上 下
35 / 56

帰り道

しおりを挟む
「なんだか、愚痴を聞かせちゃったみたいでごめんなさいね…」

山田の母親に見送られて邸宅をあとにしたのは、10時半頃だった。

「ありがとうございます。また、あらためてお礼に伺います」

ハヤミが丁寧にお辞儀すると、

「何もしてないわよ、そんなことより、無理だけはしないで。仕事なんて、探せばいくらでもあるわよ。でも、その彼女さんやお子さんにとったら、パパはあなたしかいないんだから」

母親はそう言ってハヤミを見ると、レナのほうに目を向け、

「この人のこと、よく見てあげてね。つらそうだったりしんどうそうだったりしたら、無理をしないように労わってあげてね」

心配そうな表情を浮かべてそう言ったが早いか、すぐに口を手でふさぎ、

「あら、いやだ、余計なこと。こんなオバさんにそんなこと言われなくても、ちゃんとわかってるわよね。ごめんなさいね。近くに来たら、いつでも寄ってちょうだい」

申し訳なさそうにそう続けた。

たった1時間半だったが、母親からは、盛りだくさんの情報を得た。

山田太郎がニシジマの不正や理不尽な行動に気づき、告発しようとしたところ、さまざまな嫌がらせを受けたということ。

そんな嫌がらせにも負けず情報収集などを熱心におこなっていた山田の心を砕いたのは、「苦しい」「つらい」と助けを求めてきた同僚や後輩たちの裏切りだったということ。

ニシジマが、お金と昇格をエサに、同僚や後輩たちを次々に黙らせたのだ。

そして山田は会社で孤立し、仕事もスムーズにこなせなくなり、退社…

いまは、自宅近くにある小さな印刷所で1日数時間アルバイトとして働いているらしいが、無気力な状態が続き、仕事のないときはほぼほぼ自室にこもりっきりなのだとか。

「母親は、だいぶん後悔している様子だったな」

レクサスに乗るなり、ハヤミ。

「うん…、ニシジマ重機建設って聞いたとき、かたまってたし、表情変わってたもんね…仕事も辞めるように必死で訴えてきたし…」

門のところで微笑みを浮かべながら見送る山田の母親の姿を見て、キューっと音がするぐらい心の奥底がしめつけられる感じがした。

許せない…

レナの心に、怒りの炎が次々と点る。

「ニシジマ、絶対に許せない」

作った拳をプルプルと震わせるレナに、

「だから、そう熱くなるな。とにかく、冷静でいることを心がけろ」

ハヤミはいつも以上に不機嫌。

「だって…!」

言い返そうとして、

「そう言えば、山田本人には会ってないけど平気なの?」

ふと、疑問に思ったことを尋ねて気分を落ちつけた。

「いや、本人とは、会う」

「え?じゃあ、今日会えばよかったのに」

「お前はバカか。ニシジマのことが原因で、無気力になってひきこもり状態なんだぞ?見知らぬヤツとそう簡単に会うと思うか?」

「…あぁ…そうかぁ…。でも、山田のお母さんの証言なんて、証拠にならないよね?」

「なんねーな。だから、山田に会いに行くっつってんの」

「会いに行くって言っても、もう会いに行けるタイミングなんて…」

「まあいいから、お前はとりあえず黙って見てろ。ま、その前に証拠を固めないと、だけどな。山田に会いに行くのは、それからだ」

そう言いながら、ハヤミが高速道路に入った。

「…あれ?来たときみたいに飛ばさないんだね?」

ふと疑問に思って聞いた私がバカだった。

「お前は、本当にバカなのか?あれはなぁ、お前がそこそこ車酔いするように、とにかく荒っぽい運転をしてたんだよ」

思いっきりバカにしたように睨まれ、

「そうでもしないと、調子の悪そうな演技とか、無理だろ?お前」

薄い目で見る。

「くーっ!バカにしてるんですか?私だって、演技ぐらいできますよーだ!それにハヤミさん、演技ヘタだったじゃん!山田のお母さんが話しかけてくれてなきゃ、話なんか弾んでなかったし?」

言い返したのもマズかった。

「まさかと思うけど、今日、山田の母親から話を聞けたことも、偶然だとか思ってないだろうなぁ?!」

睨まれながらそう言われ、このあとカフェ「リベンジ」に帰るまでの3時間近く説教されるハメに…

あ~、ウザすぎる~!!

でも~、怒っている横顔も、イッケメンなんだよね~デッヘヘ~

「おいコラ、聞いてんのか?たるんだ顔しやがって!そんなだからなぁ…」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

ヤクザと私と。~養子じゃなく嫁でした

瀬名。
恋愛
大学1年生の冬。母子家庭の私は、母に逃げられました。 家も取り押さえられ、帰る場所もない。 まず、借金返済をしてないから、私も逃げないとやばい。 …そんな時、借金取りにきた私を買ってくれたのは。 ヤクザの若頭でした。 *この話はフィクションです 現実ではあり得ませんが、物語の過程としてむちゃくちゃしてます ツッコミたくてイラつく人はお帰りください またこの話を鵜呑みにする読者がいたとしても私は一切の責任を負いませんのでご了承ください*

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

処理中です...