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変化

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このままじゃ、車に引きずり込まれる…

観念する気持ちのほうが大きくなったとき、「ぐふぅっ…!」というニシジマのうめき声が聞こえて、レナの口を抑えていた手がスルリと剥がれて垂れ落ちた。

うめきながら歩道の上にうずくまるニシジマの背後には、苦笑いのアオイが立っていた。

「うっわぁ~、やっぱり、急所は蹴っちゃいけないね…」

「…アオイ…くん…?どうして…?」

「ん?だってレナちゃん、イヤーカフもヘアピンも、そのまま付けて帰っちゃったでしょ?」

アオイに耳元で囁かれ、

「…あ…」

反射的に、イヤーカフとヘアピンを指で触って確認して、「…ホントだ…」そのまま歩道にヘタリ込んだ。

これまで生きてきて、忘れっぽい自分に、これだけ感謝したことはない。

「シンヤさんっ!!」

ヴェルファイアの近くにいた橋本が、うずくまったままのニシジマに走り寄る。

でも、

「あ、さっきの続き、やる?」

アオイの笑顔の質問には、顔を引きつらせたまま応答がなかった。

「なぁーんだ。面白くないなぁ。思いっきりボッコボコにしてあげたかったのに」

アオイは不満そうだったが、橋本のほうは、もっと不満そうだった。

「チッ!」と舌打ちをしながらニシジマを抱えるようにして立ち上がらせ、

「覚えてろよ。クソ坊主」

ギロリと睨む。

そして、おぼつかない足取りのニシジマを支えながら、ヴェルファイアへと乗り込んだ。

猛スピードで走り去っていくヴェルファイアを横目で見ながら、

「大丈夫?」

アオイくんにそう聞かれ、

「うん…ありがとう」

そう答えたとき、

「…私…、やっぱり、仕事辞めるって言ったの…撤回できるかな…?」

自分でも、驚くような言葉を発していることに気づいてハッとした。

慌てて口を抑えてみたけれど、口から滑り出したその言葉は、素直な気持ち以外のなにものでもなかった。

アオイが目を見開いてこちらを見ている。

「レナちゃん…?」

さっき、涙ながらに辞めると言ったばかりの人間が、「辞めるのをやめたい」と言っているのだ。

そりゃあ、驚く。

無理もない。

レナ自身も、自分の発言に驚いていたのだから。

「…どうして…?」

さっきまで、瞬きもせずに目を見開いていたアオイが、ハッとしたように我に返り、聞く。

「どうしてって…だって…それは…、もう私、ニシジマに、目をつけられてるよね」

「そりゃあ、そうだね」

「だから…だよ」

「それだけ?」

アオイに真剣な顔でそう聞かれ、レナは嘘がつけなかった。
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