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第二章
2-6 ★
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「ぅぐっ…す、すず…どう?」
「……。」
「え?寝ちゃうの?俺のも貰ってよ…」
「…ち、ちがう…寝ない…」
鈴虫は達しはしたが、いつもと違う感覚に戸惑っていた。いつもならば疲労で眠気に襲われていのだが、達したはずなのに全く欲情が治まらないのだ。正直に言ってしまうと、より一層、体の芯が疼くようにして熱お帯びている感じがする。衆生の煩悩の炎を消すが為にその身を法性華と変えて尽くす筈であるのに、これでは体の中に無明火を燈しているのは自分なのではないだろうか。自分の方こそ得体の知れない疼きに任せて佐吉からの愛撫を求めている。またしても言葉で言い表し難い新たな矛盾が沸々と湧き上がってきた。こんな複雑な気持ちを言葉にして要求することは言葉足らずの鈴虫には難し過ぎる。
「そ?本当に大丈夫?じゃぁねぇ、俺がやったみたいにやってみてくれる?」
佐吉はちょっと照れながらも足の間に鈴虫を挟み込むように移動させた。鈴虫としては佐吉側から促してくれたことがありがたかった。指先でそっと支えながら熱い昂ぶりに舌を這わせるともう我慢が出来ない。舌を広く使い奥まで咥え込み頭を上下させてみた。
佐吉は軽く鈴虫の頭に手を添えて律動の調子を示す。拙い動きではあるが、口の中全体を使って懸命に尽くそうとしてくれている。佐吉は鈴虫の頭をあまり揺す振らないように自ら合わせて腰を揺らした。
体の動きに合わせて息遣いが徐々に荒くなり、深く息を吸い込むと肺の奥まで甘い香りが充満する。どうにもこの甘い香りは頭の中まで痺れさせるような不思議な力があるようだ。吸い込むたびに神経が研ぎ澄まされて敏感になり、快感が増幅されていく。
「すず…ね、飲んで…あぁッ…俺の、飲んでっ…うっ、ぅうっ!あぁっ!…い、いい…すずっ、あッ!…すずっ!」
もう我慢の限界だ。佐吉はギュッと目を閉じると、大きく吐いた息とともに鈴虫の喉の奥へと熱い精液を放った。
絹のような舌の感触と柔らかで温かな粘膜が心地良かった。この小さな体は、極上の快楽を生み出す為にこの世に生を受けたかと思えるほど、体の隅々のどこまでもが甘美である。
佐吉の頭はしばし何も考えられなくなっていた。鈴虫が口元を指で拭いながら、唾液に混ざって口に残った精液を喉を鳴らして飲み込む。そんな姿を寝転がったままでぼんやりと見ていた。鈴虫は口元を拭き終えてもそのまま足の間に座り込んでいる。嘉平から聞いているような効果は有ったのか無かったのか。今、見る限りでは良く分からない。佐吉は手を引いて寝転ばせると、労いを込めて腕の中に大切に抱きしめた。
「ど、どうだった?変な味しただろ!?不味かったら吐いても良いんだよ。大丈夫?
