お伽話 

六笠 嵩也

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第一章

1-18 ★

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それから屋敷に呼ばれることは無かった。

来なくて良いと言われても、会いに行きたい気持ちは止められない。しかし、鈴虫に薬を飲ませるという口実も無くなってしまったので、何と言って会いに行けば良いか分からなかった。
花でも摘んで届けようとも思った。しかし、鈴虫は屋敷の外を知らない。おそらくこれから先も外に出ることは叶わないだろう。佐吉が摘んできた花がどのような場所に咲いているのかを見ることは無いのだ。果たしてそれをどんな風に感じるのだろうか。綺麗な花がきっとあの子を寂しくさせるかも知れないと思えて諦めた。

ちょうど三日目の昼過ぎごろにお妙がにこにこしながら家の近くの道端に立っていた。親父と丁寧に挨拶を交わすと、佐吉を手招きして呼び寄せた。明日の昼間、可能であれば早めに屋敷へ来て欲しいとの事だ。なんでも、どれくらい時間が掛かるか予測がつかないらしい。帰りは夜中にるかも知れないけれど、親父には上手く話をつけたそうだ。どんな理由をつけたのか佐吉は特に聞く気も無かった。きっと村の中には暗黙の了解があるのだろう。
お妙は近くに居た喜一郎を見つけると、深い皺を更に深くして睨みを効かせ、眉間にデコピン一発喰らわせて無言で帰っていった。

「ばぁか!何故?今、謝んなかったんだよ。追っかけて謝って来い!」

「えぇっ…婆さん怖すぎた。ありゃ…無理だ…。」

「はぁぁ!?」

佐吉は脱力した。

またと無い機会をあっさりと逃した喜一郎を見ると、眉間に赤い痕がしっかりと残っている。佐吉は思わずプッと噴き出した。喜一郎は訳が分からないという不思議顔をしている。

「佐吉兄ぃ、いよいよだな。」

「…そうだなぁ…そうなんだよなぁ…」

佐吉の胸には漠然とした不安が無かったわけではない。しかし、もう賽は投げられたのだ。さぁ、今日出来ることを片付けてしまおう。そして余計な事は考えずに明日を迎えよう。幾ら考えたって明日の事は分からないのだから。

佐吉は手斧を片手に草叢に入ると、雑念を掃うかのように黙々と草を薙ぎ払い、解けない糸を手繰り寄せるかのように蔦を集めた。


翌日、鈴虫は昼前から念入りに沐浴した後、更に何度も湯を足しながら、ふやけるほど長い時間腰湯に入れられていた。そんなに念入りにする必要も無いのだが、嘉平にとっては念には念を入れたい所なのだ。
その間に嘉平とお妙が慌しく動き回り仕度を整えていく。

程無くしてやって来た佐吉も、その場の雰囲気に呑まれてしまった。鈴虫が腰湯に浸かったと言うので、自分も何となく着ていた物を脱ぎ捨て下帯一枚になると、井戸の水を汲み上げて行水などしてみた。

そうこうしている内に、鈴虫がお妙に借りた薄紅色の着物を纏い、髪を高結いに整えた姿で廊下を歩いて来た。そして佐吉を見付けると、嬉しそうに大輪の芍薬の花の様な笑顔を見せてくれた。佐吉は目玉が蕩けたんじゃないかというほど甘い眼差しで鈴虫に話しかけた。

「お、お鈴ちゃん…俺はお前さん以上に綺麗な子、見たことが無いよ…。」

しかし、鈴虫の表情が一瞬で固まったかと思うと、顔を赤らめてすぐに逃げるように屋敷の奥に入っていってしまった。佐吉は拙い事でも言ったかと、ポカンと口を開けて暫く考えてみたがよく分からない。しばらく考えを巡らし、やっと自分の格好のに気付いた。佐吉は水を頭から被ったところで、辛うじて身に着けた下帯一枚すらも透けている状態だった。鈴虫としては目の遣り場に困って逃げ出してしまったのだろう。
先日お妙に言われた躾けのされ方が違うと言う話が頭に浮んだ。凶暴な姉貴のご機嫌を取るのも難しいが、恥ずかしがりやも案外と難しいものだ。佐吉は妙に合点が行き、それと同時に笑いがこみ上げて来た。

庭の奥の方から嘉平が呼んでいる。どうやら準備が整ったようだ。
嘉平がおもむろに堂の戸を開けると、嘉平、鈴虫、佐吉の三人は連れ立って中に入った。

堂に入って直ぐに嘉平に手を掴まれて爪の具合を確かめられた。先日言われた通りに角が無い様にきちんと切られているか確認されたのだ。爪の具合を見た嘉平が頷くと、佐吉はほんの少しばかり安堵した。
それから布団一枚挟んで佐吉を上座に据えると、嘉平は鈴虫を連れて下座に腰を下ろした。
初めて足を踏み入れた堂の中は落ち着かない。佐吉はきょろきょろと辺りを見渡した。水桶と小ぶりな盥、薬壷のような物、襤褸布や手拭いが何枚も布団の周りに並べられている。思っていたよりも周到な用意に緊張感が増してきた。

「鈴虫が母様の嫁入りの話を聞いてだな、嫁入りの真似事がしたいって言うんだ。ここ数日は仕舞い込んでた嫁入りの時の着物を直したり、あれこれ縫ったり…まぁ、忙しいこと。しょうもない我儘に付き合ってやってくれ。」

