1 / 12
1話。
しおりを挟む
簡潔に言おう。私は今日自殺しに行く。
場所は十和田湖。
選んだ理由は綺麗な景色を見ながら死にたかったから。
私、斎藤幸恵。30代目前のOL。
趣味は写真撮影。そして今は…
十和田湖行きのバスに乗っている。
車でも良かったのだが、死んだ後の事を考えて誰にも迷惑がかからないバスにした。
ふとあたりを見回すと、やっぱり様々な人が居た。
子連れの家族、本を読んでいるアンニュイで中性的な人、その人を見ながらクロッキー帳にペンを走らせる長髪の青年、ヘッドフォンをして寝ている少年、そして周りにカモミールでも咲きそうな純粋で可憐な女性が居た。可愛らしい。
私は首を回してふと窓から見える風景を眺めた。
綺麗だ。空気もよく澄んでいる気がする。
私は胸を弾ませた。
これから死にに行くのに、と言うと物騒だろうか。
私は膝の上に置いたカメラを見た。
高校の時、バイト代を貯めて奮発して買ったものだった。私はフォルダの中を見た。
近所に住み着いた野良猫、植木に植えられた簡素な花、桜が吹雪きだした1枚のカット…
私はそれを懐かしく思った。
学生時代から友達が少なく、今ではもう会っている友達なんて居ないのだ。
私はそれを思い出して、にっこりと朗らかに笑った。
「……十和田湖ー…十和田湖ー…お降りの方はボタンを押してお待ちください。」
運転手が優しい声で言う。
私はボタンをしっかりと押した。
プラスチックのボタンに私の顔が映った。
美人とも附子とも言えぬ平凡な顔。
私はそれが大嫌いだった。
選べるならば、もっと附子に産まれたかった。
何故かって?私は平凡で居るのが嫌いなのだ。
親からの無駄な教育でそうなった所も少しはあろう。
けれど私は特殊だった。そんな親よりもっと。
私は顔の輪郭はしっかりとしているし、目も鼻も口もそこまで形が悪い訳では無い。
けれど、鏡を見ていて思うのだ。
“なんの面白みも無い。”
私は親の遺伝子を心のどこかで恨んだ。
けれど私は親の事は愛していた。
親に何一つ罪は無いのだ。虐待なども受けなかった。
何より優しかった。
私が難関校の受験に受かった時、父と母は大いに喜んだ。その日の飯は赤飯だった。
母は私を美容院に連れて行き、
伸びた髪を切ってもらった。
その時のシャンプーの気持ち良さと言ったら格別だった。私は何不自由なく育ててもらった。
けれど私は一つだけ嫌な事があった。
それが自分に何ひとつとして面白みがないことである。それはこの歳になっても変わらなかった。
だから私はここで終わらせようと思ったのだ。
パァンとバス特有の音が鳴って、止まった。
私は席から立った。そしてバスの入り口付近に行く。
運転手は神妙な面持ちをしていた。
目の下のクマが私の脳裏に焼き付いた。
履いてきたヒールの音を高々と鳴らして私は降りた。
空気が澄んでいて気持ちが良い。
そして空も晴れ渡っている。
私の後ろから数人バスをおりる音が聞こえた。
もしかしたらその人たちは同士なのかもしれない。
そう思うと、独りで死ぬ寂しさが晴れた気がした。
私はバス停から少し離れて、どこまでも晴れ渡る空に向かって、人生最後になろうシャッターを切った。
場所は十和田湖。
選んだ理由は綺麗な景色を見ながら死にたかったから。
私、斎藤幸恵。30代目前のOL。
趣味は写真撮影。そして今は…
十和田湖行きのバスに乗っている。
車でも良かったのだが、死んだ後の事を考えて誰にも迷惑がかからないバスにした。
ふとあたりを見回すと、やっぱり様々な人が居た。
子連れの家族、本を読んでいるアンニュイで中性的な人、その人を見ながらクロッキー帳にペンを走らせる長髪の青年、ヘッドフォンをして寝ている少年、そして周りにカモミールでも咲きそうな純粋で可憐な女性が居た。可愛らしい。
私は首を回してふと窓から見える風景を眺めた。
綺麗だ。空気もよく澄んでいる気がする。