…ちょっと楽になった?俺はすごく気色良かったんだけど。」
「さきっさん…どうしよう…まだ、足りない。どうしよう…まだ、眠くもならないし、体の中が熱いんだよ。お胸が苦しいくらい速く打って、熱い血が体を廻ってるのが分るみたい。おかしい…おかしいね…いやらしいよねぇ。でも、体の中が欲しいって言ってるんだよ。」
「あっ、あっ、えぇっとぉ…おかしくなんかないよ!ごめんね、飲ませると良いって言う嘉平さまの話は間違いだったかなぁ?俺も、もっとお鈴ちゃんのこと、欲しいよ。ね、挿れても良い?」
佐吉は泣きそうな顔をした鈴虫をギュッと抱きしめた。正直な所、甘い香りに酔わされて。佐吉もいつもよりは気持ちが昂ぶってはいた。しかし、若いとは言えこればかりは連続で何度も繰り返せるような芸当ではない。鈴虫を傷付けないように言葉を選びながらも少しばかり時間稼ぎがしたいものだ。
本当に、いつもは体力が無くて先に疲れ果ててしまう鈴虫からこんなにも強請られるなんて信じられないような事で、それが今、神懸り的な現象が起きているという証明なのだろう。
佐吉は鈴虫を布団に横たわらせた。
思い切って払い除けた裾の内側から甘い香りが一気に溢れ出す。向かい合って添い寝し、二人の性器を合わせて握ると、鈴虫の後孔から溢れる蜜を馴染ませて扱いた。佐吉も鈴虫もこの行為はお互いを認め合うようで好きな事。鈴虫にしてみれば、男の部分と女の部分を持ち合わせて産まれて来た奇妙な体を、全て有りの侭に受け入れて貰えるようで安心できるのだ。
「すず…こっち、ちょうだいね…」
「うん。」
佐吉は自分の男根が芯を持ったところで、鈴虫の足を持ち上げ肩に掲げた。嘉平の言った通りに自分の精液を飲ませてみたのに、何の効果も得られなかった事へ焦りが生まれているようだ。今の鈴虫の様子は顔が紅潮し、徐々にではあるが悪化しているようにも思える。はたして本当にこれで良いのだろうか。この状態での経験が無い分、迷う気持ちも大きかった。しかし、今は鈴虫のほうが遥かに不安であろう。ここは佐吉が何とかしてあげる外は誰の助けも無いのだ。いっそ、己の不安を悟られないように大胆に振舞うことにするべきだろうか。
濡れた鈴虫の菊門に己の起立を押し当て、ゆっくりと体重を掛けるようにして奥へと進ませる。
「…えっ、え?すず…これって…すごっ…」
一体、この溢れ出す甘い香りの粘液の正体は何なんだろうか。ケチらなくて良いと言われて高価な香油を惜し気も無く使ってきたが、鈴虫の体から分泌されている粘液の方が圧倒的に具合が良い。そしてこの粘液に誘い込まれ、締りの良い入り口を通り抜けると、鈴虫の体内はまるで子宮の中の温かな羊水を思わせるほど豊かな潤いをもっていた。
「あぁぁんッ…さきっさ…もっと、もっと奥、ほしい…」
「はぁッ…奥ね、奥、吸い付くみたいだよ…はぁッ…あぁぁッ…はぁ…はぁッ…あぁんッ…あぁ、ダメだぁ…」
鈴虫が求めるがままに最奥を目掛けて責めこむと蕩けるような粘膜が纏わりつく。頭で考えて大胆さを装う必要など無かった。何も考えなくても体が自然と反応するではないか。ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら、体が求めるに任せて奥深く掘削する。己の先端を包み込むようにして受け止めている最奥の壁の向こうへと侵入したいという欲求が湧き上がって来る。この雄の昂ぶりを根元まで深く打ち付けて、この溢れ出す甘露の源へと己が精を吐き出したい。そうすれば全てが完結するような、全てにおいて満たされるような、そんな気がした。
はぁはぁ…と駆け上がるように息遣いが早まり額を汗が伝う。薄暗い視界の中でお互いの瞳に映すのは、体を繋ぎ合った魂の片割だけ。それ以外には何も無い。
「さきっさ、欲しい…あっ…うぅっあっ…奥に欲しいっ!」
「すず…すず、俺も欲しい…お前のこと全部…あぁっ、すず…すず……でも…」
忘れちゃいけない……
どんなに甘く誘われても、どんなに欲望に急き立てられても、体の中に意思の盾を突き立てて、劣情の流れに立ち向かわなければならない。
その絶頂の僅かに手前、じゅるり…と粘液の糸を引いて佐吉は鈴虫から体を離した。驚きと悲しみに満ちた鈴虫の目が縋る手元で佐吉は粘液に塗れた男根を扱き上げる。そして、横たわったまま時が止まったように動けなくなった鈴虫の腹の上に吐精した。
「……え…なん…で…さきっ…。」
「駄目だ、お鈴ちゃん。嘉平様が今のお鈴ちゃんに子種を出したら一生後悔するって言うんだ。理由は…わかるだろ?俺はこれ以上お鈴ちゃんにしなくて良い辛い思いはさせたくねぇ!だから…俺だって…俺だって…すずの事、もっと…もっと…」
佐吉は言葉が続かなかった。それでも鈴虫は佐吉の言いたいことは全部理解した。
どんなに愛していても体は二つ。どんなに想い合っていても一人で立ち向かわなければならない事があるのだ。それなのに鈴虫の愛しい人は棘の中に足を踏み入れて寄り添ってくれた。
「そか。もう、充分だ…も、おら、勃たねぇよ。おかげさまで尽きたみたい。も、眠たいな…」
鈴虫の体は昇り詰める事も出来ず、赤い置き火を燻ぶらせる様に疼いていた。しかしこれ以上佐吉に求めるべきでは無いという事も理解できる。暗い視界の中で、未だ残る温度だけを頼りに佐吉の残した痕跡を拭き取りながら軽く身繕いする。
鈴虫は未だ湧き上がる劣情を封じ込めて、限りなく穏やかな声を装った。
「さきっさん、この草鞋、おらに少しの間だけ貸してくだせ。おら、布団の下にでも隠しておきたいんだ。喜一郎兄様は藁の匂いしかしねぇって言うけど…おらにはさきっさんが傍に居るみたいに思えるの。」
「お鈴ちゃん、俺は…」
いつでも傍に居るよ…
佐吉はいつでも傍に居ると言いたかった。しかしそれは願望でしかない。実際には鈴虫を置き去りにして、夜の闇に乗じて姿を消さなければならない。
「俺は……」
「さきっさん!…ありがとうね。」
鈴虫は草鞋を二つ並べて布に包み直すと、自分が寝転がっている布団の端を捲ってその下に敷いた。少し盛り上がってはいるが、そんな事は気にしていない。その膨らみを枕に見立てて、嬉しそうな顔をして頭を乗せた。
「俺がお鈴ちゃんにあげられる物って、草鞋…かぁ。何かもっと良い物をあげたいのになぁ。…ごめんな。」
鈴虫は首を横に振る。
「おら、なぁんでも良いんだ。さきっさんが傍に居てくれるみたいだから…大丈夫なの!これでちゃんと眠れるよ。」
「…そ、そぅか?」
目を覚ましたときの鈴虫の悲しみを思うと、生木を裂かれるような心の痛みを覚えた。しかし、それは絶対に守らなければならない言いつけのうちの二つ目。
「大丈夫、俺は…何があっても責めないよ。全部許すから心配要らない。全部…すずのせいじゃない。信じて…俺は信じてるから。」
佐吉は半眼の眼差しの鈴虫の髪を優しく撫でながら、何度も何度も慰めの言葉を繰り返し伝えた。きっと佐吉が許すと言ったとしても、鈴虫本人の中では消化し切れない程に大き過ぎる矛盾である事には変わりが無いだろう。しかし、その矛盾ごと全て受け入れて、佐吉は鈴虫を愛してゆくと決めたのだ。
「すず…すず…お前がどんな事をしても俺の宝物なのには変わりが無ぇんだよ。」
鈴虫は嬉しかった。こんなにもたくさんの優しい言葉が降り注いで来る下で眠りに就く事が出来る幸せを、これから起こるであろう事への不安で色褪せさせたくなんかない。もう全てを許されたまま、静に瞼を閉じて眠りに就こう。
「さきっさん、おら…しあわせだ…だからもう…行っていいよ。…おら、大丈夫だから…」
鈴虫は繋いだ指を解いた。
「……。」
「え?寝ちゃうの?俺のも貰ってよ…」
「…ち、ちがう…寝ない…」
鈴虫は達しはしたが、いつもと違う感覚に戸惑っていた。いつもならば疲労で眠気に襲われていのだが、達したはずなのに全く欲情が治まらないのだ。正直に言ってしまうと、より一層、体の芯が疼くようにして熱お帯びている感じがする。衆生の煩悩の炎を消すが為にその身を法性華と変えて尽くす筈であるのに、これでは体の中に無明火を燈しているのは自分なのではないだろうか。自分の方こそ得体の知れない疼きに任せて佐吉からの愛撫を求めている。またしても言葉で言い表し難い新たな矛盾が沸々と湧き上がってきた。こんな複雑な気持ちを言葉にして要求することは言葉足らずの鈴虫には難し過ぎる。
「そ?本当に大丈夫?じゃぁねぇ、俺がやったみたいにやってみてくれる?」
佐吉はちょっと照れながらも足の間に鈴虫を挟み込むように移動させた。鈴虫としては佐吉側から促してくれたことがありがたかった。指先でそっと支えながら熱い昂ぶりに舌を這わせるともう我慢が出来ない。舌を広く使い奥まで咥え込み頭を上下させてみた。
佐吉は軽く鈴虫の頭に手を添えて律動の調子を示す。拙い動きではあるが、口の中全体を使って懸命に尽くそうとしてくれている。佐吉は鈴虫の頭をあまり揺す振らないように自ら合わせて腰を揺らした。
体の動きに合わせて息遣いが徐々に荒くなり、深く息を吸い込むと肺の奥まで甘い香りが充満する。どうにもこの甘い香りは頭の中まで痺れさせるような不思議な力があるようだ。吸い込むたびに神経が研ぎ澄まされて敏感になり、快感が増幅されていく。
「すず…ね、飲んで…あぁッ…俺の、飲んでっ…うっ、ぅうっ!あぁっ!…い、いい…すずっ、あッ!…すずっ!」
もう我慢の限界だ。佐吉はギュッと目を閉じると、大きく吐いた息とともに鈴虫の喉の奥へと熱い精液を放った。
絹のような舌の感触と柔らかで温かな粘膜が心地良かった。この小さな体は、極上の快楽を生み出す為にこの世に生を受けたかと思えるほど、体の隅々のどこまでもが甘美である。
佐吉の頭はしばし何も考えられなくなっていた。鈴虫が口元を指で拭いながら、唾液に混ざって口に残った精液を喉を鳴らして飲み込む。そんな姿を寝転がったままでぼんやりと見ていた。鈴虫は口元を拭き終えてもそのまま足の間に座り込んでいる。嘉平から聞いているような効果は有ったのか無かったのか。今、見る限りでは良く分からない。佐吉は手を引いて寝転ばせると、労いを込めて腕の中に大切に抱きしめた。
「ど、どうだった?変な味しただろ!?不味かったら吐いても良いんだよ。大丈夫?
…ちょっと楽になった?俺はすごく気色良かったんだけど。」
「さきっさん…どうしよう…まだ、足りない。どうしよう…まだ、眠くもならないし、体の中が熱いんだよ。お胸が苦しいくらい速く打って、熱い血が体を廻ってるのが分るみたい。おかしい…おかしいね…いやらしいよねぇ。でも、体の中が欲しいって言ってるんだよ。」
「あっ、あっ、えぇっとぉ…おかしくなんかないよ!ごめんね、飲ませると良いって言う嘉平さまの話は間違いだったかなぁ?俺も、もっとお鈴ちゃんのこと、欲しいよ。ね、挿れても良い?」
佐吉は泣きそうな顔をした鈴虫をギュッと抱きしめた。正直な所、甘い香りに酔わされて。佐吉もいつもよりは気持ちが昂ぶってはいた。しかし、若いとは言えこればかりは連続で何度も繰り返せるような芸当ではない。鈴虫を傷付けないように言葉を選びながらも少しばかり時間稼ぎがしたいものだ。
本当に、いつもは体力が無くて先に疲れ果ててしまう鈴虫からこんなにも強請られるなんて信じられないような事で、それが今、神懸り的な現象が起きているという証明なのだろう。
佐吉は鈴虫を布団に横たわらせた。
思い切って払い除けた裾の内側から甘い香りが一気に溢れ出す。向かい合って添い寝し、二人の性器を合わせて握ると、鈴虫の後孔から溢れる蜜を馴染ませて扱いた。佐吉も鈴虫もこの行為はお互いを認め合うようで好きな事。鈴虫にしてみれば、男の部分と女の部分を持ち合わせて産まれて来た奇妙な体を、全て有りの侭に受け入れて貰えるようで安心できるのだ。
「すず…こっち、ちょうだいね…」
「うん。」
佐吉は自分の男根が芯を持ったところで、鈴虫の足を持ち上げ肩に掲げた。嘉平の言った通りに自分の精液を飲ませてみたのに、何の効果も得られなかった事へ焦りが生まれているようだ。今の鈴虫の様子は顔が紅潮し、徐々にではあるが悪化しているようにも思える。はたして本当にこれで良いのだろうか。この状態での経験が無い分、迷う気持ちも大きかった。しかし、今は鈴虫のほうが遥かに不安であろう。ここは佐吉が何とかしてあげる外は誰の助けも無いのだ。いっそ、己の不安を悟られないように大胆に振舞うことにするべきだろうか。
濡れた鈴虫の菊門に己の起立を押し当て、ゆっくりと体重を掛けるようにして奥へと進ませる。
「…えっ、え?すず…これって…すごっ…」
一体、この溢れ出す甘い香りの粘液の正体は何なんだろうか。ケチらなくて良いと言われて高価な香油を惜し気も無く使ってきたが、鈴虫の体から分泌されている粘液の方が圧倒的に具合が良い。そしてこの粘液に誘い込まれ、締りの良い入り口を通り抜けると、鈴虫の体内はまるで子宮の中の温かな羊水を思わせるほど豊かな潤いをもっていた。
「あぁぁんッ…さきっさ…もっと、もっと奥、ほしい…」
「はぁッ…奥ね、奥、吸い付くみたいだよ…はぁッ…あぁぁッ…はぁ…はぁッ…あぁんッ…あぁ、ダメだぁ…」
鈴虫が求めるがままに最奥を目掛けて責めこむと蕩けるような粘膜が纏わりつく。頭で考えて大胆さを装う必要など無かった。何も考えなくても体が自然と反応するではないか。ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら、体が求めるに任せて奥深く掘削する。己の先端を包み込むようにして受け止めている最奥の壁の向こうへと侵入したいという欲求が湧き上がって来る。この雄の昂ぶりを根元まで深く打ち付けて、この溢れ出す甘露の源へと己が精を吐き出したい。そうすれば全てが完結するような、全てにおいて満たされるような、そんな気がした。
はぁはぁ…と駆け上がるように息遣いが早まり額を汗が伝う。薄暗い視界の中でお互いの瞳に映すのは、体を繋ぎ合った魂の片割だけ。それ以外には何も無い。
「さきっさ、欲しい…あっ…うぅっあっ…奥に欲しいっ!」