「我儘だなんてとんでもない!おっ、俺も嬉しいですよ!」

鈴虫は緊張した面持ちで三つ指を突いて頭を下げた。

「フッ、フツツカモノですが…よ、よろしくお願いします。」

佐吉も慌てて頭を下げるが、それがなんともぎこちなく初々しい。嘉平はそんな二人の睦まじさを見て愁眉を開いた。

「ほれ、鈴虫よ、満足したかね?着物が汚れるから脱ぎなさい。 頭にまだ瘡蓋があるから結ぶ位置を下げないといけないよ。邪魔になるから項結いうないゆいにしようね。」

鈴虫は少々残念そうではあるが、すっと立ち上がると帯を解いた。衣擦れの音を立てて薄紅色の衣が床に落ちる。芍薬の花弁が散り、その中から花の精が生まれいずるかのような錯覚を見た。
襦袢一枚になった鈴虫の長い髪を項の辺りで結び直すと、「これじゃいつもとおんなじだよ。」と口を尖らせている。佐吉には不満を訴える顔つきさえも愛らしく思えた。

「二人とも、これからやることは楽な事じゃない。鈴虫が佐吉ほどの背丈があれば良いのだけれど、体が小さいから下手したら壊れちまうんだ。せめてあと二、三年先延ばし出来れば楽なんだが、この村も日照り続きで困っているし、どうも菩薩様が早く体を貸して欲しがってるみたいなんだよ。気持ちが定まるまで待っててやるから、最後まで無事に出来るようにしっかり心を繋いでおいてくれ。」

佐吉にはどうも『日照り』という言葉が引っかかる。このところ毎日のように夕立が来るのに、おかしな事を言うものだ。ふと、そう言えば喜一郎もそんな事を言っていたことが頭を過ぎる。菩薩様という件も詳しくはまだよく理解できていない。目の当たりにしたわけではないので想像でしかなく、おそらく葛の花の香りの話なんだろうという程度だ。
嘉平は鈴虫の手を取ると佐吉の腕の中に抱かせてやった。鈴虫は薄っすらと笑顔を見せてくれはしたが、体は小刻みに震えている。

「お鈴ちゃん、やっぱり怖いのかい?俺じゃ…不安だよね?」

鈴虫は口元だけ無理に笑った顔をして必死に首を横に振った。鈴虫の相手をさせてもらえるのは嬉しいけれど、このままでは可哀相な気もする。

「あぁ、そうだ、これこれ。鈴虫よ、お前にお守りを付けてあげよう。」

嘉平はたもとから細長い布を取り出し佐吉に手渡した。

「これは…一体何ですか?何か硬い板が入ってるみたいですけど?」

「そう、これは観世音菩薩様の護符が入っているんだよ。どうやらこの子達は首の後側が弱味でな、噛まれると気が触れてしまうんだ。それなのに興奮して噛み付く馬鹿がたまにいる。だからな、菩薩様に守ってもらうんだ。」

「そうか、その為の物か!お鈴ちゃん、さ、結んであげよ。観世音菩薩様、どうかお鈴ちゃんをお守りくださいませ…。」

佐吉には思い当たる節がある。上ノ村の長からそのような話を聞いたばかりだ。自分が噛み付くとは想像もつかないが、神仏の加護があるのならば何であろうと頼みにしたい。心をこめて堅く結び目をつけてあげよう。二人がこんな風に固く結ばれますようにと…

「さぁ、始めようか。」

準備は整った。嘉平が声を掛けると、二人は意を決してもう一度お互いの体をきつく抱きしめ合った。

鈴虫は嘉平の膝に頭を置いて、脚を曲げて横向きに寝かされた。静かに息をしているものの、緊張からか指からは血の気が引いているように見える。始めると言われても、佐吉には何をして良いか見当もつかなかった。鈴虫の足元に座り込み、呼吸のたびに規則的に上下する肩を見つめているだけだ。

「佐吉よ、脚をさすってあげなさい…足首から、上の方へ…裾の中まで。鈴虫、お前はいつも気持ちが強張っているから体が固まっちまうんだよ。心を落ち着かせて、全てを佐吉に委ねてみなさい。」

嘉平は鈴虫の髪を優しく撫でながら語りかけるが、鈴虫には返事をする余裕は無さそうだ。
佐吉がそっと裾を摘んで膝の辺りまで捲し上げてみると雪を欺く肌が露わになった。どうすれば恐れを取り払ってあげられるのか考えながらゆっくりと撫で上げる。鈴虫はぎゅっと目を瞑って全てを受け入れる覚悟だ。佐吉が優しい眼差しで見つめていることにも気付く余裕は無い。せめてその耳に気持ちを届けてあげたいと佐吉は願った。

「大切にするよ、お鈴ちゃん。」

「はははっ!お前の筋っぽいケツとは違って可愛らしいお尻だろ?…触っても良いんだよ、奥の方まで。」

嘉平は何とかして張り詰めた空気を取り払おうと大げさに笑って見せてくれた。大きな声に驚きはしたが、その気遣いは有難い。
しかしそれでも申し訳ないような、触るのが憚られるような、気まずい感じは拭いきれない。期待と不安の均衡を保つことの出来ない空気の中で、言葉には出さずに詫びながら佐吉は遠慮がちに指を奥に進めた。

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