私は胸を弾ませた。
これから死にに行くのに、と言うと物騒だろうか。
私は膝の上に置いたカメラを見た。
高校の時、バイト代を貯めて奮発して買ったものだった。私はフォルダの中を見た。
近所に住み着いた野良猫、植木に植えられた簡素な花、桜が吹雪きだした1枚のカット…
私はそれを懐かしく思った。
学生時代から友達が少なく、今ではもう会っている友達なんて居ないのだ。
私はそれを思い出して、にっこりと朗らかに笑った。
「……十和田湖ー…十和田湖ー…お降りの方はボタンを押してお待ちください。」
運転手が優しい声で言う。
私はボタンをしっかりと押した。
プラスチックのボタンに私の顔が映った。
美人とも附子とも言えぬ平凡な顔。
私はそれが大嫌いだった。
選べるならば、もっと附子に産まれたかった。
何故かって?私は平凡で居るのが嫌いなのだ。
親からの無駄な教育でそうなった所も少しはあろう。
けれど私は特殊だった。そんな親よりもっと。
私は顔の輪郭はしっかりとしているし、目も鼻も口もそこまで形が悪い訳では無い。
けれど、鏡を見ていて思うのだ。
“なんの面白みも無い。”
私は親の遺伝子を心のどこかで恨んだ。
けれど私は親の事は愛していた。
親に何一つ罪は無いのだ。虐待なども受けなかった。
何より優しかった。
私が難関校の受験に受かった時、父と母は大いに喜んだ。その日の飯は赤飯だった。
母は私を美容院に連れて行き、
伸びた髪を切ってもらった。
その時のシャンプーの気持ち良さと言ったら格別だった。私は何不自由なく育ててもらった。
けれど私は一つだけ嫌な事があった。
それが自分に何ひとつとして面白みがないことである。それはこの歳になっても変わらなかった。
だから私はここで終わらせようと思ったのだ。
パァンとバス特有の音が鳴って、止まった。
私は席から立った。そしてバスの入り口付近に行く。
運転手は神妙な面持ちをしていた。
目の下のクマが私の脳裏に焼き付いた。
履いてきたヒールの音を高々と鳴らして私は降りた。
空気が澄んでいて気持ちが良い。
そして空も晴れ渡っている。
私の後ろから数人バスをおりる音が聞こえた。
もしかしたらその人たちは同士なのかもしれない。
そう思うと、独りで死ぬ寂しさが晴れた気がした。
私はバス停から少し離れて、どこまでも晴れ渡る空に向かって、人生最後になろうシャッターを切った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
診察券二十二号
九時木
現代文学
拒否の原理、独断による行動。
正当性、客観性、公平性を除去し、意思疎通を遮断すること。
周囲からの要求を拒絶し、個人的見解のみを支持すること。
ある患者は診察券を携帯し、訳もなく診療所へ向かう。
夫と同じお墓には入りません
琴葉
現代文学
どうしてこの人と結婚したんだろうー。夫と楽しくおしゃべりするなんてここ10年、いや、もっと前からないような気がする。夫が口を開くとしたら、私に対して文句や愚痴をいうだけ。言い返すと、さらに面倒なことになるから、もう黙っているのが一番。家ではそんな感じだけど、パートの仕事をしているときはイヤなことも忘れられるから、夫や自分の気持ちと向き合うこともなく、ずるずると、しなびたほうれん草のようなさえない日々を過ごしてきた。
ある日、そんな美沙子の目に留まった貼り紙「【終活の会】20~50代女性限定でメンバー募集中!これからのこと、夫婦のことみんなでおしゃべりしませんか?」が、美沙子の人生を少しずつ変えていくことに。
美沙子そして美沙子が出会う女性たちが悩んで、それでも前に進んでー。夫に負けず、延々と続く家事にも負けず、日々奮闘する女性に贈るストーリーです。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる