お伽話 

六笠 嵩也

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第四章

4-2★

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戸を閉めると外の世界とは隔絶されたかのように辺りは静かだった。
格子の隙間からは、まだ高くは昇らない陽の光が優しく差し込む。

二人が待ち侘びた時がやっと訪れたと言うのに、不器用な佐吉は鈴虫にどんな言葉を掛けたら良いのか分からず、ただ鈴虫の手を引き寄せ胸に抱きしめていた。お互いの鼓動の中で、会えない間ずっと心を占めていた寂しさや、辛さ、心細さ、それ等の言葉に出来ない想いが二巡、三巡と駆け巡り、段々と薄まって安堵感に変ってゆく。

「さきっさ…おら、会いたかった…会ったらなんて言ったらいいか分かんなくて…会うの怖かったけど、やっぱり…こうやって抱っこしてもらいたかったんだ…ずっと…」

「お鈴ちゃん、俺も会いたかった…俺もお鈴ちゃんに嫌われたんじゃないかって…」

「どして?」

「…ぅ…ん…やっぱり…全部、俺の責任だと思うから。」

「さきっさん、悪くないよ?さきっさんのこと、嫌いになるわけないよ!おら、さきっさん、大好き。それは変わらねぇ。」

「俺もだ、俺もお鈴ちゃんのことが好きでたまらねぇ!お鈴ちゃんは俺の宝物で、大切な嫁さんなのは何があっても変わらねぇよ!お鈴ちゃんの口から俺のこと嫌ってないって聞けて嬉しいよ。さぁ、お鈴ちゃん、座ってゆっくり話をしよう。今日は丸一日一緒に居られるんだよ!」

二人は壁際に並んで腰を下ろした。鈴虫は佐吉の隣に座って肩に凭れているだけで幸せそうだ。忘れてしまった事はそのままにしておけば良いし、忘れたい事は忘れてしまえば良い。佐吉としては鈴虫の心が穏やかであってくれればそれだけで良い。佐吉は鈴虫の身に起きたことをあまり話題にはしたくなかったので、鈴虫が口を開く前に、会えない間に自分がしていたことを話し始めた。

あれから佐吉は鈴虫と二人で暮らす為にどうすれば良いか、自分なりに考えた事を少しずつではあるが行動に移そうとしていた。まずは金銭に変えられる物を作ろうと、山に入って蔦を取っては籠を編んで売ってみた。もとより手先は器用な方で、以前からたまに作っては親父に売りに行って貰っていたので、それなりに買い手がついて僅かばかりだが銭を手に入れる事は出来た。しかしこれだけでは二人が暮らして行くだけの食い扶持にするにはまだまだ程遠い。次に佐吉は乾燥した木を手に入れると、見様見真似で木の鉢を作ってみた。始めは素人仕事だったが、いくつか作るうちに売れるような物が作れるようになった。そして最近では僅かばかりの蓄えが出来るようになり、それを元手に道具をいくつか買い揃えるにまで至った。
人里を離れて愛する者とひっそりと暮らすという夢を叶えられるほど稼ぐにはまだまだ至らないが、ただ漠然とした夢を語ったあの日から比べれば、佐吉は確実に前進していたのだ。

「あっ、それとね、これ俺が作ったんだ。初めて作ったからあんまり上手くないけど。」

「ん?」

「ほら、こうやってね、髪を梳くんだよ。山に入った時に椿の木を見つけて櫛を作ったんだ。お守りにするなら草鞋よりは良いだろう?持っていてくれたら嬉しいな。」

「さきっさん!嬉しい!ありがとね、大事にするっ!おらもね、さきっさんに結んでもらいたくって新しい護符を作ったんだよ。」

「護符か…高結の髪、薄紅の衣…なんだか初めての時を思い出すね。さぁ、こっち向いておくれ、あの日のように俺が結んであげるよ。」

鈴虫は恥ずかしそうに顔を赤らめてコクリと頷いた。

佐吉は半年近く結んだままで結び目が固く締まってしまった護符を解いた。鈴虫はそわそわと首元に触れる指の感触が少し擽ったそうで時折もぞもぞと身を捩っている。一片の木切れを布で包んだだけの簡素な護符ではあるが、乱暴な男に噛付かれた時もこの護符のお陰で急所を外したと聞いている。色々辛い事もあったが、元気そうにしている鈴虫に無事再会出来たのはこの護符のお陰もあるのだろうか。新しい護符を結び終えると、佐吉は解いた護符を大切そうに袂に入れながら心の中で感謝した。

「ありがと…ね、さきっさん…抱っこ…ギュッて抱っこしてね?」

鈴虫がやっと願いが叶ったとばかりに満面の笑みを湛えて嬉しそうに両手を伸ばしている。佐吉もまたそんな鈴虫に応えるように手を伸ばしてお互いを強く抱き締めた。

「…うれしい…さきっさ…温かい…おら、さきっさんに抱っこされてるときがいちばんしあわせだよ…離れたくなんかないんだよ!ねぇ、さきっさん、このまま前みたいにおらのこと抱いてくれねぇか?」

「お鈴ちゃん…?お鈴ちゃん、無理してない?お鈴ちゃんも嘉平様から今日は必ずまぐわうようにと言われてるの?もし…もしも怖いなら嘉平様には適当に誤魔化して…したことにしちゃおうか?」

「さきっさん、おらのこと抱っこするのイヤなのか?おらがお腹を守れなかったこと…やっぱり怒ってるの?」

「い、いや、そんなことない!…けど…お鈴ちゃんの体と…気持ちと…大丈夫なのかなって…抱かれるのこわくない?」

「おら、こわかったけど、今はもうこわくないよ。だってね、おらの赤ちゃん、お母様、あっ、雪虫さんのことね、お母様がおらの体が赤ちゃん産めるくらい丈夫になるまで預かってくれたのかも知れないって思えてきたから。だからね、おら、今度はちゃんと産めるようにいっぱい食べて丈夫になるの。それでね、今度こそさきっさんの赤ちゃんを産むんだ。だからね、おら達はいっつも仲良くしてなくっちゃ!…でしょ?…やっと会えたんだから抱いてくだせ?」

「そうかぁ…雪虫さんがか…そうだよな、俺達が仲良くしてなかったら赤ん坊が戻って来る場所が無くなっちまうもんな。俺も雪虫さんの事を信じるよ。俺達はいつの日にかその子を迎えてやろうな。」

鈴虫は佐吉のその言葉に安心したのか、微笑んで立ち上がるとスルスル…と羽織っていた薄紅色の衣を脱ぎ、いつもの生成の単衣一枚になった。そして、物惜し気に高結に束ね上げたた髪を解く。それをうなじの辺りで束ねればいつもの鈴虫のだ。

「…って言ってもね…さきっさん…う~ん…どうしよう…おら、緊張してきた。」

「そうだね、俺も緊張してる。それに…ごめん、俺、たぶん全然巧くなってない。嘉平様に習った手順は頭の中でおさらいして来たけど、あれから誰とも何にもやってないから、せっかく掴みかけたコツみたいなもんはどっかへ行ってしまったかもしれない。…痛かったらすぐに止めるから遠慮無く言ってね。」

鈴虫はクスクスッと笑いながら頷いた。

鈴虫は下帯を解くと佐吉の手に促されるままに古布団の上に身を丸めて横たわった。その背中をそっと包むように佐吉も体を横たえる。佐吉にはあまり自信は無かったが、緊張して固まった鈴虫の体を怪我の無いように上手く開いてゆかなければならないという大事な役目がある。鈴虫の体温を愛おしみながらも、佐吉は頭の中で間違いが無いようにこれからの段取りを反芻してみた。

合意の上とは言え、いきなり脱がせる度胸もなく、佐吉は最初の時と同じように鈴虫の脚を下の方からゆっくりと擦るようにして裾の中に手を入れる。鈴虫を怖がらせないようにとの気遣いもあるが、どちらかと言うと佐吉の方が戸惑っていたのかも知れない。正直に言えば佐吉も奥へ指を入れる事には抵抗感があった。鈴虫の体の奥には他の者には無い繊細な器官が存在していると思うと、安易にそれに触れる事は少し怖いような気がするのだ。それでも恐る恐る上へと手を滑らせて鈴虫の小振りな尻朶に触れた。

「…さきっさん?」

「あっ、ごめん。こんな風に触られるのは嫌?」

「…さきっさん、えっと……」

佐吉は何か忘れていることに気が付いた。久しぶり過ぎて香油を使うと言う事を忘れていたのだ。観世音菩薩様に体を預けているとき以外は鈴虫も普通の少年の体であり、甘い蜜を滴らせて迎え入れてくれるわけではない。何も付けないままで鈴虫の体内に触れる事は怪我に繋がるので禁忌だ。佐吉はしっかりせねばと気を取り直し香油の壺に手を伸ばす。佐吉が香油を指にからめると甘い花の香りが辺りに立ち込めてくる。鈴虫はその香りを合図にするように遠くに視線を落として唇を薄く開くと、教えられた通りに深くゆっくりと呼吸を始めた。

「お鈴ちゃん、入れるよ…呼吸、止めないようにね…ゆっくり息を吐いて…そう、ゆっくり…」

「…ふぅっ…ふぅっ……アッ…アッ!…」

「アッ!ごめん!ごめんっ!痛かった?!」

「…ふぅっ…慣れられねぇ…おら、指入れられるの…にがて…とくに指二、三本目が一番…にがて…ふぅっ…こんな弱音吐いたら…お父様に叱られちゃうけど……」

「俺だけには正直に言ってくれた方が良いよ。じゃ、もっとゆっくり慣らそうね。深く呼吸して…」

「…ごめん…ね…さきっさん…ふぅっ…」

やはり鈴虫の記憶は無くなったまま戻ってはいなのだろう。それが偽りではない証拠に、鈴虫は抱いて欲しいと言う割には体の緊張を解くことが苦手なままだ。

一方で体に残された記憶は…

佐吉はふと不安になった。もう少し奥へ指を進めれば胡桃ほどの大きさのしこりの様な部分がある。ここは嘉平から回を重ねるほどに善くなるだろうと言われていた場所だ。すでに十数名を相手にした今では、どれだけ感度が良くなっているのだろうか。佐吉にしてみれば、自分以外の男達の手でどんな風に開拓されてしまっているのかなんて知りたくはない。少しずつ吐息に色が宿り始めた鈴虫の横顔を見詰めながら、佐吉は余計な事を考えないようにと自分に言い聞かせる。今はただ鈴虫の呼吸に耳を澄ませて、無理のないように香油を足しながらゆっくりと時間を掛けて縁を広げるように指を動かし続ける事に集中しよう。

次第に堂の中は規則的な呼吸音とくちゅくちゅと柔らかな粘膜を擦る音に占められていった。


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