪の青年が居た。
どうやらバインザーとペンケースを落とした様だ。
そちらがこっちに気付いたのか顔を上げ、目が合った。
雪のように白くそばかすひとつ無い綺麗な肌、墨に炭を溶かしたような澱んだ色をしたややクセのかかった髪と切れ長で整った眼、その髪を無造作にかきあげハーフアップにしている。そして長めの前髪から覗く耳には目を引く大量のピアス…
正直これを忘れる人間が居るだろうか。
私は少し歩いて、落ちたペンケースを拾った。木炭の粉が手に付く。
私はそれを払わずに青年に言った。
「どうぞ」
「す、すみません…」
少年は怯えたように言った。
驚く程の良い声で。
「あ、手まで汚れてる…待ってください」
少年はウェットティッシュを渡してきた。
「ふ、拭いてください…
ふ、服に着きますんで…」
「あ、嗚呼…」
相手の口調がこちらに移って、焦る。
ふと青年が立ち上がった。
高い。身長が175ある私より全然高い。
青年が黒く汚れた左手で首から頭の方に手をやる。
「ぼ、僕は松尾…松尾、優…です…」
右肩に掛けた大きいトートバッグと腕に掛けた物の沢山入ったビニール袋が音を立てた。
「どうしたんですか?」
後ろから由真さんの声がした。
松尾は由真さんの顔を見て少しモジモジとしながら声を出した。
「あ、あの…さっきは描かせて頂いて、あ…ありがとう、ございました。」
松尾はぺこりと頭を下げてから言った。
「あ、あの……良かったら、これ……お、お好きなの、どうぞ、」
手に持ったビニール袋を広げる。
そこには大量の飲み物や菓子パン、チョコなどが入っていた。
松尾は私の顔をちらりと見て言った。
「あ、貴方も………どうぞ…」
「あ、ありがとうございます。」
私はビニール袋の中を見て特に何も考えず一番近くにあったメロンパンを取った。
「んー、どれが飲めそうだ…?」
由真さんは少し悩んで、常温保存の利く乳酸菌飲料を取った。
由真さんは視線をあげて松尾の顔を見て言った。
「てか君僕と同じ大学で同じ学年なんだから、別に敬語使わなくていいじゃん。君って確か油彩画専攻だよね?」
松尾は少し驚いた様な顔をして、唇を震わせた。
「え、っと……、すみません、僕、記憶力が悪くて…」
「日本画専攻の“ゆましょー”、知らない?
僕、結構学校では有名な方だと思うんだけど。」
由真さんははぁ、とため息をついて言った。
「その僕に被写体になって欲しいとか…君、凄い勇気だね。もはや勇者か?」
松尾は少し目を伏せて、「ど、どうも…」と言いながら少し頭を下げた。
「まぁいいよ。これ、ありがとね。」
由真さんはそう言って目を開けたまま口角をにっとあげて少年のように笑った。
その顔をわかりやすく例えるならば、ショタ好きにはたまらない…といった所だろうか。
私はその表情を「可愛い」と思ったが、とてもそうとは言えなかった。
そして潤んだ目で言う。
「…僕、やっぱり、寂しいのって嫌いなんです。」
私はカメラを片手にその手を取った。
由真さんの手は冷たく、そして柔らかかった。
向こうに行きましょう、と由真さんは言って私の手を引いた。
座れそうな木陰がそこにあった。
私達は隣同士に座った。
由真さんがずっと指に挟んでいた本を開きながら話す。
「ちょっと、さっきの話の続きを聞いてもらって良いですか?」
私は構わないと言って由真さんの本を見た。
「孤島の鬼 江戸川乱歩」
読んだことは無いが、何となくは知っている。
一部では、「BLだ」とか言われているらしい。
まぁ、主人公に全くそんな気は一切無いのであるが。
由真さんはおもむろに口を開いて言った。
「…兄を殺した男友達、最近飛び降り自殺したけど失敗したらしくて生きてるんですけど、…記憶喪失になったらしくて…」
ページをめくりながら由真さんは言う。
「取り調べ中だったんで僕の写真と兄の写真を見せたらしいんですけど、「知らない」としか言わないそうで……」
私は少し唇を噛んだ。
「で、今はもう釈放されてるらしいんです。
全く、馬鹿な話ですよね。
あんなに好きだった僕の顔すら忘れるなんて。」
開かれたページがグシャリと歪む。
そうしていると、何処からかガシャと物が落ちた音がした。音の鳴った方を見る。
そこにはさっき同じバスに乗っていた長髪の青年が居た。
どうやらバインザーとペンケースを落とした様だ。
そちらがこっちに気付いたのか顔を上げ、目が合った。
雪のように白くそばかすひとつ無い綺麗な肌、墨に炭を溶かしたような澱んだ色をしたややクセのかかった髪と切れ長で整った眼、その髪を無造作にかきあげハーフアップにしている。そして長めの前髪から覗く耳には目を引く大量のピアス…
正直これを忘れる人間が居るだろうか。
私は少し歩いて、落ちたペンケースを拾った。木炭の粉が手に付く。
私はそれを払わずに青年に言った。
「どうぞ」
「す、すみません…」
少年は怯えたように言った。
驚く程の良い声で。
「あ、手まで汚れてる…待ってください」
少年はウェットティッシュを渡してきた。
「ふ、拭いてください…
ふ、服に着きますんで…」
「あ、嗚呼…」
相手の口調がこちらに移って、焦る。
ふと青年が立ち上がった。
高い。身長が175ある私より全然高い。
青年が黒く汚れた左手で首から頭の方に手をやる。
「ぼ、僕は松尾…松尾、優…です…」
右肩に掛けた大きいトートバッグと腕に掛けた物の沢山入ったビニール袋が音を立てた。
「どうしたんですか?」
後ろから由真さんの声がした。
松尾は由真さんの顔を見て少しモジモジとしながら声を出した。
「あ、あの…さっきは描かせて頂いて、あ…ありがとう、ございました。」
松尾はぺこりと頭を下げてから言った。
「あ、あの……良かったら、これ……お、お好きなの、どうぞ、」
手に持ったビニール袋を広げる。
そこには大量の飲み物や菓子パン、チョコなどが入っていた。
松尾は私の顔をちらりと見て言った。
「あ、貴方も………どうぞ…」
「あ、ありがとうございます。」
私はビニール袋の中を見て特に何も考えず一番近くにあったメロンパンを取った。
「んー、どれが飲めそうだ…?」
由真さんは少し悩んで、常温保存の利く乳酸菌飲料を取った。
由真さんは視線をあげて松尾の顔を見て言った。
「てか君僕と同じ大学で同じ学年なんだから、別に敬語使わなくていいじゃん。君って確か油彩画専攻だよね?」
松尾は少し驚いた様な顔をして、唇を震わせた。
「え、っと……、すみません、僕、記憶力が悪くて…」
「日本画専攻の“ゆましょー”、知らない?
僕、結構学校では有名な方だと思うんだけど。」
由真さんははぁ、とため息をついて言った。
「その僕に被写体になって欲しいとか…君、凄い勇気だね。もはや勇者か?」
松尾は少し目を伏せて、「ど、どうも…」と言いながら少し頭を下げた。
「まぁいいよ。これ、ありがとね。」
由真さんはそう言って目を開けたまま口角をにっとあげて少年のように笑った。
その顔をわかりやすく例えるならば、ショタ好きにはたまらない…といった所だろうか。
私はその表情を「可愛い」と思ったが、とてもそうとは言えなかった。
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