「すず…すず、俺も欲しい…お前のこと全部…あぁっ、すず…すず……でも…」
忘れちゃいけない……
どんなに甘く誘われても、どんなに欲望に急き立てられても、体の中に意思の盾を突き立てて、劣情の流れに立ち向かわなければならない。
その絶頂の僅かに手前、じゅるり…と粘液の糸を引いて佐吉は鈴虫から体を離した。驚きと悲しみに満ちた鈴虫の目が縋る手元で佐吉は粘液に塗れた男根を扱き上げる。そして、横たわったまま時が止まったように動けなくなった鈴虫の腹の上に吐精した。
「……え…なん…で…さきっ…。」
「駄目だ、お鈴ちゃん。嘉平様が今のお鈴ちゃんに子種を出したら一生後悔するって言うんだ。理由は…わかるだろ?俺はこれ以上お鈴ちゃんにしなくて良い辛い思いはさせたくねぇ!だから…俺だって…俺だって…すずの事、もっと…もっと…」
佐吉は言葉が続かなかった。それでも鈴虫は佐吉の言いたいことは全部理解した。
どんなに愛していても体は二つ。どんなに想い合っていても一人で立ち向かわなければならない事があるのだ。それなのに鈴虫の愛しい人は棘の中に足を踏み入れて寄り添ってくれた。
「そか。もう、充分だ…も、おら、勃たねぇよ。おかげさまで尽きたみたい。も、眠たいな…」
鈴虫の体は昇り詰める事も出来ず、赤い置き火を燻ぶらせる様に疼いていた。しかしこれ以上佐吉に求めるべきでは無いという事も理解できる。暗い視界の中で、未だ残る温度だけを頼りに佐吉の残した痕跡を拭き取りながら軽く身繕いする。
鈴虫は未だ湧き上がる劣情を封じ込めて、限りなく穏やかな声を装った。
「さきっさん、この草鞋、おらに少しの間だけ貸してくだせ。おら、布団の下にでも隠しておきたいんだ。喜一郎兄様は藁の匂いしかしねぇって言うけど…おらにはさきっさんが傍に居るみたいに思えるの。」
「お鈴ちゃん、俺は…」
いつでも傍に居るよ…
佐吉はいつでも傍に居ると言いたかった。しかしそれは願望でしかない。実際には鈴虫を置き去りにして、夜の闇に乗じて姿を消さなければならない。
「俺は……」
「さきっさん!…ありがとうね。」
鈴虫は草鞋を二つ並べて布に包み直すと、自分が寝転がっている布団の端を捲ってその下に敷いた。少し盛り上がってはいるが、そんな事は気にしていない。その膨らみを枕に見立てて、嬉しそうな顔をして頭を乗せた。
「俺がお鈴ちゃんにあげられる物って、草鞋…かぁ。何かもっと良い物をあげたいのになぁ。…ごめんな。」
鈴虫は首を横に振る。
「おら、なぁんでも良いんだ。さきっさんが傍に居てくれるみたいだから…大丈夫なの!これでちゃんと眠れるよ。」
「…そ、そぅか?」
目を覚ましたときの鈴虫の悲しみを思うと、生木を裂かれるような心の痛みを覚えた。しかし、それは絶対に守らなければならない言いつけのうちの二つ目。
「大丈夫、俺は…何があっても責めないよ。全部許すから心配要らない。全部…すずのせいじゃない。信じて…俺は信じてるから。」
佐吉は半眼の眼差しの鈴虫の髪を優しく撫でながら、何度も何度も慰めの言葉を繰り返し伝えた。きっと佐吉が許すと言ったとしても、鈴虫本人の中では消化し切れない程に大き過ぎる矛盾である事には変わりが無いだろう。しかし、その矛盾ごと全て受け入れて、佐吉は鈴虫を愛してゆくと決めたのだ。
「すず…すず…お前がどんな事をしても俺の宝物なのには変わりが無ぇんだよ。」
鈴虫は嬉しかった。こんなにもたくさんの優しい言葉が降り注いで来る下で眠りに就く事が出来る幸せを、これから起こるであろう事への不安で色褪せさせたくなんかない。もう全てを許されたまま、静に瞼を閉じて眠りに就こう。
「さきっさん、おら…しあわせだ…だからもう…行っていいよ。…おら、大丈夫だから…」
鈴虫は繋いだ指を解いた。
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