魔界沼の怪魚

瀬能アキラ

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怪魚を追え!

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 「オジさんは、何が言いたいのかな?」
 「・・・」
 巻田の問いに、オジさんは口を噤んでいた。
 「この音木川の支流を下れば、音木川の河口に出る。河口といえば、すぐそこは海だ。海水と交じってサメが上がってくる。そのサメは誤って音木川の支流へと進入し、草周湖にやってきた。水深も深く、サメはそのまま居ついた。時には餌を求め、水面の水鳥を捕食するようになった。つまり、大きな背びれを持つあの怪魚の正体は、サメだというのでしょう」
 巻田の大胆な推測でもあった。
 「そうだよ。太平洋から迷い込んだホオジロザメなんだ」
 オジさんは、真顔で言うのである。私は半信半疑となった。しかし・・・
 「ハハハハハ・・・ オジさん、冗談はやめましょうよ」
 巻田は、笑いながら言った。
 「ブハハハハ・・・ サメじゃないよ、イルカだよ。腹を空かせたイルカがいるんだな」
 オジさんも高笑いを発し、言った。オジさんの巨体のせいで、木製の桟橋は少し揺らいでいる。冗談でよかったと、私はほっとする。
 「まあ、サメが迷い込んでくることは考えにくいが、あの大きな背びれは、サメの物とは少し違う気がするな。棒状のようだがな・・・」
 オジさんは、考えながら言った。
 私も、数日前に目にしたような記憶を思い出そうとした。大きな背びれを持った巨体魚。怪魚・・・ 水鳥を捕食する肉食魚・・・ 谷本の目撃証言など・・・ 怪魚への想像が頭の中で先走りし、曖昧なものとなりそうであった。
 「この辺には、他にも変な魚がいるんだ。元々は日本にいない外来種というやつがな」
 オジさんは言う。
 「先程、釣った草魚もそうでしょう。雷魚もそうでしょうし、有名なものではブラックバスとか・・・」
 私は、考えながら言ってみた。
 「いや、そんな物じゃない。もっと変なやつだ・・・」
 オジさんも考えながら言った。
 「変なやつ? 一体何ですか?」
 巻田も首をかしげながら、言うのである。
 「絶対に、元からここにいた魚ではない。いつだったかな、名前が出てこないが、水族館で昔みたことがある。アマゾン川にいるやつだ。水面に浮いて、くねくねと這うような泳ぎ方していた。大きさは一メートル近い。君らも、この辺で釣りをしていれば、きっと目にするはずだ。生態系がおかしくなっている。まだ誰も気づいていないがな」
 私と巻田は、オジさんの言葉に、この辺一帯の水域に異常な興味を覚えはじめていた。真貝沼、草周湖、音木川の本流と支流、河口、そして太平洋の海へと・・・ 大きな背びれを持つ怪魚、水鳥を捕食する肉食魚、オジさんの証言で新たに出てきた、アマゾン川に生息するという大型魚・・・
 彼の言うように、この辺の水域は完全に生態系が乱れているのか。

