お伽話 

六笠 嵩也

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第一章

1-2

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 這いつくばった白い影が震えながら手を伸ばす。

その細く白い影はどうやら十三、四歳の少年。
仄暗い堂に敷かれた継ぎ接ぎだらけの布団の上から逃げようと懸命にもがいていたが、足首を掴まれて引き摺り戻された。
まとった単衣が捲れあがり太腿が露になると、慌てて着物の裾を掴んで恥ずかしそうに身を丸めた。

「お…お…みず…お水…くだせ…」

少年は真夏の暑さの中、昨日からこの堂の中に閉じ込められている。足首を掴んだ手の主を見上げると、そこに居るのは年の頃十七、八歳の男。少年よりは頭ひとつ分か、それ以上に背が高い。弱りきった無抵抗の少年に対して、過剰なほどに鋭利な目付きで睨みを利かす。

男は脇腹を蹴り上げ体を仰向けにすると、抵抗する手を叩き落とし、着物の裾を面白半分におっ広げた。手にした竹の水弾きみずはじきで、まだ下帯も賜らない股座を狙って水を当てる。男が手にした水弾きは子供が遊ぶような物だ。勢いよく出た水はあっという間に粗相をしたように布団までも濡らしていった。

「ほれ、ほれ、水だ、舐めて見せろ。」

そう言って男は濡れた股座を容赦無く踏みつけた。羞恥心よりも先に激痛が体を走りぬける。思わず「ギャッ」っと大きな声を上げてしまった。息が詰まり涙がぼろぼろと止め処なく溢れ出す。それでも少年は逃げるでもなく、体を内側に丸めて必死に耐えようとした。

少年が力を振り絞って布団を指先で『とん、とん…』と二度叩く。

男にとってそれは何の意味があろうか。男は嘲笑うかのごとく、小さく薄い背中を躊躇無く踏みつけた。

「やっぱり馬鹿だな。何所でも良いから二度叩くは止めろの合図…
 それは親父との約束だろが!俺はお前と何の取り決めもしていないよな。」

もう動けない、もう声も出ない、少年の顔からは血の気が引いて、這い上がれないような深い絶望に染められてゆく。

男は少年の手首を捕らえると、手拭いで後ろ手に縛り上げ顔面を蹴り上げた。左の頬から鼻の辺りに当たって血飛沫を噴いて細い身体が仰向けにすっ飛んだ。受身も取れずに音を立てて床に叩きつけられ鼻から血液が流れる。少年は眉間に皺を寄せ、浅く速い呼吸で痛みを散らそうと必死に喘いだ。

男はまた無言で水弾きに満たす。
怯えと悲しみを湛えた少年の暗い目が、男の心の何所かに隠されているかも知れない慈悲に縋ろうとしている。しかし、男は情けも容赦も無く、痛がる口を抉じ開けて勢い良く水を押し出した。

 ぐっ…ぅごぉっ ゴホッ ゴホッ ゴホッ…

血液の混ざった水が気管に流れ込むと、喉の奥で詰まった音を立てて苦しい咳きが出る。しかし、もう吐き出すには力が足りない。残らず注ぎ込まれる頃には少年の身体が完全に脱力し、水が口から溢れ出して周囲を赤く濡らしていた。
男は少年の前髪を掴み平手で顔を叩く。しかし、ぐったりとした少年の目は開かない。

「誰が眠って良いと言った!何とか言えや!」

そのまま髪の毛を掴んで身体を引きこし、背中側に回り込むと、前かがみになるように抱きかかえた。そして拳を鳩尾に強く押し当てて突き上げる。「ぐぶっ」とくぐもった音と共に赤い水が吐き出された。薄っすら目が開くのを確認すると男はその手を離し、少年の身体は音を立てて床に落ちた。

男は再び水弾きに水を満たすとニヤリと笑う。

「せっかくお前みたいなムシケラに恵んでやったのに溢しやがって、
 本当にお前は馬鹿だな。口から飲めないのならこっちから飲ませてやるよ。」

男は少年をうつ伏せに組み敷いた。辛うじて右の肩を残し、そのほとんどが腰紐に巻き付いているだけになった着物の裾を一纏めに丸め上げると、汚物でも触るかの様な苦々しい手付きで白い尻を割り開き、薄紅色の後孔に水弾きを押し付けた。
無理やり捻じ込もうと力任せに突き立てるが、そんな所に竹筒などが簡単に入る訳でもなく、竹のささくれ立った直角の角が皮膚を裂き赤い擦り傷を作る。
少年が恐怖と痛みに怯え、逃れようとすればする程に男は苛立ち、更に傷が増えていく。
散々捻じ込もうとしたあげく、思ったとおりにいかないと解ると、今度は血の滲む尻を目掛けて水弾きを振り下ろした。骨を軋ませる程の音が何度も何度も小さな堂の中に響き、その度に少年の身体がビクッと痙攣するように跳ねる。白く柔らかな肌は血に汚され、砕けるような痛みと共に幾つもの赤やら紫の痣が刻まれていく。

「や…やめ…ゆ、赦し…てぇ……」

「赦すわけ無ねぇ!まだ分からねぇのか。馬鹿が!
 お前が生きてること自体、どうかしてるんだよ。!」

抗う力は既に無い。おそらくこれが最後の声。少年は男に赦しを乞うた。だがしかしその言葉はかえって男を煽り、その目に冷たい炎を宿らせる事になる。男は立ち上がり少年の頭を踏みつけ、徐々に体重を掛けてギリギリと骨を軋ませていく。苦痛に歪んだ口元を狙って蹴り上げると、歯に当たって唇が大きく裂けて血が噴出した。
その後はたがが外れた様に形振なりふり構わず少年の体を蹴りまわす。弱り切った体はされるがままに転がされ、床のあちこちに血の跡が付いた。

「なんで、なんで、なんで、お前なんかが生きてるんだ?!
 なんで、俺が…なんで俺が…なんでお前はっ!
 なんで…俺がっ!気色悪い化け物め!」

気が触れたかと思われるほどに我を忘れて甚振いたぶった。それでも男の心は収まることを知らない。肉体の限界が歯止めを掛けてくれるまでか、少年が事切れるまでか、これでは泥沼の憤怒の中でもがき苦しんでいる鬼神だ。
散々蹴りまわして自分の息が上がると、男は少年の髪の毛を鷲掴みにして思い切り壁に打ち当てた。男が手を離すと壁に血の跡を引きながら少年は床に摺り落ちていく。

「お前…もう…死んじまっても良いんだぜ…。」男が耳元で甘く囁いた。

少年の胸元に生暖かな血液が滴っている。胸郭を必死に拡げて空気を掻き集めるが、いくら喘いでも息苦しさは収まらない。それどころか、それが返って仇になって体力が奪われていくようにすら感じられる。
少年は次第にぼんやりとする意識の中で必死に男の言う言葉の意味を理解しようとした。しかし、絡まった糸のように縺れて何が何だか定まらない。

  おら……ムシケラ…バカ…そうだよ。
   死ぬまで…死ぬまで…死んだら?
 なんで、なんで、なんで、おら…生きて…?

どうやら生きている事がいけない事らしいと理解したところで体の力が抜け、目を閉じていないはずの視界が真っ暗になった。動かなくなった少年を前に男はしゃがみ込むと、握り返すことの無い手を悪戯に揺すってみる。

「おい…おぉ~い…鈴虫よぉ……。」

とぼけたように呼びかけても返事は無い。男は引き攣った笑いを浮かべて後ずさると膝を抱えて座り込んだ。

…そして静かに、泣いた。


※水弾き=水鉄砲

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