 「地元の方のようですが、川漁師をなさっているのですか?」
 次に私は、目の前にいる船外機のオジさんの存在が気になるのであった。この桟橋に、彼の物と思われる船外機を係留しているのである。
 「私か? 魚も獲るが、水産会社をやっている。大きくはないが、その向こうで養殖をしているがな」
 彼の示す方に目を向けると、木造の古びた平屋建ての建物が見えた。桟橋から乗用車が通れる程の未舗装の道が通じ、50メートル程先に、その建物が見えていた。
 「この桟橋も道もそうだが、この辺一帯の土地は私有地で、私の所有なんだが、勝手に入ってくる者がいて困るのだ。この道を進めば村道に出るのだが、そこから手前には立ち入り禁止の看板も掛けてある。時々、夜に、この桟橋まで車で乗りつける者もいるらしい。何をやっているのか知らないが、たぶん君らのように釣りをやっているのだろう。釣りだけなら何ら問題はないから、咎めたりはしないが・・・」
 どうやら話によると、このオジさんの正体は、この辺の土地を所有して水産会社を経営しているようだった。
 「魚の養殖ですか?」
 巻田が尋ねた。
 「そうだ」
 「何の魚?」
 私も気になる。ここはまだ主に淡水域のはずである。
 「ナマズだよ」
 「ナマズ!」
 頓狂な声で巻田は言った。私も少し驚き、彼と思わず顔を見合わせた。ナマズの養殖など、あまり聞いたことがなかった。
 「案内するよ、きてみるか」
 オジさんに促され、私と巻田はついて行くことにした。
 「食用なんですか、ナマズは?」
 歩き出すと、巻田がオジさんの背に向かって尋ねた。
 「勿論、食用だ」
 歩いて行くと、古びた木造の建物が迫ってきた。(郷田水産)という看板が、目についた。
 「郷田さん」
 私は彼の大きな背中に向け、名を呼んでみた。
 「何だ?」
 「水産会社の社長さんだったんですね」
 「社長といっても、作業員が三人いるだけのものだ」
 郷田社長は歩を止め、こちらに振り向いて言った。少し照れたような表情が浮かんでいる。
 更に歩を進めると、建物の裏側に駐車場と人工の池が見えた。駐車場には小型トラック、軽四トラック、乗用車などが止めてある。
 三人は人工池に足を向ける。
 池には三つに分けられていた。どれも中央部から水が放出している。どうやら音木川の支流から引き込み、人工の水路を伝っていた。
 池の前までやってくると、郷田社長は人工池やナマズの養殖について簡単に説明してくれた。この池には、数千匹のナマズがいるらしい。底にいるのだろうか、水面からは、その姿は確認できない。
 しかし、岸側の方に目を向けていると、黒い背を動かしている数匹の姿が見えた。よく見ると、数匹どころではなかった。うようよと、たくさんいるではないか。ここは紛れもなく、ナマズの養殖池であった。池の周囲には、黒いネットも張られている。
 「郷田さん、ナマズの味って、どんなものでしょうね? 自分はまだ、直接は食べたことはないのです」
 私は、郷田社長に尋ねてみた。
 「うなぎの代用食になるとか、きいたことがあるが」
 巻田が言った。
 「確かに、うなぎは値段が高いからな。しかし、味も栄養価でも負けてはいない。むしろ、勝っていると私は思う。自信があるんだな。ブハハハハ・・・」
 郷田社長は力強く言い放つと、豪放な笑いを放った。
 「一般的には、あまり知られていないでしょう」
 巻田は言う。
 「君らが、ナマズ食を知らないだけだ。古くは平安時代や江戸時代には、既に食していた。代表的な文献にも、ちゃんと記されている」
 「ナマズって、栄養価が高そうですね」
 私は、郷田社長に言ってみた。
 「勿論だとも。フナや鯉といった代表的な淡水魚らと比較しても、その栄養価は高い。特にタンパク質が多く、他にもビタミンやカルシウムからマグネシウム、リンや鉄分といった人間の体に必要な栄養素が豊富なんだよ」
 「ここで育ったナマズは、最終的にどうなっているの?」
 巻田の質問だった。
 「主に四国内から関西方面へ出荷しているが、名古屋から東京にもいっているぞ。食品会社から料亭まで色々とな」
 「蒲焼は想像できますが、他にも調理方法はあるのですか?」
 私は、蒲焼以外は知らない。ナマズは、どうやって食べるのだろうか。少し気になった。
 「蒲焼は勿論だが、刺身からフライ、ソテー、ムニエルなど、様々だな。生だと身に弾力と風味があり、焼くと、ふわっとした食感だ。とにかく、くせもなくて扱いやすい食材なんだから・・・」
 郷田社長は、ナマズの食べ方などについて熱く語りはじめた。
 「そんな素晴らしい食材なら、一度食べてみたい気がする」
 巻田は郷田社長が語り終えると、ポツリと言った。
 「食べてみるか?」
 「よろしいのですか?」
 「いいとも。蒲焼と刺身だったら、今からでも用意できるぞ」
 「お言葉に甘えてみるか」
 巻田は小声で、私に言うのであった。私は当然、頷いた。
 この郷田という人物は、気前も良さそうで、急に親近感もわいてきたのだ。
 郷田社長は、私と巻田を木造の建物内へ招いてくれた。室内は外観の古びた様子とは違い、内装の壁の羽目板などは、光沢のあるニスが塗られていて美しい。
 「おい、お客さんだ」
 郷田社長は、室内の奥に声をかけた。どうやら事務所らしい。
 奥から、中年の女性が姿を見せた。事務員のようだった。
 彼女に案内され、私と巻田は応接室に入って行く。ソファーとテーブルがあり、二人はそこに座って待つことになった。事務員が麦茶まで出してくれた。
 蒲焼に刺身、郷田社長は、本当にご馳走してくれるのだろうか。それなら嬉しいのだが。腹もへっているところなのだ。
 巻田の表情にも、期待の色が大きく見えた。二人とも、久し振りの釣りで疲労感もある。特に私は、先程の草魚との格闘で疲れていた。今日の釣りは、もう終了するつもりだ。
 大袈裟であるが、二人にとってはナマズという未知の食材に、舌鼓を打つ。

 「お! いい匂いだな!」
 二十分程、待たされたころであった。何処からともなく、香ばしい匂いが漂ってきた。巻田が敏感に反応した。私と同様である。
 この郷田水産の建物内の何処かで調理されているのか、郷田社長も私達の前には姿を見せていなかった。彼自身が調理を行なっているのか。
 ようやく部屋のドアがノックされ、郷田社長が先程の事務員を伴って姿を見せた。二人の手には、調理された食材がのっている。
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